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東京高等裁判所 昭和40年(う)2255号 判決 1966年3月10日

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役二年六月に処する。

理由

所論は、原判決は事実を誤認し、且つ法令の適用を誤り判決に影響を及ぼすことの明らかな違法を冒しているといい、先ず、原判決は判示第二の事実として昭和四十年六月四日起訴にかかる公訴事実第一の窃盗の訴因に対し、「被告人は昭和三十九年十月八日午後二時四十分頃宇都宮市峯町二百八十五番地「主婦の店」店舗内において上野勝弘管理のライオンハミガキ一罐(価格約百二十円相当)を窃取しようとして、これを他の買物とは別にワイシヤツの内側に入れて同店から出たところ、被告人の挙動に不審を抱いて、この状況を終始監視していた同店々員大門幹男に指摘されて、その目的を遂げなかつた」旨認定し、これに対し刑法第二百四十三条第二百三十五条を適用し、次に同判示第三の事実として前記公訴事実第二の準強盗の訴因に対し「被告人は昭和四十年五月二十五日午前十一時過頃同市下反町町二百一番地渡辺芳雄方納屋の南側に入れてあつた同人所有の玄米二斗入紙袋(価格合計五千七百五十円)を窃取しようとして、まずその一袋を納屋の北側にさしかけた下屋まで運び、他の一袋に持参した布製シートをかぶせて持ち出し、前記納屋北側下屋を出ようとしたところ、被告人の挙動に不審を抱いて、便所内からこれを終始監視し続けていた渡辺清(当時十八年)からその場で逮捕されそうになつたので、玄米入紙袋をそこにほうり出して、窃盗の目的を遂げず、約六、七米離れた道路上においたおいた被告人の原動機付自転車で逃げようとしたが、追いついた清に自転車を倒されて取り押えられそうになつたため、逮捕を免れる目的で、清の股間部、大腿部等を足で蹴りあげるなどの暴行を加え、その反抗を抑圧しようとしたが、その場にかけつけた鈴木一男や清に捕えられたものである」旨を認定し、同法第二百四十三条第二百三十八条第二百三十六条第一項を適用した上、同法第四十三条本文第六十八条第三号により各所為について未遂減軽をしたが、以上はいずれも窃盗の既遂、準強盗の既遂と認定すべきものを、誤つて各未遂と認定したものであり、その結果法令の適用をも誤つたものであるというのである。

よつて按ずるに、前記公訴事実第一の窃盗の点については、原審において適法に取調べられた証拠及び当審における事実取調の結果によれば、被告人はいわゆるスーパーマーケツトである前記「主婦の店」店舗内で、ハミガキ売場の陳列台より本件ハミガキ一罐を取り、一旦これを同店備付の買物籠の中に入れてその場を離れ、次いで窃取の目的で右ハミガキ罐を自分の着用するセーター(ジヤンパー)のポケツトに入れ、外部から見えないようにかくした上、他の売場からも物品を買物籠に入れ、同店出入口附近の勘定場で買物籠に入れた物品の代金だけを支払い、右ハミガキ罐の代金を支払わないまま同店を出て、店頭に置いてあつた被告人の原動機付自転車に乗りエンヂンをかけて発進し、同店出入口より約十六米も離れた道路上に至つた際、被告人が右ハミガキ罐を買物籠よぬ取り出しセータのポケツトに入れたのを見つけた同店々員大門幹男が被告人を追いかけて来て停車を求め、被告人に「お客さんほかに何か買つたものはないか」と尋ねたところ、被告人は「何もない」と否定したが、右大門から重ねて「ハミガキを買つていないか」と質問したので被告人は「金を払うからかんべんしてくれ」といつたが、大門は被告人に同店事務所まで同行を求め、同所で被告人から右ハミガキ罐の返戻を受けたものであることを認め得るのである。ところで、以上の事実について原判決は、被害物品の所有者である上野勝弘方の店員大門幹男は、被告人の店内における挙動に不審を抱いて、被告人の犯行を終始監視し続けていたのであり、このような所持(管理)の方法は、いわゆるスーパーマーケツトにおいては通例の方法と考えられるし、その間一瞬といえどもその事実上の支配を中断したことはないと認めて差しつかえないという見解を披瀝し、右場合においては被害者の財物に関する事実上の支配は、被告人の事実上の支配と競合して存在しているに過ぎず、未だ被害者の事実上の支配が排斥され被告人の事実上の支配に移されたものとは考えられないとしているのであるが、本件においては右大門が被告人の動静を注視の対象としていなかつたら、被告人が被害物件をセーターのポケツトに入れた時において、既に排他的に事実上の支配を獲得したものとして窃盗罪の既遂と認めて差支ないのであるが、たまたま、本件では右大門の前記認定の如き監視と追跡があつたわけであるところ、被告人が正当に買受けた品物だけの勘定をし、ハミガキ罐の代金の勘定をせず、マーケツトを立出で店頭に置いてあつた原動機付自転車にエンヂンをかけて発進し、約十六米も走つたものである以上、右大門の追跡があろうとなかろうと、少くとも被害者の事実上の支配は既に被告人に排他的に移転しているものと認めて差支えなく、走行中の原動機付自転車に追付いた右大門が前記認定の如き事実関係において被害品の取戻しをしたとしても、被告人の所為を窃盗罪の既遂と認めることの妨げとはならないというべきである。果して然らば、原判示第二の場合につき窃盗罪の既遂の成立を認むべからざるものとした原判決の事実認定、従つて法令の適用は誤つているというべきであるから、この点に関する検察官の所論は理由があるというべきである。

