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東京高等裁判所 昭和39年(行ケ)11号 判決

〔判決理由〕

二、そこで審決の当否について判断する。

(一) まず、本件実用新案の要旨について検討する。<中略>

本件実用新案は、説明書の記載からすれば、

(イ) 合成樹脂の皮膜1と合成樹脂のスポンジシート2とをある間隔をもつて高周波溶着し

(ロ) 右溶着部と溶着部の間に袋状部4を形成するようにした

合成樹脂皮膜と合成樹脂スポンジシートの貼り合せ体の構造にあるということになる。

ところで、被告は右(ロ)の要件中の「袋状部を形成するようにした」というのは、溶着部との間において、独立の空気圏すなわち他と流通しない空気を包蔵する部分が形成されるようにしたことを指称するものであると主張する。

なるほど、前記説明書の実用新案の説明の項には、被告の指摘するように、「袋状部が形成されているのでここに空気圏をもつことができスポンジと相俟て弾力若くはクッション性と保温性を増強する」云々との記載があり、また、図面でも、皮膜とスポンジシートが溶着部以外の箇所(符号4をもつて示される部分)では全然接触せず、上下に隔離された状態にあるように記載されていることが認められるのである。しかし、これらの記載だけによつて、前記「袋状部」ないし「空気圏」は被告主張のように限定的に解することは困難であり、その理由は以下に示すとおりである。

(1)「空気圏」という語が、被告主張のような意味で慣用されているものと認めるべき根拠はないし、実施例を示した図面中符号4の部分の図示の仕方だけではそれが独立の空気圏であることを必須の要件と認めるには足りず、作用効果の点も被告主張のような限定的解釈と必然的な結びつきをもつものでないことは後にも述べるとおりである。

(2) 前記「袋状部」を被告主張のような独立の空気圏だけを指称するものと限定的に解するためには、該部分の上下・四周が空気の流通を許さないような構成になつていなければならず、例えば高周波溶着部を格子状にするなどして四周を溶着し、また、特に独立気泡性ないしは非通気性(空気不透過性)の合成樹脂スポンジシートを用いる等、特殊の構成を必要とするのであり、このことは登録請求の範囲の記載事項の趣旨を明確ならしめるため説明書中に記載されていなければならない事項というべきである(旧実用新案法施行規則第二条第二項参照)。しかるに、本件実用新案の説明書には、前記のような特殊の構成を有することが明らかに認められるような記載はないのである。

(3) 右説明書に記載されている作用効果を奏させるためには、袋状部が被告主張のような構成になつていることが絶対に必要であるとは考えられない。けだし、説明書の記載からもわかるように、本件実用新案の貼り合せ体は主として履物、敷物等に使用することを予定しているものであり、このことからみて、説明書記載の作用効果も、袋状部それ自体が特に顕著な弾力性もしくはクッション性および保温性を有することが要求されているわけではなく、要するに、右のような用途に使用した場合、単に合成樹脂スポンジシートだけのものに比すれば、なめらかで、当りもやわらかであり、保温の点でもまさつているという程度のことにすぎないと考えられるのであるが、その程度のことであれば、いわゆる袋状部が被告主張のような独立の空気圏を形成していない場合(例えば、連続気泡性ないしは通気性の合成樹脂スポンジシートを使用した場合、あるいは高周波溶着を単に平行線上にのみ行なつた場合)でも、皮膜とスポンジシートの接触をあまり緊密にせず適当な状態にすればある程度同様の作用効果を奏することが考えられるのである(合成樹脂皮膜とそのスポンジシートをある間隔をもつて溶着した場合その接触状態がどうなるか、例えば全面的に完全に接触するかどうか、接触が緊密であるかゆるやかであるか等は、両素材の厚みや具体的な質的条件、これらとの相対的関係における溶着部分相互の間隔、溶着の際の操作の仕方等によつて左右されるわけであるが、両素材の接触をごく緊密な状態にしなければ、一方がスポンジ体である関係上その間には必然的に大なり小なり空隙が形成され合成樹脂スポンジシート自体のもつ性質と相まつて、前記のようなクッション性保温性の増強という作用効果を伴うものということができる。溶着部相互の間隔を素材の厚みとの相対的関係において非常にせまくし、両者が互に強く押圧するような緊密な接触状態にした場合―例えば検乙第一号証のようにした場合―には、右の作用効果を伴うことはなく、かえつてスポンジシート自体のもつクッション性や保温性を減損することが考えられる)。

