大判例

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東京高等裁判所 昭和39年(ネ)484号 判決 1967年12月21日

控訴人

堀場孝二

外一名

代理人

斉藤竜太郎

外三名

被控訴人

狩野喜一

代理人

芦苅直己

外二名

主文

原判決を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は主文と同旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求た。

当事者双方の事実上の主張と証拠関係

≪省略≫

理由

一左の事実は当事者間に争いがない。

1、被控訴人は、その所有にかかる東京都品川区五反田二丁目三六八番地の八および三七〇番地の一所在家屋番号同町三六八番の四木造瓦葺二階建店舗兼住宅一棟建坪二二坪二階一六坪(ただし実況は建坪三〇坪八合六勺二階二九坪四合四勺、以下これを本件建物という)につき、昭和二九年六月三〇日磯野春吉との間で、原判決事実摘示の請求原因一(1)ないし(7)記載のような内容の賃貸借契約を結んだ。

2、同日控訴人堀場は磯野から本件建物の右賃借権を譲受け、被控訴人はこれを承認し、控訴人堀場はパチンコ店としてその使用をはじめた。

3、昭和三七年一月一七日本件建物から出火し、一部が焼けた。

4、控訴人堀場は右火災前、本件建物の二階部分を飲食店営業用に模様替えし、造作の変更をして、これを控訴会社に使用させ、トリスバーの営業をなさしめていたし、また本件建物の屋根裏にあたる部分に三階約五、六坪を増築していた。

5、控訴人堀場は右火災後、本件建物の二階西側の部分に天井、床および周囲のベニヤ板を張り、一階の天井等にもベニヤ板を張つて、建物の修築をした。

6、さらに控訴人堀場はその後本件建物につき、工事金額二一四万七〇〇〇円に達する増改築工事を行なつた。

7、被控訴人堀場に対し、昭和三七年一月一八日付同日到着の内容証明郵便をもつて、右4記載の造作変更、増改築、転貸を被控訴人に無断でしたことを理由として、本件建物についての賃貸借契約を解除する意思表示をし、同月二二日付翌二三日到達の内容証明郵便では、右5記載の改築を無断でしたことを理由に、前同様解除の意思表示をし、また本件と同じ当事者間の東京地方裁判所昭和三七年(モ)第六六三号、第七九八号仮処分異議事件の同年三月五日の口頭弁論期日において、前記3記載の出火が控訴人堀場またはその履行補助者の過失によるもので、善良な管理者としての注意義務に違反したことを理由として、賃貸借解除の意思表示をした。さらに同年六月一九日翌二〇日到達の内容証明郵便をもつて、前記6記載の増改築が無断でなされたことを理由として、同じく解除の意思表示をした。

8、控訴会社は現に本件建物の二階部分を占有している。

二被控訴人が本件賃貸借契約の解除原因として主張する事由は、数次の無断増改築、無断転貸、善管義務違反等多岐にわたつているが、これらを判断するためには、その前提として、本件賃貸借の態様特質を明らかにしておく必要がある。<証拠>を綜合すると、つぎの事実が認められる。

