大判例

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東京高等裁判所 昭和40年(う)2331号 判決

被告人 内山晴恵

〔抄 録〕

一、控訴趣意第二点について。

論旨は、被告人は本件事故当夜大型貨物自動車を運転し、東進して現場に至つてはいるが、被害者を轢くことなくその上を通過したのに、原判決が被告人は自車の左後輪で、道路上に酔い潰れていた被害者の胸部、腹部及び腰部等を轢過し即死させたと認定したのは事実の誤認であるとし、その根拠として、

(1) 被害者が轢かれたときの体位は仰向けであるのに被告人の現場通過直前の被害者の体位は俯伏せであり通過後の体位も同様であつたから、被告人の運転する自動車が轢いたものではない。

(2) 被害者着用のスエーターに残された車轍痕は被告人の運転する自動車の左後輪タイヤ型模様と近似するが同一印象痕とは認定されていないのに、被告人の通過する少し前に事故現場を反対側に西進した須江紀幸運転の貨物自動車のタイヤ痕は前記スエーター上の車轍痕と同一又は近似しており、その自動車が被害者を轢いた可能性があるので、被告人の自動車が被害者を轢過したと確定できない。

(3) 被害者のズボンに付着していた油が被告人の自動車から採取された油とは異なる。

(4) 被告人の運転する自動車には血痕のような轢いた証跡は発見できない。

(5) 被告人が現場を通つたときの対向車の運転手二塚松夫は現場で「ふまずに通れた」と言つており、その他にも同人や藤沢善一(被告人の自動車の助手)に被告人が轢いたことを否定する供述がある。また、被告人や藤沢善一は轢いたシヨツクはなかつたと供述している。

(6) 当時の被告人の自動車の速度、被害者の身長と横臥していた道路との角度、右自動車の左右車輪間隔、原審検証の結果等から判断して被告人の自動車が被害者を轢かずに通過する可能性が十分にある。

(7) 被告人の自動車の前車輪が被疑者を轢くことなく、しかも自動車が蛇行せずに進んだのであるから、かような場合、その後車輪で、本件被害者が轢かれたような形で、被害者を轢くことは不可能である。

(8) 本件初動捜査が不十分であつたために、前記須江紀幸の運転する自動車を含めて当時現場を通過した他の自動車についての調査が十分でなく、その結果他の自動車がこの被害者を轢いた可能性につき捜査が行なわれていないので、その可能性を否定することができない。

と主張するものである。

しかしながら当審における取調べの結果を参酌して一件記録を検討してみると、

(一) 所論のとおり轢かれた当時の被害者の体位が仰向けであつたと認められることは、被害者着用のスエーターの右肩から胸腹部にあたるところに車轍痕のあること(更に一本が右腕の部分及びズボンに、上記のものとほぼ平行にある。)により明らかであり、被告人が被害者の位置より先で停車しその傍らに近寄つたとき及び被告人の届出により警察官が現場に駈け付けたときにはともに被害者の体位は俯伏せであつたことは明白である。ただし、被告人の自動車が被害者の位置を通過する直前の被害者の体位については被告人、藤沢善一(被告人の自動車の助手)、二塚松夫等の供述があるが、その供述内容は俯伏せ、仰向けの双方があり、いずれにせよ確定的なものではない。被告人が被害者の位置を通過する前には被害者が仰向けであつた可能性は否定されていないし、他方、もし轢過されればその際に体位が反転して仰向けであつたものが俯伏せとなる可能性のあることを示す鑑定書の記載も存する。従つてこの点については被告人の自動車が被害者を轢いたことを否定する材料は何もない。

(二) 被害者着用のスエーターに残された車轍痕は、伸縮する衣類上に印象されて特性をとらえることができないので、被告人の自動車が被害者を轢いたことをこれにより直接証明するには至らないが、同一型と判定されている以上、その可能性を立証するには十分である。所論の須江紀幸の運転していた自動車(被告人の自動車が現場に至る少し前に現場道路を被告人とは対向して西進通過したもの)のタイヤには同一型のものがあつたことは(鑑定書によれば六輪とも異なるとされてはいるが)証言中に現われている。しかしそれは被告人の場合と同じく左後輪(本件事故後にパンクして取り換えられた。)であつて、道路反対側を走行してきた右須江の車が(当時須江は酒気を帯び多少乱暴な運転をしていたが)進路右側に進入してその左後輪で横臥していた被害者を轢いたまま走り去ることは、現場の道幅(舖装部分片側三・七メートル。ただしその外側すなわち被告人の進路左側には幅約一・五メートルの未舖装路肩部分である。)、被害者の位置(被告人の進路前方、道路左半分のほぼ中央に、頭を左側の西寄り、すなわち東進する被告人に近い方、脚を中央線側、東寄りに、斜左右に横臥)、自動車の大きさ(被告人の自動車と同じく六トン車であり、被告人の自動車の車幅は二・四一メートル)から判断しても殆んど考えられないことであり、殊に被害者が身体の上部から下部へ(倒れていた位置で言えば西寄りから東寄りへ)轢過されたと認められるのであるから、不可能にちかいとも言い得る。右須江又は他の自動車の運転手が被害者を轢いてからその位置を動かしたとか、立つていた被害者が別の自動車に揆ねられたとか、被害者が二度轢かれたと疑わせるものも存しない。

