東京高等裁判所 昭和38年(ネ)1068号 判決 1967年3月06日
控訴人 中山鉱業株式会社
被控訴人 国
訴訟代理人 河津圭一 外三名
主文
本件控訴のうち拡張申立をした部分を却下しその余の控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事 実 <省略>
理由
一、本案前の主張について、
控訴人は、昭和三十八年六月二十四日当審における第一回口頭弁論期日において原審における本訴請求のうち訴を減縮して発電所施設につき生じた通常の損害賠償請求(請求原因(六)の(1) 参照)についてのみ控訴をすると陳述しながらその後昭和四十年十月十八日第十三回口頭弁論期日において右通常の損害賠償請求のほか更に得べかりし利益の喪失による損害賠償請求(請求原因(六)の(2) 参照)についても控訴の趣旨を拡張して不服申立をすると述べ控訴の趣旨訂正の申立をしたことは当裁判所に明白である。併しながら本訴請求は、控訴人が被控訴人の債務不履行ないしは不法行為を理由とし、控訴人所有の発電所竝にその施設(水車ほか十一件)について受けた通常の損害賠償請求権を訴訟物とするほか出鉱減による得べかりし利益の喪失による損害賠償請求権を訴訟物とする訴とを併合した所謂客観的併合訴訟と解すべきところ控訴人は原判決の目的たるこれ等訴訟物のうち後者に関する訴を取下(請求の減縮)げ前者の請求権の適否についてのみ不服の申立をしたものと認めるのが相当である。控訴人は本件訴における訴訟物は一個の金銭的請求権であるから前示「請求を減縮する」と陳述した真意は、原審一個の判決の一部につき不服の申立をしていたがその後不服中立のなかつた部分についても追加して不服申立をする意味で控訴の趣旨を拡張したものであつて請求の減縮(訴の一部取下)をした趣旨ではないと弁疎するが本件請求が客観的併合訴訟であり分離可能のものであることと控訴人のした前記訴訟行為とに鑑み、右主張の理由のないことは明らかである。そうだとすれば、本件控訴のうち控訴の趣旨を拡張する申立をした部分は終局判決後訴の取下をなし更に同一訴訟物につき新たに訴を提起したと同様であるから不適法というべくこの部分の控訴を却下すべきである。
二、そこで適法なる不服の申立のあうた本案の訴訟につきその当否を判断するに当裁判所は当審における新たな資料を勘酌するも控訴人の本訴請求は失当として棄却すべきものとなすものでその理由は原判決の理由中で説示するところと同一であるからここに右記載を引用する。
これを要するに控訴人の発電所及びその施設につき加えられた損害は訴外岡谷組が被控訴人(長野営林局)から請負つた本件林道工事の施行中その落石によつて生じたものであることはさきの説示するところによつて認められるところ、一般に請負契約においては請負人は独立の地位をもち註文者は使用者として責任を負わないのが原則であるが、注文者が請負人の行為によつてその責を負うとなすためには、第一に注文者が具体的な注文又は指図について注文者に過失があつた場合、第二は請負契約とは謂うものの注文者が請負人に対して指揮監督権を持ち事実上請負人が注文者の被用者のような関係にあるときは使用者責任を認めて差支えない場合のあることは疑のないところであるからこれを本件の場合について被控訴人にこの点の帰責事由があるか否かにつき原審の判示に附演して説示する。
(一) 被控訴人(営林局)が請負人である岡谷組に対し本件工事につき指揮監督をなして施行せしめていた事実は本件に顕出された全証拠によつてもこれを認めることはできない。尤も控訴人の指摘するように<証拠省略>によれば本件請負契約書の第五条には被控訴人の工事施行について自己に代つて監督又は指示する監督員を選定することができると規定し、その添付の仕様書には本工事施行の順序方法は凡て係員の指示を受くること、切取より生一じた土石は係員の指示により適否の土捨場に取捨てること等の記載があるが、<証拠省略>を総合してみると右監督員の監督の範囲はこの契約書又は仕様書に定められた事項に限定されており、本件工事が契約通りに行われるかどうかを監督させるものでしかないこと、従つて、控訴人主張の如く本件工事が右監督員の指示なしには工事が進行しないというようなものでないことが窺われ、かつ通常請負契約にあつてはこのような目的の下に専門の技術者をして監督させる例のあることは応々にして見受けられるところであるから、本件請負契約においてこのような監督員を選定したことによつて控訴人たる請負人が事実上被控訴人の被用者と同様な関係にあつたと謂うことはできない。従つて被控訴人は使用者としての責任を負うものではない。
(二) 次に被控訴人の註文又は指図についての帰責事由の有無について判断する。
(1) 控訴人は、本件工事は相当高度の技術を要すべきであるから、技術的経済的能力の有無について予め十分なる調査をして請一負人を選定すべきに拘らず漫然これ等の能力なき岡谷組に請負わしめた過失により本件損害を惹起せしめたものであると主張するが仮に岡谷組を選任したことと損害発生との間に因果関係があるとするも、岡谷組が原判決認定の如き事業経歴及び経営規模を有する土木工事の専問業者であり、かつ横川林道第一期工事をも請負いこれを完成しておる事実により被控訴人を本件工事の請負人に指名したものであるからこれにより過失があるとなすを得ない。従つてこの点の主張は理由がない。
(2) また被控訴人作成した工事の設計自体に過誤が存しその設計に基づいて工事を施行するにおいては請負人が如何なる注意をなすも控訴人の損害を防止することはできなかつたと認むべき証拠は何もない。当審における控訴会社代表者尋問の結果によれば本件発電所上部の林道工事はトンネル堀進の方法を採用するにおいては右発電所には何等の影響もなかつた筈である旨供述する。勿論これも一つの方法であつたかも知れがないが、訴外岡谷組が本件工事を請負うに際し被控訴人側より工事に伴う落石等により控訴人の本件発電所を破壊しないような措置を講ずべきこと、そして右措置に要する費用は請負代金額に加算してある旨の現場説明を受けこれを諒承していたことはさきに原判決の理由中で説示したところであるから岡谷組としては自己の責任において本件工事を引受けたものとみるべきである。控訴人は、被控訴人において特別な権力的地位を利用して岡谷組を強制して契約せしめたとの憶測をするがそのような証左は何も存しない。従つて本件註文に何等の過失はない。
(3) のみならず被控訴人は本件工事施行の順序方法、その他岩石等の取り捨て等につき岡谷組に対し指示監督を行う義務を負わず請負の責任と自主的な判断においてこれ等を処理すべきものであること、またこれ等の点につき何等具体的な指示を与えた事実のないことは上敍説示したところであり当審における新たな資料も右認定を左右するものはない。よつて本件工事につき被控訴人が岡谷組に対し指図したこと、また指図すべくしてしなかつたことにういて過失があつたとなすを得ない。
以上のとおり請負人たる岡谷組の行為に関し註文者たる被控訴人にその責を負わしめるような事実を認むべき証拠はないから控訴人の本訴請求はその余の点につき判断するまでもなく失当で棄却を免れない。
よつて本件控訴のうち控訴の趣旨を拡張した部分は不適法であるから民事訴訟法第三百八十三条によりこれを却下しその余の控訴は理由がないから同法第三百八十四条によりこれを棄却し控訴1費用の負担につき同法第八十九条第九十五条により控訴人の負担とし主文のとおり判決する。
(裁判官 毛利野富治郎 加藤隆司 平賀健太)