東京高等裁判所 昭和40年(う)1671号 判決 1966年6月08日
本店所在地
東京都台東区三筋二丁目二四番八号
株式会社 滝川商店
右代表者代表取締役
滝川昂
本籍
同都同区谷中三崎町二八番地
住居
同都同区元浅草三丁目二番一号
会社役員
滝川昂
明治四二年二月二五日生
右株式会社滝川商店に対する法人税法違反、滝川昂に対する法人税法違反、所得税法違反各被告事件につき東京地方裁判所が昭和四〇年四月二日言い渡した判決に対し被告株式会社滝川商店(代表者滝川昂)及び被告人滝川昂からそれぞれ控訴の申立があつたので、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件各控訴を棄却する。
理由
本件各控訴の趣意は、被告株式会社滝川商店及び被告人滝川昂の弁護人満尾叶、同三木祥男、同小関淑子連名提出の控訴趣意書に記載されているとおりであるから、これをここに引用する。
論旨第一点について。
所論は、原判決は昭和三四年七月一日から同三五年六月三〇日迄、および同年七月一日から同三六年六月三〇日迄の両営業年度において被告会社が、江津正武に支払つた給料は架空のもので、実体は被告人滝川に対する益金処分の賞与と認定しておるが、これは判決に影響を及ぼすべき事実誤認であるというにある。
しかし、原判決が挙示した証拠、とくに、被告人滝川の検察官に対する昭和三八年八月一六日付供述調書、原審第四回公判調書中の証人江津正武の供述、第一銀行下谷支店長名義の回答書によれば、江津は、昭和三三年三月頃から被告会社から独立して単に被告会社から商品を仕入れて、これを他に販売しておるものであつて、被告会社から給料を受くべき関係はなく、これが給料として計上されておる金額は、被告人滝川に対する益金処分の賞与と認められるので、原判決には、所論のような誤認はなく、論旨は理由がない。
同第二点について。
所論は、原判示別表第三の番号21、同第四の番号22の上野松坂屋にある滝川晃一(被告人滝川の通称)名義口座の掛買代金は、他の被告会社名義口座の掛買代金とともに被告会社の経費として認容さるべきものであるのに、これを被告人滝川に対する裏賞与と認めたのは、事実誤認であるというにある。
しかし、原判決が引用する被告人滝川の大蔵事務官に対する昭和三七年七月一四日付質問てん末書、同人の検察官に対する昭和三八年八月一七日付供述調書、安達恭二、浅井賢道名義の各上申書、赤木進名義の回答書および、原審公判における証人滝川清子の供述を取捨綜合すれば、右個人名義の口座への支払は、被告人滝川の家族の買物代金を被告会社において交際費に仮装して、被告人滝川のため、支払つたもの、すなわち、その実体は被告会社の利益の処分として、被告人滝川に対する裏賞与と認められるので、原判決には、所論の如き誤認はなく、論旨は理由がない。
同第三点について。
所論は原判決別紙第四の番号22の交際費中一〇万円につき、これを交際費ではなく、寄付金と認め、被告人が右支出は税法上交際費として損金計上が是認されると考えていたとしても、右は単なる法律の錯誤によるものであり、この錯誤は犯意の成立を阻却するものではないとも説示しておる。しかし租税特別措置法における交際費(趣意書に寄付金とあるのは交際費の誤記と認める。)に関する定めは、非刑罰法規であつて、非刑罰法規の内容である損金性の有無を知らないことは、非刑罰法規の不知、すなわち事実の錯誤である。右金員の支出がもつぱら税法上の見地から損金性を否認され、被告会社に納税義務が存するからといつて、その一事のみにより被告人に詐欺又は不正の手段による法人税逋脱の犯意があると断定することは、法人税法第四八条第一項(昭和四〇年法律第三四号による改正前のもの)の解釈適用を誤つたものであるというにあるが、被告人において損金として是認される交際費と考えていたとしても、右は租税特別措置法第六二条の誤解に過ぎず、かつ、原判決は第一の冒頭に認定しておるように架空仕入を計上する等の不正の方法により所得を秘匿した一環として右金額についても右法条を適用したものであつて論旨は理由がない。
同第四点について。
所論は及川商店に対する貸付金は被告会社としては誤つて計上されていた実体のない資産を簡易な方法で訂正したにすぎず不正の手段による脱税を意図したものではない。もともと資産でないものを償却することは実質的には損金を増加させるものでもなければ所得を減少させるものでないのに拘らず原判決が被告人は損金増加と所得減少の結果を認識して貸倒れ処理したものと認定したのは証拠に基かない独断で判決に影響を及ぼす事実の誤認であるというにある。
