東京高等裁判所 昭和39年(ネ)3092号 判決
次に控訴人は、民法第七一五条に基き被控訴人において清部の前記行為につき損害賠償の責に任ずべきである旨主張する。
原審証人岡田八郎の証言およびこれにより真正に成立したものと認める甲第二号証、同第三号証の一、二、当審証人中村弘の証言によると、控訴人は昭和三八年九月一日頃から同三九年三月末頃までの間埼玉興業に対し継続して石油製品を売渡したところ、埼玉興業は昭和三九年三月末頃金二六六万三六九四円の未払金を残したまゝ倒産したことがたやすく認められ、右事実に前項において認定した事実を併せ考えると、清部は擅に前記契約書に前記の通り押印して控訴人にこれを交付することにより、控訴人をして被控訴人が真に連帯保証をしたものと誤信させた上埼玉興業と取引を継続して行わせ、控訴人に前記未払代金額相当の損害を蒙らせたものというべく、結局被控訴人の被用者たる清部は故意又は過失により前記行為をなし、控訴人の権利を侵害したものと云わざるを得ない。
そこで次に清部の右行為が被控訴人の事業の執行につきなされたかどうかを検討する。成立に争いのない乙第一号証、原審証人三原保昌、当審証人中村弘の各証言によると、清部は被控訴人の社内で当時一般に「専務」と呼称されており、前記中村弘としても清部に頼めば被控訴人についてすべて事が足りると考えていたこと、清部は前記契約書が作成されたときから一〇日后である昭和三五年五月一〇日に被控訴人の取締役に就任し、同月一九日付でその旨の登記がなされていること及び被控訴人はかねて営業面においても埼玉興業を応援して来たことが認められ、これらの点からすると清部は被控訴人の住所、社名、代表者名入りのゴム印および代表者の印鑑を保管し、事実上金融関係以外の書類等をも作成していたもののように窺知されるのであつて、してみると清部の前記行為は、権限外の文書に会社印、代表者印を押捺したものにせよ、自己の職務と密接な関係にあつたものと謂うべく、それは被控訴人の事業の執行についてなされたものと認めるのが相当である。なお原審証人三原保昌の証言によれば、前記代表者の印鑑は銀行関係だけに使用されていたものであるというのであるが、かりにそのとおりであつたとしても、そのことはなんら右判断を妨げる事由たりえないというべきである。
(岸上 室伏 斉藤)