東京高等裁判所 昭和39年(行ケ)123号 判決
(争いのない事実)
一 本件に関する特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び本件審決理由の要点がいずれも原告主張のとおりであることは、本件当事者間に争いのないところである。
(本件審決を取り消すべき事由の有無について)
二 原告は、本件審決は、本願発明が反応混合物を組成するポリエーテルとポリイソシアネートのうち特定の種類のものに選択限定し、かつ、これらの反応混合物の混合比を限定使用することにより、引用例のものには見られない特段の作用効果を奏するものであることを看過誤認し、その結果、本願発明における選択をもつて引用例から当業者の容易にできる程度を出ないものであるとした点において判断を誤つたものである旨主張するが、この主張は、以下に説示するとおり、理由がないものといわざるをえない。
(1)原告主張の(1)の点について
本願発明は、特定の組成をもつ有機ポリイソシアネートとポリエーテルと水とを反応させることを発明の要旨とし、右三者を反応させる順序及び反応条件については何らの特定もされているものではないことは、当事者間に争いのない本願発明の要旨及び成立に争いのない甲第一号証から第三号証(本願の特許願書及び明細書並びに昭和三十四年八月二十五日付訂正書差出書及び同年十一月二十日付訂正書差出書)により明らかであるから、その実施態様の一であるいわゆる一段階法による効果をもつて、本願発明の奏する効果とすることはできないから、原告の前記(1)の主張は、採用することができなか。
(2)同じく(2)の点について
この点の効果は、原告の自認するとおり、蒸気圧の低いジアリルメタンジイソシアネートを選択したことに基づく当然の効果といわざるをえない。けだし、このようなことは、ジアリルメタンジイソシアネートそれ自体の蒸気圧が低いために有する性質に基づくものであり、毒性の小さい原料を用いれば、使用する原料に基づく人体障害の危険が小さいことは当然のことだからである。なお、引用例においても、ジアリルメタンジイソシアネートを用いることが示されていることは成立に争いのない甲第四号証により明らかであるが引用例の方法においても、これを用いれば、イソシアネート蒸気による人体障害の危険は少ない筈である。したがつて、右(2)の効果は、本願発明による特有の効果ということはできない。
(3)同じく(3)の点について
成立に争いのない甲第十号証の二の「従来のワンシヨツト法はポリエステルフオームにのみ適用され、ポリエーテルフオームには適用が困難とされていた。これは一級ヒドロキシル基と二級ヒドロキシル基との反応性の相違に原因している。」との記載に徴すれば、一級ヒドロキシル基を有する原料の場合にのみ一段階法が可能であることが明らかであり、前顕甲第一号証の「若干の場合、特にポリエーテル又はポリエーテル混合物の平均官能基数が三個以下であり、かつ、第二級の水酸基に終る基が存在する場合には、ポリエーテル又はポリエーテル混合物を一部分又は全部、水を加える前に過剰のポリイソシアネート(必要に応じ他のポリイソシアネート量)と共に反応させることが必要である。」旨の記載に徴すれば、本願発明においても、ポリエーテルがジオールであり、かつ、二級ヒドロキシル基を有する場合には、必ず二段階法によらなければならないのであり、一段階法が適用できるか否かはポリエーテルのヒドロキシル基が第一級か否かによるものと解され、これを左右するに足る証拠はない。しかして、叙上の事実によれば、本願発明において一段階法と二段階法の実施を可能にするのは、もつぱらポリエーテルの種類によるものであり、特定のイソシアネートを組み合せることにより両者の選択を可能にしたものとはいいえないことが明らかであるから、この点に関する原告の主張もまた採用しうる限りではない。
(4)同じく(4)の点について
本願発明の場合、可撓性フオームが得られるか、硬性フオームが得られるかは、主として使用されるポリエーテルの種類によるものであることは、前掲甲第一号証から第三号証の記載に徴し明らかであるから、原告主張の(4)の効果をもつて、本願発明において特定組成比の有機ポリイソシアネートを選択したことによる効果とするとができないことは、まさに被告が指摘するとおりである(被告の答弁(4)の項参照)。
(むすび)
三 叙上のとおりであるから、その主張の点に判断を誤つた違法のあることを理由に本件審決の取消を求める原告の本訴請求は、理由がないものというほかはない。よつて、これを棄却する。
原告訴訟代理人は、請求の原因として、次のとおり述べた。
一 特許庁における手続の経緯
