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東京高等裁判所 昭和39年(行ケ)95号 判決 1966年3月17日

原告 ジャパックス株式会社

被告 特許庁長官

主文

昭和三十五年抗告審判第二、一〇一号事件について、特許庁が昭和三十九年六月十六日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一双方の申立

原告は主文同旨の判決を求め、被告は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二原告請求原因

(特許庁における手続経過)

一  原告は昭和三十三年五月七日、井上潔から、同人発明の「電解加工方法」について、特許を受ける権利を譲り受け、同月十六日特許を出願したところ(同年特許願第一三、五四二号)、昭和三十五年六月二十四日拒絶査定があつたので、同年八月四日拒絶査定に対する不服の抗告審判を請求したが(同年抗告審判第二、一〇一号)、昭和三十九年六月十六日右抗告審判の請求は成り立たない旨の審決があり、その審決書の謄本は同年七月四日原告に送達された。

(本願発明の要旨)

二 本願発明は昭和三十七年十二月五日に提出した訂正明細書の特許請求の範囲に記載してある通り、

「加工すべき被加工体に対し、その加工すべき形状に成形した加工用電極を微小間隙を隔てて相対向せしめ、その間隙に食塩水溶液等の電解液を噴流介在せしめた状態で前記被加工体を電解用直流電源の正極として加工用電極との間に電解液の噴流液膜を介して通電することにより陽極溶解を生ぜしめ、その陽極溶解物を噴流電解液によつて間隙より除去し、陽極溶解物の除去による微小間隙の広まりを放電加工法における如き加工用電極のサーボ送りによつて微小間隙を保たしめることにより、前述の如き電解による陽極溶解作用を継続的に行い、もつて前記被加工体に加工用電極形状の穿孔、型彫加工等を行うことを特徴とする電解加工方法」

を発明の要旨とするものである。

(審決の内容)

三 審決は、本願発明の要旨が訂正明細書の特許請求の範囲に記載されている通りの電解加工方法にあるものと認め、拒絶査定に引用された刊行物である。田島栄著「電解研磨と化学研磨」(昭和二十七年一月十五日、産業図書株式会社発行)第一九から第二〇頁電解ラツピングの項に記載された技術内容を検討し、これには被加工体を電解用直流電源の陽極に接続し、不溶性陰極板との間に電解液含浸の綿等を介して電解ラツピングをする方法ならびに装置が記載されているものと認めることができるとし、「しかして加工すべき被加工体に対して、その加工すべき形状に成形した加工用電極を所要間隙をへだてて相対向させ、その間隙に加工液を噴流介在させた状態で噴流液膜を介して通電し、加工屑を噴流加工液によつて間隙より除去しながら穿孔等の通電加工を行なうこと、あるいはまた、加工用電極の送りを電気的に自動制御して加工間隙を所要に保たせること等は、たとえば放電加工等において本出願前きわめて普通に知られているところのものである。

してみれば、本願の発明は、この種加工機械の従来公知のものの存在において、この分野で通常の技術的知識を有するものであれば、上記引例刊行物記載の技術内容から必要に応じ容易に推考できるものと認めざるをえないものであり、この点で本願が発明をなしたものと認めることができず、原審の拒絶理由は妥当なもので原査定に違法の点はない。」

とした。

(審決取消を求める理由)

四 しかしながら、本願の電解加工法は引例の電解ラツピングとは、電解加工の原理において共通するところがあるが、その具体的構成を異にし、目的作用効果において全く異なる。

また、これに付随する電極送り手段および噴流手段が周知の放電加工法におけるものと共通するところがあるけれども、基本となる電解加工法は放電加工法とはその原理において根本的に相違している。

従つて、本願発明は引例から容易に推考できるものではない。

以下これを詳述すると、

(一)  放電加工は本願発明の電解加工法とはその原理ならびに技術内容において顕著に相違する。

すなわち、放電加工は誘電体性の加工液中において微細な間隙を隔てて相対する加工電極と被加工体との間に蓄電器に蓄えられた直流エネルギーを放電させる等の手段によつて衝撃波電力を供給することにより、両極間に火花もしくは短アーク状の放電を絶縁破壊により間歇的に生じさせる放電現象で電気物理的に加工するものである。

