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東京高等裁判所 昭和38年(ネ)1053号 判決 1968年1月30日

控訴人 小口住宅建築研究所こと小口淳三

被控訴人 山田恭栄

主文

原判決中控訴人の敗訴部分を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は主文と同旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張および証拠の関係は、左記のとおり訂正付加するほかは、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。

(被控訴代理人の主張)

一  昭和三六年八月初頃本件建物新築工事請負契約が合意解除された際、被控訴人においてその所有の旧建物(請負工事予定敷地約一〇坪いつぱいに建てられていた木造瓦葺二階建家屋一棟であつて、階下が事務所に、階上が住居になつていた。)を取り毀してえられた材木類を一切控訴人に取得させこれをもつて控訴人の取り毀し費用に充てるとともに、控訴人において前渡金五〇万円を同月末日までに被控訴人に返還する旨の約定が、当事者間に成立した。

二  仮に右前渡金返還の約定が結ばれなかつたとしても、右合意解除の結果、控訴人は請負契約の締結に伴ない交付を受けた右前渡金を不当利得として被控訴人に返還すべき義務を負うに至つた。

三  仮に右合意解除の事実が認められないとしても、被控訴人は民法第六四一条により昭和三六年八月初頃控訴人に対し本件請負契約を解除する旨の意思表示をし、これによつて右契約は解除された。その際被控訴人は前記のとおり取り毀された旧建物の材木類を控訴人に取得させ、これをもつて控訴人の取り毀し費用に充当し、右解除により控訴人の被つた損害を賠償した。この解除の結果、控訴人は被控訴人に対し、同法第五四五条による原状回復義務の履行として、仮に右解除には同条の適用がないとすれば同法第七〇三条による不当利得返還義務の履行として、右前渡金を返還すべきである。

四  控訴人の下記自白の撤回には異議がある。

(控訴代理人の主張)

一  本件請負契約が昭和三六年八月初頃合意解除された旨の被控訴人主張事実について、控訴人は、さきに、右日時の点を除きこれを認めたが、それは真実に反する陳述で錯誤にもとづいてしたものであるから、その自白を撤回し、右主張事実を全部否認する。控訴人が被控訴人主張のような旧建物を取り毀し、その材木類を取得したことは認めるが、被控訴人主張のような約定が成立したことは否認する。

被控訴人が民法第六四一条による本件請負契約解除の意思表示をしこれにより右契約が解除されたことは認めるが、右意思表示のされた日が被控訴人主張のとおりであることおよび被控訴人が控訴人の右解除により被つた損害を賠償したことは争う。

二  控訴人は昭和三六年六月中旬頃(本件請負契約書が作成されたのは同月二三日であるが、同日より前に口頭で右契約が結ばれていた。)から後記のような事情で本件工事より手を引くに至つた同年九月半ば頃までの間に右契約にもとづき次の諸工事を施行した。

1  旧建物除却………昭和三六年六月二〇日頃から旧建物の取り毀しに着手した。残土砂を川崎市溝の口まで運んで捨て、跡片付をした。

2  設計、建築許可申請‥‥‥新築建物は鉄筋コンクリートブロツク造りで構造計算をして設計をし、また同年七月一〇日頃建築確認申請をした。(もつともその確認は同年九月初旬頃後記安井建設株式会社においてこれを受けた。)

3  地鎮祭‥‥‥旧建物除却後の同年七月一日執り行なわれた。

4  根伐り工事………深さ約一・五メートルの基礎の穴掘りをした。

5  杭打工事‥‥‥地盤を固めるためコンクリートパイル(長さ四メートル、直径〇・二五メートル)四本、松丸太(長さ四メートル末口〇・一五メートル)一六本を打込んだ。この打込は、櫓を組み機械打をする方法によつた。

6  山留工事‥‥‥隣地との境界に、崩れるのを防ぐため松丸太八本を打込んだ。

7  捨コンクリート工事‥‥‥前記5の杭のうえに、コンクリートを流しこんでベースを造り、次の基礎工事の前段階とした。

8  基礎工事‥‥‥鉄筋の配筋工事およびそれに伴なうコンクリート打込をした。

9  水盛、遣形、仮設、墨出し………敷地の傾斜、水平度を計り、仮枠を作り柱を建てるようにした。なおこの工程の前に、一階が事務所用であるため土間コンクリートの打込をした。