原告は、名称を「重合体物質の製法」とする発明につき、一九五八年(昭和三十三年)八月十五日英国においてした特許出願の優先権を主張して、昭和三十四年八月十五日特許出願をしたところ、昭和三十六年三月三日拒絶査定を受けたので、同年六月十六日、これに対する抗告審判を請求し、同年抗告審判第一、七二二号事件として審理されたが、昭和三十九年四月十三日、「本件抗告審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は、同年五月十一日、原告に送達(出訴期間は同年九月十日まで延長)された。
二 本願発明の要旨
大組成比のジアリルメタンジイソシアネートと二個以上の官能基を有するポリイソシアネート五~五〇重量%とより成る有機ポリイソシアネート組成物、一分子当たり少なくとも二個の水酸基を含むポリエーテル及び水を反応させることを特徴とする海綿状物質の製法。
三 本件審決理由の要点
本願発明の要旨は、前項掲記のとおりと認められるところ、原査定の拒絶理由に引用された特公昭三三ー二〇四八号公報(以下「引用例」という。)には、種々のポリイソシアネート混合物、ポリアルキレンエーテルグリコール及び水を反応させて海綿状物質を造ることが記載され、かつ前記ポリイソシアネートの例として、4・4ダツシユジフエニレンメタンジイソシアネート、トルエン2・4・6ートリイソシアネート等があげられており、両者を対比すると、引用例には前記ポリイソシアネートのどれとどれとをどのような割合で一緒に用いるかについて特記していない点で、それらを特定する本願方法と相違するだけであるが、このような相違点は、生成細胞物質に要求される性質や工程の難易等によつて任意に選択できるものと解せられるから、本願方法で用いられる物質が引用例に例示されている以上、その選択は当業者にとつて容易になしうる程度を出ないものと認められ、本願方法は引用例に開示されている技術内容から容易にできるものと認めざるをえないので、旧特許法(大正十年法律第九十六号)第一条の発明を構成せず、同条の特許要件を具備しないものである。
四 本件審決を取り消すべき事由
本願発明の要旨、引用例の記載内容及び本願発明と引用例記載のものと相違点がいずれも本件審決認定のとおりであることは争わないが、本件審決は、本願発明が反応混合物を組成するポリエーテルとポリイソシアネートのうち特定の種類のものに選択限定し、かつ、これら反応混合物の混合比を限定使用することにより、引用例のものには見られない特段の作用効果を奏するものであることを看過誤認し、その結果、本願発明における選択をもつて引用例から当業者の容易にできる程度を出ないものであるとした点において判断を誤つた違法のものである。
本願発明が奏する特段の作用効果は、次のとおりである。
(1)引用例の方法は、その目的とする可撓性の細房状物質を製造するために、種々のポリイソシアネート混合物、ポリアルキレンエーテルグリコール及び水を加圧混合することをもつて発明の必須要件とし、加圧混合工程を欠如するときは、修理化するか屑化しなければならないような劣悪品しか造りえないものであるに対し,本願発明は、前記のとおりの構成要件よりなる発明であることにより、一段階法の場合加圧混合しないで、しかも、品質の優れた細房状物質を造ることができるのであり、これにより加圧混合のための装置、時間、工程、労力等を節減することができる。
(2)本願発明において使用するポリイソシアネートは、大組成比であることにより、イソシアネートの蒸気による人体障害の危険が少ない。イソシアネートは一般に毒性が強いことは当業者が誰でも知つていることである。本願発明は、このような一般的に毒性の強いもののうちで、蒸気圧の低い特定のジアリルメタンジイソシアネート(本願明細書二頁四行~終りから四行)を選択し、かつ、これを反応混合物に対し大組成比において使用することにより、右の効果を挙げることができるのである。もしジアリルメタンジイソシアネートの組成比が小であれば(他の種類のイソシアネートを多量に使用することになるから)、右の効果は奏しえない。したがつて、この作用効果は、ジアリルメタンジイソシアネートの蒸気圧が低いという性質に基づく当然の効果ではなく、本願発明が、ジアリルメタンジイソシアネートを大組成比において使用するという構成要件よりなる発明であることに由来する効果である。
(3)引用例の方法は、いわゆる一段階法によつてしか目的物質を造ることはできないが、本願発明は、明細書実施例の記載によつて明らかなように、一段階法でも二段階法でも当業者の自由な選択によつてこれを実施することができる。そして、一段階法による場合にも反応混合物を加圧混合する必要はない。
本願発明を実施する場合、加圧混合を必要とせず、しかも、一段階法でも二段階法でもできるということは、一個の本願発明から生ずる複数の効果であり、いずれも本願発明の奏する効果に他ならない。
(4)本願発明によれば、可撓性のフオームのみならず、硬性のフオームをも製造することができる。引用例の方法では可撓性のフオームしか製造できない。本願発明のこの効果も、一個の本件発明から生ずる二個の効果である。