東京高等裁判所 昭和38年(行ナ)35号 判決 1973年4月27日
原告
大日本印刷株式会社
右代表者
北島織衛
右訴訟代理人弁護士
湯浅恭三
外二名
弁理士
鈴木秀雄
被告
ミルプリント・インコーポレーテッド
右代表者
ジャック・アール・ジュエル
右訴訟代理人弁護士
各務勇
外一名
弁理士
秋元不二三
外一名
主文
特許庁が、昭和三十八年一月二十九日、同庁昭和三六年審判第一七二号事件についてした審決は、取り消す。
訴訟費用は、被告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、被告訴訟代理人は、「原告の請求は、棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求めた。
第二 請求の原因
一 原告訴訟代理人は、本訴請求の原因として、次のとおり述べた。
原告は、昭和三十六年三月二十七日、被告ミルプリント・インコーポレーテッドが特許権者である特許第二三六、九五四号「印刷された貼り合わせシートの製造法」なる特許発明(昭和二十九年十一月四日特許出願、昭和三十二年七月三十日出願公告、同年十一月二十一日登録)につき特許無効の審判を請求し、昭和三六年審判第一七二号事件として審理されたが、昭和三十八年一月二十九日、「請求人の申立は、成り立たない。」旨の審決があり、その騰本は、同年二月二日原告に送達された。
二 本件特許発明の要旨
前以て定められたコースを通つて貼り合わすべき二本の巻取フィルムを向かい合わせて進めその巻取フィルムの進行中に少なくともその一方の露出面に印刷をし、また、同じく、進行中に少なくともその一方の露出面に接着剤を塗被し印刷され接着剤を塗被された巻取フィルムをロールの形に巻きとり、その後に先ず印刷された巻取フィルムの外側の端部の印刷面を他方の巻取フィルムの外側の表面に見当を合わせてもつて来て最後にそれらを同時にロールから引き出して見当のあつた状態で二つの巻取フィルムを貼り合わせることからなる印刷された貼り合わせシートの製造法。
三 本件審決理由の要点
別紙「本件審決理由の要点」記載のとおり
四 本件審決を取り消すべき事由
本件特許発明の要旨が本件審決認定のとおりであることは争わないが、本件審決は、次の点において判断を誤つたものであり、違法として、取り消されるべきである。
すなわち、
(一) 本件特許発明はその出願前公知の刊行物である米国特許第二、六七九、九六八号明細書(以下「引用例」という。)記載の発明と同一であるか、引用例の記載から容易に推考できる程度のものであるところ、本件審決は、引用例をもつて本件特許出願前公知のものではないと誤認し、これを前提として本件特許を引用例の記載から無効とすることはできないとした点において判断を誤つたものであり、
(二) 仮に、前項の主張が理由がないとしても、本件特許は、特許第二五二、一五四号の発明(一九五三年十一月三日及び一九五四年一月十二日のアメリカ合衆国に対する特許出願に基づく優先権を主張して、昭和二十九年五月二十七日特許出願されたもの)(甲第七号証)(以下「引用発明」という。)の後願の関係にあるところ、本件審決は、引用発明をもつて本件特許発明の先願発明と認めることはできないとした点において判断を誤つたものである。
右(一)及び(二)について詳述すると、次のとおりである。
まず、(一)について
1 引用例は、本件特許出願前公知であつた。
旧特許法(大正十年法律第九十六号をいう。以下同じ。)第四条第二号にいう「頌布」とは、「公衆の閲覧しうべき状態におかれたこと」と解すべきであるから、引用例は、現実に公衆の閲覧に供された事実があつたかなかつたかに関係なく、それが国立国会図書館に受け入れられた時点において、公衆の閲覧しうべき状態におかれたものというべきである。
(1) 本件特許出願日前に、引用例が国立国会図書館に、また、オフイシャル・ガゼットが特許庁資料館にそれぞれ受け入れられていたことは争いがないところであるから、右オフイシャル・ガゼットを特許庁資料館で閲覧できたこと、これにより公衆は引用例の特許明細書の特許番号を知ることが可能であつたこともまた争いのないところであろう。とすれば、右オフイシャル・ガゼットにより引用例の特許番号を知つた公衆は、その閲覧を特許庁に請求することができる筋合であり、この場合、特許庁は、全文明細書が国立国会図書館に受け入れられているか否かを直ちに照会すべきであり、もしそれが受け入れられていれば、国立国会図書館は資料が同館に到着し次第、速やかに特許庁資料館に引き渡す取扱いであり、同資料館も受け入れた資料は、直ちに公衆の閲覧に供することにしていることは、本件審決も認めるとおりである。このように、引用例は、未だ資料館には入つておらず、国立国会図書館にあつたままであるけれども、公衆の要求さえあれば、特許庁が国立国会図書館にその引渡し方を要請し、これを受け入れて直ちに閲覧に供することができ、またそうしなければならない状態にあつたのであるから、引用例は、当時、「公衆の閲覧しうべき状態におかれた」といわなければならない。
