大判例

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東京高等裁判所 昭和38年(ネ)1989号 判決

次に控訴人の有する株式会社関谷商事の株式を評価するに、原審(第三回)及び当審(第一回)における控訴本人の尋問の結果、右尋問の結果及び当審証人渡辺善三の証言によつて成立の認められる乙第二一号証によると控訴人の有する株式は合計一万〇〇九〇株であることが認められる。ところで右会社の株式が市場性を有することを認める証拠はないので、これを評価するには会社の正味財産に対して全株式に対する控訴人の持株の割合を乗じて得た金額をもつてするのが相当である。

よつて株式会社関谷商事の財産について調べてみると、原審(第三回、原審の控訴本人の尋問調書中記録第一〇七丁に乙第三号証の四とあるのは同号証の五の誤記と認める)及び当審(第二回)における控訴本人の尋問の結果によつて成立の認められる乙第三号証の五中の右会社の昭和三七年三月三一日現在の財産目録には、資産合計二一一一万六八五八円、負債合計二四二九万〇二九一円、差引財産不足額三一七万三四三三円と計上されているけれども、前述のとおり右会社は控訴人所有の深秀桜の建物及びこれに架設された電話加入権二本について賃借権を有するところ、右建物及び電話加入権の価額は前述のとおり建物の敷地の借地権を含めて三四四二万八三〇〇円であつて、久保鑑定人の鑑定の結果(第一回)によると、その賃借権ある場合の価額は五〇%とされること前記のとおりであるから、右建物及び電話加入権の賃借権の価額は差引五〇%と見るべきであつて、合計一七二一万四一五〇円と評価することができ、また右深秀桜の建物に架設された電話加入権一本及び右建物の電気、水道、その他の付帯設備(久保鑑定人の鑑定の結果によると深秀桜には電話三本があることになつており、そのうち一本は控訴人個人の所有に属するか会社の所有に属するか不明であるが、しばらく会社の所有と仮定し、また付帯設備の一部も控訴人個人の所有であることは前記のとおりであるが、その範囲を明確にする証拠がないので、これ又すべて会社の所有と仮定する)の価額は右鑑定の結果によると、それぞれ八万五〇〇〇円、一八六万五〇〇〇円、合計一九五万円であり、更にホテル春秋の土地建物及びその付帯設備の価額は右鑑定人の鑑定の結果(第一、二回)によると合計一六九〇万二四五〇円であつて、右の総計は三六〇六万六六〇〇円であるから、前記財産目録中右土地建物、付帯設備、電話加入権ないしはそれらの賃借権に相当すると考えられる土地、建物、構築物、設備雑作、植木の各科目の金額の合計一二一一万九一八〇円と右鑑定に基く価額三六〇六万六六〇〇円(右鑑定は昭和三七年四、五月当時を標準とするものであるから右財産目録と時期的に著しいずれはない)とを置き換えると、株式会社関谷商事の資産合計は四五〇六万四二七八円となり、負債二四二九万〇二九一円を差引いても二〇七七万三九八七円の正味財産が存することになる。(なお右財産目録には什器備品二八一万九〇三六円とあるのに対して、原審鑑定人清水茂の書画骨董什器備品等に対する鑑定の価額は、これを合計しても一九七万四四三五円にしかならず、しかもかなり重複が存するので、重複分を差引くと合計額はそれ以下となるが、右鑑定の価額を前記乙第一八号証の一、二(資産台帳)記載の価額に対比すると、例えば伊東深水筆の絵画については乙第一八号証の一には昭和三二年三月三一日の購入価額四〇万円とあるのに対し鑑定の結果では二〇万円とあるように鑑定価額のほうが低いものがあり、その他古今の有名な画家或いは書家の筆になるものとしては実物を見ないでも明らかに低廉にすぎると認められるもの多数を含んでいるので、右鑑定の結果は採用し難く、なお右乙第一八号証の一、二も記載の金額はすべて購入価額と認められるから、これを総計してみても一時点における価額を算定することはできない。)

ところで株式会社関谷商事の商業登記簿の謄本である甲第一四号証の二によると、同会社の資本金は二四〇万円であつて、発行済の株式は二万四〇〇〇株(一株一〇〇円)であり、そして控訴人の持株は一万〇〇九〇株であること前記のとおりであるから、控訴人の有する株式一万〇〇九〇株は右会社の正味財産二〇七七万三九八七円に二万四〇〇〇分の一万〇〇九〇を乗じた八七三万三七三〇円と評価することができる。

(福島 今村 長西)

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