これに対し電解加工法は、一般に陽極被加工物と陰極電極とが近接していてもあるいはまた離れていても、その間に介在する電解液を介して直流通電を行い、陽極被加工物の陽極酸化による溶解作用を生じさせる電気化学的な現象を利用して加工を行うものである。

したがつて両者は、その加工原理において根本的に全く相違する。

(二)  引例に示されたものは電解ラツピングすなわち電解研磨の一つの方法に関する。そして、その記載されたところは、電解液を綿・ラシヤ、ガラス繊維などに含ませ、これを比較的浅い容器に入れ、底には不溶性陰極板を敷き研磨しようとする金属を可撓性導線に結んで陽極とし、ゆるく綿の上を往復運動させることにより、金属の表面を研磨するというにある。

しかも、「この方法は接点のような小面積のものにはよいが、大面積のものには一様に光沢がでない。品物の部分的な研磨にはこのような方法を用いて有利なこともあろう。」との記載があるように、電気接点のような小面積の研磨に用いられるものである。

引例の技術内容と対比すると、本願発明はこれと全く異なるものでさきに要旨としたような具体的手段を技術内容とするものである。

すなわち、この両者はともに電解加工法であるから、被加工体に対し、加工用電極を相対向させ、その間に電解液を介在させて電解加工をするという根本原理においては共通するところがあるとしても、引例は電気接点のような小面積の被加工体を電解液を含ませた綿上をゆるく往復運動させ単に表面を研磨するに過ぎないのに対し、本願発明は、加工すべき被加工体に対し、その加工しようとする形状に成形した加工用電極を微小間隙を隔てて相対向させ、被加工体は何ら移動させることなく、電解液を噴流させ、噴流膜を介して通電することにより被加工体を加工電極の形状に応じて電解により穿孔、型彫等の加工用電極転写形状に加工しうるもので、その加工面はきわめて滑らかに仕上がるものである。

また、本願発明は引例のように単に小電流密度で電解研磨するものと異なり、被加工体に穿孔、型彫するものであるから、加工間隙を常に小さく保ち大電流密度の通電を行うために加工電極のサーボ送りおよび電解液の噴流による陽極溶解物の間隙からの除去を必要とするもので、この手段をも附加したのである。

このような電解加工法は、たとえ放電加工法の技術が当時公知であつたとしても、電解加工法として、前記のような引例しか存在しなかつた事情の下において、本願がこれから容易に考えられるとするのはあまりに論理に飛躍がありすぎて、原告は承服することができない。

(三)  本件審決は放電加工法に関する技術内容として、相対向させた「間隙に加工液を噴流介在せしめた状態で噴流液膜を介して通電し加工屑を噴流加工液によつて間隙より除去しつつ穿孔等の通電加工を行うこと」が放電加工等できわめて普通に知られている旨の説示があるが、これは全く誤解に基づく。すなわち、放電加工においては電解液を使用することなく、絶縁冷却および放電屑の除去を目的としてケロシンのような絶縁油を使用するもので、噴流膜を介しての「通電」あるいは穿孔等の「通電」加工を行うものでないからである。

したがつて、本願発明の電解加工法は、引例の電解ラツピングとはその目的作用効果において全く異るものであり、これに付随する電極送り手段および噴流手段がたとえ放電加工法のものと一致するところがあるとしても、基本となる電解加工法が放電加工法とは前記のように根本的に相違するものである以上、本願発明が引例から容易に推考しうるものとして拒絶するのは余りに論理の飛躍があり納得することはできない。

本願発明の出願当時における公知事実としては審決の挙げた周知技術としての放電加工法および電解加工法としては引用例のような技術内容しか存在しなかつたのに対し、本願は電解加工法として

