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東京高等裁判所 昭和40年(う)1721号 判決 1965年11月15日

被告人 田島秀雄 外一名

主文

原判決中、被告人近藤文子に関する部分を破棄する。

被告人近藤文子を禁錮八月に処する。

被告人田島秀雄の本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は記録に綴つてある弁護人清水昌三作成の控訴趣意書記載のとおりであるからこれを引用し、これに対し当裁判所は次のように判断する。

論旨第二点、事実誤認の主張について

所論は、原判決は被告人田島秀雄に関する事実理由として、判示第一の(二)の中で「相被告人近藤文子が運転免許を有しないことを知りながら同女から運転させてもらいたい旨の求めに即座に応じ」た旨、ならびに判示第一の(三)の中で「相被告人近藤が運転免許を有さず且つ運転の知識経験も不十分で同女に自動車を運転させては事故を起す危険の少なくないことを知つており」と認定しているが、被告人田島は相被告人近藤がかねて自動車運転の練習をしていた事実を見ており、免許の有無こそ確認しなかつたが同女が自動車を運転することにつき不安を抱いた事実はない。原判決には右の点に関し判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認の違法があると主張する。

よつて検討するに、原判決挙示の関係各証拠によれば、被告人田島は本件前相被告人近藤が自動車の運転練習をしていたのを見たことはあるが、本件当時同女が未だ運転免許を取得していないことを承知していたことは明らかであり、また、同女がどの程度の運転技術を体得していたかはほとんど全く知らなかつたことが察知される。さればこそ同女から運転させてほしいと言われたときにも「大丈夫か」などという危惧の言葉を洩しており、しかも、その後、同女が自動車を発進させようとした際チエインジ操作の未熟のためギアーをならしてしまつたので、これを見た被告人田島は「腕がわるいな」などと言いながら自らクラツチを踏んでチエインジの操作をしてやつているのである。してみれば、当時被告人田島として、相被告人近藤が自動車運転の知識経験を十分に保有しており、その操車、運転の技倆に全幅の信頼をおいていたなどとは常識上到底考えられないのみならず、かえつて右近藤の操車上の不手ぎわを目前に見て心中ひそかに不安の念を禁ずることを得なかつたものと推認するのが合理的であり、したがつて、このような状況の下においては、いかに自らが酔余の身とはいえ、万一の場合を考え、せめて原判示第一の(三)に記載してある介添ぐらいの配慮をしてやる義務があると考えることも条理上当然のことであろう。原判決が、論旨摘示のとおり、その判示第一の(三)の中で、「同女に運転させては事故を起す危険の少なくないことを知つておりうんぬん」と判示しているのも、その措辞の当否は別論として、結局、右の経緯及びこれに基く判断を表現しようとしている趣旨であることは、その挙示する関係各証拠に照らし、これを推認することができるのであるから、この点をとらえて原判決に所論のごとき判決に影響を及ぼすべきことの明らかな事実誤認の廉があるということはできない。論旨は理由がない。

論旨第一点、法令適用の誤の主張について

所論は、原判決は被告人田島につき相被告人近藤の無免許運転を幇助したものとしてこれにつき処断しながら、直接的には右近藤の運転上の過失により発生した被害者の死亡につき被告人田島をも業務上過失致死罪に問擬し、注意義務を不当に拡張しているものと言うべく、原判決には被告人田島に関し、法令の解釈適用を誤つた違法があると主張する。

しかしながら、原判決挙示の関係証拠によれば、被告人田島が原判示第一の(一)のとおり酒酔い運転をし松戸市上本郷三九二番地先路上まで走行してきた際、酔いも大分まわつてきたというのであるから、かかる場合には一時運転を中止して休息し酒気の解消を待つて再び運転を開始する等の措置を講ずべき業務上の注意義務のあることは明らかで、被告人田島がこの注意義務を怠り休息その他の措置をとらなかつたばかりか、かえつて無免許者である相被告人近藤に対して無雑作に自己に代つて自動車の運転を委ね、しかも自らその傍らの助手席に同乗していながら同相被告人の操車運転についていささかの配慮も払わず仮睡していたことはまさに重大な過失というのほかなく、この過失がなければ相被告人近藤の過失による本件人身事故も発生しなかつたものと認められるから、被告人田島の右過失に基因して被害者の死亡という結果が発生したものと言つて差支えなく、たとえその間に、相被告人近藤の過失行為が介入しそれが本件の結果発生につき直接の原因になつているとしても、それがために被告人田島の右過失と本件結果との間に相当因果関係がないものということはできない。原判決を熟読玩味すれば、その第一の(三)判示の趣旨も、また、まさにここにあるものと解することができる。この意味において被告人田島の右過失が相被告人近藤の原判示過失と前後その脈絡を通じ、もつて被害者を死に致した旨認定し、被告人田島につき無免許運転幇助のほか業務上過失致死罪の成立を認めた原判決の判断は正当であり、この場合被告人田島が相被告人近藤にハンドルを譲つて自らはそのまま下車して帰宅し、もしくは遠く車外にあつて休息していたというようような事例を想定して右結論の当否をうんぬんすることは適切でない。すなわち、原判決には所論のような法令適用の誤は認められず、論旨は理由がない。