10  壁ブロツクの積み上げ………ブロツクを四段ないし五段積み上げた。(高さ約一メートル)

11  サツシユの手配その他本件工事をするための工事用水の蛇口取付工事をした。

さらに控訴人は本件工事について話があつた昭和三六年四月中旬頃から右各工事実施期間中施主たる被控訴人との十数回にわたる平面計画、基本設計等の打合せ、現場下見、設計図作成、旧建物取り毀しの監督、その他の工事の監督等にあたつた。以上1ないし11について控訴人の支出した費用合計金三三一、四五〇円以上に、控訴人の費した右各労働に対する対価および右各工事既済分について控訴人の受くべき利潤を加えると、既成工事について控訴人の取得すべき報酬は総額金五一一、〇六一円に達する。

ところで被控訴人は昭和三六年八月末頃訴外安井建設株式会社(同会社は被控訴人から本件建物の爾後の新築工事を請負いこれを完成した。)を介して控訴人に対し本件請負契約を解除する旨の意思表示をするとともに、工費の精算書を提出するよう求めて来たので、控訴人はやむなく同年九月半ば頃本件工事から手を引き、同月二八日頃右訴外会社を介して被控訴人に対し、前記報酬金五一一、〇六一円の内訳を記載し桜橋工事精算資料と題した同日付書面(乙第一八号証)を提出し、かつ、本件建物の既成工事部分をすべて引渡したのであるが、その際被控訴人と控訴人は合意のうえ右報酬金相当額の損害賠償請求権をもつて前渡金返還請求権とその対当額で相殺した。仮に右合意による相殺がされなかつたとするならば、控訴人は、被控訴人の右契約解除およびこれに伴なう既成工事部分の被控訴人への引渡により右報酬金と同額の損害を被りこれが賠償を被控訴人に請求しうる筋合であるので、昭和四二年一一月七日の本件口頭弁論期日において右損害賠償請求権をもつて、被控訴人の前渡金返還請求権とその対当額において相殺する旨の意思表示をした。

なお仮に本件請負契約が被控訴人主張のとおり合意解除されたとしても、その際、被控訴人において既成工事費を支払いかつ既成工事部分を引取る旨の契約が当事者間に結ばれたのであつて、前記のように精算資料の交付および既成工事部分の引渡がされた昭和三六年九月二八日頃控訴人は右契約にもとづき被控訴人に支払を求めうる既成工事代金債権金五一一、〇六一円相当の損害賠償請求権をもつて被控訴人の前渡金返還請求権とその対当額において相殺する旨の意思表示をした。また仮に右契約が結ばれなかつたとしても、被控訴人は前記の契約解除および既成工事部分の受領により、控訴人の財産および労務にもとづく既成工事代金五一一、〇六一円相当の利得を受けこれがため控訴人に対し右代金と同額の損失を及ぼしたのであるから、右金員相当額を不当利得として控訴人に返還する義務を負つたわけである。そこで控訴人は昭和四二年一二月一四日の本件口頭弁論期日において右不当利得返還請求権金五一一、〇六一円をもつて被控訴人の前渡金返還請求権とその対当額において相殺する旨の意思表示をした。

以上の次第で被控訴人の前渡金返還請求権は消滅した。

(新たな証拠)<省略>

理由

(一)  注文者たる被控訴人と建築請負業者である控訴人との間に控訴人において東京都中央区西八丁堀三丁目一四番地内に鉄筋コンクリートブロツク造陸屋根三階建事務所兼居宅一棟建坪各階とも二七・九六平方メートル(八坪四合六勺)(本件建物)を昭和三六年九月三〇日までに建築完成し、被控訴人においてこれに対する報酬として金二五五万円を支払う旨の請負契約が締結され、その前渡金五〇万円が同年六月二五日被控訴人から控訴人に支払われたことは当事者間に争がない。

