大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和40年(う)1409号 判決

被告人 大木明雄

〔抄 録〕

所論は、原判決の事実誤認を主張し、原判決は法令の解釈適用を誤り、罪とならない所為について恐喝罪を認定したという。すなわち、被告人は飯野海運の経営の不当殊に、その退職役員に対する退職金、交際費等の不当支出、飯野一族に対する不当貸付等について、その是正を求め、その再建のため善意の忠告を行つたのであるが、会社側に誠意、反省の態度がないため、会社役員のやり方を非難詰問したに過ぎず、すべて、被告人の正義観、信念に基いて、会社経営の不正不当を糾弾し、会社運営の根本的改善の実を挙げようとの純粋な心情に由来するもので、被告人は、これを手段として金銭的利益を得ようとする意図は毛頭なく、また原判示の如きその要求をした事実もないという。

よつて、記録を検討し、重ねて事実の取り調べをした結果を綜合して次のとおり判断する。

まづ、被告人は飯野海運の会社経営に不正があると主張する。被告人は再三にわたり会社を訪問し、担当重役総務部長辻本毅に面接し、また社長俣野健輔に書簡を送り、役員に対する退職金、交際費の支出について不正、不当なものがあり飯野不動産に対する投資に定款違反、商法違反の疑いのあること、飯野一族間にも不正のあることを指摘、詰問してその回答を求めたものである。被告人は九万株以上を有する同会社の株主であり、会社そのものと利害を共通にするものであるから、会社の経営上当然是正、改善すべきものがあれば、この点について卒直な意見を開陳し、必要があれば、経営の担当責任者に対し自粛反省を求める権利のあることは言うまでもない。ただ、被告人が不正、不当であると主張する退職金、交際費その他の点については、担当重役辻本毅よりその一つ一つについて、被告人が指摘するような不正、不当のないことを釈明し、その諒解を求めたのであるが被告人はこれに満足しなかつたのである。そして被告人は会社当事者に対し同様の詰問、誹謗を繰り返えすだけでなく、警視総監、会計検査院長、運輸、大蔵等の大臣、地方検察庁等の関係官庁に対しても、会社経営上の不正、殊に会社役員の詐欺、横領、背任等の犯罪容疑があり、大疑獄にも発展する問題でもあるかの如く訴える手段に出たため、会社としてこれ以上被告人を納得さすことのできる方法を失つたにすぎない。議事録の閲覧を全面的に拒否するに至つたのも、被告人の手段が明らかに株主の権利を濫用するものと判断した結果に外ならないのである。会社としても、監督官庁等に対する会社の中傷、誹謗については痛痒を感じなかつたのであるが、前記詰問誹謗を印刷した文書を会社株主間にまで流布するに至つては、その誤解を招き、会社の対社会的信用を毀損することを懸念し困惑した事実は否めないのである。以上の如く会社当局としては、被告人の株主たる地位を十分に尊重し、その善意の助言には耳を傾け、誤解のあるところはこれを解明してその諒解を求めたに拘わらず、被告人は極めて常規を逸した執拗な手段に訴えて会社誹謗を続けているのであつて、被告人の奇矯な性格を計算に入れてもそれは正義観に基く純粋な心情から、真に会社経営の是正改善を図つたものと認めることはできない。

被告人は随所で、株式の暴落によつて損害を蒙つたといい、その責任を追及する言動に出ているのであつて、前記辻本毅に対し、原判示株式および絵画の買取り方を要求した事実は明瞭である。ただその日時の点について、原審証人辻本毅同玉井幹一らの各証言は、その記憶が不正確なため動揺変動していることは否定できない。しかし、会社顧問弁護士玉井幹一が被告人と料亭「照川」において会食した日時から計算してその十日ないし半月前の間であるという、右「照川」との会合と結びつけた時期についてはその記憶が正確なのである。証人玉井幹一はこの「照川」会合の日時についてさえ、これを昭和三十八年十二月中と記憶し、それとの関連において被告人より買取りの要求のあつた日時も、同年十二月中と記憶するという証言をなしているのであるが、右「照川」の会合が翌年一月二十九日であることは証拠上明瞭である。したがつて証人辻本毅、同玉井幹一が当初繰り返えし証言しているとおり、右要求がなされた日時は、右「照川」の会合より十日ないし半月前の間、すなわち、昭和三十九年一月中旬より下旬にかけての頃と認定するのが相当である。

被告人の会社誹謗の意図が、株式暴落による損失補填の要求か、いづれにしても金銭的要求としか受け取れないため、会社重役の一部には、被告人に対し賛助金などの名目で金をやつて、これを取りなした方がよいではないか、という意見を述べた者がいた事実は否定し得ない、しかしながら、会社当局がその不正の暴露を畏れ、進んで被告人に金員を提供してその揉み消し、隠匿を図つたという事実は全く存在しない。前記「照川」における会合も、被告人の執拗な「いやがらせ」に当惑し話し合つてみればわかるのではないか、という希望を含めて、会社側が設営したものではあるが、会社として被告人に引け目があつて、これを「買収」とするために企画したものでないことは明らかである。また辻本毅らが一般の恐喝を常習とする「会社ゴロ」を取り扱うセンスで、真に会社の利益を思う純粋な被告人を、これと混淆し俗悪な常識をもつて、何ら金銭的要求もせず、その意図もない被告人を邪推し、誤れる証言をしたものと認めることもできない。

以上原判示事実は証拠上明瞭であつて、原判決には所論のような違法は全く存在しない。

(兼平 関谷 小林)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!