東京高等裁判所 昭和39年(ネ)2483号 判決 1965年11月29日
控訴人 被告 不二コロンバン株式会社
訴訟代理人 日下文雄 外二名
被控訴人 原告 平塚孫一郎
訴訟代理人 桑本繁
主文
原判決を次のとおり変更する。
控訴人は被控訴人に対し金九一万二四一九円及び内金九万三四一九円に対する昭和二六年七月一日から、内金九万六〇〇〇円に対する昭和二七年七月一日から、内金二二万二〇〇〇円に対する昭和二八年七月一日から、内金五〇万一〇〇〇円に対する昭和二九年四月一日からそれぞれ支払ずみとなるまで年六分の割合による金員の支払をせよ。
被控訴人のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審ともこれを四分しその一を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は「原判決中控訴人敗訴の部分を取消す、被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当時者双方の主張並びに証拠関係は、控訴代理人において当審証人日下文雄の証言を援用したほか、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。
理由
当裁判所の本訴の適否に対する判断及び本訴請求の当否に対する判断中、控訴人の時効の抗弁並びにこれに対する被控訴人の再抗弁控訴人の再々抗弁に対する判断、控訴人のなした供託の効力の点についての判断並びに結論の点を除く部分は、当審証人日下文雄の証言中原判決の認定に反する部分は採用し難い点を付加するほか、原判決の理由中前記の点を除く部分(原判決九枚目はじめから一七枚目表二行目までの部分及び一八枚目裏九行目一二字目から一一行目一〇字目までの本件賃料債権が商事債権であるとの点に関する部分)と同一であるから、これを引用する(但し原判決一二枚目末行に昭和二九年とあるのは昭和二三年の誤記と認められるからそのように訂正する)。
従つて、本件建物の賃料は被控訴人の増額請求により、昭和二五年七月一一日以降昭和二六年六月三〇日までは月額三万二〇〇〇円、昭和二六年七月一日以降昭和二七年六月三〇日までは月額四万六〇〇〇円、昭和二七年七月一日以降昭和二八年六月三〇日までは月額六万五〇〇〇円、昭和二八年七月一日以降昭和二九年三月三一日までは月額一〇万九〇〇〇円となつたものと認める。
よつて控訴人の時効の抗弁について判断するに、被控訴人の本訴提起は昭和三四年三月二三日であることは本件記録上明らかであるから、被控訴人が控訴人に対して支払を求める昭和二五年七月一一日以降昭和二九年三月三一日までの賃料のうち、弁済期が昭和二九年三月三一日である同月分の賃料を除いては、いずれ弁済期から訴提起まで既に五年の時効期間が経過していることが明らかである。
よつて被控訴人の時効中断の再抗弁について検討する。
まず被控訴人は、控訴人は昭和二五年七月以降賃料として毎月八〇〇〇円の金員を弁済供託していることは当事者間に争がないからこれにより控訴人は賃料債務を承認したものであると主張するが、賃料債務の如き定期的給付を目的とする債務は弁済期毎に独立して発生し、時効期間も各別に進行することは民法第一六九条の規定に照して疑なく、従つて時効中断の事由も亦各別に生ずるものと解するのが相当であるから、賃借人が毎月末日の弁済期を経過する毎に一ケ月分の賃料の供託を続けることによつて直ちに従前の賃料債務を承認したことにはならず、そして更に一ケ月分の賃料についても不可分ではないから、その一部の弁済供託は、賃料額について特に争わず、その一部として供託したときはその月分の賃料債務全額を承認したものとして全額について時効中断の効力を生ずるけれども被控訴人の賃料増額の請求に控訴人が応じなかつた本件のような場合においては、供託した額が後に裁判所において増額請求が認められた賃料額に対してその一部にすぎないときは、全額に対する承認があつたとは認め難いから、供託した額についてのみ時効中断の効力を有するにすぎないと解するのが、消滅時効制度の趣旨に照して相当であり、また賃料債務の如く定期に給付する債務について供託を継続する場合には特段の事情がない限り供託によつて従前の賃料債務を承認したものと解し得るとしても、これ又供託額以上の債務の承認となるいわれはないから、結局控訴人の供託は月額八〇〇〇円の限度で時効中断の効力を有するにすぎないものといわなければならない。
次に被控訴人は、控訴人は昭和二九年四月二七日、同年五月一〇日、同月一一日及び同月一七日自ら又は代理人により被控訴人又はその代理人と適正賃料の決定につき協議したから、そのことによつてその都度賃料債務を承認したと主張するので、考えるに、当審証人日下文雄の証言によつて成立の認められる甲第八号証の二、原審証人平塚豊威、同水島庄平、当審証人日下文雄の各証言によると、昭和二九年五月一一日控訴人の代表者小倉誠、代理人日下文雄弁護士らが被控訴人の代理人水島庄平弁護士を訪れ、昭和二五年七月一一日から同二八年三月三一日までの賃料を月額八〇〇〇円の割合として計二六万一三三三円、昭和二八年四月一日から昭和二九年四月三〇日までの賃料を月額五万円の割合として計六五万円、合計九一万一三三三円を弁済のため提供したことが認められるから、これにより控訴人は昭和二五年七月一一日から同二八年三月三一日までの賃料については月額八〇〇〇円の範囲で、同年四月一日以降の賃料については月額五万円の範囲で債務を承認したものと認めることができる。しかし右提供も亦供託の場合について叙べたところと同様の理由によつて提供した金額以上の債務について承認したものと解することはできない。なお、原審証人平塚豊威、水島庄平の各証言によると、昭和二九年五月一〇日控訴人代表者小倉誠、代理人平林庄太郎弁護士が被控訴人及びその代理人水島庄平弁護士らに対して、昭和二五年七月一一日以降の賃料を月額一万六〇〇〇円とすることを提案したことが認められるが、右は単なる提案であつて債務の承認とは認められず、他にも当時の関係者の折衝の間に右認定の額以上に控訴人が賃料債務を承認したことを認めるに足りる資料は存しない。