(1) 陰極として加工用電極を使用することすなわち電極を加工すべき形状の雄型に成形すること

(2) この加工用電極を被加工体と微小加工間隙を隔てて相対向せしめること

(3) この加工間隙に電解液を噴流介在させること

(4) そして前記のような状態で被加工物を陽極として通電し陽極溶解を行うこと

(5) さらに、上記のような陽極溶解作用を継続して行うために電極にサーボ送りを与えて微小間隙を常時維持させ

加工用電極形状の穿孔あるいは型彫等の加工を行うようにしたものであり、いわば放電加工装置の機構を巧みに利用して、従来、何人も全く考えていなかつた電解による電極形状に従つて被加工体を穿孔あるいは型彫等の加工ができるように開発したものであり、これを完成するまでには相当の苦心と実験と発明力を要したものである。

従つて、単に前記のような放電加工装置と、引用例のような電解研磨法が公知であるからといつて、本額発明がこの事実から当業者が容易に推考できるとするのは納得できない。

すなわち、本願発明の電解加工方法によれば、単に類似形式の放電加工と全く同様な機械工作上の機能を有するというだけでなく、放電加工方法に比較して加工速度を何十倍あるいはそれ以上とすることが(引用例のものと異なり対向間隙を微細化し、その微細な加工間隙に電解液を噴流介在させることによつて大電流密度の通電が可能となつたことにより)、容易に行われるため加工能率が高く、放電加工の大きな欠点である工具加工用電極の消耗変形が全くないから、加工精度が放電加工に比較して劣るのではないかといわれながら、加工用電極の加工途中における交換を必要としないから同等程度もしくはそれ以上の加工精度を上げうるとともに、取扱操作が簡単で作業能率を上げることができ、さらに放電加工では加工面が梨地状の浸炭等した焼入熱変化層となり超硬合金等の加工においては被加工物の割れ等による損傷が多いのに対し、電解加工の加工面は準鏡面状であつて消耗変形しない加工用電極の転写形状の加工面が通常何らの変質層もない状態で得られる等の作用効果を奏するものである。

また、このような本願発明の電解加工方法の作用効果は、本願発明によつて初めて達せられるので、引用例のような電解ラツピング装置等従来の電解研磨方法および装置によつては達成されない。すなわち従来の電解研磨方法および装置等によれば、研磨速度(換言すれば加工速度)を増すために加工電流密度を増大すれば放電加工において加工速度を増大させた場合と同様に加工面は加工速度に比例してますます粗くなり、加工精度が悪くなるから研磨加工製品等として使用しえないものとなるのに対し、本願発明の加工方法によれば電流密度を増大して加工速度を増大するようにすれば、かえつて加工精度が向上するのであつて、これらの点からみても本願発明の電解加工方法は、従来の方法によつては達することができなかつた全く新たな作用効果を奏するものである。

(四)  放電加工方法と電解加工方法とはその原理を異にしているが、両加工方法が開発された後の使用分野は多く類似している。

また、原告が、先に放電加工方法を用いた機械装置等の製造販売を業とし、後に電解加工方法を用いた機械装置等の開発を手がけるようになつた事実から、審決にみられるように、電解加工の技術分野を判断するとき、当業者といえばその中に放電加工の技術に関与するものをも含むと速断されがちであるが、これは誤りである。

すなわち、結果的には両加工方法を実施する機械装置等が類似したものとなることは今日においては明らかであるが、これら両加工方法はその加工の原理をまつたく異にしているのであつて、関発の当初から両加工方法が同一技術分野のものであるとは考えられない。引用例の記載も、この辺の事情を如実に証明するものと考えられる。すなわち、その記載には、陰極を加工すべき形状の加工用電極とすること、この電極を被加工体に微小間隙を隔てて相対向させること、この加工間隙に循環供給等により電解液を噴流介在させること、電極に送りを与えることおよび陽極溶解によつて穿孔あるいは型彫等の加工を行うことなどについては何らこれを示唆するところもない。

結局、本件審決は以上の点においてその判断を誤つており、取消を免れない。

(被告の主張に対する反論)

