東京高等裁判所 昭和38年(ネ)2425号 判決 1965年5月07日
理由
被控訴人がその主張の基本の約束手形(甲第一号証の手形であるが、裏書部分は暫らく措く)を現に所持していることは当事者間に争がない。
ところで被控訴人は右手形は、これを控訴会社から裏書譲渡を受けた旨主張するので、この点についてしらべて見ると、その表面については(証拠)によれば、その裏面の裏書欄に表面記載の振出日に当る昭和三十七年四月三十一日控訴会社取締役社長松本茂名義による支払拒絶証書作成義務免除を伴う裏書があり、右社長の記名捺印が存することが認められる。上叙裏書部分については、控訴人は当初その成立を認める旨自白していたのであるが、後に右裏書は訴外吉田重蔵において控訴会社の社長印を盗捺して偽造したものであるから前示自白は事実に反し錯誤に基くものであるとして取消す旨主張するところ、(証拠)によれば、前述の裏書は控訴会社名義を使用して、裏書等の手形行為をなす権限のない吉田重蔵において社長松本茂の承認をも得ないでその氏名を使用し社長印を押捺して作成したものであることが認められるので、上叙自白は事実に反するものであり、右自白について特段の事情を認め得る証拠のない本件では、自白は錯誤に基いたものと推定されるので自白は有効に取消されたものと言わざるを得ない。
しかしながら(証拠)を綜合すれば、吉田重蔵は昭和三十二年頃より控訴会社に勤務するようになり、当初は商品の売込等に従事したが、その後管理部長として売掛金の取立、得意先の資産調査、資金繰りなどの指導を担当していたものであり、昭和三十七年五月頃控訴会社の取引先である訴外株式会社三興電気ポンプ工業所から手形決済に充つべき資金借入れの斡旋方の依頼を受け、同会社代表取締役古田精と協議の上、同会社の経営をたて直し、それによって控訴会社の右会社に対する売掛金の回収を円滑にするため、被控訴人に資金の融通を依頼し、株式会社三興電気ポンプ工業所振出の本件約束手形に、控訴会社名義で前述の如く裏書をなし、被控訴人に交付して被控訴人より金五十万円の資金を受領したこと、(手形割引か、手形の売買か、又は単に手形による貸付か、その何れかであるが、)当時吉田重蔵は前述の業務を担当していた取締役ではないのに拘らず、控訴会社代表取締役松本茂の伯父であり、しかも社内では社長である右代表者松本の机の隣に机を並べ、松本の机の上には「社長」、吉田の机の上には「専務」と表示した標示板を吊し、会社の内外でも専務の呼称を用い、社印、社長印を保管することもあり、取引先、同業者等に対しても、恰も控訴会社を代表し、或は代理する権限を有するものの如く振舞っていたのに対し、控訴会社は吉田の地位、権限について明確にする措置を講ずることなく、吉田の行動を黙認していたことが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。
右認定の事実によれば、吉田重蔵は控訴会社を代表又は代理して本件手形の裏書をなす権限はなかったことは既述のとおりであるが、控訴会社は吉田に控訴会社を代表又は代理する権限を与えている旨を取引の相手方に表示していたものと解するのが相当であり、従って吉田が控訴会社を代理(正確には控訴会社代表者を代理)して裏書した本件手形につき、(その代理の故を以て商法第二百六十二条が直接適用されないとしても)少くとも民法第百九条による被代理者(本人)として被裏書人に対し、裏書人としての責を負わねばならないことは明である。
もっとも原審並びに当審証人吉田重蔵の証言、控訴会社代表者尋問の結果中には本件手形裏書当時、吉田に控訴会社を代表又は代理する権限がないことを被裏書人である被控訴人が知っていたかのような供述部分があるが、右部分は信用が措けないし、他に被控訴人が吉田の無権限を知っていたことを認め得る証拠はない。
してみれば、控訴会社は被控訴人に対し本件手形金支払の義務があるわけであるが、控訴人は一部弁済があった旨抗争するのでこの点についてしらべてみると、本件手形の元利金の内金として合計十一万三千四百八十四円の弁済があったと認め得ること、並びに内金十万円が手形の元金のうちに、その余の部分金一万三千四百八十四円が満期以降の法定利息に充当されたものと認められることは原判決が、その理由として掲げるところと同一であるから、その記載をここに引用する。しかしながら右法定利息の充当計算には誤算があり、満期である昭和三十七年六月十日以降同年十二月三十一日まで(二百五日間)の金四十万円(五十万円の元金の内十万円の弁済があつたことは前述のとおり)に対する年六分の利息は合計金一万三千四百七十九円であるから、これを前示一万三千四百八十四円から控除した残余の金五円のみが昭和三十八年一月一日分の利息の一部として充当されたことになるわけである。けれども右誤算は控訴人には有利となつており、被控訴人より附帯控訴もないのであるから、原判決を控訴人の不利益に変更することはできない。
ところで(証拠)によれば本件手形が満期の翌日である昭和三十七年六月十一日支払場所に支払を求めるために呈示されたことが認められるので、控訴人は裏書人として被控訴人に対し本件手形の残金四十万円とこれに対する昭和三十八年一月一日分の年六分の利息中の未払分(少くとも原判決摘示の三十円)及び右金四十万円に対する昭和三十八年一月二日以降完済までの手形法所定の年六分の利息を支払う義務あることは明であり、右請求を認容した原判決は相当である。