大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和39年(ネ)2107号 判決 1968年7月18日

控訴人 鈴木正吉

被控訴人 国

代理人 河津圭一 外四名

主文

原判決を次のとおり変更する。

被控訴人は控訴人に対し、金二四一、六〇〇円及びこれに対する昭和三二年九月三日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを七分し、その一を被控訴人の、その余を控訴人の各負担とする。

事  実<省略>

理由

一、控訴人が、土地所有者である訴外堀越山林組合から、(イ)昭和二七年一二月二七日に期間四か年の約で新潟県北蒲原郡堀越村(現在の水原町)大字堀越大滝線の山の神より下方妙ヶ沢の杉の木までの区域の採石権を、(ロ)昭和二八年七月一日に期間三か年の約で同村大字堀越字焼山の裾大滝川端の区域から右妙ヶ沢の杉の木より下方大滝川に沿い小滝山山麓坂下の区域の採石権をそれぞれ取得し、採石業を営んでいたことは、当事者間に争いがない。

二、控訴人の請求原因第二項の(一)について

(一)  (証拠省略)を総合すると、次の事実が認められる。

「新潟県北蒲原郡堀越村大日原一帯は、旧陸軍の演習地であり、終戦後は開拓団が入植してその開拓に従事していたところ、保安庁(昭和二九年七月一日以降防衛庁となる)は同所に保安隊(前同日以降陸上自衛隊となる)新発田部隊の演習場を設けるため、昭和二九年二月頃から土地買収の交渉を進め、同年八月頃までに開拓団員及び財産区との間でその所有地合計三十数万坪を買収する交渉が妥結した。保安庁は当初右土地の南側に接する堀越山林組合の所有地も買収する予定であつたが、その土地には控訴人の前記採石場の一部及び訴外人数名の採石場があり、保安庁としてはそれら採石業者に対する損失補償の問題は右組合において処理すべきものとの建前で買収の交渉をしていたところ、その補償要求額が保安庁の予定していた右土地の買収費の額に匹敵するほどであつたため、買収代金額について折り合いがつかず、結局右土地の買収は取り止めになつた。

ところで、新発田部隊長は右買収交渉中の同年五月、とりあえず前記山林組合から小滝山西方の約三、〇〇〇坪の土地を借り受け、そこに射撃距離二〇〇ヤード(約一八〇メートル)の小火器臨時実弾射撃演習場を設けて演習を行なうこととなつた。右演習場の射座左端はツベタ橋から方向角七三度五四分一九秒、距離七九〇・六五メートルの地点に、射座右端は同橋から方向角七五度二〇分三四秒、距離七四五・一九メートルの地点に、標的中央は、同橋から方向角八四度二二分三六秒、距離八九〇メートル、射座中央から方向角一二九度四三分四〇秒、距離一八五・四五メートルの地点に、それぞれ設けられた。標的中央と射座中央とは地盤高に一六・三七メートルの差があり、前者の方が高い。右標的の置かれた場所は小滝山の中腹で、三方が山に囲まれており、その土質は比較的小石のまじらない柔らかい黒土であるが、着弾地点と看的壕との間、北端の看的壕前附近、着弾地の周辺等にはそれぞれ縦二、三〇センチメートル横三、四〇センチメートル位の花崗岩数個が散在している。

控訴人の採石場は、その中央が右標的の中央から方向角一八四度二二分五四秒、距離一九六・五九メートルの地点にあり、従つて、右採石場は射座中央と標的中央とを結ぶ直線の延長線上にあるわけではなく、標的中央と採石場中央とを結ぶ直線は右の延長線と五四度三九分一四秒の角度をなしている。そして、標的と採石場の間は小滝山の尾根によつてさえぎられているが、標的中央と採石場中央とを結ぶ直線上において、右尾根と標的との地盤高の差は一八・六五メートル、右尾根と採石場との地盤高の差は二一・七四メートルである。

