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東京高等裁判所 昭和39年(う)1689号 判決 1965年3月11日

被告人 友常甚三郎

主文

原判決を破棄する。

被告人を禁錮四月に処する。

但し、本裁判確定の日より三年間右刑の執行を猶予する。

被告人の本件控訴を棄却する。

原審および当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、検察官岸川敬喜の控訴趣意書、および弁護人寺本勲、同渡辺脩連署の控訴趣意書各記載のとおりであるから、これを引用する。

検察官の所論は、原判決が公訴第一訴因の被告人が小林寛一郎に対し威力を加えて選挙の自由を妨害した事実について、犯罪の証明がないとして無罪を言渡したのは事実の誤認であると主張し、弁護人は、原判決が小林寛一郎外四名の自宅に被告人が訪問した所為を戸別訪問であり、また、立候補届出前の選挙運動であると認定したのは事実の誤認であると主張するのである。

よつて、当裁判所は記録を検討し更に事実の取調べをした上次のとおり判断する。

先づ、被告人の居住する通称上稲田地区に五十三戸共有財産管理委員会というものがあつて、山林七反三畝、土地千三百十坪を共有し、この土地からあがる収益を地区の公共費に充てていること、また右地区の五十三戸が昔の五人組制度に起源をもつ小組、大組にわかれ、各組は近頃の隣組制度などより遙かに強い隣保組織を作つて、各戸の冠婚葬祭から日常生活においても緊密な助け合い、結びつきをもつて今日に至つた事実はこれを肯認することができる。

弁護人は、親子、兄弟が独立して一家を構えているとき、親が子を訪ね、たまたま話題が選挙におよんで、特定候補者に対する投票の問題になつても、それは戸別訪問にならないと同様の意味で、被告人らの属する上稲田地区における人間的つながりを考えれば、被告人が小林寛一郎外四名の自宅を訪問したのは、その特殊地域社会における組織活動のわく内の行為であつて、これを公職選挙法の規制する戸別訪問として律することはできないと主張するのである。

よつて、被告人が右五名の自宅を訪問するまでの経緯その状況を証拠によつて検討してみるのに、昭和三十八年四月三十日施行の笠間市長選挙には榎並栄とこれに対抗して長谷川好三の立候補が予想されたのであるが、上稲田五十三戸共有財産管理委員会においては、二月二十八日臨時総会を開いて、その席上榎並栄を推せんする決議がなされたのである。ところが次で三月九日になると、同地区の中山定男方において右対立候補の長谷川好三を推す集りがなされ中山圭三などがその中心となつて動いたのである。被告人や右管理委員会の委員長小林房雄は、管理委員会の臨時総会で、満場一致榎並栄を支持推せんする決議がなされたと考えていたようであるが、それは表向きのことで、実際は対立候補長谷川好三を支持しようとする者が相当数いた事実は、それから十日もたたない三月九日右決議にも加つた筈の中山定男、中山圭三らが長谷川支持の会合をもつた事実によつて明瞭である。冠婚葬祭や日常生活において各農家が利害を共通する事柄に、五人組のような深い結びつきによつて一つになつて助け合うことは、勿論望ましい慣行ではあるが、事公職選挙におよんでは、誰がどの候補者を推すかは、各人の全く自由であつて、それは同一の家族の間においてさえ、そうでなければならない。各家庭が五人組のような深い結びつきになつていたとしても、その結びつきを強調する余り、各人の選挙の自由を拘束してはならない。榎並候補を支持する者と、これに対抗する長谷川候補を推すものがあつても不都合はない筈である。しかるに被告人は小林寛一郎らが榎並候補を推せんする臨時総会の決議に加つていながら、対立候補長谷川を支援する会合に出席したため榎並候補支持が危ぶまれるに至つたので、特に同候補に対する支持投票を確保する目的をもつて、右小林方外四名の各自宅を戸別訪問したものであつて、公職選挙法の規制する戸別訪問に該当することは言うを俟たない。被告人らの居住する部落における隣保関係が特に緊密であるということから、直ちに被告人の右行為をその組織活動のわく内のもので、法の規制外の所為であると主張する所論は採るを得ない。

