東京高等裁判所 昭和39年(う)1566号 判決
被告人 杉本末治
〔抄 録〕
原判決が、被告人が公訴事実記載の板屋町交差点に進入する際その進行方向の信号機が公訴事実のいうように赤色の「止まれ」の信号を示していたものではなく黄色の注意信号を示していたと認定したについては、司法警察員外山治作成の昭和三十九年二月二十三日付捜査報告書中に、同人が現認した事実として、前記交差点において右折中であつた遠鉄バスが急ブレーキをかけて停車したことを記載してあるのに引き続いて「八幡町方向から南進して来た普通自動車もこの時少しブレーキをかけた様子であつたが(この時信号が赤色信号となつた。)止まることなくバスの前方を横切るようにして浜松駅方向へ走り去つた。」旨の一見被告人の運転する普通貨物自動車が前記交差点内部に相当進入し右折中の遠鉄バスに近づいたところに漸く赤色信号にかわつたという趣旨であるかのように理解され易い事実の記載のあることが、与かつて力があつたのではないかと推察されるのであるが、右記載の前段には「C地点へ一台の普通貨物自動車が殺到して来た為に遠鉄バスは云々」とあり、附属図面にはC点として北方の横断歩道上の一地点が表示されていることをも参酌してみると、前記捜査報告書引用の部分を前記のように理解することが同報告書の趣旨を誤解するものであることが知られるばかりでなく、外山治は、原審においても当審においても、「遠鉄バスが急停車したので北方の信号を見たところ赤であり、被告人の車が北方の停止線のところに来ているのを見た。」という趣旨の証言(ただし、当審におけるものは受命裁判官の尋問調査中の供述記載)をしているのであつて、当審における受命裁判官の検証の結果により、外山治のいた地点からバスの停止位置、北方の信号機及び北方の停止線の付近にいたという被告人の車を一瞬の間に同時に視野に収めることが容易にできることが認められることに徴すれば、前記報告書中の事実の記載及び外山の各証言を信用に置いしないものであるとして排斥すべき理由を認めがたく、その他証人川口辰男の原審及び当審における各証言(ただし、当審におけるものは受命裁判官の尋問調書中の供述記載)によれば、当時、同人の運転する遠鉄バスは、浜松駅方面より北進し、青色信号の時に前記交差点に入つたのであるが、対向して来る直進車があつて右折することができなかつたため、南方の横断歩道の北端より約一、五メートル交差点に入つたところで一旦停車し、北方の信号が黄色信号にかわつた後に徐行して右折を開始し、斜右の方向に約十メートル進行した際、時速三十ないし四十キロメートルぐらいで南進して来る被告人の車を北方の停止線の向う側に認めたので、ブレーキをかけて停車したというのであり、当審における受命裁判官の検証の結果及び証人高橋博員の証言(受命裁判官の尋問調書中の供述記載)により、同交差点における当時の南北両停止線間の距離が二十五米弱で、当時の南北の信号の顕示時間が青色十九秒、黄色四・五秒、赤色三十九秒であつたと認められこと及び川口証人の各証言により、北方の信号が黄色信号にかわつてから遠鉄バスが実際に動き出すまでの間にもバスの出足が早くないことや直進車のとだえるのを更に待つたりしたことの関係上、若干の時間を要していると認められることなどを考えると、遠鉄バスが被告人の車を認めて急停車したころ北方の信号が既に赤色信号にかわつていたとしてもなんら異とするに足りないだけの時間の経過のあつたことも肯認できるのであるから、前記交差点の南北の信号機の信号が、被告人の車が同交差点に進入する直前又は少くとも進入した直後に黄色から赤色にかわつたことは、以上の証拠を総合して認めることができるものといわなければならない。外山治作成の前記捜査報告書によれば、被告人は当初外山に対し「信号をよく見ていなかつた。」と述べたというのであるが、その後段の記載によれば、被告人は、次いで「実は交さ点の手前で黄色信号だつたが、通れると思い、そのまま通つてしまつた」と述べたというのであるから、右報告書の記載自体はむしろ被告人が信号を認識していたことを示すものであるというを妨げないばかりでなく、被告人は、検察官事務取扱検察事務官に対する第二回供述調書において「他の車が全部交差点に入つたので信号が青だと思つて入つた。」旨の、不注意により何色の信号であつたかをたしかめないで交差点に進入したかのような供述をしているだけであつて、その他の機会においては、前同検察事務官に対しても、原審公判においても、青色信号の時に交差点に入り交差点の中央附近において黄色信号になつたという趣旨の弁解供述をしているわけであるが、これらの弁解供述が証拠上到底是認できないことは、前段説明のとおりであり、これらの弁解供述は、むしろ赤色信号にかわつたことを認めながらそのまま交差点に進入通過してしまつた責任を免れるためになされているものと認めざるを得ないのであるから、被告人の故意による違反行為であることは、被告人の弁論供述自体によつて推認するに十分であるというべきである。
これを要するに、本件公訴事実は、原審及び当審が取り調べた証拠によつてその証明十分であり、原判決が被告人に対し無罪の言渡をしたことは、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実を誤認したものというべきであるから、論旨は理由があり、その余の控訴趣意について判断するまでもなく、原判決はこの点において破棄を免れない。
(足立 栗本 上野)