新発田部隊長は、右臨時射撃演習場を使用して、昭和二九年五月一八日から六月四日まで、同年九月一三日から一〇月一一日まで、同年一二月一二日及び一三日の三回にわたり、小火器(カービン銃、ライフル銃等)の実弾射撃演習を午前九時頃から午后四時頃まで実施した。同部隊長は演習に際してはあらかじめ村役場及び前記山林組合に演習実施の旨を連絡し、また、演習当日には危険区域の周囲に赤旗を立て警戒員を置くなどして事故発生の防止につとめたが、控訴人の採石場附近には危険がないものと判断して立入禁止等の措置はとらなかつた。同演習で射撃訓練を受けた隊員の多くは、実弾射撃の経験がないか又はその経験に乏しい者であつたが、同演習は主として寝打ちの方法により一発ずつ正確に標的に命中させることを狙いとして行なわれたものであつたから、銃弾が目標を大きく外れた方向に直接飛ぶおそれはほとんどなかつた。しかし、銃弾が右等に当り跳弾となつて飛ぶことは避けられず、そのような跳弾が控訴人の採石場の方向に飛ぶことも考えられる情況であつた。そのような事情により、控訴人は同年五月から開始する予定であつた右採石場における採石作業を休止していたところ、同年八月中旬頃前記山林組合の組合長から採石作業をしても差し支えない旨告げられたので、石工及び人夫を雇い入れ同月二五日頃から右採石場における採石作業を開始した。ところが、同年九月一三日前記実弾射撃による跳弾の鋭い音が頻繁に聞こえたため、右石工らは身の危険を感じ、作業を中止して逃げ帰つた。その報告を受けた控訴人が同部隊に苦情を申し入れたので、同月一九日頃同部隊の佐藤武士三佐らが右採石場に赴き、村役場及び前記山林組合の関係者らの立会の下にその情況を検分した。その結果、同三佐らは、跳弾の音は聞こえるがそれが採石場附近に落下するおそれはなく、従つて採石作業には危険がないと判断し、その旨右立会人らに説明した。そこで、約五日間採石作業を休んでいた前記石工らは、再び作業を開始したが、依然として跳弾の音が聞こえ危険感が去らなかつたので、結局二、三日後には就業を拒むに至つた。」

以上の事実が認められ、(証拠省略)中右認定と抵触する部分は、採用することができない。

右認定の事実に徴すると控訴人は実弾射撃演習が実施された前記期間中、その演習の実施により、前記採石場における採石作業を休止することを余儀なくされたものというべきである。(証拠省略)中には、跳弾が採石場の方向に飛んだとしても、山のすぐわきにある採石場には落下せず、採石場を越えてもつと遠くへ飛んで行くはずであるから、採石作業に危険を及ぼすものではない旨の供述部分がある。しかし、前認定の射座、標的、採石場及び小滝山尾根の位置、高低等の関係、並びに跳弾の性質から考えて右証言のように跳弾が採石場に落下することはないと断定しうるかどうかは疑問である。のみならず、仮に物理的には落下のおそれがないとしても、実際問題として、現場で採石作業に従事する石工らが前認定のような情況の下で身の危険を感じて就業を拒むことは無理からぬところというべきである。従つて、前記証言部分は、実弾射撃演習により控訴人がその採石作業を休止することを余儀なくされたとの前示の判断を覆えすものではない。また、佐藤三佐らが現場の情況を検分した際採石作業に危険がないとの結論を得たことも、同様の理由により、前示の判断を左右するに足りない。

新発田部隊長が被控訴人国の公権力の行使に当る公務員であること、前記射撃演習の実施が同隊長の職務執行行為に該当することは、明らかである。そして、(証拠省略)によると、同部隊長は前記射撃演習の開始前から控訴人の採石場が前記の位置にあることを知つていたことが認められるから、射撃演習により右採石場における採石作業を妨害することのないよう十分な注意――実弾射撃がそれ自体危険性を有するだけでなく一般私人に対し非常な危険感を与えるものであることを考慮した上での細心の注意―を払うべきであつたのに、右採石作業に支障を及ぼすおそれはないと即断して前認定のような方法及び態様により実弾射撃演習を行ない、その期間中控訴人をして休業を余儀なくさせたものであつて、過失の責を免れないものというべきである。

