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東京高等裁判所 昭和38年(行ナ)54号 判決 1964年4月28日

原告

三機工業株式会社

代理人

市川理吉

外一名

被告

日本化機工業株式会社

主文

本件訴訟は昭和三八年九月三日訴の取下により終了した。

原告の昭和三八年九月一八日附書面による口頭弁論期日指定申立後の訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文第二項掲記の書面をもつて、本件訴訟につき口頭弁論期日の指定を求めると申し立て、その事由として、

原告は本件につき昭和三八年八月三一日附をもつて、当事者間に示談が成立したことを事由として被告の同意ある本件訴の取下書を当裁判所に提出したが、右訴の取下は左記の理由により無効であるから本件訴は依然当裁判所に繋属しているものと思料する。よつて本件の口頭弁論期日指定の申立に及んだ。

一、原告は昭和三八年八月二十八日被告との間に、本件訴訟の目的物である原告の有する実用新案登録第四三〇八〇四号金属洗滌装置の実用新案権(以下本件実用新案権と称する)について、左記要旨の示談契約を締結した。

(イ)  原告は被告に対し本件実用新案権について通常実施権を許詰しその設定登録手続に必要な書類を交付すること

(ロ)  被告が右設定登録手続に必要な書類を原告より受領したときは、被告は本件実用新案権についての特許庁昭和三四年抗告審判第二一七四号登録無効抗告審判請求事件の抗告審判請求を取下げること

(ハ)  原告は右抗告審判請求の取下を確認したときは本件訴訟を取下げること

二、そして原告および被告は該示談契約により協力して本件実用新案につき特許庁に昭和三八年八月三〇日通常実施権設定の登録を了するとともに、被告は該抗告審判請求の取下書を同庁に提出し、その受取を了したので翌三一日附本訴についての取下書を前述のとおり提出した。

三、(1) しかるに右示談契約における前示抗告審判請求事件については、すでに昭和三八年三月三〇日審決がなされた後であるから、旧実用新案法第二六条により準用されている旧特許法第一一〇条ノ三により被告は、右抗告審判請求を取下げることができないものであつて、原告は、法律上不能な取下を条件として本訴訟を取下げることとしたものであり、また該抗告審判請求事件においては本件実用新案は無効とするとの審決がなされているものであるから、仮りに本件訴の取下ができても、その取下の結果本件実用新案登録は無効が確定することとなり、実施権の設定もその効力がないこととなるものであるゆえ、該示談契約をした目的は明かに達成せられないものである。したがつて、かかる示談契約は当然無効の契約である。

(2) 原告および被告は前示示談契約が確実に履行されるものとして、これを前提条件として本件として本件訴の取下の意思を表示したものであるが、該示談契約は前陳のとおり無効であるから、当裁判所に対する取下の意思表示は、いわゆる意思表示の要素につき錯誤があつたものであるゆえその効力がない。

(3) ところが、訴の取下は訴訟行為であるとともに、抗告審判請求の取下も本質上訴訟行為であり、その請求の取下によりその取下の効力が形成されることに本件訴の取下の効力発生をかからしめてなされたものであるが、該抗告審判請求の取下は法律上(審判手続上)不能でその取下の効力は発生し得なかつたものであるから、本件訴の取下もその効力を発生し得ないものである。

これは訴訟上のある状態が形成されることに、訴訟行為の効力の発生を係らせていたものである。例えば訴の変更が許されることを条件として旧訴を取下げることができるが、訴の変更が許されない場合は旧訴は依然として繋属しているものであると同様に、抗告審判請求の取下が可能なことを条件として本件訴の取下をしたものであるが、前述のとおり抗告審判請求の取下は不能であつたから、本件の取下は効力が発生せず依然として有効に繋属しているものと思料する。

かかる条件附訴訟行為はその条件が成就しなかつたとしても、訴訟の存在、進行は阻害されることはなく、裁判所又は相手方の地位を不安定にする虞れがないから、有効であると信ずるものである。と述べ、証拠として甲第一ないし三号証を提出した。

理由

一、本件記録によると、本件につき当事者間に示談が成立したので原告は本訴を取下げ、被告はこれに同意するむねの記載のある昭和三八年八月三一日附訴の取下書が、同年九月三日原告訴訟代理人から当裁判所に提出されていることが明かである。

二、原告は、右訴の取下は当事者間の示談契約が確実に履行されることを前提条件としてなされたものであるところ、右示談契約は無効であるから、右訴の取下の意思表示はいわゆる意思表示の要素につき錯誤があつたものであるから無効であると主張する。しかしながら、訴の取下は効果意思を内容とし、訴訟法がその効果意思に即応する法効果を附与する訴訟行為であるが、訴訟法には民法におけるが如き錯誤についての効力規定が存しないばかりでなく、訴訟行為は連鎖する訴訟手続の一環を組成する行為であるから、訴訟手続の安定という要求から、表示の外観を尊重し、当事者の内心に関する錯誤は、これが詐欺、強迫等罰すべき他人の行為による場合等を除いては、原則として、訴訟行為の適法性、有効性に影響を及ぼさないものと解するを相当とし、本件の場合かかる格別の事情は認められない。

三、次に原告は特許庁昭和三四年抗告審判第二一七四号登録無効審判請求事件につき抗告審判の請求の取下が可能であることを条件として本訴の取下をしたものであると主張するが、前記訴の取下書には該取下がかかることを条件としてなされるむねの記載は全然ないばかりでなく、元来訴の取下に条件を附することは、効果の劃一による訴訟手続の安定を望むため、原告の援用する訴変更の申立のように、条件がその訴訟内で判明する場合を除き、一般的には許されないものと解するを相当とするから、(特許庁における実用新案登録無効審判請求手続と、行政事件訴訟法による右審判の審決取消請求訴訟とは、同一訴訟手続内にあるものとはいえない。)、本件訴の取下が原告主張の如き条件附であることを前提としてその効力を生じないという原告の主張は採用し難い。

四、したがつて、右訴の取下は有効であり、本件訴訟はこれによつて終了したものといわなければならないから、当裁判所は本件訴訟が前記訴の取下により終了したむねの終局判決をなすべきものとし、なお期日指定申立後の訴訟費用につき行政事件訴訟法第七条民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。(裁判長判事原増司 判事福島逸雄 荒木秀一)

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