東京高等裁判所 昭和40年(ネ)1224号 判決 1967年12月19日
控訴人 森宮満起 外一名
被控訴人 佐藤文枝 外一名
代理人 西村史郎
補助参加人 国
代理人 朝山崇 外三名
主文
本件各控訴を棄却する。
原判決中被控訴人らの共有物分割請求を却下した部分を取消し、本件中右請求部分を東京地方裁判所に差戻す。
その余の附帯控訴を棄却する。
訴訟費用は共有物分割請求に関する部分を除き本訴および反訴につき第一、二審を通じてこれを四分し、その一を被控訴人らの負担とし、その余を控訴人らの負担とする。
事 実<省略>
理由
第一、本訴についての判断
一、本案前の抗弁について
控訴人らは、被控訴人森宮茂雄が昭和三八年五月一五日弁護士西村史郎に訴訟委任をした当時、同人は心神喪失の状況にあつたと主張し、同弁護士の代理権を争うところ、右の事実を認めるに足る証拠はなく、かえつて、(証拠省略)を総合すると、右茂雄は当時意思能力を有していたことが認められる。よつて、右の本案前の抗弁は理由がない。
二、本案について
別紙物件目録記載の土地、建物(以下本件不動産という。)がもと訴外亡森宮茂吉の所有であつたこと、控訴人森宮満起は茂吉の妻、被控訴人森宮茂雄、控訴人森宮隆は茂吉の嫡出子で、その相続人であること、本件不動産につき被控訴人ら主張のとおり被控訴人らおよび控訴人らの持分を四分の一とする所有権移転登記がなされていることは当事者間に争いがない。
(一) 被控訴人らは、本件不動産については、亡茂吉の遺贈により被控訴人らおよび控訴人らの四名が各持分四分の一の所有権を取得したと主張するところ、昭和三七年一〇月五日(証拠省略)立会のうえ、東京法務局所属公証人佐藤佐一郎により、亡茂吉が本件不動産を被控訴人らおよび控訴人らの四名に均等の割合をもつて遺贈する旨の遺言公正証書が作成されたことおよび右茂吉が昭和三八年二月一一日死亡したことについては当事者間に争いがなく、(証拠省略)によれば、右の遺言公正証書は、その記載上は民法第九六九条に定める要件を具備するものであることが認められるが、控訴人らは右遺言は、遺言者が遺言の趣旨を口授することなく作成されたものであるとしてその効力を争うので、この点につき判断する。
(証拠省略)ならびに原審における被控訴人佐藤文枝の尋問の結果を総合すると次の事実が認められる。
亡茂吉は、昭和三、四年頃からその妻子である控訴人らと別居して、被控訴人文枝と同棲し、同人とともに同人名義の待合、金融業を営んでこれと生計を共にし、昭和二九年頃本件不動産を取得したものであるが、昭和三七年六月頃に至り動脈硬化症等により病臥するようになつた。そこで、茂吉は自分の死後いわゆる妾である被控訴人文枝と妻子との間に財産上の紛争が生ずることを虞れ、文枝と相談した結果、その主たる財産である本件不動産(茂吉は他に同人名義の不動産を所有していなかつたことがうかがわれる。)は被控訴人らおよび控訴人らの四名に均等に分け与えるものとし、その旨を公正証書によつて遺言することとなり、文枝に東京法務局所属公証人佐藤佐一郎に遺言公正証書作成方を嘱託させた。文枝は同年一〇月三日頃本件不動産の権利証を持参して同公証人役場に赴き、遺言の内容を告げて公正証書の作成を嘱託したところ、同公証人は文枝から聴取した遺言の内容を筆記したうえ、同月五日茂吉方に赴き、茂吉本人および立会証人佐藤進、猪瀬文雄両名の面前で同人らに既に公正証書用紙に清書してある右遺言の内容を読み聞かせたところ、茂吉は、「この土地と家は皆の者に分けてやりたかつた」という趣旨を述べ、右の書面に自ら署名、押印し、「これでよかつたね」と述べた。かくして、右書面を原本として、本件遺言正公証書は作成されたものである。以上の認定を覆すに足る証拠はない。
右の事実によれば、本件遺言公正証書の作成に当つては、まず遺言者である茂吉が遺言の趣旨を公証人に口授したものではないが、前記(証拠省略)により認められるように本件公正証書に記載された遺言の趣旨は、本件不動産を被控訴人らおよび控訴人らの「四名にいずれも均等の割合で遺贈する」旨および遺言執行者として訴外佐藤進を指定する旨のきわめて簡単なものであつて、茂吉の前記発言は右記載の遺贈の趣旨と一致する(前認定の事実によれば同人の述べた「この土地と家」とは本件不動産を、「皆の者」とはこの場合被控訴人文枝および同茂雄、控訴人満起、同隆を指すものであることが明らかであり、分けてやるとは、均等に遺贈する趣旨であることが推認できる。)のであつて、公正証書による遺言の方式として遺言者の口授と公証人によるその筆記および読み聞かせとが民法第九六九条の定める順序と前後する結果となつたが、遺言者の口述と公証人の筆記とがその趣旨において一致し、遺言者が筆記の正確であることを承認して署名、押印したことが認められる以上、右の遺言は右法条の定める方式を履践したものとして、これを有効と認めるのが相当である。