本件建物は、磯野春吉が昭和二五年以降被控訴人から賃借して、ふとん店として使用していたところ、昭和二九年春頃商売に失敗して店を閉じるはめとなり、若干の曲折を経て、控訴人堀場が磯野から右賃借権を譲受けることとなつたが、その形式としては、被控訴人と磯野間の昭和二五年二月四日付賃貸借契約(以下これを原始契約という)を昭和二九年六月三〇日合意解除のうえ、右当事者間で同日付をもつてあらためて詳細な内容の賃貸借契約をなし(甲第一号証の二、三)、これを基本契約として、同日控訴人堀場がその賃借権を譲受け、被控訴人との間でさらに種々のとりきめをする(甲第一号証の一)という、まわりくどい方式がとられた。右各契約の内容を詳述すると、被控訴人と磯野間の原始契約においては、その締結当時建物が未完成であつたので、磯野は建物の完成に協力するためとの名目で被控訴人に建築資金一五〇万円を支払い、賃貸借期間を二〇年とし、家主たる被控訴人は磯野の承諾なしに本件建物を他に担保に入れない義務を負うものとし、さらに本件建物が火災により滅失したときは、被控訴人において再建築のうえ磯野に賃貸することの特約も存したところ、これをあらためた昭和二九年六月三〇日付賃貸借契約書(甲第一号証の二)では、右原始契約以来の期間の経過を斟酌して、賃貸借期間を爾後一五年とし、使用目的を店舗または事務所としたほか、とくに右火災に関する条項を重視し、この点をさらに明確にしてその第一一条で「この契約締結の日より満一五年以内に本件建物が火災により滅失した場合、甲(被控訴人)は乙(磯野)のため本件建物の敷地上に家屋を新築して、この契約と同一の条件をもつて、その残存期間乙に賃貸するものとする。但し、前項新築資金に充てるため本件建物を火災保険に付し、保険料は乙において支払い、保険金は乙において受領するため、保険証券を乙宛に裏書交付なしおくものとする。」と定め、別にこれに付帯して、磯野の被控訴人宛念書(甲第一号証の三)をもつて、右賃貸借契約書第一一条による建物新築に必要な資金一切は磯野が負担出捐するが、建物は被控訴人の所有に帰するものであること、新築建物は現建物と同等以上と、建築業者の選定、設計仕様その他の建築に関する細目は被控訴人の同意を得てこれを決定すべきこと、火災後三ケ月以内に建築に着手せず、または着手後六ケ月以内に完成しないなどの事由があるときは、前記第一一条の約定は廃棄され、磯野は失権すること、などが特約されている。そしてこれらに基づく磯野の権利義務を承継した控訴人堀場と被控訴人との間では、別に契約書(甲第一号証の一)をもつて、控訴人堀場が賃借建物につきパチンコ店開業のために必要な工事をすることを被控訴人は承諾し、増築部分の所有権は一切被控訴人に無償で譲渡すべきことなどが定められたのである。かくして一切の契約がととのつた段階で、控訴人堀場は磯野に対し賃借権譲受の対価として計金一〇〇〇万円を、被控訴人に対し名義書替料として計金一三〇万円を支払い、本件建物の賃借権を取得し、これをパチンコ店にするため相当額をかけて建物の土台から全面的に改築し、パチンコ店を開業したものである。

以上の事実を認めることができる。右認定の事実に基づき考察するに、本件契約関係は、磯野のときから一貫して建物の賃貸借の形式をとつているが、その建物は実は主として賃借人側の資金により建築され改築されていて、実質的には賃借人の所有に帰すべかりしものであり、このことが賃貸借の期間の定めにも反映して、二〇年というあたかも借地権に匹敵するほどの長期約定がなされているし、また賃貸人が賃借人の承諾なくして建物を担保に供すべからざる義務を負つたり、火災による滅失の場合にも再建築のうえ賃貸借を継続すべきことという全く異例の特約がなされた理由も、そこにあつたと解せられる。しかも、この火災に関する特約は、甲第一号証の三の念書の文理からすると、賃貸人が建物を再建築するというよりは、むしろ賃借人の側にその資金により自ら建物を再建築して使用できる権利を考えている趣旨に理解されるのであつて、これら全体を通観すると、本件契約関係は、名は建物の賃貸借であつても、その実はほとんど敷地の賃貸借というに近く、契約当事者の意思としては、建物の所有権を被控訴人側に帰属せしめるという一点において借地関係と異なるとはいえ、実際には控訴人堀場の方では敷地の利用を確保し、被控訴人もまた右敷地を相手方に利用せしめることにこそ、その真意があつたと認めざるをえない。本件契約関係における当事者の権利義務は、契約のかかる特質の理解の上に立つて、これを判断すべきである。

三そこで被控訴人の主張する各解除原因中、まず無断増改築造作変更の主張について考察するに、本件契約には、賃借人は賃貸人の承諾なしに造作変更、増改築、模様替等をしてはならないとの条項が存することは、前述のとおりである。しかしながら、もともと本件建物の使用目的は、包括的抽象的に店舗または事務所と定められ、他に何らの限定もなかつたのであるし、しかも賃貸借の態様は前記の如くで、この建物自体控訴人堀場が使用開始の当初自らの手で全面的に改築したものである以上、その後の造作変更、増改築、模様替等も、右使用目的を逸脱しない合理的範囲内であるかぎり、むしろはじめから包括的に許容され、賃借人たる控訴人堀場の独自の裁量でこれを行ないうるのを本旨とし、それが現存建物の価値を著しく減損しない限り、賃貸人たる被控訴人はこれに対し特段の利害も関心ももたなかつたはずである。けだし、本件賃貸借は実質的にみて借地契約とほとんど異ならず、火災後の再建築に関する特約も存し、賃借人に強力な権利が保留され、建物が全焼したときは控訴人堀場において全く新たな建物を再建築することすらできるのに、かえつて既存の建物の一部手直し程度のことは被控訴人の承諾にかかわらしられていたというのは、きわめて矛盾したことといわなければならないからである。してみると、右無断増改築等禁止の条項は、控訴人堀場に対しておよそ一切の増改築等につき被控訴人の承諾を求めることを要求するほどの強い意味をもつていたとはとうてい解しえず、その適用はおのずから制限され、せいぜい被控訴人不知の間に住宅等全く異種の用途の建物、あるいは劣悪有害な種類の建物に改変されるのを、抑制する程度の意味あいしかもたないものと解すべきである。