弁護人は小林房雄、小林千代子、長本武延、潮田重一、潮田いちらの各検察官に対する供述調書を採用して被告人の戸別訪問の事実を認定した原判決を非難するのであるが、その内容を仔細に検討すれば、同人らの原審公判廷における供述が、ともすれば被告人の面前を憚つて曖昧なところがあるのに比較して、ほぼ事実の真相に触れ任意自由な供述をしたものと認められ、所論の如く客観的事実を無視した憶測を交え、検察官に迎合して不実の供述をした形跡は少しもこれを見ることができない。原判示戸別訪問の点につき事実誤認を主張する論旨は採用することができない。

次に、原判決が無罪とした選挙の自由妨害の点について判断するのに、被告人は小林房雄と共に小林寛一郎方を訪問し、専ら小林寛一郎が榎並候補を推せんする臨時総会の決議に加わりながら、その対立候補長谷川を支持する会合に出席したことをいかにも裏切り行為であるかのように難詰し、また、長谷川支持の会合に被告人と小林房雄の二人だけを呼ばなかつたことを、部落のしきたりに反し右二人を除け者にしたと責めたのであつて、それも早朝六時、小林寛一郎方の家族の一部はまだ床に就いていた頃から、約二時間もの長時間にわたつて、隣室にいた家族の者も、事の成り行きを心配する程の大きな声で、また荒い語調でその難詰を繰り返えした事実が明瞭である。また、小林寛一郎の恩給のことについても、被告人が同人の恩給を取り上げるようにしてやるという趣旨のことを言つて、害悪を加えかねまじき言動を示した、とまで判断し得るか否かは疑問があるにしても、弁護人や被告人が主張するように、恩給を取り上げられたりなどすることのないようにと、善意の忠告をしたものとは受け取れないので、矢張り小林寛一郎が、退職警察官として、恩給について何か不安を抱くような、言い廻しで、選挙に結びつけて恩給の問題を出して、同人を難詰する一つの手段とした事実は否定し得ない。

原判決は、五人組に由来する共同社会の結びつきを前提とすれば、小林寛一郎が榎並推せんの決議に加わりながら掌をひるがえす如く反対派の会合に出席し、而も右反対派の会合には部落の慣行に反し、被告人および小林房雄の二人を除外した点において、被告人としては、これを責め得べき立場、小林寛一郎としては責められてもやむを得ない立場にあつた、と判断し、被告人が約二時間に亘つて小林寛一郎を難詰する言動に、戸別訪問としては行き過ぎの感はあるが、公職選挙法第二二五条第一号にいわゆる「威力」を加えたことにはならない、と認定している。しかしながら、いかに結びつきの強い五人組であり、緊密な助け合いの隣保関係が存在しても、それと公職選挙とは飽くまで混同することはできない。榎並候補を推せんする決議に参加したからと言つて、その人の選挙の自由は絶対に保障しなければならないのであつて、それが対抗する長谷川候補を支持する会合に出席したからといつて、これを非難することはできない。また明らかに榎並栄を支持する中心的な人であることが判つておれば、その人を反対候補支持の会合に呼ばないのは寧ろ当然ではないか。事選挙に関しては同じ家族同志、親兄弟の間に意見が対立してもやむを得ないのであつて、いかに結びつきの緊密な親しい隣保相互の間でも同様である。むしろ親密な隣保関係にあれば、それだけ、お互に選挙についての対立抗争のために、緊密な隣保感情が傷つけられたりすることのないよう注意しなければならないのである。選挙戦での敵味方も、五人組の隣保組織ではもとどおりの結びつき融和が続けられなければならない筈である。被告人のやり方は正にその逆であつて、対立候補を支持する会合に出たことを裏切りだと難詰し、対立候補を支持する会合に呼ばないことをもつて除け者にしたと非難するのである。すなわち、選挙で対立すれば、それは、隣保組織の中における裏切りであり、除け者であつて、最早五人組の隣保関係も維持することができないとおびやかすものである。まさしく隣保組織の性格を誤解するも甚しいといわなければならない。

