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東京高等裁判所 昭和40年(く)19号 判決 1965年3月01日

被告人 山田ふさ

決  定

(被告人氏名略)

右被告人に対する公職選挙法違反被告事件について、東京地方裁判所が昭和四〇年二月二日なした裁判官忌避申立却下決定に対し、弁護人風早八十二、同石野隆春、同坂本福子、同浜口武人より即時抗告の申立があつたので、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件即時抗告申立の理由は、申立人等共同作成名義の即時抗告申立書および同申立理由補充書に記載されたとおりであるが、所論は要するに、

(一)、被告人に対する公職選挙法違反被告事件について、公判裁判所を構成する裁判官宮後誠一は、その第三回公判期日において、被告事件に対する弁護人等の意見陳述を単に事実に対する認否のみにかぎり、通常開陳を許されている当該事件についての考え方、審理についての希望等はすべて冒頭陳述に譲るよう制限したので、弁護人等は一応検察官申請の証人尋問終了まで右意見開陳の機会を待つた。その後裁判官、検察官、弁護人等三者の打ち合せにより冒頭陳述を予定して期日が定められたところ、当該予定日である第五回公判期日にいたつて、同裁判官は、さきの打ち合せに反して弁護人等に冒頭陳述の要旨を述べさせただけで、爾余の冒頭陳述を全く許さないという異例且つ不当な決定をなした。

(二)、よつて弁護人等は同裁判官に対し、その理由の釈明を求めたところ、同裁判官は理由の開示を避けるため検察官の意見を求めた。そもそも裁判官が一旦自らなした冒頭陳述不許の訴訟指揮につき弁護人から釈明を求められて、検察官の意見を聞くが如きは裁判の独立性を忘却するもはなはだしいことであつて、同裁判官はこの段階で憲法の保障する裁判の独立を放棄したものである。

(三)、更にその後、弁護人等は冒頭陳述不許可の訴訟指揮に関連し今後の訴訟進行につき協議のため、休廷を求めたところ同裁判官はこれを無視して検察官に被告人の供述調書の取調請求を促した。これは刑事訴訟法第三〇一条に違反する違法且つ不当な措置である。

以上のような一連の訴訟指揮は、審理の対象を起訴状記載の事実の存否にしぼり、それ以外の弁護人等の事実上の主張及び立証を極力制限しようという同裁判官の予断と偏見のあらわれであり、不公平な裁判をする虞が十分に存するので、弁護人等は同裁判官に対し忌避の申立をなしたところ、東京地方裁判所刑事第一部は右申立を却下したので、これが是正を求めるため即時抗告に及んだ、というのである。

