大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和40年(う)1930号 判決 1966年3月10日

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、被告人巽の弁護人伊坂重昭、同佐藤庄市郎、同松井元一及び同原田一英連名提出の控訴趣意書並びに被告人深田及び被告大栄運輸株式会社の弁護人清野惇提出の控訴趣書意に記載されたとおりであるから、ここにこれを引用し、これに対し次のように判断する。

伊坂弁護人ほか三弁護人の控訴趣意第一点及び清野弁護人の控訴趣意第一の一について。

論旨は、税関の輸出許可は、現実に通関手続に載せられた貨物すなわち税関の検査に供すべく保税地域に搬入された貨物自体に対して与えられるものであるから、たとえ、それが輸出申告書記載の貨物と相違していても、輸出許可は搬入貨物自体にその効力を及ぼすのであり、したがつて原判示第二の輸出行為は関税法第百十一条第一項の無許可輸出罪を構成しないというのである。

関税法は、本邦に輸入される貨物に対して関税を賦課及び徴収し、本邦から輸出される貨物又は本邦に輸入される貨物に対し国の政策上必要な管理を加えることを目的とするものであつて、要するに貨物の輸出入管理すなわち通関手続と関税の賦課徴収手続とをその骨子としている。しかして、叙上の立法の目的並びにその法体系全体の構想にかんがみれば、同法による規制の対象とされる貨物は、現実に輸出され若しくは現実に輸入される貨物それ自体であると解すべきであつて、同法による規制を「物権的」であるとし、あるいは「即物的」であるとして特徴づけようとする試みは、その用語の当否は別として、その規制が叙上のごとく現実の輸出入貨物の実体に即して行われるという点に着眼すれば、これを諒解することができる。

本件は、貨物に対する税関の輸出許可の有無ないし効力が争われている案件である。そこで、輸出に関する通関手続を概観するに、貨物を輸出しようとする者は、まず原則としてその貨物を開港の保税地域その他の所蔵置場所(以下保税地域と略称する)に搬入した後、輸出申告書にインボイス(仕入書)、パツキング・リスト(包装明細書)等を添付し、その貨物が他の法令の規定により行政機関の輸出に関する許可、承認等を必要とするものである場合には、その許可、承認等の証明書類をも添付して、これを税関に提出し、次いで税関の貨物検査を経、なおその貨物が他の法令の規定により輸出に関する検査又は条件の具備を必要とするものである場合には、その検査の完了又は条件の具備についても右貨物検査の際証明してその確認を受けたうえで、税関の輸出許可を受けることとなるのである(同法第六十七条ないし第七十条、同法施行令第五十八条、第六十条参照)。かような手続によつて税関の与える輸出許可が、保税地域に搬入されたところの具体化した特定の貨物に対して輸出を許容する行政行為であることは、叙上の手続の実態並びに先に説明した同法の行う輸出入管理の性格に徴し疑がない。輸出申告書には、輸出しようとする貨物の品名、数量、価格等が記載されるが(同令第五十八条参照)、それは右の具体化した特定貨物を徴表するものとして記載されるのであつて、輸出許可が輸出申告書に記載された品名、数量、価格による特定化の対象たりうる貨物一般に対して与えられるというものではないのである。この理は、本件の場合のように、外国為替及び外国貿易管理法第四十八条、輸出貿易管理令第一条により通商産業大臣の輸出承認を必要とする種類の貨物(同令第一条所定の洋食器)をその承認を得ないで輸出しようと企て、偽装作為を施して右貨物を保税地域に搬入したうえ、承認不要貨物(園芸用品)の輸出に仮装する虚偽の輸出申告を行つたのに対し、税関が錯誤によつて輸出許可を与えた場合であつても、変りはないのであつて、輸出許可はやはり保税地域に搬入された要承認貨物自体に対して一応与えられたものと見ざるをえないのであり、ただ、この場合、右許可は、税関の瑕疵ある行政行為として、その効力の有無が問題とされるにすぎないのである。されば、論旨は、税関の輸出許可は税関の検査に供すべく保税地域に搬入された貨物自体に対して与えられると主張するかぎりでは正当であるといわなければならない。ところで、瑕疵ある行政行為の態様として、無効の行政行為と取り消しうべき行政行為とに分つことは、学説、判例の一般に承認するところである。その区別の標準については、必らずしも見解の一致を見ていないが、いわゆる機能論的見解に従い、当該行政行為につき、これに内在する瑕疵が重要な法令に違反する重大なもので、かつ行政手続による認定判断を俟つまでもなく容易に確定しうる程度に明白であるかどうかを勘案し、その瑕疵が叙上のごとき重大かつ明白なものである場合にかぎり無効であり、しからざる場合には単に取り消しうるにとどまるものと解するのが相当である(昭和三〇年一二月二六日最高裁判所第三小法廷判決、民集九巻一四号二〇七〇頁及び昭和三一年七月一八日同大法廷判決、民集一〇巻七号八九〇頁の各理由中の説明参照)。

