東京高等裁判所 昭和38年(う)2775号 判決
判決理由〔抄録〕
よって、進んで本件事故が被告人の過失によるものかどうかについて審按するに、菅原が前記車道を右交差点に向って進行中被告人の原動機付自転車が追従しているのに気づいていたにかかわらず、右交差点直前にいたって始めて右折の合図をしたのは、道路交通法施行令第二十一条の右折の合図を行なう時期の規定に違反し、また、右の後続車両を認識しながら右交差点入口附近で右折を開始したのは、道路交通法第三十七条第一項の交差点における直進車両優先の規定及び同法三十四条第三項の交差点における右折の方法に関する規定に違背するものであって、以上の点において被害者側に重大な過失があることは所論のとおりである。(但し、交差点における軽車両の右折の方法は、もっぱら同法三十四条第三項の規制するところであるから、菅原の前記右折行為が同法第十七条第三項に違反する旨の主張は、当をえない。)しかし、ひるがえって考察すると後続車両の運転者にとっては、先行自転車がその前方の交差点で右折するかもしれないことは当然予見しうることであり、また、右折しようとする自転車の運転者が、殊に本件の交差点のように広く、かつ交通の閑散な交差点では、往々にして安易な気持から、合図をせず、若しくは規定に添わない簡略な合図をし、あるいは規定どおり交差点の側端に沿って大曲りしないでその内側を曲り、ときには交差点入口付近から曲って近路をすることがあるということも、予測しがたいことではないのであるから、原動機付自転車運転を業とする者が先行自転車に後続して交差点に入り直進しようとする場合には、叙上のごとき事態を予想し、先行車両の動静に注目し、適宜警笛を鳴らして警告を与えるとともに、急停車その他の安全な避譲措置を臨機に採りうる程度に徐行し、もって先行車両との接触を未然に防止すべき業務上の注意義務を負うものといわなければならない。
しかるに、被告人は、さきに説明したとおり、本件の交差点の手前二十数米の地点にさしかかった際、先行する菅原の自転車を十数米前方に発見しながら、同人も右交差点を直進するもので、したがってその右側を安全に追い越すことができるものと信じ、警笛を鳴らさず、徐行もせず、漫然時速約三十粁を持続してそのまま進行を続けたため、菅原の右折に気づいたときはすでに遅く、臨機有効の避譲措置を講ずるに由なかったものであり、したがって右の点において被告人にも過失があったものといわなければならない。しかして、被告人の右過失がなかったならば、情況上本件事故の発生を免れえたものと推認されるから、右過失と本件事故との間には因果関係があり、したがって被告人は被害者側の過失の存在にかかわりなく、業務上過失致傷の刑責を免れることはできないものといわなければならない。