大判例

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東京高等裁判所 昭和39年(う)47号 判決

被告人 飯久保惣平

〔抄 録〕

所論(一)は、本件事故は被害者日下部奨の過失に基因するものにして、被告人には何等の過失もない旨主張するものであるが、原判示挙示の証拠によれば、被告人は原判示普通乗用自動車を運転し七号環状線道路(通称方南通り)を方南町交差点方面(南方)より堀之内方面(北方)に向い進行し来たり原判示の場所において、方向転換のため道路右側にある小山自動車修理工場南側の空地に自車頭部を略北方に向け乗り入れそれよりハンドルを左に切つて後退しようとしたが、同所は右工場の建物にさえぎられ北方堀之内方面の見透しがきかない所であり且つ右道路は車輛等の交通量も相当多いのであるから、自動車運転者がかかる場所において自車を後退方向転換をしようとする場合には、後退の合図をするは勿論、堀之内方面より車輛等の進行して来ることを予想し、下車して右車輛等との衝突のおそれのないことを確認した上或は左右後方を注視しつつ最徐行で後退し、右車輛との衝突のおそれがある場合は何時にても後退を中止し衝突事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのにかかわらず、堀之内方面の見透しができる地点まで漫然後退して自車後部を約二、一メートル路上に出した過失により、同方面より代田橋方面に向い進行中の被害者日下部奨の運転する原判示第一種原動機付自転車を約十メートルの間隔に認め、自車を停車させたが間に合わず自車後部を右自転車に接触させて同人を路上に転倒させ、よつて同人に対し原判示の傷害を負わせたことを認めることができるから、原判決には所論の如き事実誤認の違法は存しない。右日下部に所論の如き過失があつたからといつて、被告人に右業務上過失の責任を免れしめるものでないことはいうまでもない。所論は採用し難く、論旨は理由がない。

(久永 荒川 小俣)

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