大判例

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東京高等裁判所 昭和39年(行ケ)20号 判決 1967年12月19日

原告

田中岩太郎

原告

秋岡寅作

代理人弁護士

蔦田博史

ほか二名

被告

全国魔法瓶工業組合

右理代人弁理士

藤田米蔵

主文

原告らの請求は、棄却する。

訴訟費用は、原告らの負担とする。

事   実≪省略≫

理由

<前略>

三次に、本件審判における手続違背の有無について判断する。

1  <証拠>(審判請求書および手続補正書)によれば、本件特許無効の審判請求の当初における請求の理由は、本件特許発明が、(イ)その出願前東京および大阪において公然知られ、または公然用いられたものであること、(ロ)市販の胴継ぎ瓶から容易に想到しえたものであること、および(ハ)冒認者に対して与えられたものであることの三点であつたことが認められる。その後、被告から昭和三十八年六月一日付「証拠方法提出書」と題する書面が提出されたことは当事者間に争いがなく、右書面に掲げられた引用例についての審理の結果について原告らに意見を申し立てる機会が与えられず、同年十二月十六日付をもつて審理終結通知が発せられたことは、被告の明らかに争わないところである。しかしながら、<証拠>によれば、右「証拠方法提出書」と題する書面には、「甲第十三号証英国特許第五七九二六五号明細書抜粋。本証拠の刊行物が本件特許発明の主要部分と全く同一であることを立証する。甲第十四号証 大阪府立図書館長の証明書。本証をもつて甲第十三号証の刊行物である英国特許第五七九二六号明細書抜粋が昭和三十年十月三十一日より日本国内で公衆の閲覧しうる状態におかれたものであることを立証する。」旨の記載があり、かつ、これに、右英国特許明細書抜粋およびその訳文並びに大阪府立図書館長名義の受入証明書が添付られていたことを認めることができる。そして、右認定の事実に前記審判請求書の記載を参酌すると、請求人である被告は、右「証拠方法提出書」と題する書面の提出によつて(それが請求理由の補正として、形式上、はなはだ不備のものであることは否定できないが)、当初の請求の理由に加えて、本件特許発明がその出願前国内に頒布された刊行物に記載されたものと同一であることをも理由として申し立てたものということができるから、その審理の結果について特に被請求人たる原告らに意見を申し立てる機会を与えることなく、審決されたからといつて、その審判手続が特許法第百五十三条第二項の規定に違反するものとはいいがたく、この点に関する原告らの主張(前掲請求原因三の2の(二)の(1))は理由がない。

2  次に、原告らは特許無効の審判は口頭審理を原則とするのみならず、特に本件は、事案の性質上当然口頭審理によるべきものであるにかかわらず、これを直ちに書面審理によることとし、しかも、原告らに意見申立の機会はもちろん主張、立証を尽させる余裕を与えず、審理不尽のまま、卒然審理を終結したことは、特許法第百五十六条第一項の規定に違反する旨主張する。しかし、特許の無効の審判においても、審判長は職権により書面審理によるものとすることができることは、同法第百四十五条第一項ただし書の明定するところであるのみならず、本件が特に、事案の性質上口頭審理によるべきものであるとは断じえないこと前認定の本件特許無効審判請求の理由に徴し明らかであり、また、事件が審決をするのに熟したかどうかの判断は、審判長の裁量に属する事項であるから、当該審判長において、その裁量の範囲を逸脱したとみるべき特段の事情の認むべきもののない本件においては、原告らの本件審判手続が特許法第百五十六条第一項の規定に違反する旨の主張も理由がないものといわざるをえない。

3  さらに、原告らは、審判手続における審理の再開については、当事者に申立権が認められているのであるから、その申立を却下するときは、却下の理由を審決に示さなければならないとの見解に立つて、本件審決を非難する。しかし、審判手続における審理の再開の申立について、つねに、その却下の理由を審決中に示さなければならないとすべき根拠はないから、原告らの非難は当を得ないものというほかはない。

三次に、事実誤認ないし理由不備の主張について判断する。

1  <証拠>(本件特許公報)によれば、本件特許発明の要旨は「型により成形した外側瓶を横切断し、この切断口より内側瓶を嵌挿して二重瓶となし、先に切断した底部を再び重合してこれを加熱融解せしめて接着し同時に底面一面をも熱することを特徴とする魔法瓶の内部二重瓶の製造方法」にあり、その作用効果は、これによつて、従来法である、いわゆる底しぼり法の諸欠点を除去したこと、すなわち、製品がきわめて強靱で破損が少く、長期使用に耐えること、経済的、機械的に、簡単な工程により、魔法瓶の内部二重瓶を製造しうることにあるものと認められる。原告らは、本件特許発明の効果として、以上のほかにこれにより硬質ガラスの使用を可能にしたことを挙げるが、これを認めるに足りる何らの証拠はなく、他に前記認定を覆すべき証拠はない。

原告らは、本件審決は、右要旨中の外側瓶の切断個所を「加熱融解せしめて接着し同時に底部一面をも熱する」との要件を本件特許発明の必須の要件ではないとしている点において、本件特許発明の認定を誤つたものであると主張するが、審決は、右要件を本発明の必須の要件と認定しつつ、ただこれをもつて尋常の手段であつて、この点に発明を認められないとしているにすぎないことは、前掲当事者間に争いのない審決理由の要旨に徴し明白であるから、右主張は審決理由の誤解に基づくものであり、失当というほかはない。