(三) 原審記録中の鑑定書には被害者のズボンに付着していた油が被告人の自動車のフライ、ホイルその他から採取した油と異なる旨の記載のあることは所論のとおりであるが、被害者が自動車に轢過された際にその自動車の油が被害者のズボンに付着した可能性を立証する何等の資料のない本件では、被害者が別の自動車に轢かれたことを示すものではなく、従つて被告人の自動車が被害者を轢過したことを否定するものではない。

(四) 被告人の自動車に血痕等の発見されていないことは所論のとおりであるが、現場で発見された血は、被害者が自動車の後輸に轢過されたための内臓破裂により轢過後被害者の口から徐徐に道路上に流出したものと認められ(車轍痕のある被害者の身体の表面に着衣の上から認められるような出血は見当らない。)、もし被告人の自動車に血痕が認められれば、むしろ反対に被害者が他の自動車に轢過された後に被告人の自動車が現場を通り、そのために血が付着したことになるという状況にある。従つて、所論の、被告人の自動車に血痕の発見されない事実はむしろ被告人の自動車が被害者を轢過した可能性のあることを示すものである。

(五) 当時対向車を運転し、西進して現場付近で被告人の自動車とすれ違つた二塚松夫が一旦その付近で停車し、下車して被告人と言葉を交した際「ふまずに通れた」趣旨の発言をしているが、これは被告人に対し、轢いたかどうかを尋ねたものであるし、同人の証言によれば被告人が被害者を轢いたかどうかは見ていないのであるから、その供述するところは、その点に関する原判決の認定を左右し得るものではない。被告人の自動車の助手、藤沢善一には被告人が轢いたことを否定する供述はあるがこれを認めたものもあり、ともに原判決の認定をくつがえすに足りるものはない。

また、被告人や藤沢善一は人を轢いたシヨツクのあつたことを否定する供述もしているが、肯定する供述(藤沢につき昭和三六年一二月二九日付司法警察員に対する供述調書、被告人につき同三七年一月一九日付同調書)もしているので、この問題についても同様である。

(六) 当時の被告人の自動車の速度、被害者の身長(一六〇センチメートル)と横臥していた道路となす角度、自動車の左右車輪間隔、原審検証の結果及び実況見分の結果から判断して被告人の自動車が横臥している被害者を轢かずに通過する可能性のあることは所論のとおりである。しかし、それは同時に轢過する可能性を否定するものではなく、しかも検証及び実況見分の結果は轢過する相当の可能性のあることを示していることもまた明白である。

(七) 被告人の自動車の前車輪が本件被害者を轢くことなく、しかも自動車が蛇行せずに進んだ場合、その後車輪が、本件被害者が轢かれたような形で被害者を轢くようなことは不可能であるとの所論は、記録によると被告人の自動車が当時現場手前(西側)からのカーブを左折し終り直線部分に入つて自車の右側端がほぼ道路中央線(片側舖装部分幅員三・七メートル、車幅二・四一メートル)に位置して走つていたのに対向車(前記二塚の車)が来たため少し左へ寄り、被害者の横臥していた場所を通過してその先の道路左手に停車している(カーブの終り付近から被害者の位置まで、ほぼ二八メートル)。そのようなわけで被告人の自動車は被害者の位置の前後にわたつて常に直進していたわけではない(論旨の蛇行とはどの程度の曲進を意味するかは必ずしも明らかでないが)。しかもその前車輪の左右間隔(内径)は一・四五メートルであるのに対し後車輪(二重車輪)では内径一・一四メートルとかなりの差があるので、内側後車輪は直進している場合でも前輸より内側を走り、曲進する場合は構造上さらにカーブの内側を走る。そのうえ、被害者が被告人の認めるようにその自動車の下部に入つた場合、前輪内側に触れて(前輪には轢かれることなく)身体の位置の動く可能性も否定できないのである。従つて被告人の自動車が本件被害者を轢過した可能性はないとの所論は根拠がないものと言わなければならない。

(八) 本件の初動捜査に不十分な点のあることは否定できないが、被告人の自動車より前に、近接した時間内に、同方向に向け現場を通行した大型自動車については(被害者のスエーターの車轢痕から判断して大型車以外は問題とされない。)群馬県松井田警察署管内において適当に検問が行なわれて、嫌疑をかけるべき自動車は他になかつたことが明らかにされており、同じく反対方向へ西進した自動車については、前記須江紀幸の自動車以外特に嫌疑をかけるようなものがあつたとは記録上窺われない。

以上のように事実誤認の根拠とするところはいずれも相当とは認められないばかりでなく、

(a) 被害者の同伴者、最後の飲食場所(現場の直ぐ北側の飲食店)の関係者等の供述によれば本件事故は被害者が右飲食店を立去つた直後に発生していて、しかも右関係者が事故を知つたときには被告人の自動車は既に現場に到達している。

(b) 届出により駈付けた警察官の言によれば当時被害者の体温は常人と異ならず、脈さえあると思われた程で死亡直後であつたと認められる。

(c) 死体の鑑定書には死斑はうすい藍紫色で背面に軽度に存する旨記載されているので、被害者が死後被告人が現場に至るまで俯伏せのまま(胸腹部に死斑の生ずるような状況で)放置されていたとはとうてい考えられない(現場から病院迄は仰向けに運ばれ、そこで医師が死体を調べている。)。

結局、原判決の認定した事実はその列記する証拠により十分に立証されているのであつて、当審における取調べの結果も右認定を左右するものではないから論旨は理由がないというほかはない。

(新関 大平 伊東)

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