前記のとおりで、本件実用新案の構成特に「袋状部を形成する」ということの意味については、結局、合成樹脂皮膜と合成樹脂スポンジシートとをある間隔をもつて高周波溶着した場合、その溶着部と溶着部の間の部分が皮膜とシートの間にある程度空気が介在する状態になつているようにしたものであるということ(両者の接触があまり緊密になつていないということ)は理解できるけれども、それ以上に何らか特殊の構成を有すること、殊に被告主張のように「袋状部」が他と流通しない空気を包蔵する部分(独立の空気圏)を形成しているものに限定される趣旨のことが説明書中に開示されているとみるのは困難であるといわざるを得ないのである。

皮膜とスポンジシートの一方を多少ずらせつつ(たるませつつ)溶着を一条ずつ行なう場合には、このような操作をせずに溶着する場合に比し、ある程度多くの空隙を両素材間に介在せしめ得ることも考えられないではないが、この場合でも通気遮断の構成がとられていない以上、両素材の間隔は自然に縮まり、結局全面的接触と大差のない状態となるであろうし、一方全面的接触の場合でも、これを特に緊密な接触状態としない限り、スポンジシートの組織的構造からして、両素材の間には若干の空気が介在することになるのは必然であり、効果の点でも両者の間でたいした差異はないものと考えられる。

そして、被告が本件実用新案を実施した市販品であるとして提出し原告もそれを認めている検乙第二号証および<証拠>により本件実用新案の実施品であるとして製造販売されているものであることが認められる検甲第七号証をみるに、これらはいづれも合成樹脂スポンジシートの上下両側に合成樹脂皮膜を重ね、格子状の溶着線で高周波溶着したものであることが認められ、本件実用新案の説明書に示されていない構成要素を附加したものということができる。そして、右物品に使用されている合成樹脂スポンジシートは非通気性のものとは認められず、またこれと皮膜とはほぼ全面的に接触しておりスポンジシートと皮膜との間に被告主張のような独立の空気圏が形成されているものとは認められないのである。したがつて、もし本件実用新案における袋状部の意味について被告主張のような見解をとるとすれば、右検証物はもはや本件実用新案の実施品に該当しないものというべきであろう。右検証物も、上下の合成樹脂皮膜と格子状の溶着線で囲まれた一区画の部分についてみれば、その内部(スポンジシートと上下の皮膜との間およびスポンジシート自体の内部を含む)に存する空気は、外界と流通しないといえるけれども、もちろんそれは、スポンジシートと皮膜との間に独立の空気圏が形成されているかどうかの問題とは別個の問題である。

以上要するに、本件実用新案における「袋状部」というのは、特に被告主張のような独立の空気圏を形成するものに限定されるものではなく、スポンジシートと皮膜とが全面的に接触しているものでも、前に述べたような特に緊密に押圧し合うような接触状態にあるものでないかぎり、右「袋状部」を形成したものに該当するものと認めるべきであり(したがつて「袋状部を形成するよう」というのは特に積極的な意義を有するわけではなく、むしろ前記のような特殊の場合を除外するという消極的な意義しか認められない)、したがつて、本件実用新案は、結局、合成樹脂スポンジシートと合成樹脂皮膜との貼り合せ体において、この両素材をある間隔をもつて高周波溶着し、その溶着部相互の間の部分に前記の意味における袋状部が形成されるようにした構造をその考案の製旨とするものということができる。

(二) つぎに、第一引用例について見る。

<証拠>によれば、プラスチックステクノロジー一九五六年七月号の四四七頁(この刊行物が本件実用新案の出願前である昭和三一年一二月五日国立国会図書館に受け入れられたことは、<証拠>によつて明らかである。)には右らん上部に第三図として、ビニルフィルムを上面にして、ビニルフィルムとビニルフォームとをある間隔をもつた部分で熱溶着したものを示す別紙のⅡ図面<省略>のとおりの写真版が、その下に、「ビニルフィルムをビニルフォームに熱溶着または型押すること(dieembossing)によつて得られた深いキルテッド効果」という写真説明を附して掲載されていることが認められる。

右説明文にいう「ビニルフィルム」は本件実用新案における合成樹脂皮膜の概念に包含されるものであり、前者におけるビニルフォームも後者における合成樹脂スポンジシートも、ビニル又は合成樹脂の気泡性物質であることにおいて異なるところはない。また、右写真の説明中の「熱溶着」(heat sealing)については、同号証中に高周波溶着であることを明記した文言は見当らないが、<証拠>(「モダンプラスチックス」一九五六年五月号一一六頁、なおこの刊行物が本件実用新案の出願前である昭和三一年七月一八日に特許庁資料館に受け入れられたものである……の記載、すなわち同号証には「シート材としての応用」という見出しのもとに、シート状としたビニルフォームは、その弾性を利用して、いすソファ等に用い、また履物の敷皮等にも用い得ることを述べたのち、このようなビニルフォームを他のビニル体と組み合わせ電子による加熱溶着(electronic heat sealing)を行なうことによつて、おもしろい盛り上り効果をもたせることができる旨の記載があり、また、同頁に甲第三号証<引用例>の前記写真に酷似した(写真で見るかぎり全く同一のものともいえるような)写真が「ビニルを被着した織物をビニルフォームの諸所に溶着して弾力のある教会用の座席いすの資材としたもの」である旨の説明を附して掲載されていることが認められることを合わせ考えれば、甲第三号証の刊行物に「熱溶着」といつているのが、その素材・効果等の記載と総合し、高周波による熱溶着を指すものであることは、本件実用新案の出願当時の技術水準に照らし、当業者にとつて容易に理解し得たものであることを認めることができる。

