東京高等裁判所 昭和39年(行ケ)136号 判決
一 原告主張の請求原因事実のうち、特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨等および審決理由の要点については、当事者間に争いがない。
二 原告の主張する審決の取消事由(一)および(三)について検討する。
(一) 当事者間に争いのない本件審決理由の要点によれば、審決は、第一引用例には、経済的に最も有効なプロセス操業を行う工業的プロセス調節装置において、経済的データ(その中には生成物の合計価格が含まれる。)を受信し記録する受信機を含み、電気的に作動する計算機により計算を行い、その結果に応じプロセス条件調節部に作動する饋還回路を有するものが記載されている旨説示している。しかし、成立に争いのない甲第三号証の一を仔細に検討しても、引用例には、審決の認定するように生成物の合計価格をプロセス条件調節部に饋還するような回路を有するプロセス調節装置についての記載があるものとは認められない。
なるほど、引用例の電子コントロールの項には、将来の石油プラントの展望として、市場価格と市場の要求にもとづいて処理工程の計画をつくり、計算機制御装置を利用してプラントを動かす旨、そして、その装置は、連続的に諸供給原料、諸成品および作業データを分析し、プラントを計画どおりに動かすように修正し、同時にあらゆる要求に合うよう経理上の情報を取り扱うであろう旨記載され、その第四図には、「将来の石油プラントは、流れていく原料と成品との分析器、最適制御タイプの計算機、そして、市場のデータと経理部門との自動的な結合を特色とするであろう」との説明が付されている。したがつて、これらの説明に徴すれば、第四図図面には、計算機制御センターにおいて作成された情報に基づいてプロセス条件調節によりプロセスを制御する装置が記載されているが、その説明中のアカウンテイングデータには生成物の合計価格が含まれ、エコノミツクアンドマーケツトデータには各生成物の単位価格が含まれているものと解するのが相当である。しかし、第四図においてアカウンテイングデータと計算機制御センターとの関係は、両者を結ぶ矢線の方向から判断してアカウンテイングデータと表示された部分に記載された計算機は、計算機制御センターからの情報を受信、記録してアカウンテイングデータが作成されることを図示するにすぎず、かくして作成されたアカウンテイングデータがプロセス条件調節部に饋還し、これを作動させる回路を有するものとは認められない。
したがつて、この点において審決は引用例の認定を誤つたものというべきである。
(二) 成立に争いない甲第二号証によれば、本願発明に関し発明の詳細な説明には、本願発明の目的、課題として「経済的考慮に応じプロセスの操作条件を調整するプロセス調節装置により製造プロセスを調節し、原料の単位量に対し最大価値の生成物を得る装置を提供」することにある旨記載されている事実が認められる(特許公報一ページ右欄二一行目から二五行目まで)。そして、当事者間に争いのない本願発明の要旨および前記甲第二号証に記載された発明の詳細な説明の記載全体を通じてみれば、本願発明はこの目的を達成するためには生成物の合計価格を最大にすることが必要であると判断し、そのようにすることによつて本願発明の目的にかなう効果を奏することができるとしたものと解さざるをえない。もつとも、その理由については本願明細書に明示されてはいないが、このような見解も経済的に全く考慮に値いしないものと認めるに足りる証拠もないから、その理由が開示されていない一事をもつて、本願発明の技術的効果が明細書に記載されていないということはできない。
被告は、饋還の対象として生成物の合計価格を選択することは、経済的なものであり、新しい技術的課題の提起でもその解決でもない旨主張する。しかし、本願発明は、経済的要請から発明されたものであることは否定できないにしても、その課題は前記認定のとおりであるから、これをもつて技術的なものでないとすることはできない。そして、本願発明は、生成物の合計価格をプロセス制御条件として選択すべく最適化制御方式による装置を構成するものであつて、このことは、技術的課題を技術的手段を用いて解決しようとするものに他ならない。要するに、本願発明は、経済的要請を満足しようとして技術的課題を設定し、その技術的解決を開示したものであるということができる。したがつて、審決が本願発明はプロセス制御の条件として生成物の合計価格を選択した点について技術的効果の説明がないからこの点に発明の所在を認めえないとしたのは、本願発明の解釈を誤るものであつて違法たるを免れない。