よつて考察するに、一件記録によれば被告人に対する公職選挙法違反被告事件の第二回公判期日において検察官の起訴状朗読が行われ、第三回公判期日において、被告人は被告事件に対する陳述として、公訴事実のうち、松本善明の立候補した事実及び被告人が起訴状添附の別表記載の人達を訪問した事実はこれを認め、訪問の目的が投票依頼にあつた事実はこれを否認し、原子力潜水艦寄港反対の署名を貰いに行つたものである旨を述べ、また訪問先の人達が選挙人であつたかどうかは知らないと述べ、主任弁護人も被告人と同趣旨である旨を陳述し、次いで検察官の冒頭陳述、証拠調の請求、採否の決定、書証の取調が行われたこと、第四回公判期日には検察側請求の書証、証拠物及び証人六名の尋問が行われその後の公判準備期日において検察側証人一名の尋問も行われたこと、第五回公判期日にいたり、まず、公判準備期日における右証人尋問調書が職権で証拠調されたのち、弁護人等において、冒頭陳述をなすべき事項の要旨として、原子力潜水艦寄港反対署名運動のための訪問行為の法的性質、憲法上の訪問の自由、言論の自由の上から見た戸別訪問の解釈、原子力潜水艦寄港の科学的危険性、その政治的、戦略的影響およびその情勢、本件についての捜査当局の態度等につき冒頭陳述をすることを明らかにしたところ同裁判官は弁護人等の冒頭陳述は必要がないと認め許可しない旨決定をし、次いで検察側の立証として被告人の身上調書の証拠調が行われたこと、ここにおいて弁護人は右冒頭陳述不許可の決定に対し証拠調に関する異議の申立をしたところ、同裁判官は検察官の異議は理由がないとの意見を聴いたうえ右異議申立に対する棄却決定をしたこと、よつてこれに対して本件忌避の申立がなされたことが認められ、なるほど第五回公判期日において裁判官宮後誠一が弁護人等に対し冒頭陳述の要旨を陳述せしめた上、爾余の冒頭陳述は許可しない旨の決定をしたことは所論のとおりであるが、仮りに所論のように(一)右冒頭陳述不許可決定が、同裁判官と検察側及び弁護側との打合せにより、弁護人等の冒頭陳述を予定して定められた同公判期日において、右打合せに反して行われたほか、同公判期日における前示訴訟進行の過程において同裁判官が(二)弁護人から右冒頭陳述不許可決定の理由の釈明を求められて検察官の意見を求め、(三)弁護人の休廷要求を容れないでそのまま直ちに検察官に対し被告人の供述調書の取調請求方を促し、(その結果、前示、被告人の身上調書の取調が行われ)た事実があつたとしても、到底これをもつて同裁判官に不公平な裁判をする虞れがあるとすることはできない。蓋し、(一)被告人又は弁護人の行う冒頭陳述は、検察官の行う冒頭陳述が必要的である(刑事訴訟法第二九六条)のと異り、その許否は、裁判官の訴訟指揮権に基く自由な裁量に委ねられている(刑事訴訟規則第一九八条)とともに訴訟手続は動的発展性を有するものであるから、裁判官が訴訟の進展に即応し、被告人又は弁護人の冒頭陳述を許可する必要がないものと認めた場合には、検察官及び弁護人との打合せにより、被告人又は弁護人の冒頭陳述を予定して定めた公判期日においてさきの訴訟指揮方針を変更し、右冒頭陳述を許可しない旨の決定をしても毫も違法ではない。しかも前示公判経過に徴すれば、本件裁判官は弁護人等から、その予定した冒頭陳述の要旨を聴取した上、これに基づいて、爾余の冒頭陳述はこれを聴取する必要がないとの判断の下に、これを許可しない旨の決定をしたものであることが窺われるから、その措置には何等の違法もないばかりかこれをもつて同裁判官に不公平な裁判をする虞れがあるとなすべき限りでもない。(二)また、裁判官が訴訟指揮権を行使し、又は訴訟手続上の裁判をするに当り、当事者の意見を聴取するのは現行刑事訴訟手続の当事者主義的構造によるのであつてこれがため法は個々的且つ一般的に、裁判官が訴訟関係人の陳述又は意見を聴かなければならない場合を定めているのであり、特にこれが、裁判の独立を害するものでないことは、裁判官が公判廷において忌避の申立を受け、又は申立により公判廷において、自らこれに対する決定をする場合(刑事訴訟法第二四条、同規則第三三条第一項)においてすら、裁判官は、訴訟関係人(被告人又は弁護人の申立による場合においては相手方たる検察官)の陳述を聴かなければならないものとしていることに徴しても明らかであつて、既に弁護側の冒頭陳述不許可の決定を告知した後において、当事者(検察官)の意見を聴くが如きは無用の措置であるがこれをもつて、敢て違法の訴訟指揮であるとすることはできないのは勿論、裁判官が裁判の独立性を放棄し、国の行政機関たる検察官に迎合して不公平な裁判をする虞れがあるものということもできない。

(三)更に被告人の供述(自白)調書は、犯罪事実に関する他の証拠が取り調べられた後でなければ、その取調を請求することができないことは刑事訴訟法第三〇一条の明定するところであるが、犯罪事実に関する他の証拠すなわち右被告人の自白を補強する、自白以外の何らかの証拠が取り調べられた以上は、何時でも(被告人側の請求にかかる証拠の取調を終了しないでも)その取調をすることができる(最高裁判所昭和二六年六月一日決定、刑集、五巻一二三二頁)ものと解すべきところ、前示公判経過によれば、第五回公判期日前既に検察側の請求により、公訴事実の罪体に関する人証、書証及び証拠物の取調の行われたことが明らかであるから、本件裁判官が同公判期日において検察官に対し、被告人の供述調書の取調請求を促したとしても、何ら違法ではなく、これをとらえて、不公平な裁判をする虞れがあるとすることの失当であることは言うまでもない。更に右(一)乃至(三)の各事実ありとし、これを一連の訴訟指揮として観察しても、所論のようにこれが同裁判官の予断と偏見とのあらわれであり、同裁判官に不公平な裁判をする虞れがあるとするに由がなく、その他右第五回公判期日における同裁判官の訴訟指揮において不公平な裁判をする虞ありとなすべき事由を発見することはできない。したがつて所論(一)乃至(三)の事実の存否を確定するまでもなく同裁判官に対する忌避の申立は理由がないものと言わなければならない。

よつてこれと同趣旨に出でた原決定は正当であつて、本件即時抗告は理由がないから、刑事訴訟法第四二六条第一項にしたがいこれを棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 小林健治 遠藤吉彦 麻上正信)