よつて審案するに、原判決が引用する原審公判廷における被告人滝川、証人及川留吉の各供述によると本件一二〇万円の貸付金は昭和三二年一月三〇日同年二月二八日を満期日として右及川によつて振出され被告会社に交付された約束手形によるものであるがこれは架空の実体のないものであることが認められる。そして、同じく原判決が挙示する法人税決定決議書綴(東京地裁昭和三九年押第八八三号の三五。当庁昭和四〇年押第五八九号の三五。)中の昭和三一年七月一日より同三二年六月三〇日迄、同年七月一日より同三三年六月三〇日迄、同年七月一日より同三四年六月三〇日迄の各被告会社の決算報告書によると、それぞれの期末に右貸付金が計上されておることすなわち昭和三四年の期首に資産として計上されておることが認められる。法人税法が営業年度をかぎり期間損益計算をするものである以上、当該年度の所得修正をなすは格別この架空の債権を昭和三四年七月一日より同三五年六月三〇日迄の当期において償却することはそれ丈利益を減少させることになることは明かで、被告人は叙上経過にかんがみこれを貸倒れに計上して所得の減少を計つたものと認められるので逋脱の犯意を認むるに十分であるから、論旨は理由がない。
同第五点について。
所論は原判決は被告会社が現金主義によつて記帳した結果生じた受取利息計上洩れ、売上計上洩れについて現金主義の如きは現代の経済社会に適用することができないことは自ら明らかであり、会社経理に携る者として容易に知りうべきであつて犯意を阻却するものではないとしているが、右の理論は大企業の経理担当者と小規模の会社のそれを同様の経理智識あるものとする誤をおかしておるのである。小規模な被告会社の如き人的構成上無理からぬ誤解により当期の課税対象となることを知らなかつた所得について、原判決がただちに前示改正前の法人税法第四八条第一項違反ありとしたのは同法条の解釈を誤つたものであるというにある。
しかし、原判決が引用する法人税決定決議書綴(前同号の一六)中の被告会社の前記各営業年度の法人税確定申告書にそれぞれ添付されている各決算報告書によるといずれも未経過保険料、未経過利息を、支払保険料、支払利息から控除していることが認められるのであつて、このことは被告会社の経理担当者が受取利息等についても発生主義に基く処理をなすべきことを承知していたものと解すべく、また、同じく原判決が引用する鈴木利加の検察官に対する昭和三八年八月一三日付供述調書によると被告会社の当時決算の事務にあたつた同人は、被告会社の昭和三五年六月期の決算期にあたつて内山税理事務所より期末直前に仕入をし仕入先から得意先に直送させて販売した売上が翌期に仕入とともに記帳されておるか、これは前期、すなわち、三五年六月期に書き出すよう指導を受けこれを了承しておることが認められるのであつて、弁護人の所論はその前提を欠きその余の判断をなすまでもなく失当であつて、論旨は理由がない。論旨第七点についてはその理由がないこと前示第一、第二点について説示したとおりである。
論旨第六点について。
所論は被告会社および被告人滝川に対する原判決の量刑を不当とするものであるが、本件記録を精査し、これに現れた本件各逋脱の金額、その手段方法その他諸般の情状を勘案しても原審のそれぞれの科刑は相当であると認められるので論旨は理由がない。
よつて刑事訴訟法第三九六条に則り主文のように判決する。
検察官 倉井藤吉 出席
(裁判長判事 小林健治 判事 遠藤吉彦 判事 吉川由己夫)
昭和四十年(う)第一、六七一号
控訴趣意書
被告会社 滝川商店
被告人 滝川昂
右被告会社に対する法人税法違反、被告人に対する法人税法違反、所得税法違反各被告事件について控訴の趣意を次の通り上申します。
第一点
原判決には事実誤認の違法がある。
原判決は昭和三四年七月一日から同三十五年六月三十日迄および三十五年七月一日から同三十六年六月三十日迄の両営業年度に於て被告会社が江津正武に支払つた給料は架空給料であり、その実体は被告人滝川に対する益金処分の賞与であると認定している。しかし原審証人手島干及び江津正武の証言によれば江津は昭和三十六年九月頃は未だ被告会社に於て働き、被告会社から健康保険証の交付をうけていたことが事実である。ただ江津は個々の理髪店、美容院へ商品の個人売をして歩いていたので、理美容品卸売業界に於て全国一の営業規模を有する被告会社としては同業者への対面上、外部に対して江津を被告会社とは独立の小売商人のように装う必要があるところから同人をして、三和商会なる名称で商品の売込、代金の回収をさせていたに過ぎないのである。
このことは原審証人江津正武が第四回公判に於て“滝川は大問屋であるのに従業員が美容院回りをしては同業者にまずいから外へは三和商会の名を使えと社長に云われた。そして三和商会の売上、集金は全額奥さんに渡し毎月二万五千円の固定給を貰つていた”と述べているところからも明らかである。
