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東京高等裁判所 昭和40年(ネ)1230号 判決

弁護士法第二五条第二号において、弁護士は相手方の協議を受けた事件でその協議の程度及び方法が信頼関係に基くと認められるものについてはその職務を行つてはならないと規定している趣旨は、弁護士の品位保持と当事者の保護にあることは明らかであるから、これに違反してなされた弁護士の訴訟行為は受権資格のない者のした行為として原則として無効であり、ただ、相手方たる当事者が弁護士に前記禁止規定違反のあることを知り又は知り得べかりしにかかわらず適当な機会に異議を述べることなく訴訟手続を通行させ、その結果として右の無効を主張し得なくなつた場合には、当該弁護士の訴訟行為はここに完全な効力を生ずるに至るものと解するのが相当である。

本件の場合、弁護士「○○○」は、被控訴人の委任を受けた訴訟代理人として、昭和三九年二月五日付をもつて控訴人らを相手取り、原判決事実摘示記載の本件土地につき控訴人らの先代亡深瀬小重郎との間の売買を理由にその所有権移転登記手続を求める本訴を提起したが、同弁護士の訴訟行為に対し、控訴人らにおいて原審口頭弁論の冒頭から弁護士法第二五条二号違反を理由に異議を述べていることは記録上明白である。

よつて、右弁護士法違反の事実の有無について検討するに、同弁護士が、亡深瀬小重郎の遺産の分割をめぐる相続人(控訴人ら及び深瀬正康)間の紛争に関し、控訴人らの委任を受け、その代理人として、昭和三四年夏頃から同三七年七月三一日の調停成立までの間、横浜家庭裁判所川崎支部における深瀬正康を相手方とする遺産分割請求の審判事件及び調停事件に関与したこと並びに本件土地はもと亡小重郎の所有であつたが、昭和三八年一二月二四日受付をもつて控訴人ら六名のため相続による所有権移転登記がなされていることについては争いがない。右事実によれば、同弁護士は、右委任事務処理上、本件土地を含む小重郎の遺産の全般について、控訴人らの信頼のもとに協議を受けていたものと推認されるが、更に、成立に争いのない乙第一号証、原審証人深瀬正康(二回)、当審証人三枝路子の各証言、控訴人深瀬武夫の原審および当審における本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を綜合すれば、前記遺産分割請求の審判事件及び調停事件の進行の過程において、本件土地は小重郎の生前既に被控訴人に売却されており、いずれは被控訴人のために所有権移転登記をしなければならないものであるとのことが相続人ら関係者一同の間で一応既定の事実として取扱われていたのであつて、従つて控訴人らとしては、直ちに被控訴人への移転登記をすることにより本件土地を遺産分割の対象から除外してはどうかとする考えもあつたが、同弁護士において、控訴人らに対し、本件土地について小重郎の相続人が被控訴人のため立替え納付している固定資産税を被控訴人から支払つて貰う便宜もあるから控訴人らの相続分に入れておいた方がよい旨指示したので、控訴人らは右指示に従つて本件土地を控訴人らの相続分とする調停に同意したものであつたこと、右調停で亡小重郎の遺産として分割された不動産中には、本件土地のほかにも、同様に、小重郎の生前他に売却されていて登記が未了となつている旨相続人一同の承認していた土地があり、同弁護士はその委任事務処理上この事情を知得したものであること、同弁護士の遺産分割に関する委任事務の処理は、昭和三七年七月三一日の右調停成立をもつて終了したのであるが、控訴人らは、本件土地について被控訴人のために所有権移転登記をしなければならないとしても、どのような書類で契約されているのか確かめ度いと思い、昭和三八年夏頃、控訴人深瀬武夫において、従来のつながりから同弁護士に対して、被控訴人から売買書類を取寄せて貰い度い旨依頼し、よつて同弁護士はこれを取寄せてその写を同控訴人に交付したのであるが、契約書の売主名義が関係のない控訴人深瀬清となつている点等に不審を抱いた控訴人らは、以後、被控訴人の登記請求にはたやすく応じまいとする態度をとるに至つたことが認められ、右認定を覆すに足る証拠はない(なお、控訴人らは、本件土地の売買についての調査を同弁護士に依頼した旨主張するが、これに副う控訴人深瀬武夫の当審における本人尋問の結果一部は採用し難く、他に右主張を認めるに足る証拠はない)。

以上認定の事実関係によれば、同弁護士は、直接には控訴人らと深瀬正康との間の遺産分割事件の委任事務処理に資するものとしてであつたとはいえ、本件土地について、被控訴人との間の売買の事実及びこれに対する後日の処理方針に関し、控訴人らの協議を受けたものであり、その協議の程度及び方法は内情を明かして委ねるという信頼関係に基くと認められるものであり、前記のように他にも未登記売買土地が存するという事実は、本件土地の売買についてその存否等が被控訴人との間で争いとなつたときに、控訴人らの内情に属する不利益な情況事実となり得るものと解され(現に同弁護士が本件訴訟で被控訴人の代理人として作成した昭和三九年五月二〇日付準備書面には右の未登記売買の事実が記述されていることは記録上明らかである)、また、控訴人らが被控訴人からの売買書類の取寄せ方を同弁護士に依頼したのも、従前同弁護士に寄せた信頼関係に依頼してのことであつて、このことは同弁護士の当然知り得たところというべきである。

従つて同弁護士が控訴人らと利害相反する被控訴人から本件訴訟の委任を受ける行為は、弁護士法第二五条二号に違反するものと解され、同弁護士が被控訴人の代理人としてなした本訴提起行為は無効であつて、その瑕疵は控訴人らが前記のように異議を述べている以上補正することができない。

(岸上 小野沢 田中)

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