論旨第三点、量刑不当の主張について

所論は、原判決の被告人ら両名に対する刑の量定が重きに失し不当であると主張する。

よつてあらためて検討するに、本件は、被告人田島が松戸市内のバーにおいて飲酒酩酊の末、正常な運転のできない虞のある状態となつていたに拘わらず右バーのホステスであつた相被告人近藤を先に自宅から乗りつけてきた乗用自動車に同乗させて運転し、その間次第に酔いがまわつてきたのを自覚しながら敢て停車、休息等の万全の措置を講ぜず、そのまま運転を続けているうち、たまたま右近藤から運転させてくれともちかけられるや同女が無免許者であり且つ多少の酒気を帯びていること承知しておりながらたやすく同女に運転を許し、その後もいかに酒の酔いのためとはいえ、いささかも同女の技倆を確認しようとする気配もなく、一切を放任して漫然助手席で仮睡し、本件事故の突発によつてはじめて愕然として覚醒した始末であり、他方、また被告人近藤は、これまで運転免許の受験に備え機会を求めては屋外空地又は道路等で自動車運転の実地練習を重ねていたとはいえ、正規に運転資格を取得したわけでもないのに本件自動車を運転するにあたつて原判示のごとき注意義務を怠り、無謀な操車行動に及んだ結果、たとえ被害者側にも責めらるべき過失が認められるにもせよ、ついに貴重な人命を奪うに至つたそのうえに人身事故を惹起したと知るや、被告人ら両名は暗默のうちに意思相通じ共謀の上、何等法定の事後措置を講ずることなく、急ぎ運転者席に復帰した被告人田島が自らハンドルを把つてそのまま発進し、高速度をもつて右事故現場から約二キロメートル東北方の地点まで逃走した事犯であつて、犯情総じて悪質と言うべくその結果もまた、極めて重大であると言うほかはない。

そのほか記録に顕われた被告人ら両名の年令、経歴、職業、前科もしくは検挙歴、生活態度、本件犯行の経緯、態様、罪質、結果とくに被害者の遺族の状況等一切の事情を考慮すれば、被害者の遺族との間に自動車損害賠償責任保険による支払金一〇〇万五〇〇円のほか慰藉料二〇〇万円(うち二〇万円を被告人近藤が負担)の授受を終えて示談が成立したこと、他方、被害者自身も深夜、酒に酔いつぶれたような状況で本件国道を横断しようとした過失のあること等被告人らの両名の利益に考慮すべき諸点を十分斟酌しても、少くとも原判決が被告人田島秀雄に対し禁錮六月の実刑を科したことは重きに失するものと言うことはできない。しかし、被告人近藤について更に考えてみるに、なるほど同被告人の運転上の過失が本件被害者の死亡の直接的原因となつていること、しかも、そもそもの発端が同被告人の方から無免許であるにも拘わらず自ら進んで運転を希望した点にあること、示談金の負担額が相被告人田島のそれに比して著しく少ないこと等は看過することのできない不利益な情状ではあるけれども、いわゆる轢き逃げの件については相被告人田島が主導的な地位を占めていたことは証拠上明らかな事実であり、また、被告人近藤が運転を希望した際にも相被告人田島が拒むのをしいて説得したというような事情でもなく、むしろ酩酊のためいささか運転に厭気を催していた相被告人田島がいわば渡りに舟とでもいえるような状況で、一応「大丈夫か」と念を押してはいるものの、そのままたやすくハンドルを同女に委ねているのである。これらのことを彼此勘案すると、本件事犯について被告人ら両名の間にさまで大きな犯情の逕庭があるものとは考えられず、量刑の均衡という看点からみれば、原判決が被告人近藤に対し禁錮一年の実刑を科したことは、その量刑重きに失するものありと判断される。論旨はこの限度において理由あるに帰する。

以上のとおり被告人田島の本件控訴は理由がないから刑事訴訟法第三九六条に則りこれを棄却すべきも、被告人近藤の本件控訴は理由があるので同法第三九七条、第三八一条により原判決中同被告人に関する部分を破棄し、同法第四〇〇条但書にしたがつて当審で自判することとし、原判決が同被告人につき証拠により確定した犯罪事実に対し、道路交通法第六四条、第一一八条第一項第一号(原判示第一の事実)、刑法第二一一条前段、罰金等臨時措置法第三条(原判示第二の事実)、昭和三九年法律第九一号附則第一七項により同法による改正前の道路交通法第七二条第一項前段及び後段、第一一七条、第一一九条第一項第一〇号、刑法第六〇条(原判示第三の事実)(以上いずれも所定刑中自由刑を選択)、刑法第四五条前段、第四七条本文、第一〇条(最も重い業務上過失致死罪の禁錮刑に加重)を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 樋口勝 関重夫 金末和雄)

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