そこで、まず、甲第三号証の右写真に示されているものが、溶着部相互の間の部分で、本件実用新案における前記のような意味での「袋状部」を形成しているものと認めるべきかどうかについて考察する(「袋状部」を被告主張の趣旨に解するとすれば、右写真に示されたもの自体が独立の空気圏を形成するように熱溶着したものであることを認めるに足る格別の記載はないのであるから、原被告間に甲第三号証の記載をめぐつて展開されている論争はほとんど無意味というほかはない。「袋状部」の意味を前に認定したように解して初めて、右写真に示されているものが「袋状部」を形成しているかどうかが問題となるといえる)。

ところで、右甲第三号証の同じページには、左らんから右らんにかけて「Design Applications」と題する、ビニルフィルム、ビニルフォームの性能、両者の組合わせの効用等についての説明の記載があつて、その一部(左らん下から五行目以下右らん上から六行目まで)に、

「非常に深く刻まれた線および形状をビニルフォームの熱可塑性を利用して永久的に打ち出す(emboss)ことができる(第三図参照)。局部的に特定の線上で熱および圧力を加えることによつて、圧力の加わつた個所の直下のフォーム内のビニル気泡のすべてがつぶれる。ビニルが冷却し、力がとり除かれると、盛り上つた、なだらかに丸味のある表面ができ、この面は、下方から恒久的な圧力を受けていて、そのため、フォームが引つ張られ、曲げられまたは折りたたまれる曲面の型(type)にかかわらずその形(shape)を保持する。」旨記載してあることが認められる。

被告は、右の記述からみても甲第三号証の第三図に示されているものはビニルフォームがビニルフィルムを下方から強く押し上げており、この両素材の間に空気圏が形成されていないことは明らかであるという。しかし、右記述部分は、直接第三図の写真に示されたものについて述べているのではなく、(第三図は深い凹陥部を設けた場合の一例を示すため掲載されているにすぎない)、ビニルフォームの熱可塑性の利用に関しビニルフォームを部分的に(ある間隔をもつて)加熱加圧した場合にそれ以外の部分の表面に丸味をもたせることができること、またこの形状を保持したままで種々の型の物品の素材として利用し意匠上の効果をあげ得ることを一般的に述べているにすぎないのである。なお、右の記述部分は、直接にはビニルフォーム自体について述べているのであるが、もちろんビニルフィルム等と重ねて使用する場合もあることを前提としていることは前後の文章からみて明らかであるし、同時にまた、使用する素材の厚みや溶着線のきめ方等も適宜に選択し得、凹陥部の深さや爾余の部分の形状等もそれらの選択によつて種々異なり得ることを前提としていることも、前掲記述に続けて自動車の側壁。ボルスター(bolster)。いす等の資材のようなものからハンドバッグ、ベルトのようなものに至るまで利用範囲の広いことを述べていることからも知ることができるのである。前にも述べたように、この種の貼り合せ体において溶着部と溶着部との中間の部分におけるビニルフォームとビニルフィルムの接触状態がどのようになるかは、これら素材の厚みと溶着部分相互間の間隔との相対的関係その他の条件によつて必ずしも一様ではなく、また同一の貼り合せ体でも、溶着部にすぐ接続する部分とその他の(溶着部から比較的はなれた)部分とでも異なり得るのであつて、甲第三号証の前記記述も、こういつたことを無視して、凹陥部(溶着部)が深ければ常にビニルフォームないしはこれとビニルフィルムとの貼り合せ体における溶着部以外の部分が一様に緊密な接触をするとまで述べているものとは解されない。前記第三図の写真に示されているものをみても、溶着部に接続するごく小範囲の部分はビニルフィルムの表面が丸味をもつているが、その余の(溶着部と溶着部の中間の)部分は表面が比較的平坦になつていることを認めることができるのであつて、この部分におけるビニルフォームがビニルフィルムを下から強く圧迫し、両者間に空隙(空気)の介在する余地がないといえるほど互いに緊密に接触しているものとはとうてい考えられないのである。してみれば、右写真に示されているものも、ビニル皮膜とビニルフォームを重ね、ある間隔をおいて熱溶着(高周波溶着)したものであり溶着部に接続する僅かの部分を除き、その余の部分では、ある程度―前述のような意味での袋状部が存在するといえる程度―の空隙(空気)が介在しているものと認めることができ、ビニルフォーム自体の組織的構造と相まつて、クッション性および保温性を多少増大できるものということができる。