ひるがえつて、税関の行う前掲輸出に関する通関手続を観察すると、該手続の中核をなすものは、現実に保税地域に搬入された貨物と輸出申告書に記載された貨物との同一性の有無を確認し、関税法以外の法令による許可、承認、検査、条件の具備等の前提要件を必要とする貨物については、その要件充足の有無を確認することである。税関の輸出許可は、いわゆる覊束的行政行為に属するもので、税関は輸出の必要性の有無を審査する権限を有せず、輸出に関し叙上の確認が得られるかぎり許可することを要するのであり、その確認が得られない場合には許可すべきではないのである。次に、外国為替及び外国貿易管理法第四十八条、輸出貿易管理令第一条が特定種類の貨物等を輸出しようとする者に対し通商産業大臣の承認を受ける義務を課しているのは、国際収支の均衡の維持並びに外国貿易及び国民経済の健全な発展という国家的政策上の要請に基づくものであつて、貿易管理上のきわめて重要な規制である。本件の場合のごとく、税関が被告人らの詐偽的手段に基づく錯誤によつて右の要承認貨物を全く異種の承認不要貨物と認めて輸出許可を与えたことについては、税関側にも充分な貨物検査を行わなかつた落度があつたことは、いうまでもないが、それはともあれ、右輸出許可は前記法的手続、規則に適合しない重大な瑕疵があるものであり、かつ、この瑕疵は証拠上疑を容れる一点の余地もないもので、あえて行政手続による認定判断を俟つまでもなく、きわめて明白であるから、該許可は無効であり、かかる無効な許可に基づいて前記要承認貨物の輸出を完了した被告人らの所為は、関税法第百十一条第一項の無許可輸出罪を構成するものといわなければならない。(なお、かような場合に必要とされる犯意としては、行為者において該貨物が要承認貨物であるにかかわらず承認を受けていないこと及び税関が錯誤によつて輸出許可を与えたことを認識しておれば足りるものと解すべきところ、被告人らがかような認識を有していたことは、原判示事実自体に徴し明らかである。)

原判決が本件において無許可輸出罪の成否に関して論述するところは、叙上の見解と理論の構成を異にするが、結論としては同罪の成立を肯定しているのであつて、結局正当である。論旨は理由がない。

清野弁護人の控訴趣意第一の二について。

論旨は、関税法第百十三条の二の虚偽輸出申告罪及び同法第百十一条第一項の無許可輸出罪の主体たりうる者は、自己のため貨物を輸出する者に限られ、又、外国為替及び外国貿易管理法第七十条第二十一号(第四十八条第一項)の無承認輸出罪の主体たりうる者は、自己のため要承認貨物を輸出する者に限られるから、以上の犯罪は、いずれも身分犯であると解すべきところ、被告大栄株式会社(以下被告会社と称する)及びその専務取締役である被告人深田は叙上の犯罪の主体たりうる身分を有せず、したがつて右身分を有する巽貿易株式会社の代表者である被告人巽の原判示各犯行に加担した被告人深田は、刑法第六十五条第一項により共犯者に擬せられることを免れえないとしても、右身分を有しない被告会社が従業者たる被告人深田の右加担行為につき両罰規定の適用によつて刑責を追求されるいわれはないと主張する。

