東京高等裁判所 昭和40年(う)2296号 判決
被告人 間宮威赫
〔抄 録〕
被告人が塩ケ崎の路上で伊藤邦[日至]の自動車をとめ、そこから同人を願入寺墓地に連れてゆき、同所で伊藤を後手に縛つたり、両手でその首を締めたり、帰りがけに山門のところで、石塊を包んだハンカチでその後頭部を殴打して、同人に対して加療二週間を要する頭部挫創等の傷害を加えた事実は、原判決も認定するとおり記録上明瞭なところである。
検察官の本件公訴訴因は、被告人は伊藤が当時輸送中の銀行の現金を強奪するためこれを殺害することを計画したが、暴行傷害を加えたにとどまり金員強取の目的を遂げなかつたという、強盗殺人未遂であるのに対して、原判決は被告人は暴行、傷害の犯行をしたに止り、金員強取の犯意を認めることができないとしたため、検察官はこれを事実の認定を誤つたものである、と主張するのである。
まづ、被告人が本件犯行の準備として、犯行の十日程前石岡市内にゆき、赤い布、針、糸、はさみ、マジツクインク、シヤベル、鍬等を講入し、願入寺の墓地に等身大の大きな穴と外にもう一つ小さな穴を堀り、塩ケ崎の路上で伊藤の自動車をとめるときは、茨城県土木部の腕章をつけて道路工事の監督に変装していた事実は、原判決もこれを認定し、証拠上疑いを容れないところである。
原判決は、被告人が右の如く予め墓地に穴を堀つたり、本件犯行において伊藤を後手に縛りその首を締めたのは、伊藤が一緒に使い込みの金を利用しながら、被告人が金を使い込んだことを吹聴したものと思い、伊藤に対する怨みの気持ちから、伊藤を死の不安に陥れ、同時に伊藤の銀行における信用を失墜させる目的によるものである、と認定しているのである。そして、被告人も公判廷ではこれとほぼ同様の趣旨の陳述をし、伊藤の首を締めることと、伊藤に等身大の穴を見せることによつて、同人に畏怖を与えることを意図したと主張するのである。また、帰りがけに山門のところで、被告人が石塊をハンカチで包んだもので伊藤の後頭部を殴打した点について、原判決は、伊藤が被告人の使い込みの事実を吹聴していながら何も言つていないといい、その言動が不信であり、また、伊藤が被告人に「阿久津支店長代理を連れてくるから、そこで待つていろよな」と言い残して帰ろうとしたが被告人は伊藤が果して阿久津を連れてくるかどうか判らない、―或は阿久津以外の者や警察官でも連れてくるかも知れない、という不安の念を生じ、突嗟に石包で伊藤の後頭部を殴つたものである、と認定し、被告人も公判廷において、ほぼ同趣旨の弁解をするのである。
穴を堀り首を締めたのは、伊藤に対する怨みから同人を死の不安に陥し入れ、同人の銀行における信用を失墜するためであり、石で後頭部を殴打したのは、伊藤の不信な態度と、阿久津支店長以外の人や警察官でも連れてくるのではないかという不安の念から突嗟的に行つたものであるというのであるが、右の如き被告人の意図言動としては聊か一貫性をかいて納得し難いものがあることを否定し得ない。原判決もこれを解明する趣旨で、被告人の本件犯行の動機、犯行当時の心境として、被告人が六百五十万円という銀行の金を使い込んでいながら、法的制裁を受けないでいる犯罪者という最も不安定な状態におかれているので、伊藤に報復することによつて法的制裁を受け、それによつて法的制裁を受けないでいる犯罪者という不安定な状態から脱却することができると考えた、と認定しているのである。死の不安に陥れるため穴を堀り、首を締め、伊藤の不信な態度や、警察官を連れてくるかも知れないという不安感から石で頭を殴る行動それ自体に合理性を見出し難いのであるが、そのような不合理な行動の動機として原判決は「法的制裁を受けないでいる犯罪者という不安定な状態からの脱却」という一層合理的判断の難渋な事項を掲げ、それは被告人の「特異な思考形式と、自分に寛大で他人に冷酷な性向を前提とすれば充分にうなづけるところである」と判示するのである。被告人の特異な思考形式というものが、精神障害に基く合理的思考能力の欠缺を意味するものであれば兎も角く、被告人には本件犯行の前後を通じ今日に至るまで、その精神状態には些の異状障害は認められないのであつて、被告人は原審公判審理を通じ、その特異的思考形式を仮装してその犯行の動機、意図、目的について、自家憧着に満ちた詭弁を弄しているとしか認められない。