もつとも、甲第三号証の前記写真に示されているもの自体は、いす用資材と認められ、全体として相当の厚みをもつたもので、それだけに溶着部(凹陥部)も深くなつていることが認められ、本件実用新案の効果の一つとして説明書に記載されている「凹陥部があるが全体として厚さが感じない」製品という点には合致しないともいえるが、本件実用新案の要旨としては、特に薄手の素材(特に合成樹脂スポンジシート)を用いるものと限定しているわけではなく、説明書中の右記載は、通常の実施態様として薄手の素材を使用することを予定し、その場合における効果について記載したにすぎないものと考えられるのであつて、前記写真に示されているものが右の点で本件実用新案のものと全然異なるものとすることはできない。なお附言するに、甲第三号証の刊行物には、前記写真の掲載されている同じページに、次のような記載すなわち、ビニルフォームは、布・ビニルで被覆した織物またはビニルフィルムのような他の材料と組み合わせ加熱溶着等の方法を施用することによつて薄板状の貼り合せ体にすることができ、これらの合成製品は平らな緩衝材料・じゆうたん資材・自動車の側壁等に適しているという趣旨の記載の存することも認められる。右記載も、ビニルフォームの特質を生かし、これを他の素材と併用しての応用面について述べているものと解され、そこに挙げられている物品がいずれもクッション性を必要とするものであることからみて、右の加熱溶着というのも、溶着部以外の部分は両素材が緊密でない接触をするようにしたものであることを前提としていることはみやすいところであり、これらの物品が概してビニルフォームと前記他の素材との併用によつてクッション性・保温性を増強する効果を有するようにしたものであることも、これを推認するに難くない。要するに、甲第三号証の刊行物に掲載されている第三図の写真およびこれと同頁の前掲記述の内容を対照すれば、右第三図に示されているものも、前記のような広い応用面をもつているビニルフォームとビニルフィルム等とを組み合わせた(部分的熱溶着による)貼り合せ体の一例として理解することは容易であるといえる。

(三) なお被告は、第一引用例のものにおいてビニルフィルムとビニルフォームとの間に少許の間隙があるとしても、(1)かような間隙は、説明書記載のような顕著な作用効果を奏する本件実用新案の「袋状部」とは異質のものであり、(2)また、合成樹脂皮膜とそのスポンジシートとを高周波溶着することは、被告が本件実用新案の出願後である昭和三二年後半に行なつたのがわが国では始めてのことであり、それまで右引用例に基づいてこの種の加工をしたものは国内には存しないのであるから、いずれにしても第一引用例によつて本件実用新案の新規性は阻却せられないという。

しかし右の(1)の点については、本件実用新案が、いうところの著大な作用効果を発揮する特殊の「袋状部」の構造をそなえていることを構成要件とするものとは認められず、その袋状部と称するものの実質は、第一引用例における間隙となんら差異のないものであることは上来説示したとおりであるから、右主張は理由がなく、また(2)の点については、実施の実際に関する事実関係が仮りに被告主張のとおりであるとしても、そのことは本件実用新案が第一引用例による文献公知によつてすなわち前記のとおり旧実用新案法第三条第二号の規定によつて、新規性がないとされるのを妨げるものでないことはいうまでもないから、右主張も理由がないことは明らかである。

(四) 以上説明のとおりで、甲第三号証の刊行物(第一引用例)に示されているものは、本件実用新案における合成樹脂皮膜と合成樹脂スポンジシートに該当するビニルフィルムとビニルフォームをある間隔をもつて高周波溶着し、溶着部と溶着部との間の部分が本件実用新案にいう「袋状部」と本質的に異なるところのない構成になつているものと認めるべきであり、本件実用新案は、右第一引用例が存する以上、旧実用新案法第三条第二号にいう登録出願前国内に頒布されていた刊行物に容易に実施し得る程度に記載されていたものないしはこれに類似するものということができ、実用新案法施行法第二六条第一項により本件に適用のある旧実用新案法第一六条第一項第一号の規定により無効とせらるべきものである。

三、よつて、右と判断および結論を異にした審決を違法として取り消す。

(多田貞治 古原勇雄 楠賢二)

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