原判決は、小林寛一郎が、はじめから、選挙の自由を楯に、被告人の詰問を、きつぱり拒絶すればよいのに、煮え切らない態度、瞹昧な返答をしたため、生来性急な被告人をして一層憤懣の度を加えしめたとして、これも、被告人の言動が威力に当らない、一つの理由として指摘するのである。しかし、被告人から裏切りとか除け者とか言う意味の言葉を交えて、反対候補支持を難詰されれば、小林寛一郎も、榎並栄推せんに従わなければ、五人組の隣保関係に傷がつき、その日常生活にまで互に相反目するはめに立ち至ることを憂慮するのは当然である。小林寛一郎としてはそのことを覚悟しない限り、被告人の詰問を無下に拒否し得なかつたのである。選挙の自由を楯に、きつぱり拒否すればよいと、口で言つても、これを小林寛一郎に要求することは無理である。

原判決は、小林寛一郎に対して被告人が言つた言葉は、「長谷川さんの集りの時除け者にされたが、あんたが、われわれから仲間外れにされたら面白くないだろう」と言うもので、「組付き合いはしない」と言つたものではないと認定している。しかし「あんたが仲間外れにされたら面白くないだろう」と言う言葉は、被告人らが除け者にされたことに対する報復的な言葉であつて、単に「組付き合いはしない」などというような平盤な言葉より遥かに敵意を含むものではないか。

また、原判決は、前記小林寛一郎の恩給のことについて、被告人は同人に対し「長谷川派の招待に応ずれば必ず御馳走がでる。それが選挙違反になることを知りながら招待を受けるとは何事だ、若し選挙違反ということになれば恩給を取り上げられることになるではないか」と言つたので、検察官の主張するように、「恩給を取り上げるようにする」と言う趣旨のことを言つたことはないと認定している。この点について小林寛一郎は証人として、榎並推せん会の時に出た酒は被告人が出した酒で、それを小林寛一郎も飲んでいるから、それは選挙違反になる。被告人はその事実をあばいて選挙違反を理由に小林寛一郎の恩給を取り上げるようにすると言つた、と証言しているのである。原判決は小林寛一郎が被告人から強い語調態度で追及され心の平静を失して、被告人のいつた言葉の客観的な意味や真意を取り違える可能性もある、として、右小林寛一郎の証言を採用していないのである。長谷川派の招待についての選挙違反、と言つたのか、或は榎並推せん会に関連して選挙違反、と言つたのか、言つた方と聞いた方が、或は意味を取り違えたかも知れない。しかし被告人は善意に基く忠告の意味で恩給の問題を出したものではなく、相手が恩給について不安を抱くような言い廻しで、この問題を出したことは明瞭である。小林寛一郎が被告人の言葉の真意を取り違え善意の忠告を、悪意のいやがらせの言葉と誤解したとは到底考えることはできない。

弁護人は戸別訪問ないし、選挙の事前運動と、選挙の自由妨害とは互に排斥する行為であつて、両立するものではないと主張するのであるが、被告人は小林寛一郎方外四名の各自宅を順次訪問して榎並が立候補した場合にはこれに支持投票を依頼して選挙運動をした事実は明瞭である。ただその中小林寛一郎方においては、榎並を支持する態度を明らかにしないため、二時間にわたつて前記難詰を繰り返えし、執拗に榎並に投票するよう要求し、威力をもつてその選挙の自由を妨害したものであつて、これと前記戸別訪問ないし選挙の事前運動の所為とは排斥するものではない。

以上被告人は、小林寛一郎が長谷川派の会合に出席したことを裏切行為であるかのように難詰し、その会合に被告人らを呼ばなかつたことを、除け者にしたと非難し、小林寛一郎の退職警察官としての恩給にまで言及し、選挙にからんで、この恩給についても不安を抱かせるような言い廻わしをしたりして、執拗に約二時間に亘り、時に声を大にし語調を強めて、榎並栄を支持し同人が立候補した場合にはこれに投票するよう要求し、小林寛一郎がこの要求を容れず飽くまで被告人らと対立するときは、古い伝統をもつ隣保組織を破壊し、その日常生活においても互に敵視反目する最悪の事態を招くことを暗示して威迫しその選挙の自由を妨害した事実は明瞭である。