(2) 特許庁資料館は、通商産業省設置法に基づき設立されたとしても、同時に、国立国会図書館法第二十条の適用を受けて、同館の支部図書館でもある。すなわち、同条によれば、「館長が最初に任命された後六箇月以内に、行政及び司法の各部門に現存するすべての図書館は、本章の規定による国立国会図書館の支部図書館となる……」と定められ、これに基づいて制定された「国立国会図書館法の規定により行政各部門に置かれる支部図書館及びその職員に関する法律(昭和二十四年五月二十四日法律第百一号)」第一条は、国立国会図書館支部特許庁図書館は、国立国会図書館法の規定により特許庁に置かれたものとする旨を、また、同法第二条第二項は、支部図書館の長は、国立国会図書館法に従い、支部図書館の館務を掌理する旨をそれぞれ規定している。したがつて、同資料館宛の外国資料も国立国会図書館法の定めるところに従つて取り扱われることとなるところ、昭和二十五年九月七日付「新着外国資料仮排架閲覧に関する件」と題する国立国会図書館長決定(国立国会図書館法規要覧)によれば、同館国際業務部において受入登録を了した外国資料のうち、引用例のような外国政府出版物は、名宛に従つて他官庁等に到着した旨を連絡し引き渡すべく、受入整理部において分類目録の作業を行なう以前に、一般考査部へ引き渡され、同部の官庁資料閲覧室において排架のうえ、閲覧に供するものと定められていた。したがつて、引用例の明細書も、右決定の定めるところにより、仮排架のうえ、閲覧に供されるべき建前となつていたことが明らかである。<中略>
第三 被告の答弁
被告訴訟代理人は、請求の原因に対する答弁として、次のとおり述べた。
原告主張の事実中、本件に関する特許庁における手続の経緯、本件特許発明の要旨並びに引用例及び原告主張のオフイシャル・ガゼットが国立国会図書館及び特許庁資料館にそれぞれ受け入れられた年月日、及び引用発明の特許出願の年月日(優先権主張の点を含めて)が、いずれも原告主張のとおりであることは認めるが、その余は否認する。本件審決の認定ないし判断は正当であり、原告主張のような違法の点はない。
(一) 原告主張の(一)の点について
引用例は、米国特許局から、わが国特許庁あてに、スミソニアン協会国際交換局を経由して送付された特許資料(スミソニアンレコード番号第五、六八八号)を含む貨物内に、しかも右特許資料の包装内に包まれたままの状態で、昭和二十九年九月三十日国立国会図書館に到着し、引用例の米国特許明細書をも内包した右特許資料は、昭和三十年一月二十日、特許庁に原包装のまま転送されるまで、他の特許資料と共に、箱詰のまま国立国会図書館に保管されていた。このように国立国会図書館は、昭和三十年一月二十日に特許庁に前記スミソニアンレコード番号第五、六八八号の貨物に内包されていた米国特許資料を原包装のまま転送し、転送を受けた特許庁は、同日原包装のなかにあつた引用例の米国特許明細書を受け入れ、この時点で初めて引用例の米国特許明細書は特許庁資料館で閲覧可能となつた。引用例が特許庁に受け入れられた昭和三十年一月二十日以前においては、前記スミソニアンレコード番号第五、六八八号の貨物の中に内包されている米国特許資料の包装の中に引用例の米国特許明細書が存在することについては、国立国会図書館も、特許庁も、共に全く知る由もなかつたのであるから、原告の主張は、このような具体的事情に眼をつぶり、専ら空虚の議論に終始するものというべく、その失当であることは明瞭である。
また、特許庁資料館すなわち特許庁の所属機関である万国工業所有権資料館は、設置に関する法的根拠、目的、管理運営、職員等、国立国会図書館及びその支部である特許庁図書館とは全く別異のものである。したがつて、特許庁に受け入れられた外国資料は、通商産業省設置法第四十六条第一項及び万国工業所有権資料館規定第十四条ないし第十七条の規定に従つて、公衆の閲覧に供されるのであり、国会図書館長の「新着外国資料仮排架閲覧に関する件」の決定が適用され、仮排架閲覧に供されるのではない。右決定は、国立国会図書館受入れの外国資料にのみ適用されるもので、他官庁受入れの外国資料にまで拡張適用されるべきものではない。したがつて、国立国会図書館は、右決定に定める国際業務部における受入登録も、区分も、一般考査部への引渡し、官庁資料閲覧室における仮排架閲覧も、受入整理部における分類目録作業も全く行なわず、他の米国特許資料と共に、包装のまま、あて先の特許庁に送付したものである。このように、引用例は、その閲覧が本件特許出願前に現実に可能であつたという事実はなく、したがつて、それに公知性が附与されたとすることはできないことは当然であるから、その記載内容を本件特許発明の構成要件と対比することは全く無意味であり、この点に関する原告の主張には反論の要をみない。