更に被控訴人は、控訴人は昭和二九年六月一四日自分から被控訴人を相手方として東京簡易裁判所に対して本件建物の適正賃料の決定を求める調停を申立て、昭和三〇年三月四日右調停手続の終了に至るまで賃料債務を承認していると主張するけれども、右調停の申立書である原本の存在並びに成立につき争のない甲第一二号証の二にも何ら指定された賃料額の記載はないし、他にも右調停手続中に控訴人が賃料債務として一定額を承認したことを認めるに足りる証拠はないから、被控訴人の右主張は理由がない。
してみれば、本件賃料中、昭和二五年七月一一日から昭和二八年三月三一日までの分については一ケ月八〇〇〇円の限度において、同年四月一日から昭和二九年二月二八日までの分については一ケ五万円の限度において、いずれも控訴人は昭和二九年五月一一日弁済の提供によつて債務を承認し、時効が中断したが、右各金額を超える部分については既に消滅時効が完成したものといわなければならない。
なお控訴人の被控訴人の時効中断の再抗弁は信義則に反するとの再々抗弁は、被控訴人の再抗弁が全面的に採用されることを前提としたものであつて、右のような判断の下においては採用の余地がない。
次に控訴人は本件賃料については一ケ月八〇〇〇円の割合で弁済供託を続けており、当時被控訴人は控訴人に対し本件建物明渡の訴を提起し係争中であつたのであるから、控訴人が賃料を提供しても受領しないことが明らかであり、従つて右供託は適法であつて弁済の効力を生じたと主張するので考えるに、被控訴人は昭和二四年中控訴人を被告として本件建物の明渡を求める訴を提起し、右訴訟は昭和二九年三月一一日上告棄却により被控訴人の敗訴に確定したのであるから、特段の事情がない限りは、右昭和二九年三月一一日までは被控訴人はもしも控訴人が債務の本旨に従つて賃料を提供したとしてもその受領を拒絶する意思を明らかにしていたということができるけれども、弁済供託はもともと債務を免れる目的でなすものであるから、供託自体も、これを行う場所等供託の木質上本来の弁済と同一に実行することのできない事項を除いては、すべて債務の本旨に従つてなすべきであり、従つて債務の一部にしか当らない金額の供託は原則として不適法であつて債務の一部消滅の効力を認め得ないものと解するのが相当であり、そして控訴人の供託した一ケ月八〇〇〇円の金額は前記のとおり被控訴人の増額請求を認めた賃料額に比してその一部にしか当らず、しかも著しく低額であるから控訴人のなした供託には債務の一部消滅の効力を認め難く、控訴人の抗弁は採用できない。
以上認定判断したところに従えば、結局控訴人は被控訴人に対して、(一)昭和二五年七月一一日から昭和二六年六月三〇日までの賃料として一ケ月八〇〇〇円の割合により合計九万三四一九円を、(二)昭和二六年七月一日から昭和二七年六月三〇日までの賃料として右同様の割合により合計九万六〇〇〇円を、(三)昭和二七年七月一日から昭和二八年六月三〇日までの賃料として昭和二八年三月三一日までは前同様の割合により、それ以後は一ケ月五万円の割合により合計二二万二〇〇〇円を、(四)昭和二八年七月一日から昭和二九年三月三一日までの賃料として昭和二九年二月二八日までは一ケ月五万円の割合により、同年三月分については一〇万一〇〇〇円(同月分の賃料額は前記のとおり一〇万九〇〇〇円であるが、原審は控訴人のなした八〇〇〇円の供託につき一部弁済と同一の効力を認め同月分の賃料として被控訴人の請求を認容し控訴人に支払を命じた額は一〇万一〇〇〇円であるから、被控訴人から不服申立のない以上、当審においても控訴人に対し支払を命じ得る額は一〇万一〇〇〇円である)として合計五〇万一〇〇〇円を、右(一)ないし(四)の各期間の賃料に対する遅延損害金として被控訴人が支払を求める範囲内で順次(一)昭和二六年七月一日から、(二)昭和二七年七月一日から、(三)昭和二八年七月一日から(四)昭和二九年四月一日からそれぞれ支払ずみとなるまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金を付して支払う義務があり(なお、控訴人は昭和二九年五月一一日被控訴人に対して昭和二八年三月三一日までの賃料については月額八〇〇〇円の割合で、同年四月一日以降の賃料については月額五万円の割合で弁済のため提供したことは前記のとおりであるが、右提供は前記認定の増額された賃料額に対比して考えると、当時においては未だ賃料の増額が如何なる範囲で是認されるか判明していなかつた事情を考慮してもなお、債務の本旨に従つた履行の提供とは認め難いから、控訴人は履行遅滞の責を免れない)、右金額以上の支払義務はないものといわなければならない。
よつて被控訴人の本訴請求は主文第二項の限度において正当として認容しその余は失当として棄却すべきであるから、これと異る原判決は主文第二、三項のとおり変更し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九六条第九二条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 福島逸雄 裁判官 武藤英一 裁判官 今村三郎)