東京高等裁判所 昭和39年(う)2234号 判決
被告人 田村幸茂
〔抄 録〕
本件控訴の趣意は、弁護人が差し出した控訴趣意書に記載されたとおりで、要するに、村山勝一郎、望月辰蔵ほか三名の小諸市吏員が原判示の測量、測量図の作成、立木の調査およびその評価額の算出などをしたのは、被告人の依頼により個人としての資格としてしたもので、職務上の行為としてしたのではないから、被告人がこれに対する謝礼として金員を提供しても、賄賂供与の申込にはならず、また、被告人は同人らがこれを公務としてしたものとは思つていなかつたのだから、贈賄の犯意もなかつた、それゆえ原判決には事実の誤認がある、というのである。
そこで、一件記録ならびに原裁判所および当裁判所で取り調べた証拠を総合して考えてみると、もともと本件土地の買収は、国土開発株式会社が軽井沢にある土地を入手するについてその地主に替地として提供するためのもので、その方法としては原判示のようにまず被告人がこれを各地主から買い取つたうえこれを国土開発株式会社に転売することにしたのであつて、この事実からすると、この土地買収については、被告人が一宅地建物取引業者として利益を得る関係にあつたと同時に、はたしてこの買収が小諸市の発展にどれほど役立つもので、小諸市当局としてどれほどそれに協力すべき関係にあつたものかは、客観的にみるかぎり必ずしも明瞭ではなかつたと考えられる。しかしながら、被告人の依頼によつて小諸市議会議長高塚勝見が小諸市長町田増夫に対し、「国土開発株式会社が本件土地を買収して工場か住宅団地のような施設を作ることになつたが市の開発にもなることだから市としても協力してほしい」という趣旨の申入れをしたことから、同市長としてもその言を信じてその買収に協力することとなり、市役所産業開発企画室長の村山勝一郎に命じて関係土地所有者を集めさせ、同人およびその部下の金井三千人を出席させて説明会を開いた事実があり、この説明会が小諸市としての公式のものであつたことは、市長名の公文書が出されていることからみても疑いがない。そして、その後直接には前記高塚議長から右村山勝一郎に対し本件土地の測量および測量図作成等の、同市役所農林課林政係長望月辰蔵に対しては本件土地にある立木の調査およびその評価額の算出等の依頼があり、これに応じて村山および産業開発企画室員の金井三千人および野村房雄ならびに右望月および農林課林政係員山口清高がそれぞれ原判示のように土地測量、測量図の作成、立木の調査、その評価額の算出等をし、できあがつた測量図および立木価額評定書をそれぞれ被告人に交付したのであつて、これらの市吏員がこれを職務を離れた個人たる立場でのいわゆるアルバイトのつもりでしたのではなく、市の仕事すなわち公務のつもりでしたことは、
(イ) 記録によれば、それらの行為は、いずれも産業開発企画室および農林課林政係の所管事項に属しないものとはいえないと認められること、
(ロ) 同人らが前記の仕事をしたのは、土曜日の午後あるいは日曜日であつたこともあるが、平日の勤務時間を使用したことが多く、望月、山口の分については、農林課林政係で作成記入していた業務日誌にこの仕事をしたことが他の公務と同様に記入されていること、
(ハ) 同人らがその仕事のため現地に行つた場合、村山・金井・野村については、その全部についてではないにしても出張命令を受け出張旅費の支給を受けた事実があり、望月・山口については、日曜日(六月一六日)の分につき休日勤務の手当の支給を受けた事実があること(そのすべての場合につねに出張旅費の請求をしなかつたのは、市内の出張で金額も少ないうえに事前に手続することが繁雑だつたためであると認められ、すべての場合必ずしも超過・休日勤務手当の支給を受けていなかつたのも、別にその仕事を個人的な立場での仕事だと思つていたためではなかつたことが窺われる。)。
(ニ) 村山および金井・野村については、前記のように本件土地の買収に関し市町の命で説明会の行なわれたことをよく知つており、現に村山・金井はこれに出席していること、
(ホ) 望月および山口については、立木の評価額を被告人に報告するに際し、その立木価額評定書に作成者として「農林課林政係長望月辰蔵」と記載し、公文書としてこれを作成していること、
(ヘ) 右の市吏員らは、被告人が本件土地の買収に関係していることは知つていたが、被告人は小諸市議会議員の職にあり、かつ、この仕事をするについては前記のように直接には高塚市議会議長から依頼があつたこと、
(ト) 事後において被告人から原判示のようにその謝礼金の提供を受けた際、村山・望月とも「この仕事は公務としてしたので受け取るわけにいかない」という趣旨のことを述べて極力固辞し、金井・山口らも村山・望月に対し「これは受け取るべき金ではない」という意見を述べていたこと、
その他一件記録に現われたところによつて明らかにこれを認めることができるのである。思うに、これらの測量、立木調査などの行為は、その性質からいえば、私人としての立場で行なうことも可能であるし、市の公務として公務員たる地位に基づいて行なうこともできる行為だということができる(これらの行為をすることが村山、望月その他の前記市吏員の所管事項の範囲内に属すると認められることは、前に述べたとおりである。)。したがつて、それが公務たる性格を帯びるかどうかについては、当該公務員がこれを公務として行なつたかどうかというその意思が重要な意味をもつのである。ところが、本件の場合、これらの行為は、村山・望月らの市吏員は前述のように明らかにこれを市の公務としてする意思で行なつたものであつて、その行為の外形もまた公務と称するのになんら妨げがないのであるから、それはまさしく公務すなわち職務上の行為と解すべきものだといわなければならない。前に述べたように、はたして市の公務としてこのようなことまでする必要があつたかどうかという点についてはこれを客観的にみれば問題がないわけではなく、結果において右の市吏員らが国土開発株式会社および特に宅地建物取引業者としての被告人に利用されたことになつたことは認めざるをえないところであるけれども、それとこれとは別の問題で、そのために前記の各行為が公務たる性質を有することを否定することはできないのである。一件記録および当審で取り調べた証拠の中には、これを公務でなく、職務を離れた個人的な仕事だと解しようとする趣旨の供述も存在するけれども、これらの供述は、右に説明したところに照らして採用することができない。
次に、これらの仕事の性質に関する被告人の認識について、論旨は、被告人は公務であることの認識を有していなかつたと主張するのであるが、原判決の挙示する証拠を総合すれば、その認識のあつたことはこれを認めることができる。被告人は前記測量や立木調査の際しばしば当該吏員と同行したり現場で会つたりしていて、同人らが勤務時間中にその仕事をしていることも知つていたと認められるし、望月辰蔵の作成した立木価額評定書が前記のような公務員としての肩書を付した公文書の形式をとつていることもよく知つていたわけである。また、前記のように金員提供の際村山および望月が前記のような趣旨のことを言つて固辞していることは明らかであり、その他一件記録に現われたところからみて、被告人が本件金員を村山・望月に無理に押しつけて立ち去る際にその行為を職務上の行為でないと考えていたという疑は存在しないといわなければならない。
これを要するに、原判決の判示する事実はその挙示する証拠によつてすべてこれを認定することができ、一件記録をよく調査し検討してみても判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認があるとは考えられないので、論旨は理由がない。
(新関 中野 伊東)