被告人は等身大の穴については、伊藤を「死の不安に陥れる」ため、と弁解するのであるが、小さな穴についての弁明は理解できないのである。すなわち、この点についての被告人の弁明は、自分は伊藤個人に対する私怨のために本件犯行を行うのであるが、事件が発覚してこの小さな穴が発見されることにより、この小さな穴は強奪した現金入れのトランクを一時埋めるために堀つたものとして、被告人の犯行を金員目当ての犯行と解釈される。これを伊藤が聞けば、被告人は伊藤個人に対する私怨のために暴行傷害を加えたものではなく、金員欲しさに行つた犯行であると解釈し、その後被告人の個人的私怨の意図を知つてもその時期が遅れる、このように、伊藤が被告人の個人的怨恨の意図を知る時期を遅らせるため、金員強奪に結びつくような小さい穴を準備したものである、と極めて不可解な弁解をするのである。右小さい穴は被告人が強奪した現金入れのトランクを一時隠匿するためのものであることは明瞭であつて、その犯意を否定しても右小穴の弁明は不可能なのである。
死の不安に陥し入れるため、また、伊藤の銀行における信用を失墜させるため予め墓地に穴を堀り、首を締めたという弁明それ自体理解し得ないのみならず、その動機について仮に伊藤が被告人の使い込みの事実を吹聴し、その態度に不信があつたとしても、銀行本支店間通行中の伊藤を、道路工事監督に変装して待ち伏せて、往還より二粁も入り込んだ寺の墓地までこれを連行する必要は全く認め難いのである。伊藤邦[日至]の証言によれば、被告人はその間伊藤に対し使い込みを吹聴した廉で、伊藤を難詰した事実は全くなく、それに触れた話題は一つも出ていないのである。同人がその事実を否定したので、その不信な態度を憤り石塊でその頭部を殴打したという弁疎も到底これを措信し得ない。伊藤自身等身大の穴の存在したことに気付かなかつたことも明らかである。被告人は現金輸送車を待ち伏せ、これを願入寺裏の墓地に連行し、現金を強奪することを計画し、輸送車をとめる赤旗の布、変装に必要な腕章を準備し、被害者を殺害する場合に備えて墓地の一隅に等身大の穴と強奪した現金入れのトランクを一時隠匿するために墓の敷石の間に相応の穴を堀つて、犯行の準備を整えたのである。また本件犯行の日時は、官庁の俸給日を翌日に控え、銀行本支店間に確実に現金輸送の為される十二月二十日を選び、現金輸送車を待ち伏せる場所は、その通過の確率の最も多い本件東茨城郡常澄村大字塩ケ崎先とその時間時刻を見計つたものである。
原判決は、被告人が金員強奪の意図があるならば、いくらでもその機会があつた筈なのに、長時間にわたつてどうしてその実行を遷延したか、その事情を納得することができないと判示する、のであるが、被告人と被害者伊藤邦[日至]とは高等学校においては後輩と先輩の関係にあり、銀行においても比較的親しい同僚の間柄にあつたものである。伊藤邦[日至]は被告人が銀行の金を使い込んで九州に逃げてからこの時始めて被告人と会つたのである。伊藤としては被告人が茨城県土木部に臨時就職しているという嘘の話も信用して被告人からその不始末後の銀行間の模様を聞かれ、これを説明したりして被告人のこれからの身の振り方について親身の相談に応じ、この機会に被告人が銀行に出頭して謝罪することを説得したのである。被告人はこの説得に応じたかのように装い、願入寺の離れに仮住いしていると嘘を言い、そこえ寄つて荷物を纒めてくると言葉巧みに伊藤を欺き願入寺裏からその墓地まで、伊藤の自動車を乗り入れたのである。すなわち伊藤が被告人の先輩であり被告人の将来を案じ、そのまま被告人を手離し度くないと考えているのに、被告人は巧に乗じてこれを願入寺に連れ込むことに成功したのであるが、二人のその話し合いの間にそこで、相当の時間を費しているのである。