従つて、被控訴人は、国家賠償法一条一項により、右休業のため控訴人の豪つた損害を賠償すべき義務がある。

(二)  そこで右損害の額について考えるに、(証拠省略)によると、第一回の射撃演習の行なわれた昭和二九年五月一八日から六月四日までの一八日間については、控訴人はその主張のとおりの根拠により一日につき八、四〇〇円、右一八日間の合計一五一、二〇〇円の得べかりし利益を喪失したこと、第二回の射撃演習が行なわれた同年九月一三日から一〇月一一日までの二九日間のうち控訴人が採業したと認められる三日を差し引いた二六日間については、控訴人はその主張のとおりの根拠により一日につき二、四〇〇円、右二六日間の合計六二、四〇〇円の得べかりし利益を喪失したほか、すでに雇い入れていた石工及び人夫各四名に対し同年九月一三日から同月一七日までの五日間の賃金合計二八、〇〇〇円を支払うべき債務を負担したことが、認められる。従つて、控訴人は第一回及び第二回の射撃演習の期間中、休業により右各金額の合計二四一、六〇〇円の損害を蒙つたものというべきであるから被控訴人は控訴人に対し右金二四一、六〇〇円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和三二年九月三日以降完済に至るまで年五分の民事法定利率による遅延損害金を支払うべき義務がある。

(三)  ところで、控訴人は、前記射撃演習場における射撃演習により、昭和二九年四月上旬から同年八月二三日まで及び同年九月一三日から一〇月三一日までの各期間中休業を余儀なくされたと主張しその休業による損害の賠償を請求するが、右演習の行なわれた期間は前記(一)で認定したとおりであつて、その演習の実施によりその余の期間においてまで控訴人の採石作業が妨害されたことを認めるに足りる証拠はない(この点に関する控訴人本人の供述は採用し難い)から、前記の演習実施期間以外の期間における休業により控訴人が損害を蒙つたとしても、被控訴人にその賠償の義務がないことは明らかである。

次に、控訴人は、前記射撃演習場における射撃演習により訴外小川正二との間の割石売買契約が解除されるに至り、そのため右契約により得べかりし利益を喪失したと主張し、その損害の賠償を請求するので考えるに、(証拠省略)によると、控訴人は昭和二九年三月一日訴外小川産業こと小川正二との間で割石一〇万個を納期同年一〇月末日の約で売り渡す契約を締結したが、同年四月中旬右契約を合意解除したことが認められる。しかしながら、前記射撃演習が実施されたのは前示のように同年五月一八日以降であるから、右契約の解除が控訴人主張のように前記射撃演習の実施によるものとは認められない。のみならず、控訴人は一方において、前記採石場における一日の予定採石量に応じた得べかりし利益の額を算出し、これに休業日数を乗じた金額の損害賠償を請求しているのであるから、右利益のほかになお小川正二との前記売買契約により控訴人主張のような利益を得るはずであつたといいうるためには、前記の予定採石量よりも右契約分だけ多量の採石を行なうことが相当の確実性をもつて見込まれていたことを要するところ、そのような事実を認めるに足りる的確な証拠はない(この点に関する控訴人本人の供述は直ちには措信することができない)。従つて、いずれの点からみても、被控訴人が前記売買契約の解除を理由とする損害賠償の義務を負うべきいわれはない。

(四)  以上に説示したとおりであるから、請求原因第二項の(一)に掲げる控訴人の損害賠償請求は、金二四一、六〇〇円及びこれに対する昭和三二年九月三日以降完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において正当として認容すべきであるが、その余は失当であつて棄却を免れない。

三、控訴人の請求原因第二項の(二)について

控訴人は、新発田部隊長は昭和二九年一二月大日原所在のナマコ山において迫撃砲の実弾射撃演習を行なうに当り、控訴人の採石場に通じる唯一の運搬道の入口に立入禁止の立札を立てて通行を禁止し、右採石場における採石作業を不能にしたと主張するので、これについて判断する。

