大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和38年(う)651号 判決 1963年7月11日

控訴人 被告人 中村茂

弁護人 高橋喜一

検察官 平山長

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は弁護人高橋喜一提出の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、ここにこれを引用し、これに対し次のように判断する。

原判決中被告人中村に関する判示事実(第六の一、二、三)は、これに対応する原判決挙示の証拠を総合すれば充分にこれを認定することができ、記録を精査検討しても、原判決の事実認定に過誤はない。しかして、たばこ専売法によるたばこ専売制度が結局において国家財政上の収入をその根本目的とし、同法が右根本目的の下に、その企業独占の実を具体的に確保し、且つ該企業の堅実な運営及びその信用の保持等を期するため、たばこの耕作、製造たばこの製造、輸入、販売、輸出等の各段階において諸種の規制をなし、特に販売の段階においては、製造たばこの販売機関を日本専売公社及びその指定小売人に限定していること(同法第二十九条)にかんがみれば、同法第六十六条第一項にいう「譲り渡し、又は譲り受け」とは、、売渡又は買受の如く、当該当事者間において目的物の所有権の移転及び代金の支払を目的とする授受の場合に限られるものではなく、売渡人が目的物の売渡斡旋方を依頼してこれを中間に介在する第三者に引き渡し、右第三者が目的物の売渡斡旋方を委託されてこれを売渡人から受け取る場合の如く、いやしくも国のたばこ専売権確保のために存する叙上の監督統制を紊し、延いてはその根本目的を阻害することとなるべき目的物の授受は、授受の当事者間における目的物の所有権の移転の有無及び代金の支払の如何に拘らず、これまた同条同項にいう「譲り渡し、又は譲り受け」に該当するものと解するのを相当とするから、たとえ所論の如く、被告人中村自らが本件製造たばこの買受人本人ではなく、同被告人は、かねがね本件製造たばこの売渡斡旋方を被告人に依頼していた原審相被告人若林義春とその買受希望者森某との間を斡旋して右両名間にこれが売買を成立させ、右若林から同人が森に売り渡すべき右たばこを受け取つてこれを森に引き渡したに過ぎないとしても、右被告人の所為を前記法条にいう「譲り受け」と解し、これに対し同法第七十一条第一号所定の罰則を適用して処断した原判決はまことに相当であり、所論指摘の如き瑕疵はない。論旨は理由がない。

よつて、刑事訴訟法第三百九十六条により本件控訴を棄却すべきものとし、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 坂間孝司 判事 栗田正 判事 有路不二男)

弁護人高橋喜一の控訴趣意

原判決は罪とならない事実を以て、被告人にたばこ専売法違反の事実ありと認定したものであつて、被告人は無罪である。

一、原判決は被告人の行為を以て有償を以て当該たばこを譲り受けたと言うにあるが、果して本件に付、右原判決認定の事実があるかどうか検討して見ることとする。

二、右原判決認定事実は所謂売買による所有権の取得であり、譲り受けると言うことも所有権の移転をいうものであつて、単なる占有の移転を指すものではないと解すべきであるから、結局譲り受け事実の有無はその原因行為たる売買の有無に帰着するので、若林と被告人間に売買の事実があつたかなかつたかを論定することが先決問題である。

三、右の売買という成句は法律用語として民法上の売買の意義に解すべく、然らば、之は対価たる金銭の授受により目的物の所有権を取得することであるが、この何れの事実関係も本件に於ては存在しないものである。

四、先づ代金の支払に付、考へて見ると代金は買主の森から一旦中村の手に渡つたが、之は売主若林に渡すため中村に渡したものであつて代金支払の意味に於て中村に交付したものではない、又森より金員を受取つた中村も直ちに其の場で之を若林に渡したので、中村が該金員を所持していた時間は数十秒時の短時間にすぎないこの事実関係よりする時は、森が中村に代金を支払らい、更に中村が若林に代金を支払つたと認定することは牽強附会と言はざるを得ない。

右の事実関係は若林の昭和三十四年四月十九日付専売看視に対する犯則事件質問顛末書に「品物を運んでから間もなく中村が車の処に帰り、私に五二、五〇〇円を現金でくれたので、その侭帰つた」旨の供述、同人の第五回公判における桝井弁護人に対する「中村の世話で森という人に売つたことは間違いない。中村も売る時立会つたが金は森が出したので、自分は森に売つたと思う」(記録八一丁)なる供述、同じく高橋弁護人に対する「初め私が中村に何処か売る処はないかと聞いたら中村がどこか紹介してやるといい、代金は取引した場所で、森-中村-自分の順で直ちに貰つた」(記録八二丁)なる供述、被告人の昭和三十七年四月十七日付司法警察員に対する供述調書中の代金支払の事実関係の供述被告人の第五回公判における「代金は一度自分が受取り、その侭すぐ若林に渡した」(記録八七丁)なる供述等を綜合すれば、売買代金の支払は森と若林間に行はれ、被告人は単に仲つぎをしたにすぎなかつたことが明らかである。

五、目的物たるたばこも買受人の森の自宅の附近まで、若林が運搬し、自動車より直ちに森の家へ運び入れたものであつて、中村がたばこに手を触れたのは車より森の家へ運搬するための間手に持つただけであるから、中村がたばこの所有権を取得した時機は全然ない。

右の事実関係は、若林の昭和三十七年四月十九日付専売看視に対する犯則事件質問顛末書、被告人の昭和三十七年四月十七日付司法警察員に対する供述調書、若林及被告人の第五回公判における供述(八六丁)等によれば、たばこは若林が森の住所近傍迄運搬し、森の看視の下に被告人が手伝つて直ちに森の家へ運び入れたことより明らかである。

六、然らば本件に於て売買の要素たる代金支払と目的物の所有権取得は中村と若林の間には全然なかつたものと言はなければならない。

七、結局若林、被告人等の供述を綜合すると若林からたばこの買入を頼まれた被告人が一旦は之を断り、その後森の依頼により若林を紹介相知らない両者間を斡旋して売買を成立させ森から仲介の謝礼たる口銭を、然も後になつて貰つた(八六丁)ことが本件の真相であつて売買となすことは余りにも牽強附会である。

八、若し中村にたばこを買う意思があるならば、若林より話があつた当初に於て買入れ、その后に於て自ら積極的に買入を求めるのが普通であつて、最終買入より頼まれてから売先を求めるのでは単なるブローカー的存在にすぎず、到底独立して売買の当事者となるものとは認定出来ないものである。

九、中村の取得した金は森より売買斡旋の謝礼であることは関係人の供述により明らかであるが、中村が森より謝礼を貰つたのは若林と森の取引の後の場合もあつた点よりしても中村の取得金は売買代金でなく謝礼であることは明らかである。

十、捜査調書中売つた又は買つたとの供述はあるが、之は取調官の言辞に調子を合はせたにすぎない、自己の行為を確実に評価して用いた用語ではないから、事実認定に当つては単なる用語にとらはれず、全般の事情及証拠からして中村の行為が売買に当るか否を判断すべきものである。

十一、以上を綜合すれば、被告人の行為は若林と森間のたばこの売買を斡旋成立させたにすぎず、このことは勿論非難さるべきではあるが、被告人が独立して若林と森の中間に売買当事者として参加したものではないから、本件公訴事実としては被告人は無罪を以て論ずべく原判決は罪とならない事実を以つて犯罪の成立を認定したものであるので取消の上無罪の御判決を求める次第である。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例