五 なお、被告は放電加工法と電解加工法との関連について、機械研削加工後に電解研磨加工をしたり、放電加工後に電解研磨加工をすることが、いわゆる切削加工および仕上加工などの一連の加工工程としてなじみ深いものである旨の一般論を述べているが、丸孔穿孔もしくは型彫加工等の場合はいざ知らず、一般的な諸種の形状の穿孔もしくは型彫加工の場合に、放電加工の如く加工すべき形状に成形した機械研削工具を何らの能動的な機械作用(例えば回転)を与えることなく被加工体に間隙をおいて相対向させるようなことは全くなく、また、それぞれの加工方法に荒加工ならびに仕上加工等がある以上、何らの理由もなく、異なる加工原理の加工方法を組合わせることはないから、それぞれが一種の研削加工方法であるからといつて相互に密接な関係があるものということはできない。

次に被告は、放電加工と陽極溶解による電解加工はともに切削加工さらに進んで電気的な切削加工という範疇に属する旨主張するが、超広義において両者は電気的な切削加工といえるにしても、一般的には、放電加工が電気物理的加工であるのに対し、電解加工は電気化学的加工と言われているのであつて、両者は依然として異なる技術範疇にある。例えば特許庁においては放電加工は「電気」に関する部門において審査され、電解加工は「無機材料」に関する部門において審査されている。

また鳳誠三郎氏については、同氏が大学教授であり、学者である以上、必要により種々な研究をするのは自由であり、同一人が電解ラツピングに関する発表をし、後、放電加工の研究をしたからといつて、両者が密接な関係を有するということにはならない。

第三被告の答弁

一  原告請求原因一から三記載の事実を認めるが、その余の主張は争う。

二  本願発明はすでに審決において明らかにした通り、引例刊行物の記載から必要に応じ容易に推考できるものであつて、原告の主張は理由がない。

(一)  一般に機械研削加工等の処理の後に、加工面のさらに精密な加工処理、これを要するに精密仕上加工等に、いわゆる加工の原理において機械研削とは異なるところの、削るという能力を含めた電解研磨加工を施すことは極めて慣用のことであり、このような点で、例えば切削加工を目途とする放電加工の後に、その加工面等の精密仕上げ加工として、電解研磨加工を採用することなどは、技術常識的に当然に帰結着目されるべき事柄と考えられるのであつて、この点にとくに飛躍的な技術思想を要するなどとは考えられないものであり、いわゆる切削加工仕上加工などの一連の工程として、両者はその加工原理を異にするものとはいうものの、その加工態様は極めてなじみ深いものといわなければならない。

次に、放電加工方法と陽極溶解という手段によると認められる電解加工方法が、前述のように加工時に密接な関連性を有するものと解しえられること、ならびに、両加工方法が切削加工さらに進んで電気的な切削加工という範疇に等しく属することなどをあわせ考えると、両者が技術分野として極端にその範疇領域を異にするものとは称しえないものと考えられる。

なお、参考までに付言すれば、例えば本件審決が引用例とした刊行物に記載されているように、一九四五年に発表された電解ラツピング装置を考案した鳳誠三郎氏は、引続き一九四八年ころから放電加工法の実験に着手し、この加工法を「放電加工法」と命名したといわれ、いわゆる放電加工法研究の権威者の一人と称される人であつて、このような研究、実験の推移は、上記した両加工方法の技術分野の密接な親近性を示す一つの判断資料を提供するものといえる。

したがつて、これら両加工方法は、たとえ、その加工の原理を異にしているとしても、両者がとくに疎外された技術分野にそれぞれ属しているものとは認め難いものであり、また、当業者の範疇の中にそれぞれの技術分野の者を共通的に入れ取扱うことに何ら妨げあるものということはできない。

すでに述べたように、ミーリング加工をした後に、鮮麗な鏡面光沢を得させるため電解研磨を仕上加工として用いることは、例えばタービン翼の加工などの場合に周知のことで、機械研削加工後に電解研磨の後処理仕上加工を行うことは十分理由があり、相互に密接な関係がある。また、被加工体と同型の対向の陰極を用い、電流分布の均一を計つて電解研磨をすることは、例えばシヤベルの電解研磨において従来から周知のことである。

また、放電加工がエレクトロンにより、陽極溶解による電解加工がイオンにより作用する点からみても、両者は電気的な切削加工の範疇に入れて差支えない。鳳誠三郎氏が陽極溶解の加工と放電加工とについて、それが発明考案とせられる程度に研究実験の成果をえていることは両加工についてともに十分理解しうる程度の技術分野としての親近性のあることを示すものである。さらに本願発明者も陽極溶解加工について技術的知見を有することは明細書の記載から窺知することができる。

