東京高等裁判所 昭和39年(ツ)42号 判決
民法第百七十六条は、物権の設定及び移転は当事者の意思表示のみによつて、その効力を生ずると規定しているが、土地・建物等不動産の売買においては、売買契約と同時に代金の支払所有権移転登記手続等が行われる場合もあり、また、代金の支払、登記手続等は後日に留保される場合もあり、むしろ後者の事例の多いことが一般取引の実情であるから、その所有権移転の時期についても、これを売買契約成立時と抽象的画一的に解釈することは、取引の実情に反し、正当ではない。売買契約と同時に代金の支払及び登記手続等が完了した場合、又は当事者間に所有権移転の時期について明確な意思表示がなされた場合においては、売買契約の成立、若は当事者間に定められた時期に、売主から買主にその所有権が移転するものと解することについてはなんの異論もない。しかしながら、売買契約の当事者間に所有権移転に関し明白な意思表示がなされず、代金の全部又は一部の支払、所有権移転登記手続等が後日に留保されているような場合においては、その所有権移転の時期については、一般取引の通念に照らし、具体的事情に即してこれを決定しなければならないものと解するを相当とする。
原判決の判示によれば、原審は下記の事実を確定している。すなわち、被上告人等の先代亀井敏夫は、昭和二十二年十二月二十日頃、口頭をもつて、上告人から本件建物を、代金及びその支払方法その他の細目は後日正式に決定することとして、買受けることを契約し、将来右代金の内金に充当する趣旨で、同日金五千円、昭和二十三年二月二十日金一万円を上告人に支払い、同年三月頃同人から本件建物の引渡を受けた。その後昭和二十三年十月二十五日同様金一万円を支払つたところ、上告人と亀井敏夫との間に、あらためて、本件建物につき、売買代金を金十万円とし、前記既に支払つた金二万五千円を差引いた残金七万五千円については、上告人が当時本件建物内に居住していた訴外亀川白一家の立退承諾書をその責任において受領したうえ、亀井に交付し、かつ本件建物の所有権移転登記手続をなすと同時に、支払う旨の契約が成立した。原審は右の事実に基いて、亀井敏夫は昭和二十二年十二月二十日少くとも同二十三年十月二十五日上告人との売買契約により本件建物の所有権を取得したものであると判断し、上告人の本件建物の所有権に基く明渡及び所有権移転請求権保全の仮登記の抹消手続の請求を排斥した。
右原審の確定した事実によれば、昭和二十二年十二月二十日頃になされた契約では、代金額及びその支払方法その他の細目は後日正式に決定するというのであるから、このときに売買契約が成立したものと解することはできないばかりでなく、昭和二十三年十月二十五日になされた契約においても、売買代金を金十万円と定め、それまでに支払つた金二万五千円を右代金の一部に充当し、残金七万五千円は上告人から前記認定の立退承諾書の交付と所有権移転登記手続を受けると同時に支払うことを約したに止まり、所有権移転の時期については当事者間に明白な意思表示がなされなかつたものであることが明かである。だとすれば、右のように代金の僅少な部分が支払われたのみで、残金大部分の支払及び登記手続並びに完全な引渡等が後日に留保せられている場合においては他に特段の事情のないかぎり売買契約の成立と同時に本件建物の所有権が買主である亀井に移転したものと解するのは正当でなく、原審が前示のように亀井は昭和二十二年十二月二十日 少くとも同二十三年十月二十五日上告人との売買契約によつて、本件建物の所有権を取得したと速断したのは、冒頭説示の不動産の売買契約における所有権取得の時期に関する法律の解釈適用を誤つた違法があるものと解せざるを得ない。
(村松 江尻 杉山)