同年一二月中に右ナマコ山において同部隊長が迫撃砲の実弾射撃演習を行なつたことは当事者間に争いがないが、控訴人主張の場所に立入禁止の立札を立てて控訴人の採石場に通じる運搬道の通行を禁止したとの点については、(証拠省略)中に控訴人主張に沿う部分があるけれども、右記載ないし供述部分は次に掲げる各証言に照らして措信し難く、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はない。すなわち、(証拠省略)によると、「新発田部隊では同年一二月六日及び七日の両日にわたり前記ナマコ山において迫撃砲の実弾射撃演習を行なうこととなり、同年一一月三〇日頃岡田雄三陸曹は上司の命を受けて村役場、開拓団事務所等に赴きその旨連絡したところ、その際村当局から特にツベタ橋から大室橋に至る旧県道の通行を遮断しないよう要望されたので、一二月六日の演習当日には旧県道と控訴人主張の運搬道の交差点附近と大室橋附近に警戒の赤旗を立てるとともに、無線器等を所持した警戒員をおき、旧県道を通行する者があるときは直ちにナマコ山陣地の指令官に連絡して射撃を中止し、もつて通行の安全を図る態勢をとつた。しかし、控訴人主張の運搬道については、右射撃演習により危険が生ずるおそれはなかつたので、その通行を禁止する等の措置はとらなかつた。射撃演習は一二月六日午後一時から六時まで行なわれ、同日をもつて終了したが、その間通行人の協力もあつて、旧県道を通行する者のため射撃を中断することもなかつた」ことが認められる。

従つて、控訴人の前記主張事実に基づく損害賠償の請求は、失当として棄却すべきである。

四、控訴人の請求原因第二項の(三)について

控訴人は、新発田部隊長は昭和二九年四月上旬から一〇月末までの間、前記演習のため控訴人所有の石橋を無断使用し控訴人に著しい精神的苦痛を与えたと主張し、予備的に、同部隊長は右無断使用により控訴人が同石橋を使用することを妨げ賃料相当の損害を与え又は同額の不当利得をしたと主張するので、これについて判断する。

同部隊長が演習のため控訴人主張の石橋を通行使用したことは、その期間の点を除き、被控訴人の認めるところである。そして、(証拠省略)によると、「右石橋は旧県道から控訴人の採石場方面に通じる幅約二メートルの山道を約四〇〇メートル進んだ地点に沢をまたいでかけられており、幅四〇センチメートル、厚さ一五センチメートル、長さ約一メートルの平角石材六枚を並べたものである。その場所にはもと堀越山林組合所有の土橋があつたが、前記採石権を得た控訴人が昭和二八年九月頃同組合の承認を得て前記の石橋にかけかえたものであつて、その架設に当つては同組合も人夫の労力を提供してこれに協力した。右石橋の所有権の帰属につき明示の合意はなされなかつたが、少なくとも控訴人の採石権が消滅した後は無条件で同組合の所有とする約束であつた。新発田部隊は、前記の小火器臨時射撃演習場設置のため同組合所有の約三、〇〇〇坪の土地を借り受けた際、前記の山道及び石橋の使用につき同組合の承諾を得たが、控訴人の承諾は求めなかつた」ことが認められ、(証拠省略)中右認定に反する部分は採用することができない。

右認定の事実に徴すると、仮りに右石橋が控訴人の所有であつたとしても、前記森林組合が通行のため自ら右石橋を使用し又は組合員その他の第三者にそれを使用させることは、その架設の際控訴人において黙示的に承諾したところであると認めるのが相当であつて、この認定を覆えすべき証拠はない。

従つて、同部隊長が右石橋を使用したことをもつて違法な行為ということはできないから、その使用を理由とする控訴人の損害賠償の請求はいずれも失当であり、また控訴人がそのため賃料相当額の損失をうけたとの証拠はないから、不当利得返還の請求も失当であつて棄却を免れない。

五、よつて、控訴人の請求を全部棄却した原判決は一部不当であるから、これを主文第二、第三項記載のとおり変更することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 三渕乾太郎 村岡二郎 真船孝允)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例