(二)  引例刊行物には、電解用直流電源の陽極を被加工体に接続し、これと相対向させ不溶性陰極板を設け、電解液を介して電解研磨することすなわち被加工体を陽極的に溶解することが記載されている。

本願発明においては、電解液を噴流させ、これを循環供給するというのであるから、その陽極溶解は単純な電解腐触というべきものであつて、この種陽極溶解の域を出ないものである。

(三)  本件審決において、「加工すべき被加工体に対してその加工をすべき形状に成形した加工用電極を所要間隙をへだてて相対向せしめ、その間隙に加工液を噴流介在せしめた状態で噴流液膜を介して通電し」といつているのは、その後段で「放電加工等において」と述べているように、放電加工法について述べたものであり、「加工液」というのは電解液を指しているものではなく一般の誘電体液を指しているものであり、また、「通電し」というのは、「被加工体と加工用電極を所要間隙を隔てて相対向せしめてこの両極に通電し」ということであつて、要は放電加工の一般態様をのべているものである。

(四)  本願発明の電解加工法は訂正明細書(甲第五号証)に記載された内容の範囲を出ないものであるところ、右訂正明細書第一頁七から十四行の記載によれば、「本発明は加工用電極と被加工体とを微小間隙を隔てて相対向せしめ、………火花放電により被加工体の穿孔、型彫等の加工を行う所謂放電加工法の如き加工用電極と被加工体との関係に於て電解による陽極溶解を生ぜしめる電解加工法」に関するもので、右電解による陽極溶解を生じさせるというのは、右明細書五頁五、六行に「電解液(4)は電解されて電解研磨の場合と同様、被加工体(2)に陽極溶解を生ぜしめて」とあるように、電解研磨の場合と同じ陽極溶解を営ませるものであることは明白で、このような陽極溶解ということであれば、負極電極の消耗変形のないことは、附随的に当然期待できるところであり、また、電解液も右明細書六頁十行から十二行の「従来電解研磨において陽極の被研磨体の材質に応じて選定されていたものをそのまま用いることができるが」という記載に徴し、これまた電解研磨の際の電解液と同様のものを用いうることが明らかであり、結局、本願発明の電解加工方法というも、いわゆる従来周知の放電加工装置と全く類似した機械的構成装置に、電解研磨と同様の陽極溶解を営ませることを目途として、誘電体性液の代りに電解研磨時と同様の電解液を、また衝撃波電源の代りに、これまた電解研磨と同様に直流等電源を用い、電解による陽極溶解作用で放電加工面の後処理仕上加工を含む穿孔あるいは型彫等の加工を行うものということができる。

しかして、従来電解研磨において両極を対向させて処理することや、電解研磨がミーリング加工等を行つた後に鏡面光沢をうるための仕上工程として用いられることなどは極めて周知慣用のことに属するから、従来周知の放電加工装置を全く類似した機械的構成装置を採用し、電解による陽極溶解作用を営ましめるようにして放電加工面の後処理仕上加工を行うなどの点に、とくに発明力を必要とするものとすることはできない。

してみれば、本願発明の電解加工方法というものは、加工すべき被加工体に対してその加工をすべき形状に成形した加工用電極を微小間隙を隔てて相対向させ、その間隙に誘電体性液等の加工液を噴流介在させた状態で前記被加工体を陽極として加工用電極との間隙に衝撃波電圧を印加し加工屑を噴流加工液によつて間隙より除去しつつ穿孔等の加工を行い加工用電極の送りを電気的に制御して加工間隙を所要に保たせるようにした従来公知の放電加工装置の存在と直流電源と電解液を用い被加工体を陽極としていわゆる電解による陽極溶解により被加工体を研磨加工する引用例記載の電解研磨技術内容とから、この分野で通常の技術的知識を有するものであれば必要に応じ容易に推考できるものといわざるをえないものであり、この点で本願は旧特許法第一条の発明をしたものということはできない。