惟うに身分犯とは、行為の主体が一定の身分―人的関係である特殊の地位又は状態―を有する者であることを構成要件の要素としている犯罪をいうのであつて、行政法規の規定する犯罪類型中にも、かような身分犯のあることについては、疑を容れる余地がない。すなわち、違反に対する刑罰の制裁を伴う法規の命令禁止が、右のごとき特殊の地位又は状態にある者のみに向けられている場合に、その者の右命令禁止に違反する行為は、まさしく身分犯の範疇に属する。しかし、法規の命令禁止が一般人に向けられている場合に身分犯の観念を容れる余地のないことは、いうまでもない。所論虚偽輸出申告罪、無許可輸出罪及び無承認輸出罪の構成要件を定めた規定である前掲各法条の文理並びにその立法の趣旨にかんがみると、右各規定に内在する命令禁止は、たとえば貿易業者というような特殊の地位にある者のみを対象としているのではなく、一般人を対象としているものであることが明らかである。したがつて、何人といえども貨物を輸出しようとする場合には税関に対し虚偽の輸出申告をすることを禁ぜられ、又、何人といえども貨物を輸出するには税関の許可を、その貨物が通商産業大臣の輸出承認を要するものである場合にはその承認をも受けるべきことを要請されているのであつて、所論のように、それらの命令禁止に違反する行為が身分犯に属するものと解すべき根拠は、毫も存在しない。行政法規には、他にも、一般人に対し一定の行為を行政機関の許可、免許等の処分によつて許容するとしている規定及びその処分を受けないでなした行為に対する罰則規定が数多く見られる。もし、所論の論理に従うならば、かような罰則に触れる行為は、すべて身分犯であると解すべきこととなるであろう。

したがつて、被告人深田は、被告人巽らと共謀のうえ犯した前記各罪名に該当する原判示各所為については、刑法第六十条の共同正犯としての罪責を免れることができず、又、原判決が適法に認定するとおり被告人深田と右所為が税関貨物取扱人として貨主のため税関に対し貨物に関する手続の取扱をすることを目的とする被告会社の業務に関して行われたものである以上、被告会社はそれぞれの該当両罰規定の適用による処罰を免れることはできないものといわなければならない。論旨は理由がない。

清野弁護人の控訴趣意第一の三の(1)(2)について。

所論追徴違法説は、叙上の判断において排斥した各主張を論拠とするものであるから、その前提においてすでに失当であり、理由がない。

伊坂弁護人ほか三弁護人の控訴趣意第二点及び清野弁護人の控訴趣意第一の三の(3)について。

論旨は、追徴は、犯罪貨物等を没収しえない場合又は没収しない場合に、その没収に代わる処分であるから、没収の対象である物件の所有者でなかつた者に対してその価額の追徴を命ずることは、追徴制度の本質を無視するものというべく、すなわち犯罪貨物等の没収は、その所有者でない被告人にとつては、ほとんど財産的苦痛を与えられるものでないのに、没収不能を理由にその物件の価格に相当する金額を追徴として科せられることになれば、没収不能という偶然の事情のために、その物件の価額相当の財産的負担を命ぜられる結果となり、没収可能な場合に比し、著しい不利益を科せられることになるのであつて、法はかかる不合理な規定を設けているものとは解しえないから、関税法第百十八条第二項は、没収可能であつたとした場合に、その没収の言渡によつて当該物件の所有権を失うべきであつた「犯人」に限つて追徴を科する趣旨であると解すべきであり、したがつて、原判決がかかる「犯人」でない被告人巽、同深田及び被告会社に対して追徴の言渡をしたのは違法であるというのである。

