東京高等裁判所 昭和39年(う)1297号 判決 1965年4月12日
主文
本件控訴を棄却する。
当審における訴訟費用は、被告人の負担とする。
理由
(控訴趣意)
弁護人植木敬夫及び同池田輝孝提出の各控訴趣意書、弁護人小沢茂及び同安達十郎提出の各控訴趣意書及び控訴趣意補充書並びに弁護人安田叡提出の控訴趣意補充書記載の通りであるから、これを引用する。
(当裁判所の判断)
各弁護人の控訴趣意書及び控訴趣意補充書における所論は、事実誤認、法令の適用の誤及び憲法違反等を主張するものであるが、これを要約すれば、次の諸点に帰するものである。
一、原判決は、被告人が作成した申告書は「申告書用紙に所要事項を記載したうえ、申告者各自にその内容を説明し、その諒解を得て法人代表者の署名押印を得た」と認定したが、そうであるとすれば、本件書類の作成者は署名押印した当該法人の代表者であり、被告人は単にその作成の準備行為をしたに過ぎないのであって、これを作成したことにはならない。
二、原判決は、本件書類は被告人以外の相模原交友会の従業員が作成したものの多いことを認めながら、これらをも被告人が作成したものとして刑事責任を問うたが、同会の他の従業員の作成した書類については、各従業員が被告人の意思とは無関係に会の業務として義務づけられたところにしたがい作成したものであるから、被告人が作成したことにはならない。
三、被告人は相模原交友会の従業員として、同会又は会員を代表する役員の指揮命令のもとに単にその手足、道具として税務書類の作成をしたに過ぎないから、税理士法違反の行為の責任は被告人にはなく、むしろ会の理事者が負うべきものである。
四、被告人は形式上はいわゆる権利能力なき社団である同会の従業員であるが、実質的には同会の会員各自の共同の従業員であり、原判決のいう法人税法第二五条の二により明らかなように法人の経理担当の従業員が雇傭主のため税務書類を作成することは法の許容するところであるから、会員全員の経理事務担当の従業員である被告人が会員のため税務書類を作成しても、それは税理士法第二条にいうところの他人の求に応じて税務書類を作成したということにはならない。
五、被告人の税務書類作成の事務は、当該会員との一定の作成の申込と承諾という関係に基くものではなく、被告人の意思とは全く無関係に規約所定の入会手続によって会員となった者について同会の従業員たる義務のみに基いて行われたのであるから、税理士法第二条にいう「他人の求に応じて」なされた場合にあたらない。
六、原判決は、被告人の本件行為が合法であるとすれば、租税の重要性にかんがみ税務書類の作成、税の申告その他の手続を資格ある税理士に行わしめんとする税理士法の法意に違反するのみならず、右のごとき形式による非税理士の税理士業務を広く見逃すこととなり、法の取締目的に反する結果となる」と判示している。しかし、現行の税制においては、徴税は自主申告を基本的立前としているが、制度はきわめて複雑難解で通常人には容易に理解し難いものがあるばかりでなく、税務書類作成の能力を持っていても事業活動に忙殺されてその機会のない者もまた多く、個々に税理士を頼むことは必ずしも経済的に容易でないと同時に資格ある税理士は申告義務者の数に比してはなはだ少数であるため、ここに零細企業者が自衛上一つの団体を構成しその団体が補助者を雇用するという方法によって多数の納税者が共同して従業員を雇いこれを経理担当者として税務書類を作成させるという本件のような形態を生じたのであってまさに適法というべきである。結局税理士法の当該規定は、自己の利益を図る目的で団体と会員という名目をかりて税理士と同種の営業を行うヤミ税理士を取締る規定と解すべきで、もし原判決のいうように本件のような場合をも税理士法に違反すると解釈するならば、多数の納税者をして事実上税法上の権利の行使を困難ならしめ、かつ税理士法に規定する非税理士の税理士業務を禁止する取締目的はいたずらに少数の税理士の経済的利益を不当に保護することとなり、全く合理性がないから、被告人の本件所為に対して税理士法第五九条、第五二条、第二条を適用処断することは、憲法第三一条に違反するか又は同法条の解釈を誤った違法があるといわなければならず、結局税理士法の前記三条文は違憲、無効のものである。
七、税務当局と本件相模原交友会とは、本件捜査開始前から何年もの間にわたり友好と協力の関係を維持して来たもので、税務当局は同会の活動を正当と認めて来たものであるにかかわらず、突然自らの見解を変えて被告人の所為を違法とするのは不当であり、又税務当局は同会が行っていると同様のことを官制の納税団体に行わせその育成に努力しており、この点からいっても、被告人の所為は税理士法に違反するものではない。
よって、以下これを検討する。
所論一について。
税理士法第二条第二号にいわゆる「書類を作成する」とは、単に他人の指示するところを機械的に記述するような事務を含まないことはもちろんであるが、他人のために所定の要件に適合するかどうかを自ら判断して必要事項を記載し書類を完成してやるときは、署名押印はその他人がする場合であっても、これに該当するものと解すべきである。記録によれば、被告人は、原判示のように「申告書用紙に所要の事項を記載する」については、単に申告者の指示するところを機械的に記述代書したものではなく、自己の判断により所定事項を自ら記載し又は事務局員を指導してこれを記載させたうえ自己の責任においてその記載を確認したものであるから、たとえ申告者が書類の完成後これを承認して署名押印したとしても、本件書類は被告人が税理士法第二条第二号にいわゆる作成をしたものといわなければならない。所論は採用できない。
