東京高等裁判所 昭和39年(ネ)141号 判決
成立の真正を推定すべき公文書である甲第三号証(戸籍謄本)第四号証(除籍謄本)および原審と当審における控訴、被控訴各本人尋問の結果によれば、控訴人と被控訴人とは、昭和二二年一〇月二二日に挙式し、戸籍上同二三年一〇月二一日付で岡谷市長宛に婚姻の届出をし、同二四年六月一一日付で諏訪市長宛に協議離婚の届出をした旨記載されていることが認められるところ、控訴人は、被控訴人との協議離婚が控訴人の意思に基づかない届出によるものであり、無効であると主張して、本訴においてその無効確認を求めているのである。それゆえ、右協議離婚が控訴人主張のごとく無効であるとするならば、控訴人としては、戸籍の記載を訂正すべく離婚無効の確定判決を必要とするわけであるから、特段の事情がないかぎり本訴につき利益を有するものといわなければならない。
ところが、原判決は、要するに、控訴人と被控訴人との婚姻は、すでに双方の合意によつて内縁関係を解消した後に、控訴人が出産した子供を嫡出子として届け出るためになされたものであるから、婚姻意思を欠くものとして無効であると判示したうえで、(一)戸籍上の本件婚姻および協議離婚の記載は、事実に反するものではあるが、控訴人には、右戸籍の記載を訂正すべき現実の具体的必要性を認めることができず、右戸籍の記載を存置しておいても婚姻関係が存在しないという現実とは合致し、なんらの実害をも生じない、(二)控訴人は、すでに前叙のごとく内縁関係の解消に同意しているうえ、その後、被控訴人を相手方とする慰藉料請求の家事調停(長野家庭裁判所諏訪支部昭和三六年(家イ)第七三号)において、被控訴人との協議離婚を認めることを前提として被控訴人から離婚に基づく慰藉料の支払まで受けているのであるから、いまさら同人に対し協議離婚の無効を主張するのは、禁反言の法理からしても許されない、しかも、(三)控訴人は、右のように被控訴人とは夫婦関係の実質がないのに、被控訴人に対する憎悪の念から、戸籍上同人との婚姻関係を復活させて同人を困惑させる目的で本訴を提起したものであるとして、このような事情の存する本件にあつては、控訴人に離婚無効の確認を求める利益を認めることができないと断じ、本訴を不適法なものとして却下したのである。
しかし当裁判所は、右の判断を不当とするものである。次にこの点に関する当裁判所の見解を示す。
(一) 内縁関係の継続中に懐胎した子に嫡出子の地位を取得させるため、その関係解消後になされた婚姻の届出が、婚姻意思を欠くものとしてその効力を認めえないかは疑があるだけでなく、本件において、当事者の婚姻が無効であるということは、そのいずれからも主張されていないのであるから、裁判所としてはこれを無視して婚姻を無効と判定することは許されないものといわなければならない。婚姻関係の訴訟においてはいわゆる職権探知が行われるけれども、それは婚姻を維持するため認められるにすぎないのであつて、離婚無効の主張を排斥するためにまで認められるものではない。したがつて、前記原判示はすでにその前提において誤りを犯すものというべきである。
(二) 前記(一)の原判示が、その前提において崩れ去らざるをえないことは、右(一)の説示から明らかである。
(三) 前記(二)の原判示も、当事者の主張しない婚姻の無効を前提とするものと理解されるだけでなく、控訴人が協議離婚の届出後協議離婚にもとづく慰藉料請求の家事調停を申し立て、被控訴人からその支払を受けたという事実は、いまだもつて右原判示のごとく控訴人が被控訴人との協議離婚が無効であることを主張しえなくなる事由たりえないと解する。けだし、婚姻関係のような身分関係は実体を基礎として判定すべきものであつて、禁反言の法理により実体に即する主張を許さないとするに適しないからである。もとより、控訴人が離婚を是認し、これを前提として被控訴人に対し慰藉料を請求する趣旨で調停の申立をしたものであるときは、これにより協議離婚の届出を追認したものとしてその効力を是認すべく、したがつて、控訴人は本訴においてその無効を主張することは許されないと解すべき場合があるかも知れないが、それは控訴人が離婚届を追認したためであつて、右の調停において慰藉料を受領したことによる禁反言のためではない。
(四) 前記(三)の原判示も当事者の主張しない婚姻の無効を前提とするものと解されることは前項と同断である。そもそも、婚姻が成立した以上、その解消は一に当事者の協議または裁判によるべく、たんに夫婦関係の実質が存在しないことを理由として、当事者の意思によらない協議離婚届の効力を是認することは許されない。それ故に、かかる離婚の届出がなされたときは、当事者の一方は何時でもその離婚の無効確認を求めうべく、このことは、夫婦関係が破綻して夫婦の実を失いその無効を主張する実質上の利益がなく、その主張がたんに相手方を困惑させる目的に出た場合でも変りはないものと解すべきである。けだし、夫婦関係の有無は第三者にも影響を及ぼすから、その関係は明確かつ画一たることを要し、また常に真実を基礎として確定されなければならないからである。この場合、相手方は多く裁判上の離婚原因を有するであろうから、かく解しても特にその利益を害することはない。それ故に、控訴人がかりに原判示のように、被控訴人を困惑させる目的で離婚無効確認の訴を提起したものとしても、右当事者間の婚姻を無効と解しうる場合は暫くこれを措き、控訴人に右の訴につき確認の利益を有しないとすることはできない。
しからば、原判決摘記の以上の事実は、そのいずれも、また、これを綜合しても控訴人が本訴につき確認の利益を有しないとする事由たりえないから、原審としては控訴人の離婚無効確認の請求につき実質上の審理を遂げ、その当否を判定しなければならなかつたものというのほかなく、これを確認の利益なしとして却下した原判決は不当であつて取消を免れない。よつて、民事訴訟法第三八八条により本件を原審に差し戻すこととし、主文のとおり判決する。
(長谷部 浅賀 佐藤)