のみならず、本件で被控訴人の主張する前記一4ないし6記載の増改築造作変更等を個別的に検討しても、4の二階部分をトリスバー営業用に模様替造作変更した点は、<証拠>によれば、これが被控訴人の明示の承諾によつたものであることは明らかである。また右各<証拠>によると、三階の増築も、右二階の模様替と同時期にそれと関連して行なわれたもので、その後火災まで三年余の間には被控訴人側でも賃料取立の用件で前記建物内にしばしば立入るなどして当然これを認識しえたと考えられるにもかかわらず、被控訴人がこれに異議を述べた形跡もないこと、被控訴人名義の昭和三五年一〇月一一日付火災保険証券(乙第一五号証の三はその写)には本件建物が三階建と表示されていて、被控訴人はその添付書類に異議なく捺印していること、さらに被控訴人は本件建物が増築により増坪したことを前提として賃料の値上をしていること、などが認められるので、これらの事実に徴すると、三階の増築についても被控訴人は少なくとも黙示的にはこれを承諾していたものと認めなければならない<証拠>中、右に反する部分は採用しがたい。

つぎに前記一5および6の火災後の復旧工事は、本件賃貸借契約における前述した特約からして、当然に控訴人堀場の側に認容された行為である。もつとも、前顕甲第一号証の三には、設計仕様その他の細目は被控訴人の同意を得てこれを決定すべき旨の条項が存するが、被控訴人においては、火災の翌日いち速く控訴人堀場に対し契約解除を通告し、仮処分をかける(乙第一七号証の一、一二)などして、賃貸借の継続を一切拒否する態度に出ている以上、控訴人堀場が修築に関する細目について被控訴人の同意を得られなかつたことは当然で、これを非難するのは当らない。

以上の次第で、無断増改築等を理由とする解除の主張は、すべて理由がない。

四被控訴人は控訴人堀場の控訴会社への無断転貸を主張するが、控訴会社はその実態は控訴人堀場の個人経営と全く異なるところはなく、控訴人堀場が昭和三三年に本件建物の二階で、控訴会社名義をもつてトリスバーの営業をはじめるについて、被控訴人が当時承諾を与えていたことは、被控訴人本人尋問の結果によつても明白であり、被控訴人の右主張は失当である。

五被控訴人はさらに控訴人堀場の善管義務違反による解除を主張する。<証拠>によると、昭和三七年一月一七日に発生した本件建物の火災は、控訴人堀場の雇人の失火と推認される。しかしながら、通常の建物賃貸借なら失火による建物焼燬は善管義務違反で重大な債務不履行であるけれども、本件は建物の賃貸借とはいつてもその建物はいわば賃借人が建てたもので、実質的にはむしろ敷地の賃貸借に近い場合であり、普通の借家関係と同日に論じえないばかりでなく、前記火災に関する特約が存するのであつて、その適用範囲については、書面上、類焼の場合とを何ら区別していない。そして、右特約に付帯して、控訴人堀場は火災保険をかけておき、保険金は自ら受領できることとなつていたので、この場合、保険金の給付がなされる範囲の火災であるかぎり(すなわち、放火の如き場合を除き、類焼たると失火たるとを問わず)、前記特約が働き、焼失建物に匹敵する建物を再建築し、その建物の賃貸借を引き続き継続することができるものと解するのが相当であり、そのように解しても、被控訴人に何も不利益はない。<証人甲>は、失火のときは甲第一号証の賃貸借契約書第八条の善管義務に違反することになるので、契約が解除され、同第一一条の特約は及ばない約旨であつた、と述べているが、前認定の内容および経過に照らし、そのような了解があつたとはにわかに解しがたく、右証言は採用できない。したがつて善管義務違反の主張も失当である。

六以上説示のとおりで、被控訴人のした賃貸借契約解除はすべて効力がなく、控訴人堀場は依然として賃借権を保有し、控訴会社もこれに由来して適法な占有を対抗することができ、被控訴人の控訴人らに対する請求は全部理由がない。よつて、これと異なる原判決を取り消すこととし、民事訴訟第三八六条、第九六条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。(近藤完爾 田嶋重徳 藤井正雄)

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