原判決は被告会社が江津のために当座預金口座をひらいてやつた。昭和三十三年三月頃をもつて同人の被告会社からの独立のときと認定しているけれども、これには何らの合理的根拠がない。右当座預金口座は江津と被告会社との商品代金決済には使用されていないからである。江津が各理美容院へ売込んだ被告会社商品の未集金分については前記のとおり江津が三和商会の名に於て販売したため被告会社には代金請求権がないので江津が熱心に集金しない以上、売掛金がたまる一方で被告会社としては施すすべがなかつたので被告人はやむなく個人として被告会社に対し三和商会分の未集金商品代金を入金し被告会社の資本充実をはかつたのである。そこで右未集金の代金請求権は対外的にも対内的にも江津に属することとなつた反面、江津は被告人に百万円の債務を負うに至つたから、被告人は江津が被告会社から支払いをうけるべき給料を右債務の割賦弁済として受領していたのである。それ故にこそ被告人は右百万円の債務支払のため江津が振出した手形を現在に至るまで銀行にふりこみもせず又手形金の請求をしたこともないのであることは江津が原審に於て証言するところである。
原判決によると江津は昭和三十三年三月頃からは被告会社に雇われ被告会社の業務に従事していたとは認められないというのであるが、昭和三十三年三月を境として被告会社と江津の関係に変更が生じたと認めるべき合理的根拠は全く存在しないのである。被告会社及び江津の双方に従業員であることの認識がなければ、被告会社が江津に対し昭和三十六年九月迄健康保険証を交付したり、その後も江津の業務のための連絡場所として被告会社を提供し、その電話を無料で江津の業務に使用させる筈はない。
従つて原判決が江津給料は架空給料であり、被告人に対する裏賞与であると認定したのは判決に影響を及ぼすこと明らかな事実誤認である。
第二点
原判決に於ける事実誤認の第二は交際費中、松坂屋掛買口座支払代金を裏賞与と認めた点である。
原判決は“個人営業時代に利用していた個人名義の掛買口座の外に会社設立後特に会社名義の口座を設けた趣旨は一方を個人用に他方を会社用に利用し彼此混同することのないように取引を区別するためであるとみるのが条理上当然である”というがこれは何らの証拠に基づかない独断である。原審証人滝川清子は“会社口座を開いてのちもあえて個人口座を解約する必要をみとめなかつたし、口座が二つあることは何かと便利でもあり、得意先に対するみえもあつて、両者を併存させておいたにすぎず、これらの口座で買つたものはすべて会社用品である”と述べている。
又、原判決は被告人の大蔵事務官に対する質問てん末書及び検察官に対する供述調書中の記載を証拠として滝川晃一名義の掛買口座により購入した品物は被告人滝川の個人的用途に供したものと認めるのが相当であるとしているが、原審公判廷に於て前記滝川清子及び被告人が“掛買口座による松坂屋の買物はすべて清子が購入したものであつて、被告人自身は具体的な購入品目を全く知らない”と供述しているところからみると被告人の右質問てん末書及び検察官調書中のこの点に関する供述は虚偽であると判断されるべきである。
原判決は又、安達恭二ならびに浅井賢道の各上申書、赤木進作成の回答書記載の購入品目を綜合すれば、滝川晃一名義の掛買口座により購入した品物は被告人滝川の家族の個人的用途に供したものと認めるのが相当であるという。しかし、右各上申書及び回答書に記載された個人口座と被告会社口座の購入品目を比較検討してみると両者は同一内容であつて、一を個人用品他を会社用品と識別するに足る根拠は全く存在しないのみならず逆に滝川清子は両口座を使いわける意識を全く持つていなかつたことが明らかなのである。
そして又原判決は炊事用品、食器、レコード等が個人口座のほか被告会社口座にも記載されているから従業員に対する福利厚生の品物、被告会社の備品の類は被告会社名義の口座を使用して購入されたとみるのが相当であり会社備品、従業員のための買物代金は本件個人名義口座には含まれていないと認むべきであるという。しかし被告会社の実態は原審に於て滝川清子がしきりに訴えたとおり個人商店の延長なのであつて住込店員と被告人家族の日常生活は区別することが出来ず、又被告人家族は即ち、被告会社の住込店員なのである。炊事用品、食器等が個人用と会社用に区別されていることを前提としている原判決の論理は下町の商家の日常生活の実態を無視した飛躍的論理であるというべきである。
