東京高等裁判所 昭和38年(う)301号 判決
被告人 庄野義信
〔抄 録〕
所論は、原判決の事実誤認を主張し、被告人の配布したビラに記載した事柄は、何れも真実のことであつて虚偽の事実ではない、というのである。
よつて、記録を検討するのに、江明発が数軒の音楽喫茶、酒場などを経営し、その資金不足、経営不如意などのため、取引上の債務を負担し、手形の不渡を出した事実はこれを否定し得ない。また同人が右事業に必要な資本を、すべて自分の手持資金をもつて賄つたわけでなく、林葆郷など有力な出資者の協力の外他より借入金をもつてこれを運営していたことも明らかである。しかしながら被告人が配布したビラに記載した、「自身の資産を持たず、資金不足や自身の乱費を不渡手形で穴埋めした」という事実は認め難い。江明発はその事業経営の態度に多少堅実性を欠き、その日常の生活にも若干放慢なところがあつたことは必ずしも覆い難いところではあるけれども、それは決して乱費家という程のものではなく、この乱費の穴埋めを不渡手形等で賄つたという記載は単なる誇大でなくして虚偽である。また右ビラの中に「借金未払金は枚挙にいとまなく、詐害行為もあれば、詐欺類似のものもあります」、という記載は、江明発自身には、別に詐欺等の不正事件があつて係争中であるという趣旨には解されないで、同人の債務、未払金の中には正常な商取引によらず、詐欺その他不正な手段によるものもある如く受け取れ、その債権者に対して不信を抱かしめることは否定し得ない。江明発がその債務支払に当つて腑に落ちないところがあつて異議を申立てた事実はあつても、難癖をつけて噛みついた、ということは誇大であり、また虚偽である。借金の山不渡りの山積があつて、借りたものは払わず、債権者が泣寝りしてその請求を放棄する状態にある如き表現は、前段の記載と相まつてすべて江明発が、莫大な負債のために支払いの資力尽き債権者を威圧して公然とその支払を拒否している趣旨の表現であつて、その内容は誇大であるばかりでなく虚偽である。原判決が虚偽の風説を流布してその信用を毀損したものと認定したことは正当であつて、所論の如き違法はない。
(兼平 斉藤 関谷)