原判決がこの点の訴因につき無罪を言渡したのは事実を誤認したもので、判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、検察官の本件控訴はその理由があるので、刑事訴訟法第三九七条第一項第三八二条により原判決を破棄し、同法第四〇〇条但書により自判することとし、被告人の本件控訴はその理由がないから、同法第三九六条によりこれを棄却する。

(罪となる事実)

被告人は昭和三十八年四月三十日施行の茨城県笠間市長選挙に立候補を決意していた榎並栄を支持しており、同年二月二十八日上稲田五十三戸共有財産管理委員会の臨時総会でも、右榎並栄を推せんする決議が成立したところ、右榎並に対抗して立候補を予想されていた長谷川好三を支持しようとする者もあり、同年三月九日には、同市上稲田地区中山定男方において、右長谷川を支持する会合が開かれ、榎並推せんの臨時総会の決議に参加しながら、右長谷川派の会合にも出席した者もあり、榎並支持の線が危ぶまれたため、

第一、小林房雄と共謀の上、榎並栄に投票を得しめる目的をもつて、同人の立候補届出のない、同月十六日、別紙一覧表記載のとおり、右選挙の選挙人である小林寛一郎外四名の各自宅を順次訪問し、同人らに対し、右榎並栄に投票を依頼し、もつて戸別訪問をすると同時に、立候補届出前の選挙運動をなし、

第二、右小林寛一郎方に戸別訪問した際、同人が榎並支持の態度を明らかにしないため、同人方座敷において、約二時間に亘り、特に声を大にし、語調を荒く、同人が榎並推せんの決議に参加しながら、長谷川派の会合にも出席したことを部落の裏切り行為でもあるかのように難詰し、右長谷川派の会合に、被告人と小林房雄の二人だけを呼ばなかつたことをもつて、二人を除け者にしたと非難し、「あんたも仲間外れにされたら面白くないだろう」といい、また、同人の退職警察官としての恩給にまで言及し、選挙違反にからんで、同人がこの恩給についてまで不安を抱くようなことを言つて、執拗に榎並支持を強調し、同人が立候補した際は、必ずこれに投票するよう要求し、若しこれに応じないで被告人らと対立するときは、その部落に古くから伝わる五人組による親密な隣保関係の中でも、互に裏切り者、除け者として、その日常生活にまで敵視反目する事態になることを暗示し、これを憂慮した同人より「それでは俺だけは榎並に投票する」という言質を得、もつて威力をもつてその選挙の自由を妨害した。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

判示所為中戸別訪問の点は、公職選挙法第二三九条第三号、第一三八条第一項、罰金等臨時措置法第二条第一項刑法第六〇条、事前運動の点は、公職選挙法第二三九条第一号第一二九条、罰金等臨時措置法第二条第一項刑法第六〇条に、選挙の自由妨害の点は、公職選挙法第二二五条第一号罰金等臨時措置法第二条第一項に各該当する。戸別訪問の罪と事前運動の罪は、一個の行為にして二個の罪名に触れるから、刑法第五四条第一項前段第一〇条により戸別訪問の罪の刑に従つて処断する。右戸別訪問の罪と選挙の自由妨害の罪とは同法第四五条前段の併合罪であるから、それぞれ禁錮刑を選択した上、同法第四七条第一〇条により重い後者の罪の刑に法定の加重をした刑期範囲(第四七条但書の範囲)内において被告人を禁錮四月に処し、刑法第二五条第一項により本裁判確定の日より三年間右刑の執行を猶予し、原審および当審における訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項本文により全部被告人に負担させることとして主文のとおり判決した。

(裁判官 兼平慶之助 関谷六郎 小林宣雄)

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