東京高等裁判所 昭和39年(ネ)2686号 判決 1965年9月16日
理由
破産会社が昭和三八年一月三一日東京地方裁判所において破産宣告を受け、控訴人小堀保および江村高行の両名が破産管財人に選任されたことは、当事者間に争いなく、右江村が同三九年一一月二六日(原判決言渡後)破産管財人を辞任したことは記録上明らかなところである。
次に、本件建物がもと福永ヌイの所有であり、これを被控訴人が昭和二二年七月二日福永から買い受けてその所有権を取得し、同月三日その旨の登記を経由したことおよびその後、右建物について、昭和三七年五月二四日東京法務局受付第七、二二〇号をもつて同三二年三月一四日付交換を登記原因とする破産会社名義の所有権移転登記が経由されたことについては、当事者間に争いがない。
被控訴人は、右のように破産会社に所有権を移転したことはなく、右登記は全く被控訴人の関知しないものであると主張し、これに対して控訴人らは、被控訴人は、(一)破産会社が融資を受けるため本件建物を担保に供する方法としてその所有権を破産会社に移転することにつき、予め明示の承諾を与えていたものであり、(二)かりにそうでないとしても、右担保提供の方便として右建物の所有権を破産会社に移転するかどうかを黙示的に同会社に一任したものであるから、いずれにしても破産会社は、右建物の所有権を取得したものであると抗争する。そこで考えるに、成立を認むべき乙第一号証(審問調書)には、株式会社マル幸商店の代表取締役降矢欣四郎の供述として、同会社の大和銀行に対する債務のため同会社本店の宅地、建物等が担保にはいつている旨の記載があるけれども、その記載がはたして本件建物が破産会社の所有であることを供述した趣旨が明らかでなく(原審および当審証人降矢欣四郎は後記のごとくこれを否定している)、また、成立を認むべき乙第四号証(登記済証)には、被控訴人の代理人加藤清次が右の登記申請をする旨の記載があるけれども、同人がはたして被控訴人から真実右の代理権を授与されたものか定かではない。さらに、原本の存在ならびに成立に争のない乙第五号証(破産会社の不動産明細書写)には、本件建物が破産会社の所有財産として記載されているけれども、右建物の登記簿上の所有名義人が破産会社となつている以上、これを破産会社所有の不動産と記載することはあえて異とするに足りないところであるだけでなく、当審証人二瓶和三の証言によれば、右の明細書は破産会社の経理部が債権者に対し破産会社に資産のあることを示すため作成したものであつて、必ずしもすべて真実を記載したものではないことが窺われ、真正に成立したと認める乙第二号証(破産会社の不動産一覧表)の記載は、右乙第五号証に基づいて作成されたにすぎないものであるから、右の記載だけから本件建物が被産会社の所有に属するものと認めることはできない。他に控訴人ら主張の事実を肯認すべき資料は存しない。かえつて、《証拠》によれば破産会社は、昭和三七年春ごろ営業資金に窮したため、同会社の代表者降矢欣四郎の妻たる被控訴人の所有であり、かつ同会社の店舗として使用して来た本件建物を担保に供して取引銀行である株式会社大和銀行から融資を得ようとし、その旨を右代表者の弟である専務取締役降矢幸蔵を通じて被控訴人に伝え、被控訴人から右融資を得るため本件建物に抵当権を設定することの了承を得たこと、そこで、破産会社では、事務員福島菊枝の手を経て被控訴人から同人の印鑑を預り、社員二瓶和三をして大和銀行との融資の交渉にあたらせていたところ、被控訴人名義で直接抵当権を設定するよりも、破産会社に本件建物の所有権を移転したうえ同会社名義で抵当権を設定した方がより多額の融資を得られる可能性があるとの模様であつたので、代表者から会社の経営を任されていた前記降矢幸蔵は、経理部長村木益市郎や右二瓶と相談のうえ、改めて被控訴人の承諾を得ることもなく、同年五月二四日社員井上孝に命じて、右のように預り保管中の被控訴人の印鑑を使用し破産会社名義に右建物の所有権を移転する旨の前記登記を経由したうえ(交換を登記原因としたのは、税金対策上の便宜による。)、同日これにつき大和銀行のため根抵当権を設定し、同銀行より融資を受けるに至つたこと、右のように担保提供の方便として本件建物の所有名義を破産会社に移転するについては、当初破産会社でもその必要があるとは考えておらず、被控訴人もまた、もとよりそのような予想を持たずに抵当権の設定を承諾したにすぎないのであつて、被控訴人が黙示的にもせよ、担保提供の方便として右建物所有名義移転の可否を破産会社に一任したものと窺うに足りる事情は存しないこと、以上の事実が認められるのである。よつて、控訴人らの右主張は採用できない。
また、控訴人らは、被控訴人は、破産会社が右所有権取得登記を経由した後、これを追認したものであると主張するが、そのような追認の事実を認めるに足りる証拠がないから、右主張もまた採用できない。
そうとすれば、破産会社は、本件建物の所有権を取得したものではないから、その所有権取得登記は、無効であるというべく、したがつて控訴人破産管財人は本件建物の所有者である被控訴人に対し破産会社の右所有権取得登記の抹消登記手続をすべき義務を負うものである。
次に、控訴会社富士屋産業、同滝兵が本件建物につき昭和三七年一〇月一七日東京法務局受附第一五、二三五号をもつて根抵当権設定登記を経由したことについては、被控訴人と右控訴人らとの間で争いがない。しかしながら、右根抵当権を設定した破産会社が右建物の所有権を取得したものでないことは、右に判示のとおりであるから、右根抵当権設定登記もまた無効であるというべく、右控訴人らは被控訴人に対し右登記の抹消登記手続をすべき義務があるといわなければならない。
よつて、右各抹消登記手続を求める被控訴人の請求を認容した原判決は、相当……。