2  <証拠>(引用例)によれば、引用例には、内側瓶と外側瓶との二重壁の中間を真空にした容器体と人造樹脂または他のプラスチィック材の外装部分からなる茶およびコーヒーのポットについて、外側瓶の胴部を横切断して内側瓶を挿入し、次いで外側瓶の両部分を封緘する二重容器の製造方法および右二重容器に鍍銀および排気がされることが記載されていることが認められる。そして、引用例の茶およびコーヒーのポットが、茶およびコーヒー等の液体の保温または保冷に用いられるものであることは、その構造に徴して明らかであるから、これを魔法瓶の一種とみて何ら差しつかえなく、その内部二重容器も、材質について特別の記載がなく、一般の魔法瓶の内部二重瓶と同様に鍍銀および排気がされることからみて、ガラス製の二重瓶体と推認するのを相当とする。この点に関し、原告らは、引用例の茶およびコーヒーのポットは、魔法瓶ではなく、また、このような異形の真空二重容器をガラスをもつて製造することは技術上不可能であるから、引用例の内部二重容器はガラスの真空瓶体ではありえない旨主張するけれども、引用例のポットは、これを魔法瓶の一種と認めうべきことは前説示のとおりであり、また、その内部二重容器をガラス以外の材質のものと認めるに足りる的確な証拠資料はないから、原告らの右主張は理由がないものというほかはない。

3  叙上認定したところに基づき、本件特許発明と引用例記載の方法とを対比するに、両者は、ともに魔法瓶の内部二重瓶の製造方法に関し、その外側瓶を横切断して内側瓶を挿入し、次いで外側瓶の切断個所を重合接着する点において一致し、ただ引用例には、本件特許発明の必須の要件である(1)外側瓶を型により成形すること、および(2)外側瓶の切断個所を加熱融解せしめて接着し、同時に底部一面をも加熱することの記載がない点において、両者は相違することが認められる。

しかしながら、右(1)、(2)の要件は、後に説示するとおり、魔法瓶の内部二重瓶を含めて、ガラス製瓶技術上の尋常の手段とみるを相当とし、したがつて、これらの点には特に発明を認めることはできないから、結局本件特許発明は、引用例記載の発明に該当するものといわざるをえない。すなわち、(1)魔法瓶の外側瓶を含めてガラス瓶を型により成形することは、一般に広く知られた技術であることは証人Nの証言および本件口頭弁論の全趣旨に徴し明らかであり、また、(2)の要件中の「底部一面をも熱すること」とは、原告らも自認するとおり、特に底部のみを加熱することを目的とするものではなく、外側瓶を横切断して内側瓶を挿入し外側瓶の胴部と底部とを接合するに当り、約二、〇〇〇度Cで融解接着した後の加熱、すなわち融解接着した接着部の周辺部をさらに温度を低めて加熱し、これにより同時に底部一面をも焼き入れる趣旨であることは、前掲甲第二号証(本件特許公報)の全記載から、これをうかがいうるところであるから、(2)の要件は、結局、外側瓶の切断個所を接着するに当り、接着すべき両部分を熔解接着したのち接着部の周辺をさらに加熱することをいうに帰するところ、証人Nおよび同Kの各証言によれば、普通ガラス、硬質ガラスを問わず、魔法瓶の内外二重瓶を含めてガラス器を継ぐ場合に、接着すべき両部分を熔解接着したのち、熔解のための高温加熱によつて接着部の周辺部に生じた歪みを消去するため、さらにやや低温で右周辺部を加熱することは、当業者間におけるガラス器具接着上の慣用手段であることが認められ、証人Tの証言中、右と抵触する部分は、前掲証拠と比照してたやすく措信し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

原告らは、引用例には、茶およびコーヒーのポットの構造が記載されているのみであり、作用効果について記載はなく、本件特許発明における製造方法および解決課題ないし作用効果についていささかも示唆するところがない旨主張する。しかしながら、引用例にはポットの構造のほか横切断後両部分を封緘する旨の記載があり、これらの記載は、前認定のとおり引用例のポットにおける内部の二重容器がガラス製と認められることおよびガラス器の接着方法として当業者間に前記の慣用手段が存することを勘案すれば、内部二重容器の製造方法を示唆するものということができる。また、本件特許発明の技術的課題の解決方法は、専ら従来のいわゆる底しぼり法にかえて、いわゆる胴継ぎ法を採用したことにあり、本件特許発明の作用効果もいわゆる胴継ぎ法による作用効果にほかならないことは、弁論の全趣旨に照らして明らかであるから、引用例に胴継ぎ法が示されていること前認定のとおりである以上、引用例の本記載は、件特許発明の技術的課題の解決方法ないし作用効果を示すものというべく、原告らの右主張は理由がない。

さらに、原告らは、審決が、前記(1)および(2)の要件を何らの根拠ないしは例証を挙げることなく尋常の手段であると認定した点を非難するが、右両要件が当業者間において慣用される技術と認めるべきことは前記説示のとおりであるから審決がこれについて特に根拠ないしは例証を示さなかつたことに違法の点はない。

四、以上のとおり、原告らの本件審決に対する不服事由として主張するところは、いずれも理由がなく、したがつて、本件特許発明は、出願前国内に頒布された刊行物である引用例に容易に実施しうる程度に記載された発明に該当するとした審決は正当であるということができるから、その取り消しを求める本訴請求は、失当として棄却する。(三宅正雄 影山勇 荒木秀一)

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