第四証拠関係<省略>

理由

一  特許庁における出願から審決に至るまでの手続経過、本願発明の要旨および本件審決の内容に関する原告請求原因一から三記載の事実は当事者間に争いがない。

二  右の争いのない事実ならびにその成立に争いのない甲第一号証の一、二、甲第五号証および乙第一号証の各記載ならびに弁論の全趣旨を綜合すれば、請求原因二に記載したところを要旨とする本願発明の技術内容とその作用効果は次の通りであることを認めることができる。

(1)  従来の放電加工装置において被加工体の穿孔あるいは形彫等の加工をしたのち、誘電体性液の代りに電解液を加工間隙に噴流介在させ、加工用の衝撃波電源を直流もしくは脈流等の電源に代替し、間隙をやや広め、電圧をやや低くして通電することにより放電加工面の後処理仕上の加工法としても適用できること、

(2)  従来のいわゆる電解研磨法ともつとも大きく異なる点は、陰極通電電極が加工作用を行うための加工用電極として用いられることすなわち、電解研磨法においては陰極通電電極の通電面積と被研磨体の研磨加工面積とがいわゆる対をなして一致するような関係になかつたのに対し、本願発明は加工用電極が被加工体と噴流電解液の介在する微小間隙を隔てて相対向する対向面積部分のみが加工領域であつて、加工電流は殆んど集中してこの部分を流れるので加工用電極の前記対向面形状に応じて穿孔あるいは型彫等の加工が被加工体に行われること、

(3)  本願発明の加工法によれば、いわゆる放電加工装置と全く類似した機械的構成装置に誘電体性液の代りに電解液を、また衝撃波電源の代りに直流電源を用いることにより、電解による陽極溶解作用で放電加工と同様穿孔あるいは型彫等の加工を行うことができ、しかもその加工においては加工用電極は全く消耗変形等することなく、加工面も放電加工の場合のようにいわゆる梨地面にならないので加工用電極の形状に応ずる転写形態の穿孔あるいは型彫加工等を行いうるという効果を奏するものであること、

三  そこで引用例に記載された技術内容についてみると、その成立に争いのない甲第七号証の一から四の各記載によると、右に記載されたところは原告が請求原因四の(二)において主張した通りであることを認めることができる。

すなわち、右の技術内容は、電解液を綿、ラシヤ、ガラス繊維などに含ませ、これを比較的浅い容器に入れ、底には不溶性陰極板を敷き、研磨しようとする金属を可撓性導線に結んで陽極とし、ゆるく綿の上を往復運動させることにより、金属の表面を研磨するというにあり、しかもこの方法は主として電気接点のような小面積のものの研磨あるいは品物の部分的な研磨に用いられるものであつて、大面積のものには必ずしも適当ではないことが認められる。

四  そこで以下本件審決に示された判断の当否について検討する。

本件審決は、放電加工法に用いられる加工機械の構成が本出願前極めて普通に知られていることを挙げているところ、その成立に争いのない乙第一号証の記載によると、原告自らが、本願発明の出願手続中提出した書面のうちにも、本願発明を「放電加工法による型彫等の被加工体加工面の仕上加工法」である旨説明しているところからも、前記技術が本出願前周知技術に属していることを認めることができる(もつとも原告もこの点をとくに争つている形跡もない)。

ところが、本件審決は、さらに右の周知技術の存在を前提とし、本願発明を「引例刊行物記載の技術内容から必要に応じ容易に推考できるもの」と認定しており、しかも、本願発明が電解加工法に関するものであることは前記認定の通りであるから、果して、放電加工法に関する周知技術を、電解加工法の分野にとり入れることが当業者にとつて必要に応じ容易に推考できるか、そして、さらに、引例刊行物に記載された電解研磨法の技術内容に前記周知技術を応用することが容易に推考できるかの点が問題にされなければならない。