また、被害者伊藤は被告人に手を縛られ、首を締められてから、被告人が輸送中の現金を目当てにしていることを察知警戒しその場を逸れようとしたが既に自動車を狭い墓地の路に乗り入れてあり、これを素早く墓地の外に出すことが非常に困難であつた上に、被告人は機会毎にこれを妨害した事実も明らかである。さらに被害者伊藤は一回身の危険を感じ、一刻も早く現場から逸れようという気持ちのある反面、被告人を銀行に連れ帰るということで、既に相当の長時間を費してしまつており、このまま被告人を連れないで、自分が一人帰つたのでは、銀行への帰着が遅れた理由を説明することができないので、できたら被告人を連れて帰り度いという気持ちがあつて、強引にも早く帰ろうとはしなかつたことが、この墓地で長時間を費した結果となつたのである。そしてこの間被告人は伊藤の首を締めてその犯行を実行しようとしたが、これは伊藤の抵抗によつてその目的を遂げ得なかつた。また同時に被告人にも伊藤の抵抗を排除して飽くまでその目的を遂げるまでの最後の気力に欠けていたことも否定し得ない。自分の尊敬する先輩であり、親しい間柄の同僚である伊藤にとどめの兇行を為し得なかつたのである。被告人はその時伊藤に対して、「悪かつた、俺は今危うく人を殺すところだつた、やらなくてよかつた、勘弁してくれ」と言つて謝つたというのであるが、最後のとどめをさすことができなかつた当時の被告人の心境として受け取ることができる。
このようにして被告人は伊藤の首を締めることによつて、その犯行の目的を遂げ得なかつたのであるが、被告人は赤旗を作る準備以来積み重ねてきた本件犯行の企画をここで断念することはできなかつたのである。ただしかし、被告人は首を締めることに失敗してから、果して自分に人を殺すだけの勇気があるかどうか親身になつて自分のことを心配してくれている伊藤に手を下してみて、これを殺害するだけの決断力があるのかどうか首鼠逡巡した事実も疑いを容れない。最悪の兇行を決意して、まさに、それを実行しようとした自分に対し、これをさいなめ、懺悔する良心を意識したことは否定し得ない。この時被告人の涙を見て、伊藤も泣いた程であるから、被告人の悔悟は上べだけのものではなかつたかもしれない。伊藤に殴つて貰つたり、那珂川に向つて「馬鹿野郎」と何度も怒鳴つたというのも、あながち擬装ではなかつたようである。このように明らかに矛盾する心理的な葛藤が続いて、原判決が指摘するように、いくらでも決行し得る筈の実行に長時間を費してしまつたのである。最後にハンカチに包んだ石塊をもつて伊藤の後頭部を強打した時は、被害者は瞬時気を喪つているのであるが、その間にその目的を遂げることも不可能であり、原判示の如く計画的な強盗殺人行為としてはあつけない幕切れに終つているのであるが、矢張り伊藤殺害に最後のとどめをさす気力に欠けて、その行動自体も極めて中途半端な尻切りとんぼに終つたものである。要するに、被告人自身意識していると否とに拘らず、その良心との葛藤が最後迄尾を引いて、長時間してなお所期の目的を遂げることができなかつたことに過ぎないのである。被告人の本件犯行の運び方が間伸びしていることをもつて、その強盗殺人の犯意を否定することはできない。
また、原判決は、被告人が強盗殺人の犯意を有していたにしては、被害者伊藤が被告人よりそれに相応する緊迫した危険感を受けなかつた、として被告人の右犯意を否定するのである。しかしながら被害者伊藤は、被告人が墓地に二つの穴を堀つて、強盗殺人の準備をしているという事実は全く知らなかつたのである。「伊藤さんに逃げられると困るから手を縛らせてくれ」と言われて、その手を縛らせたり、「暫く眠つていてくれ」などと言われても「それでは車にある金はどうする」などと問い、被告人が、「おれが貰つてゆく」と言つてもなお、「それでは罪の上塗りをすることになる」などと鷹揚に答える位で、話題が輸送中の現金のことに触れても、まさか、被告人が自分を殺害してまで、これを強奪しようとしているとは夢想もし得なかつたのである。愈々被告人に首を締められても、なお、被告人の涙をみて自分も泣く程に、被告人の犯行の意図を身に迫る危険なものと感じ得なかつたにすぎない。いかにも偶発的な衝動にかられた心にもない発作的犯行であり、しかもそれを直ちに懺悔するもの、と受け取つたのである。殺害という兇行の意図が秘められていることには全く思い至らなかつたまでである。そして先にも指摘したとおり、被害者伊藤としては、この際、被告人を説得して銀行に連れて帰らなければ、途中長時間を空費したことの弁解ができない、という事情も加わつて、当時の被害者の心境は複雑なものであつたのである。被害者が当時強盗殺人の被害者としての緊迫した危険感を持たなかつたのは右のような事情によるものであつて、これをもつて被告人の犯意を否定することはできない。被害者伊藤は最後に石塊で後頭部を強打されて一時気を失い、また、被告人が大小二つの穴を墓地に用意して殺害強奪を企図していた事実を知つて、正に驚愕したのであるが、被告人が公判審理の過程に至つて、このような兇悪犯行の意図目的を否認して、すべてを被害者伊藤個人に対する不信、私的怨恨にあるものの如く、言を構えて摺り変え主張することに、限りない憤懣を抱いている事実は否定し得ない。