<参考 一>

決  定

(被告人氏名略)

右の者に対する当庁昭和三九年特(わ)第四一号公職選挙法違反被告事件について、弁護人石野隆春から右事件の審理を担当する東京地方裁判所裁判官宮後誠一に対する忌避の申立があつたので、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

本件忌避の申立を却下する。

理由

一、本件忌避申立の理由は、請求人の別紙忌避申立理由書および昭和四〇年一月二五日付申述調書記載のとおりであるから、ここにこれらを引用するが、要するに、弁護人は、前記被告事件の第三回公判期日において、宮後誠一裁判官(以下、単に裁判官という。)の訴訟指揮に従い被告事件に対する意見陳述を簡略にし、多くを冒頭陳述の機会に譲ることとした。そして、裁判官、検察官および弁護人三者間の打合せにより、弁護人の冒頭陳述は、昭和三九年一二月一五日の第五回公判期日において午前一〇時から正午までの時間を与えられて行われることと定められた。しかるに、裁判官は、右第五回公判期日において、

(一) 弁護人らが冒頭陳述を始めようとしたところ、これを制止し、陳述すべき要点を先ず告げることを命じ、弁護人らがその要点を陳述したところ、弁護人らが冒頭陳述として述べようとしている内容は政治的なものであるとして、弁護人らの冒頭陳述を許可しないという決定をし、

(二) その結果、弁護人らは、被告人を交えて爾後の訴訟進行に対する態度を協議する必要を認め、裁判官に対し、一〇分間の休廷を求めたところ、この申出を許さず、かえつて検察官に対して、被告人の捜査官に対する供述調書の取調べ請求をすることを促し、

(三) 当日の公判審理時間を、暮で忙しいからという理由で、午前一一時三〇分までに短縮する旨述べ、

(四) 弁護人らの冒頭陳述不許可決定に対する異議申立を、理由を示さず棄却した。

裁判官のこれら一連の訴訟指揮およびそれに伴う言動は、裁判官が本件被告事件につき、予断と偏見をもつている証左であり、不公平な裁判をする虞がある、というのである。(請求人は、右のほかに、本件忌避申立の理由として、裁判官は、冒頭陳述不許可決定に対する異議を棄却したのち行われた請求人の本件忌避申立を、訴訟を遅延させる目的のみでなされたものであるとして簡易却下したが、右簡易却下は、昭和三九年一二月二五日、東京地方裁判所刑事第一六部で取消されたことから明らかなように違法なものであつて、かかる違法な簡易却下を行つたことも、裁判官が予断、偏見をもつていることを示すものである旨主張している如くであるが、当裁判所は、右簡易却下は明らかに本件忌避申立後に生じた事実であるから、本件忌避申立においては、これを主張しえないものと考える。)

二、本件被告事件の記録によれば、

(一) 被告事件の公訴事実の要旨は、昭和三八年一一月二一日に施行された衆議院議員選挙に際し、立候補した松本善明に投票を得させる目的で、同月八日、東京都杉並区和泉町三五三番地鎌田重男外六名方を、戸別訪問した、というにあつて、被告人および弁護人らは、当初より、被告人が、右鎌田重男外六名方を訪問したことはみとめるが、それは選挙の投票依頼を目的とするものではなく、原子力潜水艦寄港反対の署名獲得のためであつた旨争つていたもので、第五回公判までに検察官側の証人等による立証を終え、弁護人側の立証段階に至つたこと。

(二) 第五回公判期日においては、弁護人三名より、それぞれ冒頭陳述として述べようとする要点が述べられ、そのあと、裁判官が、弁護人らの冒頭陳述は必要ないと認め許可しない旨の決定をしたこと、

(三) 検察官より、右決定後被告人の身上調書の取調べが請求され、決定、取調べられたこと、

(四) 次ぎに、弁護人より冒頭陳述不許可決定に対し異議申立がなされ、裁判官が、これを棄却する決定をしたこと、

が明らかである。

三、ところで、訴訟法のみとめる忌避の制度は、具体的な事件または当事者との関係において、特定裁判官に、不公平な裁判をする虞があると疑わしめる客観的合理的理由がある場合に、その裁判官を職務の執行から排除し、裁判所の構成という面から、裁判の公正を担保しようとするものであるから、裁判官の専権に属する法律の解釈、適用および訴訟の進行に応じて発展変化する裁判官の訴訟指揮など個々の訴訟行為についての当事者の不平不満の如きはもとより、たとえ、それらに瑕疵があつたとしても、それは本来、上訴その他の不服申立の制度によつて救済さるべきものであり、原則として、これらの事柄は忌避制度に親しまないものといわなければならない。

