大判例

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東京高等裁判所 昭和38年(ネ)147号 判決

一、被控訴人が長女真美を懐胎したことについて。

原審における当事者各本人の供述と長女真美の生年月日が昭和二十二年六月三十日であることをあわせ考えると、長女真美は、被控訴人が東京都南多摩郡のある特殊飲食店で接客婦をしていた当時である昭和二十一年秋に懐胎した子であることが明らかである。しかしながら、控訴人と被控訴人との婚姻の日は昭和二十二年二月四日であるから、被控訴人が真美を懐胎したのは、控訴人との婚姻前のことであり、しかも前記当事者各本人の供述によると、被控訴人は、右懐胎の当時控訴人とはまだ内縁の夫婦というような関係にもなかつたことが認められるから、被控訴人が真美を懐胎したことをとらえて被控訴人の不貞行為を云々する余地は全くない。のみならず、前記当事者各本人の供述によると、控訴人は、昭和二十一年六月頃前記飲食店で遊興し、そこで働いていた被控訴人と関係を生じて以来、しばしば被控訴人のもとに通つて性的関係を継続し、ついには被控訴人に結婚を申入れるほどの相思の仲となつたものであつて、同年九月中には被控訴人から真美懐胎の事実を打明けられて承知していたほか、被控訴人がその当時の職業柄他の男性との性的関係が絶無ではないことをも十分知りながら被控訴人と婚姻するに至つたことが認められるのである。このような事実から考えると、真美が真実控訴人と被控訴人との間に懐胎した子であるかどうかをせんさくするまでもなく、真美懐胎のことをもつて被控訴人に対する離婚原因の一つとすることは到底できないものといわなければならない。

二、被控訴人が長男久二郎を懐胎したことについて。

〔証拠〕と、久二郎の生年月日が昭和三十一年九月二十九日であることとをあわせ考えると、控訴人は、昭和三十年十一月中家出をして被控訴人のもとを去り、横浜市在住の加藤早智子と同棲するに至つたが、久二郎は、被控訴人がその後の昭和三十年十二月中か翌三十一年一月中に懐した子であることを認めることができる。そして、〔証拠〕をあわせ考えると、控訴人と久二郎とは、血液型検査の結果では、その父子関係を全く否定することはできないまでも、父子である確率はわずか二十五パーセントにすぎず、しかも控訴人の泌尿器科学的諸検査の結果によると、被控訴人の右懐胎の当時である昭和三十年または昭和三十一年頃には控訴人は受精能力を欠いていたことを認めることができる。してみると、被控訴人は夫たる控訴人以外の男子との性的交渉の結果、久二郎を懐胎したものであり、被控訴人にかような不貞の行為があつたことは間違いのないところとしなければならない。

被控訴人の上記の不貞行為は、それ自体婚姻関係を根底から破壊する決定的な行為であつて、その責任を看過しがたい重大な出来事である。しかしながら、他方、控訴人は被控訴人が上記の不貞を働くに先だつ昭和三十年夏頃から加藤早智子と情交関係におちいり、果ては同年十一月中妻たる被控訴人を置去りにして家を飛出し、横浜市内の同女のもとで同棲を始めるに至つたものであることは、原判決認定のとおりであり、しかも、前記当事者各本人の供述によると、控訴人の家出前は、妻たる被控訴人にその品行を疑わせるような振舞いがあつて、それが原因となつて家庭内に風波が起きた、というようなことは何もなく、むしろ、控訴人が加藤と関係をもつ前の数年間は平和な家庭生活が営まれてきたことを認めることができる。以上に認定したいきさつからみると、被控訴人の前記不貞行為は、控訴人自身が犯した不倫な行為によつて誘発されたものにちがいないいとみるほかはないのであつて、控訴人こそその婚姻関係の破綻につき被控訴人以上の責任を負うべき筋合いであるといわなければならない。そして、このことは被控訴人の不貞行為が控訴人の家出後日ならずして行われたということや、控訴人が当時被控訴人に生活費を送つていたかどうかということによつて左右されるものではない。控訴人が被控訴人と別居して以来多年加藤と同棲を続けていることや、控訴人と久二郎との間に父子関係がない点などを考えると、控訴人と被控訴人との破綻の復元は、極めてむずかしいことであると考えられるけれども、婚姻生活の復元が可能であるかということと夫婦の一方の離姻請求を裁判所が認容すべきかということとは、別のことである。くだいていえば、婚姻生活の復元が極めて困難であるにかかわらず、人類の倫理観念などに照して、夫婦の一方の離婚請求を認容することは裁判所としては到底できない、という場合があるのである。本件において、婚姻関係の破綻につき被控訴人に比してより大きな責任を負うべき立場にある控訴人の請求をいれて本件離婚請求を許すことは、夫婦関係を支配する倫理観念に背くものであつて、当裁判所として到底是認しがたいところである(被控訴人が久二郎をかかえているということは以上の判断に影響を及ぼすものではない。被控訴人としては、その責任において、控訴人に迷惑をかけないように久二郎を養育しなければならない。)。

三、被控訴人が控訴人所有家屋を担保として金借したことについて。

控訴人は、被控訴人が控訴人所有家屋の登記を被控訴人名義にかえ、これを担保に金借したことを非難する。しかしながら、〔証拠〕をあわせ考えると、被控訴人は、控訴人が昭和三十年十一月に家出をして加藤と同棲しているうえ、翌昭和三十一年二、三月以降は控訴人からの仕送りも絶えたところから、残された被控訴人親子の行末に不安を感ずるの余り、同年四月中控訴人所有家屋につき自己名義の登記を経たものであり、その後間貸し等によつて得た若干の収入を生活の資にあてていたが(間貸し等による収入が控訴人主張の金額であつたことを認めるに足りる証拠はない。)、なお生活を支えるに十分でなかつたところから、同年八月中止むなく右家屋を担保に差入れて他から金十万円を借用するに至つたことを認めることができる。してみると、被控訴人が家屋所有名義を変更したり、これを担保に金借したりしたことが控訴人不知の間に行われたものとしても、そのことをもつて一途に被控訴人を責めることは妥当ではなく、むしろ被控訴人にそのようなことをさせたことの責任の大半は、家庭を放棄し、妻に対する扶養義務すら十分に果さなかつた控訴人の側にあるというべきであるから、被控訴人の右行為をもつて婚姻を継続しがたい重大な事由とすることはできないものといわなければならない。

(新村 中田 吉田武)

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