三 よつて、原告の請求はその主張するその余の点について判断するまでもなく、正当であるから認容する。
〔編註〕 本件における請求原因は左のとおりである。
一 特許庁における手続の経緯
原告は、特許庁に対し、昭和三二年九月五日名称を「工業的プロセスを調節する装置」とする発明(以下「本願発明」という。)について、一九五六年九月七日アメリカ合衆国でした特許出願に基づく優先権を主張して特許出願し、同三七年三月一六日出願公告されたが、同三八年九月六日拒絶査定を受けた。そこで、原告は、これに対し、抗告審判を請求したところ、特許庁は、同庁昭和三九年抗告審判第四三号事件として審理し、昭和三九年五月二三日本件抗告審判の請求は成り立たない旨審決し、その審決の謄本は、同年六月三日原告に送達された。
二 本願発明の要旨等
1 本願発明の特許請求の範囲の項の記載は、つぎの区分符号および( )内の記載を除いた部分のとおりであり、これが本願発明の要旨であるが、これを、本願発明の明細書の記載にもとづいて補足し、つぎの「 」内の全文のとおり解することができる。
「(一)電気的に作動する計算機と結合せる最低一個のプロセス条件調節部(一定の時的段階ごとにプロセス条件の一つに一定の段階的変更を与える装置を含む。)よりなり、(二)該計算機は、(1)プロセスより得られる生成物(二種以上)の定量分析の信号を受信、保存する受信機、(2)該生成物成分(各生成物)の単位価格を受信し記録する受信機、(3)その単位価格に各成分の量を乗ずる乗法回路、(4)該乗法の結果を加える加算回路、(5)その加算結果とその前(一時的段階前)に得た和(加算結果)とを比較する比較回路、(6)該比較回路により生ずるインパルスに応じ、該プロセス条件調節部に作動(予定されたプロセス条件を一段階進めるか戻すかして、一定の段階的変更を与えるよう作動)する饋還回路よりなる(三)工業的プロセスを調節する装置」
2 なお、本願発明の装置は、前記1の(一)、(二)の構成により、プロセス条件についての目標値をいかなるかたちにおいても定めることなく、操業の経過自体が、みずから自動的に最適のプロセス条件を選択し維持するにいたるもの、すなわち、最適化制御方式によりプロセスを調節する装置である。
三 審決理由の要点
本願発明の要旨は、前記二の1の(一)から(三)まで記載のとおりである。Journal of the SCMAに掲載されたTrends in Process AUTOMATIONという論文(以下「第一引用例」という。)(甲第三号証の一)には、電気的に作動する計算機に結合せる最低一個のプロセス条件調節部よりなり、該計算機は、プロセスより得られた生成物の成分分析(定量分析)データを受信し保存する受信機および経済的データ(引用例中に示されたアカウンテイング・データには合計価格が、また、エコノミツク・マーケツト・データには成品の単位価格が含まれている。)を受信し記録する受信機を含み、当然に乗法回路、加算回路、比較回路を前提としており、これらにより計算を行い、その結果に応じ、プロセス条件調節部に作動する饋還回路を有し、もつて、経済的に最も有効なプロセス操業を行う工業的プロセス調節装置が記載されている。ただし、これが最適化制御方式をとるものかどうかは不明である。なお、第一引用例記載の装置の一部の構成を備える装置は、Approaching the Control Problem of the Automatic Chemical or Petroleum Plantと題する論文(以下「第二引用例」という。)(甲第三号証の二)にも示されている。これに最適化制御方式に関する技術思想は、電子計算機を用いる方式たると用いない方式たるとを問わず、本願発明出願前から公知であることを考慮すれば、本願発明は前記装置から当業者が容易に設計しうる程度のもの、すなわち、容易に推考しうるものと認める。本願発明が経済的データから、とくに合計価格を選択した点には、技術的効果がある旨説明されていないから、この点に発明の存在を認めえず、また、本願発明の要旨中の乗法回路、加算回路、比較回路、饋還回路についての部分は、電子計算機に必要な回路の機能を記載したにとどまるから、この点にも発明はない。