原判決は、被告人が捜査官に対して、本件強盗殺人についてその犯意を自供している点について、これは、捜査官の威圧に抗しかねて迎合した結果の産物であるとして、その任意性を否定するのであるが、当審における事実取り調べの結果に徴しても、被告人が捜査官の取り調べをうけるに際して、取調官より強制、誘導にわたる取り調べによつて、その意に反する供述をしたと疑う節は認められない。被告人は検察官に対し、被害者を殺害する方法として、被害者にエーテルをかがせ、数秒で意識を失うところを手で首を締めることも考えたが、そのような薬品が手に入らないためこの方法は諦めたと供述し、なおこのような計画を考えたことは検察官に話すのが初めてであつて、警察の取り調べに当つては述べなかつたと付け加えているのである。これは、被告人が考えただけの殺害方法にすぎないのであつて、警察の取り調べに当つては全く触れていない事実である。検察官の威圧に抗し兼ねて迎合してなされた供述と認めることはできない。
以上、被告人の被害者伊藤邦[日至]に対する暴行傷害行為は、被害者を殺害して金員を強奪する企画に基いてなされたものであるのに、原判決が被告人の右犯意を否定して暴行、傷害罪として処罰したのは事実の認定を誤つたもので、判決に影響をおよぼすことが明らかであるから破棄を免れない。
よつて、検察官の本件控訴を理由ありと認め、刑事訴訟法第三九七条第一項第三八二条により原判決を破棄し、同法第四〇〇条但書により自判する。
(罪となる事実)
被告人は株式会社常陽銀行那珂湊支店に勤務中前後四十数回にわたつて、同銀行の金員合計約六百五十万円を使い込み、関西九州方面に逃晦していたが、実父定吉がその一部を弁償することで示談が成立し、姉富美子等に迎えられて、帰郷し、茨城県勝田市内の姉海老根純子方に起居していたが、昭和三十八年十月上旬、常陽銀行本支店間の現金輸送車を襲い金員を強奪しようと企て、輸送車を途中道路工事の現場監督に変装して停車させるため赤旗用の布、腕章作成用のマジツクインク等を用意し、また、輸送車の運転手を殺害した場合その死体を埋める等身大の穴と、強奪する現金入の箱を一時隠匿するための穴を堀るため唐鍬、シヤベル等を購入し、犯行の日時は官庁俸給日の前日現金輸送の確実に行われる十二月二十日、輸送車待ち伏せの場所を、その通過する可能性の最も強い茨城県常澄村大字塩ケ崎附近の道路と定め、同所より、輸送車を同郡大洗町磯浜町願入寺墓地に誘い込み、同所においてその計画を実行すべく、同墓地内に右鍬、シヤベルを使用して前記二個の穴を堀つて、その犯行の準備を整えた上、右予定の日時、場所において、現金輸送中の右支店預金係伊藤邦[日至]の運転するパブリカ茨五せ二一〇に現金合計二千二百五十二万円在中のトランクボストンバツクを搭載したものを待ち伏せて、言葉巧みに同人を自動車と共に前記願入寺墓地に誘い込み、同日午後二時頃より午後五時頃までの間長時間にわたり、伊藤より使い込みの後始末、謝罪のため銀行に出頭するよう説得されたのを奇貨として、これを承諾した如く装い伊藤が被告人を銀行に連れ帰ることに専念するのに乗じ、言を左右にしながらこれを墓地の間に引きとめて、その犯行実行の機会をうかがい、同僚の誼みもあり警戒することのない伊藤を後手に縛り、「暫く眠つていてくれ」などと申向け、矢庭に両手でその首を締めつけたが、同人に抵抗されるまま、強いて兇行を遂行するに至らず、却つてその犯行の恐ろしさに躊躇し、良心の苛責に堪え兼ねて逡巡しながら、なおその犯行企画を断念することなく、隙を見て石塊をハンカチに包み所持し、愈々伊藤が帰途に着かうとする同寺山門附近において運転台の同人の後頭部を右石塊をもつて強打したが、同人がそのまま逃げ出したため、同人に対し、加療二週間を要する頭部挫創、前頭部擦過傷を加えたに止まり、殺害して現金を強奪する目的を遂げなかつたものである。
(関谷 岡田 小林宣)