しかしなお、例外的に、訴訟指揮などが、その裁量権の範囲を不当に著しくこえてなされたときには、場合により、それが裁判官の事件又は当事者に対する予断偏見に基くものと認められることがありうるのであり、その場合には、これも刑事訴訟法第二一条第一項にいう忌避の理由たる「不公平な裁判をする虞があるとき」に該当するものと解すべきである。

そこで、これを本件についてみると、請求人の主張の中心たる裁判官の冒頭陳述不許可決定に至る経過は前記認定の如くであつて、特に、右不許可決定は、弁護人に、冒頭陳述として述べようとする要点を陳述させ、これをきいたうえで、その要否を判断してなされたものと認められること、弁護人らの証拠申請については、弁護人らが冒頭陳述において主張を予定したという事実の主要部分を含んでいると考えられる立証趣旨(例えば、東京都杉並区内における原子力潜水艦寄港反対運動の経過、新日本婦人会代田橋班の同運動の経過、本件捜査のやり方)などについての証人など四名の証人の採用を、うち三名に対しては、検察官の必要意見にも拘らず決定していること、第四回公判までにおける訴訟指揮権の行使などに、特別当否を疑わせるものが見うけられないこと、などから判断するなら、(本件の如き争点を有する事件において、弁護人らの冒頭陳述を全面的に不許可としたことについては、その当否に議論の余地がない訳ではないが、)結局、裁判官の専権たる訴訟指揮権が、同じく専権に属する法律の解釈に基ずき、行使されているものというべく、その裁量の範囲を不当に著しく逸脱したものとまでは認められないし、そこに裁判官の事件に対する予断や偏見をうかがうことはできない。そして、その余の申立理由についても、仮にそれらが、請求人主張のとおりであるとしても、それらは、前記冒頭陳述不許可決定に関連して派生したものであつて、例えば、休廷の申出に応じるかどうかの如きは、全く裁判官の訴訟指揮の範囲に属するものであるし、発言したとされる裁判官の個々の言辞のうちには、見方によつて、やや表現に穏当を欠くきらいがあるものもみうけられないではないが、いずれにせよ、それらによつて、裁判官の予断や偏見をうかがわせるものとまでいうことはできず、結局、請求人の本件忌避申立の原因として掲げる各事由をもつてしては、裁判官が被告事件又は被告人に対し、予断、偏見をいだいていて、不公平な裁判をする虞があるものとまで認めることはできない。従つて、本件忌避の申立は、その理由がないから却下さるべきものである。

よつて、主文のとおり決定する。

昭和四〇年二月二日

東京地方裁判所刑事第一部

(裁判官 外池泰治 太田浩 堀内信明)

<参考 二>

決  定

(被告人氏名略)

右の者に対する公職選挙法違反被告事件につき、昭和三九年一二月一五日弁護人石野隆春より東京地方裁判所裁判官宮後誠一に対しなされた忌避の申立につき、同日同裁判官のなした簡易却下決定に対し、弁護人風早八十二、同石野隆春、同浜口武人、同坂本福子から適法な準抗告の申立があつたので当裁判所は次のとおり決定する。

主文

原決定はこれを取消す。

理由

一、本件準抗告の申立の趣旨は主文のとおりであり、その理由は本件準抗告申立書中の「準抗告の理由」欄に記載のとおりであるのでここにこれを引用する。

二、当裁判所の判断

(一) 事件公訴事実の要旨は、被告人は昭和三八年一一月二一日施行の衆議院議員総選挙に際し、東京都第四区から立候補した松本善明に投票を得しめる目的をもつて、同月八日同選挙区の選挙人である東京都杉並区和泉町三五三番地鎌田重男外六名を戸々に訪問し、右候補者のための投票を依頼し、もつて戸別訪問をしたものであるというにある。