被告人巽及び同深田は、原判示第二の無許可輸出罪に係る貨物の所有者であつた者ではないが、ともに同罪の共同正犯者であり、被告会社は被告人深田の業務主であつて、両罰規定である関税法第百十七条の適用により処罰を免れえないものである。ところで、論旨は確かに傾聴に値する一面をもつている。しかし、同法第百十八条において犯罪に係る貨物を没収し、又はこれを没収することができない場合に、その没収することができないものの犯罪が行われた時の価格に相当する金額を犯人から追徴する趣旨は、単に犯人の手に不正の利益を留めず、これを剥奪せんとするにすぎないものではなく、むしろ国家が右犯罪に係る貨物又はこれに代るべき価額が犯人の手に存在することを禁止し、もつて密輸出入の取締を厳に励行せんとするに出たものと解すべく、したがつて右犯罪につき共犯者若しくは両罰規定の適用を受けるべき「法人」又は「人」がある場合においては、右趣旨を貫徹しようとするには、追徴すべき価額につき、以上の者の共同連帯の責任において納付せしむべきものと解すべきことは、最高裁判所累次の判例の趣旨とするところであつて、右見解に従うのを相当とする(共犯者等に対する追徴につき、昭和三二年一月三一日第一小法廷判決、刑集一一巻一号四〇五頁、昭和三三年一月三〇日第一小法廷判決、刑集一二巻一号九四頁、同年三月一三日第一小法廷判決、刑集一二巻三号五二七頁、同年四月一五日第三小法廷判決、刑集一二巻五号九一六頁、昭和三五年二月一八日第一小法廷判決、刑集一四巻二号一五三頁、昭和三九年七月一日大法廷判決、刑集一八巻六号二六九頁、同日大法廷判決、刑集一八巻六号二九〇頁参照、最後の判決は追徴が犯罪に対する制裁とその抑圧の手段としての刑罰的性格を有していることを明言している)(両罰規定の適用を受けるべき「法人」又は「人」に対する追徴につき、昭和三三年五月二四日第一小法廷判決、刑集一二巻八号一六一一頁、昭和三四年八月二八日第二小法廷判決、刑集一三巻一〇号二八〇六頁、昭和三八年五月二二日大法廷判決、刑集一七巻四号四五七頁参照)。なお、法人の代表者が違反行為をした場合は、該行為は法人自身の行為と評価されるが、法人の従業者が違反行為をした場合は、法人は監督義務違反の過失責任を負うのであり、しかして法人に対して追徴を科しうるのは前者の場合に限るものと解すべきであるから、被告会社は従業者たる被告人深田の違反行為に関して追徴を科せられるいわれははないとの、清野弁護人の採る両罰規定における法人帰責の本質に基づく二元説は、前叙関税法における追徴の本旨に添わないもので、採用することができない。(ちなみに、刑事事件における第三者所有物の没収手続に関する応急措置法が施行された昭和三十八年八月一日以後において、第三者所有物の没収に代わる追徴を科するについては、右第三者を訴訟手続に参加させることを要せず、当該被告人に弁解、防禦の機会を与えているかぎり適法であつて、昭和三七年一二月一二日の大法廷判決((刑集一六巻一二号一六七二頁))の趣旨に反するものでないことについては、前掲昭和三九年七月一日大法廷両判決殊にこれに示されている入江、横田両裁判官の第三者所有物の没収に代わる追徴の点に関する附加補足意見、同年一〇月三〇日第二小法廷判決、刑集一八巻八号五一七頁参照。)論旨は理由がない。

清野弁護人の控訴趣意第二について。

記録により本件各犯行の罪質、動機、態様、回数被告人深田の年令、性行、境遇、経歴、被告会社の規模、業績、その他諸般の情状を検討考量すると、所論の諸事情を斟酌しても、原判決の被告人深田及び被告会社に対する各量刑を目して重きに失し不当であると認めることはできない。論旨は理由がない。

よつて、刑事訴訟法第三百九十六条により本件各控訴を棄却すべきものとし、主文のとおり判決する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例