所論二について。
記録によれば、本件書類の中には被告人以外の従業員が事実上これを記載したものがあることは明らかであるけれども、この場合でもそれは前述のように被告人が自己の判断に基づき事務局員にその記載方法等を指導してこれを記載させたうえ自己の責任においてその記載を確認したことが認められるのであるから、法律的に見れば、本件書類はすべて被告人が作成したものというべきである。所論は採用できない。
所論三について。
記録によれば、被告人は相模原交友会の従業員として同会の会長等役員の指揮命令により本件書類を作成したものであることは所論の通りであるが、この場合税理士法違反の罪としての被告人の書類作成行為について、前記会長等役員が教唆等の共犯の責任を負うことがあることは別として、そのために直接行為者としての被告人の刑事責任が消滅するとは解せられないことはいうまでもないから、所論は採用できない。
所論四ないし六について。
税理士法が税理士業務の遂行を原則として一定の資格を備えた税理士のみに限っていることは、同法第五二条の規定に照し明らかである。ところで、原判示のように、たとえば法人の経理担当の従業員は非税理士であっても、雇傭主のために税務書類の作成を業とすること、換言すればこれを反覆継続して行うことが許容されていると一般に解されていることは所論の通りであるが(法人税法第二五条の二は、これを前提とする規定であり、同条によって始めて右のように解されるのではない。)、これは当該従業員と法人との間に他人関係がないからというのではなく、右従業員が雇傭主たる法人のためにその本来の業務活動の一翼をになう関係にあるので、あたかも法人が自ら(正確にいえば法人の業務執行者が自ら)税務書類の作成をするのと同一視し得るからであると考えられる。そこで、記録に基づき本件の場合を見ると、相模原交友会は原判決が認定しているように、又所論主張のとおり、いわゆる権利能力なき社団であって、被告人は同会に自由に入退会できる個々の会員の意思とは関係なく同会の選任により会に雇われ(この場合、会員各自が被告人を雇っているとは、とうてい見ることはできない。)、その従業員たる義務に基づき、同会の事務として、各会員のため税務書類の作成に継続して従事したものであるから、これを前述の法人の経理担当の従業員がその雇傭主のため税務書類の作成の業務を行うのと同一視することはできない。そして、この場合、被告人の各会員のためにする税務書類の作成が会員との間の個々的な作成の申込と承諾という関係ではなく、同会の従業員たる業務に基いて行われたとしても、それは会員の税務書類作成の依頼が同会への入会という形で行われたことに基因するのであるから、被告人が他人の求に応じて税務書類を作成したということになるといわざるを得ない。
以上の理由により、被告人の本件行為は、これを目して所論のいわゆるヤミ税理士が自己の利益を図る目的で団体と会員という名目をかりて税理士と同種の業務を行う場合と同類に扱い得ないことはもちろんであるが、それだからといって税理士法第五二条に違反しないとはいえないのである。
なるほど、現行税制は複雑難解で通常人には容易に理解し難いものがあるといえないことはなく、納税者が税務書類の作成等をするについて所論のような種々な困難にしばしば逢着することがないとは必ずしもいい難いと考えるけれども、これが解決はひっきよう税務行政の妥当な運営に期すべきものといわなければならないし、又税理士法が非税理士の税理士業務を禁止することが結果においては少数の税理士の収入を多からしめることになるともいえないことはないかも知れないけれども、これはあくまでも法の反射的効果に過ぎないのであって、税理士法は本来税理士の私的な利益を保護することを目的としたものでないことはもちろんであって、税理士法が税理士業務の遂行を原則として一定の資格を備えた税理士に限ったのは、租税に関する法令を正しく理解して所定の納税義務の適正な実現を図り、ひいて納税者の正しい利益を守るとともに税務行政の妥当な運営を期する目的に出たもので、そのために一方において税理士に特別の義務と責任とを課し、税理士会をしてその指導と連絡の任に当らしめているのである。被告人の本件所為が税理士法第二条、第五二条、第五九条に該当すると解すべきものとしても、所論のように合理性を欠くとするいわれはなく、これら条文を違憲無効とする所論は独自の見解であり、採用できない。
所論七について。
税務当局と相模原交友会との間の従前の交渉関係については記録上必ずしも明らかでないけれども、当審証人石森克二及び同梅沢節男の各証言によれば、税務当局が相模原交友会において被告人に本件のような税務書類の作成等の税理士業務を行わせるような活動を是認して来たとは直ちに認め難く、又青色申告会等の税務当局と友好関係にあると認められる団体においても税理士法に違反しないよう注意して業務を行っていることを認めることができるから、所論は採用の限りでない。
以上説明の通り原判決には事実誤認、法令適用の誤、憲法違反等は存しないので、刑事訴訟法第三九六条により本件控訴を棄却し、当審訴訟費用につき同法第一八一条第一項本文を適用して主文の通り判決する。