(二) 本件公判記録によると、昭和三九年一二月一五日第五回公判期日に、弁護人らは、先ず冒頭陳述の要点として、風早八十二弁護人は「被告人の本件行為、即ち原子力潜水艦寄港反対署名運動のための訪問行為の法的性質(陳述書、準抗告申立書によれば被告人は原子力潜水艦寄港反対署名の蒐集に歩いたのであつて本件行為の正当性を証拠によつて明らかにするとの趣旨も包含しているものと認められる。)公職選挙法上の憲法問題、即ち憲法上の訪問の自由、言論の自由の上からみた戸別訪問の解釈問題(陳述書、準抗告申立書によれば、被告人が何故原子力潜水艦寄港反対の訴えに歩かねばならなかつたか、この種政治的な問題についてマスコミが真実を伝える機能を失つている具体的事実、戸別訪問罪規定の違憲性を具体的に明らかにする事実等について証拠をもつて事実を明らかにするとの趣旨であると認められる)」について、石野弁護人は「原子力潜水艦寄港についての科学的危険性、その政治的戦略的などの影響およびその情勢」について、坂本弁護人は「本件についての捜査当局の態度(陳述書、準抗告申立書によれば、被告人の逮捕時及び取調時の不当性ならびに警察や検察の権力の行使に不公正な事実の存することについて証拠をもつて事実を明らかにするとの趣旨も包含しているものと認められる)」についてそれぞれ発言したところ、原裁判官は、右弁護人らの冒頭陳述は必要がないと認め許可しない旨決定した。この冒頭陳述不許可決定に対し石野弁護人より刑事訴訟規則第一九八条の趣旨に照し相当でない旨異議の申立をしたところ、同裁判官は右異議の申立を棄却した。これに対し石野弁護人は同裁判官のこれまでの訴訟指揮と右の異議申立棄却決定からみて同裁判官には不公平な裁判をする虞れがあるとして忌避の申立をなした。しかるところ原裁判官は右忌避の申立が訴訟を遅延させる目的のみでなされたことの明らかなものと認めて却下決定をしたことが認められる。

(三) そこで石野弁護人の右忌避の申立に対し、原裁判官が訴訟を遅延させる目的のみでなされたことの明らかな忌避申立と認めて却下した決定の当否について考える。

(イ) 本件忌避の申立は、前記(二)記載の冒頭陳述不許可決定並びにそれに対する異議棄却決定の直後に行なわれたことからして、その主たる理由は原裁判官が弁護人らに冒頭陳述をなすことを許可しなかつた訴訟指揮からみて同裁判官が不公平な裁判をする虞があるとする点に存すると考えられる。

(ロ) 刑事訴訟規則第一九八条第一項において、被告人又は弁護人にも冒頭陳述を行う機会を与えようとした趣旨は、刑事訴訟における対立当事者構造の下において、弁護側にも諸般の事実を積極的にあるいは消極的に構成し且つ主張することを認め、証拠によつて立証する主題たらしめることによつて事件の争点を明確にし、事案の真相を究明する効果的方策たらしめようとしたものであるといわねばならない。

(ハ) しかして記録上、公判手続冒頭における被告人並びに弁護人の被告事件についての陳述及び検察官の請求にかかる証人に対する反対尋問の内容等からすると、本件における弁護人らの冒頭陳述のポイントは究極的には、本件において訴因となつている戸別訪問行為は選挙の為のものではなく、原子力潜水艦寄港反対の署名蒐集運動の一環として行われたものにして正当な行為であるというにあることが、窺われるのであるが、前述の如く、刑事訴訟規則が被告人又は弁護人にも冒頭陳述を認めている(裁判所の許可を要するが)趣旨より考察すると、弁護人らが本件における冒頭の意見陳述あるいは検察官の立証段階において散見せる弁護人らの反対構想事実を、検察官の立証段階が一応終了したと認められる第五回公判期日において一つの証明対象主題として集中的に掲起しようとしたと認められるところ、原裁判官は弁護人らの冒頭陳述に先立ち、先ずその要点を陳述させたのち、弁護人らの冒頭陳述は全てこれを許可しない旨の決定をしたのであるが、その陳述された要点から考えて弁護人らの行おうとした冒頭陳述が全て許されるものであつたか否かについては、弁護人の冒頭陳述を全て許可しなかつた決定の当否と共に当裁判所の判断の外に置くとして、同裁判官のなした不許可決定に対し、石野弁護人より異議申立が行われそれが棄却された後、直ちに忌避申立がなされた本件においては、前記(三)の(ロ)並びに本項前述の如き事情に鑑みれば、弁護人らが前記(二)記載の如き原裁判官の訴訟指揮をもつて不公平な裁判をする虞れがあるとしてなした忌避の申立は、それが理由があるものであるか否かは別論として、直ちに、訴訟を遅延せしめる目的のみをもつてなされたものとは断じ得ないと考える。

(四) してみれば弁護人の忌避申立を訴訟を遅延させる目的のみでなされたことが明らかなものと認めて却下した原決定は失当であるので刑事訴訟法第四二九条第一項第一号、第四三二条、第四二六条第二項前段により原決定を取消すのが相当である。

よつて主文のとおり決定する。

昭和三九年一二月二五日

(裁判官 山岸薫一 長崎裕次 竹沢一格)

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