次に、控訴人らは、茂吉は当時意思能力を欠いていたと主張するが、これを認めるに足る証拠はなく、かえつて、前記(証拠省略)によれば、茂吉は当時その精神状態において格別異状がなかつたことが認められる。また、控訴人らは、本件遺言がなされる際に受遺者である文枝が立会つていたから無効であると主張するが、本件遺言の証人として立会つたのは、訴外佐藤進、同猪瀬文雄であつて、文枝ではないこと前記のとおりであつて、受遺者たる文枝が遺言公正証書の作成される場に居合わせたとしても、遺言の効力には影響はない。さらに、控訴人らは、本件遺贈は控訴人らの遺留分を侵害すると主張するが、これを認めるに足る証拠はない。よつて、本件遺言を無効とする控訴人らの主張は採用しない。
(二) 以上のとおりであるから、本件不動産につき被控訴人らは控訴人らとともに亡茂吉の遺贈により持分各四分の一の所有権を取得したものというべきところ、被控訴人らは、控訴人らが昭和三八年三月一五日付書面をもつて右の遺贈または持分権を放棄する旨の意思表示をした旨主張する。(証拠省略)(控訴人らから訴外佐藤進に対する通告書)によれば「民法第九八六条により、通告人らは右遺贈を承認する意思なきこと(遺贈の放棄)を執行者たる被通告人に通告する」。旨の記載があり、一見控訴人らが前記遺贈を放棄する意思を表示したものの如くであるが、前記認定の事実に(証拠省略)を総合すると、控訴人らと被控訴人らとは、茂吉の死亡後前記遺言の存在が明らかになつてから茂吉の遺産を廻り対立、抗争の状態を生じたものであつて、右の書面から文字どおり控訴人らだけが遺贈を放棄し、被控訴人らに対する遺贈はこれを認める意思を有していたものを認めることは、当時の実情からみて困難であり、むしろ右通告書の趣旨はそれに記載されているように右遺言の効力すなわち遺贈を承認することを全面的に拒否し、被控訴人文枝の権利取得を争う趣旨であつたものと解され、法律に半可通の控訴人隆または同満起が誤つた法律用語を用いたものに過ぎないと認められ、他に被控訴人の前記主張を認めるに足る証拠はない。よつて、被控訴人らが本件不動産につき前記持分に加えてさらに持分または相続分を取得したとする被控訴人らの主張は採用しがたく、右の主張を前提として持分の移転登記手続を求める被控訴人らの請求はいずれも理由がない。
(三) 次に被控訴人らの本件不動産の分割請求について判断する。被控訴人らおよび控訴人らは、本件不動産である別紙目録(一)記載の土地および同(二)記載の建物につき遺言によりそれぞれ持分各四分の一の所有権を取得したものであることは前認定のとおりであり、その所有関係は、共有と認められる。したがつて、右の共有者である被控訴人らは控訴人らに対して共有物たる右土地、建物の分割を請求することができるものであるところ、当事者間に分割の協議が調わないことは弁論の全趣旨により認められるから、右共有持分に基いて控訴人らに対し本件不動産の分割を求める被控訴人らの請求は適法というべきである。
(四) 以上のとおりであるから被控訴人らの請求は、本件不動産につき被控訴人らが各四分の一の共有持分権を有することの確認を求めるかぎりにおいて理由があり、共有物分割の請求はその分割方法につきさらに第一審裁判所において審理判断されるべきものであり、その余の請求は失当として棄却されるべきものと認められる。
第二、反訴についての判断
控訴人らは、被控訴人らに対し本件不動産につき控訴人らのためになされた各持分四分の一の所有権移転登記の抹消登記手続を求め、その理由として前記公正証書による遺言が無効であることを主張するが、右の遺言が有効であり、被控訴人らが遺贈により本件不動産につき各自四分の一の持分権を取得したものであることは前認定のとおりであつて、右の登記は実体関係に符合する有効なものというべきであるから控訴人らの右の反訴請求は理由がない。
第三、結論
以上のとおりであるから、原判決中本件不動産につき被控訴人らが各自四分の一の持分権を有することの確認を求める被控訴人らの請求を認容し、被控訴人らのその余の請求および控訴人らの反訴請求を棄却した部分は結局相当に帰するが、本件不動産の分割請求を不適法として却下した部分は失当というべきであるから、原判決中の右の部分はこれを取消し、民事訴訟法第三八八条に基き同請求部分を第一審裁判所たる東京地方被裁判所に差戻すものとし、控訴人らの本件控訴および控訴人らのその余の附帯控訴は理由がないからこれを棄却するものとし、訴訟費用につき民事訴訟法第九六条、第八九条、第九二条、第九三条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 西川美数 上野宏 外山四郎)
物件目録(省略)