東京高等裁判所 昭和39年(ネ)602号 判決
訴外会社は訴外矢島芳雄がその実権を持ち、かつ業務一切を担当し経営に当つていた株式会社であるが、かねて控訴人の亡父が同会社の対外的信用のため矢島から懇請されて名目上の代表取締役に就任していたところ、同人より老齢を理由に代表取締役の辞任を申し出られたので、矢島は自己が未だ若年であることを危懼し、会社の信用を維持するために、控訴人に訴外会社の代表取締役社長に就任するよう強く慫慂したこと、控訴人は他に職業を持つ多忙な身であつたので右就任には乗気でなかつたが、二、三年間でよいから名義上だけ代表取締役になつて貰いたい、倉庫業務の監督は何もしなくてよいということであり、かつ亡父からも就任を懇請されたので、やむなく昭和三〇年三月頃就任を承諾しその後その登記を了したこと、控訴人は当時仕事の関係で東京に居ることが多く、殊に昭和三二年二月頃からは都内日暮里に事務所を置く八洲化学工業株式会社の業務に没頭していたところその経営が不振であつたため殆んど肩書住所に帰宅する暇もない程であつたので、訴外会社に出社することは殆んどなく、従つて倉庫の巡視、帳簿の検閲など重要な保管業務にも全く関与せず、その業務は一切矢島に委せきりであつて、代表取締役の職印も矢島に預託したまま控訴人の名義を使用して自由に事務全般を処理させていたことおよび訴外会社より二、三回歳暮を貰つた以外は全く報酬を受けていなかつたこと等の事実が認められ、他に右認定を動かすに足る証拠はない。
おもうに、株式会社の代表取締役は、商法二五四条の二の規定に従い、法令及び定款の定め、並びに総会の決議を遵守し会社のため忠実にその職務を遂行する義務を負うものであるが、その職務の執行については同法二五四条二項によつて準用される委任の規定(民法六四四条)に則り受任者として委任の本旨に従い善良なる管理者の注意をもつて事務を処理すべきものであり、その職務を行うにつき悪意又は重大な過失により第三者に損害を及ぼしたときは個人として連帯して損害賠償の責に任じなければならないのである(商法二六六条の三)が、就中代表取締役は対外的には会社を代表し、対内的にはその業務執行権に基づき会社運営の衝にあたる者であるから、かかる立場にある者に対して要求される前叙の善管注意義務並びに忠実義務はおのずから一般の取締役に対して要求されるそれに比較して一段と高度なものであると解すべきである。
従つて、代表取締役が他の取締役、使用人その他下部職員の補助をえて業務の執行にあたつている場合には一般の取締役より一層高度の注意義務を尽して忠実にこれら補助者の所為に職務違反がないかどうかを監視することは勿論、不当な職務の執行はこれを制止し、あるいは未然にこれを防止する策を講ずる等会社の利益を図るべき職責を有するものというべく、いやしくも自由な意思に基づいてその地位に就くことを承諾している以上たとえ会社の内部において業務の執行は一切他の取締役において担当すべきものと定め、代表取締役には業務執行上の責任を負担させない旨の了解がなされているとしても、このことをもつて対外関係においては代表取締役が右善管注意義務並びに忠実義務違反の責を免れうるものではなく、現実に業務執行を担当する取締役その他使用人が第三者に対して蒙らせた損害の賠償を回避する理由とすることはできないものというべきである。
そこで、飜つて前段認定にかかる事実に徴して考えると、控訴人は訴外会社の代表取締役に就任した後本件事故の発覚するに至るまで三年余にわたる期間同会社の業務を一切商業使用人として業務の具体的実行にあたつて来た取締役矢島芳雄に委ねたまま、自らは殆んどこれを顧みなかつたものであることが明らかであるから、このこと自体においてすでにその使用人の職務を監視すべき義務を著しく懈怠しているものといわざるをえない。そうして原審および当審における控訴人本人の供述によると、控訴人は訴外会社の業務については食糧事務所の監督が厳重に行われることになつており、かつ矢島を信用していたことも右業務の執行を同人に委せるに至つた理由の一であることは窺いうるのであるが、たとえこの点を考慮に入れても、前段認定の事実に鑑みると右職務の懈怠はいやしくも代表取締役の地位にある者に要求される注意義務を著しく欠いた結果と推認されるのである。してみれば控訴人には代表取締役としてその職務を行うにつき重大な過失があつたものといわねばならない。
(三渕 伊藤 土井)