松坂屋掛買口座の支払代金は、その一部は被告会社の従業員に対する福利厚生の用に供する品物及び会社備品の購入代金として処理さるべきであり、その他はすべて取引先やメーカーに対し、商品販売促進及び商品確保を目的として贈られたものの代金であるから法人税法上の交際費として損金に算入されるべきである。従つてこれをもつて交際費と仮装した被告人に対する裏賞与と認定したことは判決に影響を及ぼすこと明らかな事実誤認というべきである。
第三点
原判決には法令の適用を誤つた違法がある。即ち原判決は、被告会社が昭和三十五年七月一日より昭和三十六年六月三十日迄の営業年度に於て速水製作所から土地建物を買受け、売買契約、代金支払、所有権移転登記のすべてが完了後、同製作所経営者の母親に対する情誼から同女への小遣として同製作所経営者に交付した額面十万円の小切手金の性格を小切手交付の趣旨及び時期からみて取得価格ではないと認めながらしかし、右支出は被告会社の事業に関係ある者に対する事業遂行上の必要的支出とは認められないから売主の母親に対する寄付金と解するのが相当であるとし、被告人に於て右支出が租税特別措置法にいう寄付金であることを知らないことは単なる法律の錯誤であつて犯意を阻却しないというのである。しかし租税特別措置法に於ける寄付金に関する定めは非刑罰法規である。非刑罰法規の内容である損金性の有無を知らないことは非刑罰法規の不知、即ち事実の錯誤の一場合に他ならない。
右十万円の支出がもつぱら税法上の見地から損金性を否認され、被告会社に納税義務が存するからといつてその一事のみによりただちに被告人に詐欺又は不正の手段による法人税逋脱の犯意があると断定することは法人税法第四十八条第一項の解釈適用の誤りであり、右誤りは判決に影響を及ぼすこと明らかであるから原判決は破棄さるべきである。
第四点
原判決は被告会社が昭和三十四年七月一日から同三十五年六月三十日迄の営業年度に於て及川商店に対する貸付金を貸倒れ処理したことを“本件一二〇万円の手形貸付金は実体のない架空の債権であると認めるに十分でありかくの如きは損金を増加し所得を減少させる結果を招来するものであり、被告人は右の事実を認識しながら、これを貸倒れ処理したものなのであるから逋脱の犯意を認めるに十分である”としている。
しかし、被告会社としてはあやまつて計上されていた実体のない資産を簡易な方法で訂正したにすぎず不正手段による脱税を意図したものではない。もともと資産でないものを償却することは、実質的には損金を増加させるものでもなければ所得を減少させるものでもないに拘らず原判決が被告人は損金増加と所得減少の結果を認識して貸倒れ処理したものであると認定したのは何らの証拠に基かない独断であつて明らかに判決に影響を及ぼす事実誤認である。
第五点
原判決は被告会社が現金主義によつて記帳した結果生じた受取利息計上洩れ、及び売上計上洩れにつき、現金主義の如きは現代の経済社会に適用することができないことは自ら明らかであり、会社経理に携る者として容易に知りうべきであるのにこれを知らないことは単なる税法の不知であつて犯意を阻却するものではないとしている。しかし、右の理論は大企業の経理担当者と個人商店の延長にすぎない小規模な会社に勤務する年少の経理事務員とをその経理知識に於て同様と判断する誤をおかしているものである。
逋脱犯は故意犯であるから各所得項目毎に納税義務あることの認識が前提となるべきであるのに被告会社がその人的構成上むりからぬ誤解により当期の課税対象となることを知らなかつた所得について、原判決がただちに詐欺または不正の手段による法人税逋脱の犯意をみとめたことは早計であり法人税法第四八条第一項の解釈適用を誤つたものというべきである。
第六点
原判決には量刑不当の違法がある。
被告会社の本件法人税逋脱は裏帳簿作成等の事実もなくその手口は単純であつて計画的犯行ではない。
税法上の見地から損金性を否認され結果的に脱税とみなされるに至つた諸項目中には、或いは老人に対する情誼から支出したもの(速水製作所関係)や、長年馴じみの出入り業者をみすてるにしのびずあえて抵当権実行をなしえなかつたもの(加藤製作所関係)、実兄が路頭に迷うのを見るに見かねて抵当権実行をなしえなかつたもの(浜松滝川商店関係)を損金処理によつて償却したものなのである。
これらの情状を全く酌量することなく、被告会社に対し罰金六百五十万円を科し被告人を懲役八月に処した原判決は量刑不当の違法があるから破棄さるべきである。
第七点
原判決が江津給料及び松坂屋掛買口座支払金を被告人の裏賞与と認定したことの不当は既に第一点及び第二点に於て述べたところである。従つて原判決がこれらの科目を被告人の所得税逋脱額に加算したのは判決に影響を及ぼすこと明らかな事実誤認であるから破棄さるべきものである。
昭和四十年九月十六日
右弁護人 満尾叶
三木祥男
小関淑子