東京高等裁判所 昭和40年(う)2827号 判決
被告人 斉藤元次
〔抄 録〕
論旨は、要するに、原判決が被告人の所為を重過失致死罪に当たるとしたのは事実を誤認し法令の適用を誤つたものだ、というのである。
そこで検討してみるのに、被告人は昭和三九年一二月七日夜酒を飲んで病的酩酊に陥り、自室に寝ていた長男勝(当時二歳)に対して原判示のような暴行を加え、その結果翌日同人を死亡させるに至つたもので、原審における鑑定人加藤伸勝の鑑定の結果を参酌すれば、この暴行当時被告人は刑法にいう心神喪失の状態にあつたものと判断されるのであるが、原判決は、被告人は過度に飲酒するとしばしば病的酩酊に陥り特に家庭内で家人を殴打したり物を投げつけたりするなどの粗暴な行動に及ぶ習癖を有し、かつこの習癖を十分自覚していたのに、当夜過度に飲酒した点で、被告人に重過失致死の刑事責任を認めたのである。ところで、まず第一に、被告人がその子勝に対して右のような暴行を加えるに至つた原因がもつぱら被告人の病的酩酊に陥る素質と当夜の飲酒行為とにあつたことは原判決の挙示する証拠を総合すれば明らかで、一件記録をよく調査してみてもこのことは疑いがない。そこで、問題は、この致死の結果につき被告人に過失責任を認むべきかどうかであるが、原判決の挙示する証拠によると、被告人は以前から酒癖が悪く、酒に酔うと短気粗暴になつて、昭和三六年一一月には酒の上で仕事上の仲間に傷害を与え、昭和三八年八月には同じように酒に酔つて店のウインドウのガラスを割つたことがあるほか、家庭では物を投げてこわしたり妻や子供に対し乱暴を働くことがしばしばで、昭和三九年六月には妻に暴行を加えてそのため九日間入院させたこともあるというのであり、被告人自身も酒癖が悪く、しばしば乱暴な行為に及ぶことは十分自覚していたことが認められるのであつて、一件記録全部を検討してもこの認定に疑いは存しないのである。またその点に審理不尽ないしは理由不備があるともいえない。そして、被告人の言うところによるとその飲酒の適量は清酒三合位だというのであるが、被告人は本件犯行の日の夕方仕事の帰りに五反田附近で清酒約一合を飲み、次いで新宿で清酒約二合を飲んだのち飯場に帰つてさらに隣室の佐々木圭二方で原判示のように清配約五合を飲んだのであるから、佐々木方で酒を飲む際には、これ以上飲むとあるいは酒に酔つたうえで他人に対し乱暴をし、その結果生命、身体に対して危害を加える虞があるということを予見して飲酒を適量に慎むべきであり、またそのように予見することは一般人にとつても被告人自身にとつても十分可能であつたと判断される。ことに、その飲酒した場所の隣室が被告人方の居室で、そこには二人の幼児が寝ており、妻が勤めに出て不在であることは被告人によくわかつていたのであるし、従来も酒に酔うと自宅で乱暴することが特に多かつたというのであるから、飲酒のうえ自室に戻つて子供に乱暴を働くことも容易に予想できることで、その場合にはその生命にも危険を及ぼすおそれがあることは当然考えられるところである。それゆえ、このような状況のもとでさらに約五合の酒を飲み、その結果前記のように幼児を死に致した被告人には、その死の結果につき過失責任が十分認められるといわなければならない。被告人がそれまでに飲酒した場合つねに必ず乱暴をしたわけではないにしても、そのことは右の過失責任を否定するものではない。なお、論旨は原判決がいわゆる「原因において自由な行為」の理論を不当に適用したとしてこれを非難しているようにもみえるが、本件において原判決が刑法第二一一条後段を適用したのは、要するにその事実が右の規定に該当すると解せられるからであつて、なんら罪刑法定主義の原則に反するものでもなく、また被害者を死に致すについて過失があつたとしているのであるから、なんら責任主義に反するところもないのである。
次に、論旨は被告人の過失は重大な過失ではないと主張する。しかしながら、本件の場合、被告人としては少しく注意すれば原判示のような多量の飲酒をすべきでないことは当然わかつたはずであるから、その注意を欠いたことをもつて原判決が重大な過失だとしたのはなんら誤りだとはいえない。論旨の挙げている三条件なるものは、重過失の認められる場合にしばしば存在する事情ではあるが、このいずれかの条件を具えていなければ重大な過失が認められないというものではない。
以上の次第で、この点の論旨はいずれも採用することができない。
(新関 中野 伊東)