そこで放電加工法と電解加工法とを、基本的な技術としての観点から対比してみると、その成立に争いのない甲第七から第九号証の各一から四および乙第二号証の一から五の各記載および弁論の全趣旨によれば、両者はともに従来の機械的加工法とは異なり、広く電気的な切削加工法の分野に属するとはいいながら、放電加工法が、加工用電極(工具)と被加工物との間に起こさせた放電の作用で、被加工物表面層を除去し、成形あるいは研磨などを行う方法であつて、その加工作用は、エレクトロン(電子)による作用であるのに対し、電解加工法は陽極電解浸食作用を利用する加工法であつて、電解作用によつて被加工物の表面を溶解し加工するというイオンによるいわば化学作用であるから、その加工の原理を異にするものであることは明らかである(もつとも、被告もこの点については、とくに争つている形跡もない。)。

のみならず、その成立に争いのない甲第七号証の一から四に記載された引例の技術内容からも明らかなように、電解作用を利用する研磨法その他の加工法はすでに化学の分野において古くから存在していたのに対し、放電加工法に関する技術は、化学の分野ではなく、電気の分野において、戦後開発された、新しい、しかも高級に属する技術であるから、電解研磨法を中心とする電解加工法の分野に、異なる分野に属する、放電加工に関する技術を取り入れることは必ずしも容易なこととは断じえられないことであつて、右のように放電加工と電解加工とはその技術分野においてこれを同一ないし近似のものと見ることはできないのである(これについてはなお後記)から、放電加工の分野で通常の智識を有するものであれば、電解加工に関する前記の引用刊行物記載の技術内容から、本願発明の如きは容易に推考できるものとは、必ずしもいうことはできないものといわなければならない。

ところが、本件審決においては、先行技術として放電加工に関することを挙げ、引用例として、電解研磨に関する基本的な技術の記載ある刊行物を挙げて、前記の放電加工の分野に属する当業者であれば右引用刊行物記載の技術内容から、本願発明はこれを容易に推考できる程度のものとしているのである。

そして、被告はいろいろな観点から、本件審決に示された判断が正当である旨主張するので、以下この点について考えてみる。

被告は、機械研削加工ののち、仕上加工を行うため電解研磨法を用いることはすでに周知に属するから、原理を異にする加工方法を組合わせることをもつて異とするには足らない旨主張するけれども、その成立に争いのない乙第二号証の一から五の各記載をもつてしても、本願発明に見られるような、放電加工による荒加工ののちの仕上加工として同一の機構をそのまま利用して、別個の加工方法を用いている点は看過することのできないところで、この点に関する被告の主張は採用できない。

また、被告は、電解研磨において両極を対向させて処理する点もすでに周知技術に属する旨主張するところ、その成立に争いのない乙第二号証の一から五の各記載によれば、右刊行物には、被加工体と同型の対向陰極を用いた電解研磨法が記載されていることが認められるが、本願発明においては、このような方法が用いられているからといつて、これがために、前記のような特殊の機構と格別の作用効果を奏する本願発明につき、その全体としての評価に影響を及ぼすべきものとはいえないことは明らかであろう。

さらに、被告は、放電加工というも電解加工というも、両者は電気的切削加工の範疇に入れて差支えない旨主張するところたしかに、広い意味においては右主張は肯認しえないではないけれども、両者はその加工の原理を全く異にするものであること前記のとおりであつて、一はいわば電気物理的分野のものであり、他は電気化学的分野に属するものであつて、その技術分野において同一ないし近似のものであるとは、とうていこれを認めることはできない。

もつとも、その成立に争いのない甲第七号証の一から四および甲第八号証の一から四の各記載によれば、甲第八号証の一から四の著者の一人である鳳博士が放電加工法および電解加工法の両分野に亘る権威者の一人であることが窺いえられるけれども、そのことはこの両分野が技術分野として密接な親近性を有する一つの証左というよりも、むしろ、同博士のすぐれた業績によつて、学者としての研究上において親近性をもつに至つたにすぎないものというべく、これを技術分野の判断の基準とするのは適当でないと考えられる。

五  結局、被告の主張にもかかわらず、本件審決が、本願発明は、放電加工における技術の分野で通常の技術的智識を有するものであれば、電解研磨に関する引例刊行物記載の技術内容から必要に応じ容易に推考できる程度のものと認めたことは、これを失当と判断せざるを得ないところであつて、その取消を求める原告の請求は正当である。よつて、原告の請求を認容し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条および民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 山下朝一 多田貞治 田倉整)

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