四 審決を取消すべき事由
引用例記載の装置、最適化制御方式に関する技術思想が本願出願前から公知であつたことおよび本願発明の要旨中各回路についての記載部分自体に発明がないことは争わない。しかし、審決は、左の事由により違法であつて取消を免れない。
(一) 第一引用例の解釈について
第一引用例に示唆されている装置は、最適化制御方式以外の制御方式にかかるもので(最適化制御につき述べたものとにわかに解し得ないことは、被告が自認するところである。)、第一引用例に記載されたプロセス制御の技術思想としては、第一引用例第四図のアカウンテイング・データに合計価格が、同エコノミツク・マーケツト・データに成品の単位価格がそれぞれ含まれるものとは解し得ず、また、成品の量という語にも、市場調査により得られた量以外のものを含むとは解し得ない。いわんや、第一引用例中には、各成品の定量分析結果、単位価格および合計価格により計算を行い、その結果に応じ、プロセスの操業中における各種条件を調節して有効な操業を行う工業的プロセス調節装置が含まれているとはいえない。しかるに、審決が第一引用例には、定量分析データ、合計価格および単位価格データを受信し、これらにより計算を行つて、プロセス条件を調節する工業的プロセス調節装置が記載されているとの趣旨の認定をしたのは、第一引用例の内容を誤解したものというべきである。
(二) 第二引用例の解釈について
第二引用例は、最適化制御方式以外の制御方式による装置にのみ言及し、プロセスの作動特性を明確に知るために諸条件変量の相関関係を示す詳細なデータを必要とする方向すなわち本願発明とは反対の方向に向おうとする思想を示しているにすぎず、しかも、プロセス条件設定に当つての最大関心を製品の品質の向上においているにすぎない。したがつて、第二引用例は、これと全く異なる本願発明を拒絶するための根拠とするに由ないものである。
(三) 作用効果について
本願発明は、みずから最適条件で操業するよう作動し、しかも、従来のように複雑な調査や計算を人間がしたり、あるいはこれを装置に行わせたりすることを要せず、制御用の基礎データとしては、工程中において生成された成品の量と単位価格とを用いるだけできわめて簡単な構成により、一種の原料から数種の成品をつくる製造業者にとり、経済的にきわめてのぞましい比率と量の二種以上の成品すなわち金銭的に最大価値を有する製品を製造することができる。およそ、従前の装置に比し、成品の収量や収率を増大させる新規の構成を有する装置は、その作用がもたらす収量増大等の現象結果が産業経済上のぞましいからこそ、この点に効果ありとの評価をうけて特許されるのである。そうだとすれば、本願発明のように、一定原料を最も有効に消費し、産業経済上きわめてのぞましい比率と量の成品を得られるよう作用する構成の装置発明も、そのような結果をもたらす点に、特許に価する効果があるというべきである。
そして、このような本願発明の目的ないし効果は、本願明細書に簡潔に記載されているし、その詳細は、この種技術分野における通常の知識を有する者にとつては、本願明細書の全趣旨から自明であるといえる。
しかるに、データ選択の点につき技術的効果の説明がないから、この点に発明がないとした審決は、明細書の解釈および本願発明の効果についての認定を誤つたものである。
(四) 本願発明の進歩性に関する判断について
本願発明は、従来のプロセス制御装置が成品の品質向上、操業諸条件の相関関係の詳細な解明等を重視してきたのに対して、これとは全く異なる観点に立脚し、当時プロセス工業において実際には存していなかつた最適化制御方式を一定の方法で具体化して操業の効率をあげるため、前記のとおりの構成を用い、その結果前記のとおりの効果を奏するものであつて、そのユニークな着想の故に高く評価されるべきものである。このような装置を、公知の電子計算機の構造や制御方式と引用例などから、本願出願当時のわが国の通常の知識を有する当業者が容易に設計できるものではない。審決が本願発明を新規の発明ではあるが容易に設計できるものと認めたのは、本願発明に対する評価を誤つた違法があるものである。