<後略>
理由
(争いのない事実)
一本件に関する特許庁における手続の経緯、本件特許発明の要旨及び本件審決理由の要点が、いずれも原告主張のとおりであることは、本件当事者間に争いのないところである。
(本件審決を取り消すべき事由の有無について)
二原告(請求人)は、本件特許発明は、引用例記載の発明と全く類似するから、その特許は無効とされるべきである旨主張したところ、本件審決は、引用例は、本件特許の出願前公知の文献とはいえないとして、原告の右主張を排斥したことは、当事者間に争いのない本件審決理由の要点に微し明らかなところであるが、本件審決が引用例をもつて、本件特許出願前公知の文献といえないとしたことは、認定を誤つたものであり、したがつて、この誤つた認定を前提として、原告の請求を排斥したことは失当といわざるをえない。すなわち、引用例が、本件特許出願の日(昭和二十九年十一月四日)前である同年九月三十日、国立国会図書館に受け入れられたことは当事者間に争いがないこところ、本件に適用されるべき旧特許法第四条第二号にいう「頌布セラレタル刊行物」とは、一般公衆、すなわち不特定多数の人がその内容を了知しうべき状態に置かれた刊行物をいうものと解するを相当とし、かつ、引用例は、現実にこれを閲覧した者があつたかどうかにかかわりなく、それがわが国の国立国会図書館に受け入れられた日において、一般公衆がその内容を了知しうべき状態に置かれたものとみるを相当とするから、引用例は前記法条にいう「特許出願前国内ニ頌布セラレタル刊行物」に当たるものというべきである。被告は、特許庁資料館は国立国会図書館の支部ではなく、特許庁の附属機関として別個の存在である旨主張するが、国立国会図書館法第二十条の規定によれば、昭和二十三年八月、当時特許庁に存在した特許局陳列館は国立国会図書館の支部図書館を兼ねることとなり、昭和二十七年八月一日万国工業所有権資料館と改称されたものであるから、万国工業所有権資料館をもつて国立国会図書館と無縁の存在であるとすることはできず、国立国会図書館法に定める国立国会図書館と支部図書館との相互関係等に照らすと、国立国会図書館を経由して支部図書館に受け入れられる図書に関しては、前説示のとおり解するのが相当である。仮に百歩を譲り、引用例が特許庁資料館に受け入れられたのちでなければ、一般の閲覧しうる状態にはないものとしても、これが国立国会図書館から特許庁資料館に転送されるに要する日数は、転配事務の多少の渋滞を考慮に入れても、社会通念上、通常一か月に及ぶものとは解しえないから、引用例は、その国立国会図書館受入れの日から一か月以上を経過した本件特許の出願当時すでに一般の了知しうべき状態にあつたものとみるを相当とする。したがつて、引用例をもつて、本件特許の出願前公知の文献とはいいえないとして原告の無効審判の請求を斥けた本件審決は、失当といわざるをえない。
(むすび)
三叙上のとおりであるから、その主張の点に判断を誤つた違法のあることを理由に本件審決の取消を求める原告の本訴請求は、進んで他の点について判断するまでもなく、理由があるものということができる。よつて、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条及び民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。
(三宅正雄 武居二郎 友納治夫)
<別紙・本件審決の理由の要点>
請求人は、審判請求書及び弁駁書において、本件特許は無効にされるべきであると述べ、その理由として、本件特許の方法は、甲第一号証記載の「印刷された包装材料製造法」と全く類似する旨及び
『(1) 甲第一号証の明細書が本件特許出願日である昭和二十九年十一月四日以前の昭和二十九年九月三十日に国会図書館に受け入れられたことは甲第二号証により明らかであり、国会図書館は当庁資料館に到着する外国特許明細書に公知性附与能力を有すると考えうるから、本件特許の内容は、その出願日以前に公知の状態にあつたといえる。
(2) 米国特許第二、六七九、九六八号のガゼットが国内公知となつた(昭和二十九年十月十四日当庁受入れ)後、直ちに同米国特許明細書の閲覧を申請すれば本件特許の出願日以前に同特許明細書が公知にされる可能性が生ずることは甲第四、第五号証等によつて明らかである。