(二)  被控訴人は本件請負契約が昭和三六年八月初頃合意解除された旨主張し、控訴人においてさきにこれを認めながら(ただし合意解除された日時の点は争う。)当審に至りこの自白を撤回したので、まずこの点について考えるに、被控訴人の右主張事実を認めるに足りる証拠はなく、むしろ、当審証人成瀬良蔵の証言により成立を認めうる甲第一号証、成立に争のない甲第二号証、当審における控訴本人の供述によりいずれもその成立を認めうる乙第一ないし第六号証、第七号証の一、二、第八ないし第一三号証、第一四号証の一、二、第一五ないし第一八号証、第一九号証の一、二、第二〇号証の一、二、第二一号証、当審証人浅見雅俊の証言によつて成立を認めうる乙第二二号証、当審証人成瀬良蔵(ただし下記不採用部分を除く。)、同浅見雅俊の各証言、原審および当審における被控訴本人(ただし下記不採用部分を除く。)、当審における控訴本人の各供述ならびに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められ、当審証人成瀬良蔵ならびに当審および原審における被控訴本人の各供述中右認定に抵触する部分は採用し難く、成立に争のない甲第三号証は右認定を左右するに足らず、他にこれを動かすに足りる証拠はない。

被控訴人は昭和三四年頃訴外山田昭三からその所有の東京都中央区西八丁堀三丁目一四番宅地三四・九七平方メートル(一〇坪五合八勺)およびその地上いつぱいに建てられた本造瓦葺二階建事務所兼居宅一棟を買受けたのであるが、その後右訴外人の紹介の下に控訴人に対し右建物を除却してその跡に本件建物を新築する仕事を請負わせることとなり、昭和三六年六月二〇日頃口頭で控訴人と前記請負契約を締結し同月二三日その契約書を作成した。

そこで控訴人は同月二〇日頃知合の株式会社浅見土建代表者代表取締役浅見雅俊に旧建物の解体処分、本件建物新築のための杭打工事、基礎工事、一階ないし三階の鉄筋コンクリート主体工事を下請負させ、同会社において同日頃から旧建物の取り毀しに取りかかつた。そしてこの前後頃から同年八月初頃までの間に、控訴人および同会社の手により、控訴人主張のとおり、旧建物の除却その残土等の搬出、設計建築許可申請、地鎮祭、根伐り工事、杭打工事、山留工事、捨コンクリート工事、基礎工事、水盛、遣形、仮設、墨出し、壁ブロツクの積上げ、工事用水の蛇口取付工事およびサツシユの手配が順次実施された(旧建物が控訴人によつて除却されたことは当事者間に争がない。)。

ところで本件請負契約において被控訴人は契約成立時に請負代金の内金八〇万円を、本件建物の一階コンクリート打ちを終える同年八月一五日までに内金八〇万円を、本件建物が完成し被控訴人に引渡されるときに(完成の日から七日以内に引渡される約束であつた。)残金九五万円を支払う旨約しながら同年六月二五日に第一回の内金のうち金五〇万円を支払つたにすぎなかつたこと等のため控訴人において約定どおりに工程を進めず、同年九月末日までに本件建物の竣工が覚束なくなつて来たので、被控訴人は同年八月上旬ないし中旬頃前記山田昭三を介して控訴人に対し本件請負契約を解除する旨の意思表示をし、ついで本件建物の爾後の建設工事を引受けるよう訴外安井建設株式会社との折衝を進めた。工事の渋滞したのは被控訴人の内金支払が約定どおりに行なわれなかつたことによるものとする控訴人は、被控訴人の執つた措置に承服しかねたものの、頭金の支払にも滞る被控訴人から爾後の代金の支払を受けられるか否か不安であり、またさきに受領した内金にほぼ相当する工程を終えたものと考えたので、格別異議を唱えることもなくそのまま本件請負契約による工事を中止し、被控訴人と同年九月一日付で本件建物の爾後の工事を続行しこれを完成することを目的とする請負契約を結んだ安井建設株式会社の求めにより、同月二八日頃自己の施工した前記各工事の内容およびその代金をしたため桜橋工事精算資料と題する同日付書面を右会社に提出し、かつ、その頃までに既成工事部分を同会社に引渡した。本件請負契約においては、注文者は自己の都合により工事完成前損害を賠償して契約を解除することができ、この場合には請負代金を精算決済したうえ請負人より注文者に契約の目的物を現状のまま引渡す旨約定されていたけれども、桜橋工事精算資料と題する右書面は右会社の手許に留められたままに終り、控訴人および被控訴人間における右清算は行なわれなかつた。なお本件建物は爾後の工事が右会社により実施されて翌三七年六月下旬頃竣成し、請負工事代金三三〇万円)(追加工事費金三〇万円を含む。)の支払と引換えに被控訴人に引渡された。