次に、前記公訴事実第二の準強盗の点については、原審において適法に取調べられた証拠及び当審における事実取調の結果によれば、被害者である渡辺芳雄方では一家不在であつたが、長男清が外出先より帰宅し、再び外出すべく一時屋外便所に入つていたところ、偶然便所の扉の破れ目から庭先にいる被告人をみて、馬喰が牛をみに来たものと思つたが、なお、便所の板壁の破れ目から被告人の挙動を窺つているうち、被告人が本件納屋(右便所より北西方約十七米の距離にある)の中に入つたので、様子が変だと思いなおよく見ていたところ、被告人は一旦納屋より外へ出てシートを持つて再び右納屋へ入つたので、右清は漸く被告人を泥棒かなと疑いはじめたのである。一方、被告人は右納屋の奥に置かれてあつた米袋(玄米入り重量約八瓩)を窃取の目的で納屋に入り、先ず最初の一袋を納屋の下屋北西隅の部分に設置されたトタンの囲みの内側に置いた上、一旦納屋から出て被害者方南側の道路上においてあつた原動機付自転車の荷台にあつた布製シートをもつて再び右納屋に入り、二番目の米袋を右シートをかぶせて持ち出し、右原動機付自転車まで運ぶべく納屋北側の出入口から数米出た地点に到つたところを、便所から飛び出した右清が被告人を捕えようとしたので、被告人は逮捕を免れるため右米袋一袋をその場に投げ出して逃げ出し、次いで逮捕を免れる目的で原判示暴行を加えたが、結局右清や鈴木一男らに捕えられたものであることを認め得るのである。而して、以上の事実関係に徴すると、被告人の被害者方における行動は、時間的にもまた場所的にも終始右清の看視の対象となつていたものであつて、被告人が下屋のトタンの囲みの内側に持ち出して一時置いた一袋についても、被害者としては被告人のその行動は具体的には見ていなかつたのではあるが、それは重さ八瓩にも及ぶ相当の重量物であり、一時置かれた場所から運び出せばたちまち被害者の注視の対象となることは二袋目と同様であるという意味からいつて、二袋目と同様未だ完全に被害者の事実上の支配を排除し被告人の事実上の支配内に入つたものとも認められないと解し得るのであるから、原判決がこれらの場合においては、被害者の事実上の支配は排斥されるに至つていないという意味において窃盗は既遂となつていないと判断したことは、事実の誤認とはいい難く、これを是認すべきものといわなければならない。本件現場が純農村地帯であり、被害者方には完全な垣根等の設備はなく、納屋も施錠されておらず、外部から容易に出入りできる状況であることは所論のとおりであるが、このことは右認定をなすことの妨げとはならないというべきであり、以上原判示第三に関しては、原判決には証拠の取捨選択を誤り判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認があるものとは認め得ず、且つ法令の適用を誤つた違法も存在しないといわなければならない。

果して然らば、原判決には以上説明のとおり原判示第二事実につき判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認があるので、量刑不当の論旨について判断をするまでもなく原判決は破棄を免れないものとし、刑事訴訟法第三百九十七条第三百八十二条に則り原判決を破棄した上、同法第四百条但書により当裁判所において更に左のとおり判決をすることとする。≪以下―略≫(久永正勝 井波七郎 宮後誠一)

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