(3) 国会図書館総務部長の当庁審判部長宛の回答は時称の取扱方その他について適格性を欠き、また、国会図書館では資料の当庁への引渡しにつき一定の規則に従つているとみなすべきである。』旨主張する。
よつて審理するに、甲第一号証の明細書が西暦一九五四年六月一日に特許された他の米国特許の明細書とともに昭和二十九年九月三十日に国会図書館に受け入れられ、昭和三十年一月二十日に当庁に転送されるまで国会図書館はこれを公衆の閲覧に供さなかつた事実は乙第一号証の一及び甲第三号証によつてこれを認めうるばかりでなく、同館総務部長の当庁審判部長あて回答書に徴し、同館自体は当庁あての米国特許明細書を公衆の閲覧に供さないことにしていたことが明らかであるから、同館に甲第一号証の明細書が本件特許出願日前に到着していても、これによつて同明細書に公知性が附与せられたものとみなすことはできない。
次に、職権によつて調査するに、米国特許第二、六七九、九六八号明細書の一部は、本件特許出願日以前の昭和二十九年十月十四日に当庁資料館に受け入れられたオフイシャル・ガゼット(Official Gazette)第六八三巻第一号第一五九頁に掲載されているので、何人も、このガゼットの記載からその特許番号を知り、当庁資料館に明細書の閲覧を申請すれば、資料館において全文明細書を閲覧しうるわけであるがその閲覧が可能なのは全文明細書が当庁資料館に受け入れられてから以後であることには議論の余地がない。
しからば、国会図書館から当庁資料館への引渡期日が本件特許出願日以前になるかどうかについて考察するに、甲第五号証によれば、国会図書館は資料が同館に到着し次第、すみやかに当庁資料館に引き渡すことにしており、当庁資料館も甲第四号証の示すとおり、受け入れた資料は直ちに公衆の閲覧に供することにしているから、引渡が順調に行なわれる限り、該資料が本件特許出願日以前に公知の状態におかれるであろうことは請求人の主張を待つまでもなく、容易に推定しうるところであるが、前記特許の全文明細書は本件特許出願日以後である昭和三十年一月二十日に当庁資料館に受け入れられているから、もはやこの推定は成立しない。したがつて、公知可能性を論じ、上記米国特許明細書は本件特許出願前の公知文献であるとする請求人の主張は、採用できない。
なお、請求人は、審判請求書、弁駁書等において、必ずしも主張として明確ではないが、上記ガゼットの記載を公知文献として引用しており、又は特許第二五二、一五四号と本件特許との出願日の先後関係を云々しているので、これらの点について審理する。
本件特許の方法は、その要旨に示すとおりの貼り合わせシートの具体的製造法で、二つの印刷模様の見当合わせによつて一つの印刷模様を現出しようとするものであるに反し、前記ガゼットに記載されるところは単に二層のフィルム間に単一の印刷層を有する包装材料自体が記載されるにすぎず、図面もその方法を明確に示すものでないから、このガゼットの記載から本件特許の方法が容易になしうるとは認めえない、また、特許第二五二、一五四号の発明は、その特許請求の範囲から明らかなように、上記のガゼットに記載されていると同様な包装材料自体に関するもので、本件特許発明の方法と別異のものと認められるから、前記特許第二五二、一五四号の発明を本件特許と同一要旨を有する本件特許の先願発明と認めることはできない。
次に、国会図書館総務部長名の当庁審判部長あての回答書の効力について審理するに、現に請求人がその効力を主張する甲第五号証が甲第六号証の館長あての照会に対する総務部長名の回答書であるにもかかわらず有効と認められるのと同様に、同回答書は同総務部長が、同館の専決規定により、又は館長の指示に従つて作成したものと認められ、その効力にいささかも疑いをさしはさむ余地は存在しない。そして、さらに上記回答書の用いる時制について考察するに、同回答書は当庁審判部長の照会に対応するもので、同図書館では当庁あての米国特許明細書を公衆の閲覧に供しないこと、及び供していなかつたことが充分了解しうるから、回答書と照会文とについて、その表現上のくいちがいを云々する請求人の主張は、回答の真意を故意に曲解せんとするものと認めざるをえない。
最後に、国会図書館が資料引渡しに関して一定の規則を有しないと認める旨の昭和三十七年十月十一日附の通知は、同通知書の冒頭に明記したように、当審判官の調査に基づくもので、引渡しが規則的でないことは、乙第一号証の一を甲第五号証ないし甲第六号証と対比しても明らかなことである。
以上説示のとおりであるから本件特許は請求人の主張及び証拠方法をもつてしてはこれを無効とすることはできない。