以上の認定事実よりすれば、注文者たる被控訴人が請負人たる控訴人において未だ仕事を完成していない昭和三六年八月上旬ないし中旬頃本件請負契約を解除したものであつて、ただこれに対し控訴人より格別の異議が述べられなかつたにすぎず、両当事者が合意のうえ右契約を解除したものではないと認められる。

したがつて本件請負契約が合意解除された旨の被控訴人主張事実に対する控訴人の自白は事実に反するものというべきである。

そして特別の事情の認められない本件にあつては、右自白は控訴人の錯誤によるものと推定される。それ故控訴人が当審においてした右自白の撤回は許されるべきであり、右合意解除の事実は肯認しえない。

(三)  次に被控訴人は昭和三六年八月初頃旧建物を取り毀してえられた材木類を控訴人に取得させこれをもつて控訴人の取り毀し費用に充てるとともに、控訴人において前渡金五〇万円を同月末日までに被控訴人に返還する旨の約定が当事者間に成立した旨主張し、前段の主張事実については、原審および当審における被控訴本人の供述中にこれに副うかのような部分が存するけれども、前記(二)認定事実に対比して考えると、右供述部分だけでは未だこれを肯定するに足りず、後段の主張事実についてはこれを認めうる何らの証拠も存しない。

なお合意解除の結果控訴人に不当利得返還義務が発生した旨の被控訴人の主張も、右合意解除の認められない以上、採用し難い。

(四)  しかるところ被控訴人のした前記(二)認定の契約解除は民法第六四一条によるもの(本件請負契約において同条と同趣旨の約定がされていること前記のとおりであるが、この約定は同条の規定内容を確認したものであつて、これと異なる合意をしたものではない)と解されるので、控訴人は原状回復義務の履行として契約成立時に受領した内金五〇万円を返還すべきであるが、これとともに、同条の規定上被控訴人において控訴人が解約により被つた損害を賠償する義務のあることが明らかである。

ところで、両当事者合意のうえ既成工事部分が控訴人より安井建設株式会社に引渡され、この既成工事部分のうえに右会社により爾後の工事が続行されて本件建物が完成し被控訴人に引渡されるに至つたこと既述のとおりであるから、控訴人が右既成工事に費した材料費、労賃その他の諸経費のみならず、控訴人において本件建物全部を建設する仕事を完成したとすれば自から収得したであろう利益のうち右既成工事部分に相当する部分もまたうべかりし利益として損害賠償の範囲内に含まれるものというべきところ、前記(二)冒頭掲記の各証拠によれば、控訴人は材料費、運搬費、下請負人株式会社浅見土建の労賃その他の諸経費にすくなくとも合計金三四一、四五〇円を支出して前叙各工事を実施し、この既成工事部分は本件建物建設の全工程代金合計二五五万円のすくなくとも五分の一ををしめ、右諸経費にこの工事部分についての得べかりし利益を加算したその評価総額はすくなくとも金五〇万円を下らないものというべく、これと同額の損害賠償請求権を控訴人において取得したものと認定するのが相当である。

右契約解除の際、取り毀された旧建物の材木類を控訴人に取得させこれをもつて控訴人の取り毀し費用に充当し右解除により控訴人の被つた損害を賠償した旨の被控訴人主張事実を肯定しうる証拠なく、また既成工事部分引渡の際両当事者合意のうえ控訴人主張の報酬金相当額の損害賠償請求権と被控訴人の前渡金返還請求権とを対当額で相殺した旨の控訴人主張事実を認めうる証拠もない。しかし控訴人が昭和四二年一一月七日の本件口頭弁論期日においてその主張のような相殺の意思表示をしたことは本件記録上明らかであるから、被控訴人主張の前渡金五〇万円の返還請求権は控訴人の前記認定の損害賠償請求権金五〇万円との相殺により消滅したものといわざるをえない。

(五)  よつて、右前渡金の返還を求める被控訴人の本訴請求は全部理由がないから、原判決中附帯請求の一部を棄却した部分を除く爾余の部分(控訴人敗訴部分)を取消して被控訴人の請求を棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 小川善吉 萩原直三 川口冨男)

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