東京高等裁判所 昭和40年(ネ)1656号 判決 1971年11月25日
(昭和四〇年(ネ)第一、六五六号事件控訴人)
(同年(ネ)第一、六六二号事件被控訴人)
第一審原告
合資会社信洋社
(昭和四〇年(ネ)第一、六六二号事件控訴人)
第一審被告
岩瀬幸
(昭和四〇年(ネ)第一、六五六号事件被控訴人)
第一審被告
青山英夫
右両名代理人
菊地政
増沢照久
主文
一、(一)原判決中第一審被告岩瀬幸に関する部分を取り消す。
(二) 第一審被告岩瀬幸は第一審原告に対し金一九七万一、八五九円ならびに内金三八万〇、九五一円に対する昭和三七年一月一日から、内金四八万七、〇〇五円に対する昭和三八年一月一日から、内金五六万六、一〇〇円に対する昭和三九年一月一日からおよび内金五三万七、八〇三円に対する同年一〇月一日から、各支払いずみにいたるまで年五分の割合による金員を支払え。
(三) 第一審原告の第一審被告岩瀬に対するその余の請求を棄却する。
二、第一審原告の第一審被告青山英夫に対する控訴を棄却する。
三、訴訟費用中、第一審原告と第一審被告岩瀬幸との間に生じた分は、第一、二審を通じてこれを二分し、その一を第一審原告、その余を第一審被告岩瀬幸の負担とし、第一審原告と第一審被告青山英夫との間に生じた控訴費用は、第一審原告の負担とする。
四、この判決は、第一審原告の第一審被告岩瀬幸に対する控訴の部分にかぎり、仮に執行することができる。
事実
第一、申立
一、昭和四〇年第一、六五六号事件、
(一) 第一審原告
原判決中第一審被告青山英夫に関する部分を取り消す。第一審被告青山英夫は第一審原告に対し金一九七万一、八七六円ならびに内金三八万〇、九六八円に対する昭和三七年一月一日から、内金四八万七、〇〇五円に対する昭和三八年一月一日から、内金五六万六、一〇〇円に対する昭和三九年一月一日からおよび内金五三万七、八〇三円に対する同年一〇月一日から、各支払いずみにいたるまで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は第一、二審とも第一審被告青山英夫の負担とする。
この判決は仮に執行することができる。
(二) 第一審被告青山英夫代理人
本件控訴を棄却する。
二、昭和四〇年第一、六六二号事件
(一) 第一審被告岩瀬幸代理人
原判決中第一審被告岩瀬幸敗訴の部分を取り消す。
第一審原告の請求を棄却する。
訟費用は第一、二審とも第一審原告の負担とする。
(二) 第一審原告
本件控訴を棄却する。
第二、主張
当事者双方の事実上および法律上の主張は、次のとおり付加、補正するほか、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する(ただし、原判決四枚目―記録二〇丁―裏一〇行目の「最抵」とあるのを「最低」と、原判決七枚目―記録二三丁―裏六行目の「訴外会社」とあるのを「訴外会社は」と、同裏九行目の「然らずも」とあるのを「然らずとするも」と改める。)。
一、第一審原告は、次のとおり述べた。
(一) 第一審原告が丸福興業株式会社から本件建物の占有による賃料相当の損害金債権および本件建物の転売利益の喪失による損害金債権の譲渡を受けたのは、昭和三九年八月頃である。
(二) 第一審被告岩瀬はなんら財産を所有していないのに反し、第一審被告青山は実業家として重きをなしており、資産も有し、かつて紙類卸売業を経営していた際、第一審被告岩瀬を支配人として使用していたこともあり、東邦工業株式会社(以下訴外会社と略称する)の経営に関し、両者が相謀つて、事業の失敗により生ずるべき債務について第一審被告青山にその責任が及ばないように工作をしたことが認められる。そして、第一審被告青山は、かりに訴外会社の専務取締役でないとしても、いやしくも取締役である以上、取締役会を通じて企業経営の基本方針を決定し代表取締役の行為を監督する地位にあり、代表取締役に対して業務に関する事項の報告を求めうべく取締役会は代表取締役に対して帳簿類の提出を命じうるのであり、このようにして、代表取締役らに法令違反があつた場合には、これを阻止しもつて会社の利益を計り第三者に損害の生ずることを防止することがむしろ平取締役に課せられた義務でさえある。しかるに、第一審被告青山は、会社の業務の遂行につきそのすべてを第一審被告岩瀬に任せ、同人の法令違反の行為すなわち第一審原告所有の建物の不法占拠の事実を知り、かつ第一審原告から右不法占拠につき困惑している旨の通知を再三受けながら、第一審被告岩瀬の行為を看過していたのであるから、第一審原告に対して商法二六六条の三の規定による損害賠償の責を免れない。
二、第一審被告ら代理人は、次のとり述べた。
(一) 第一審被告岩瀬は、訴外会社が第一審原告らの競落した本件建物につき第一審原告らに対抗しうる賃借権を有するものと信じていた。すなわち、訴外会社が本件建物につき賃借権を取得したのは第一審原告の本件建物の競落の基本となつた抵当権の設定登記が経由された後であつたが、右賃貸借契約は期間の定めがなく建物の引渡しも受けたから、民法六〇二条所定の短期賃貸借にあたり、したがつて、訴外会社は第一審原告らに対して本件建物の賃借権を対抗しえたものであり、また、本件建物に対する競売開始決定による差押の効力は民訴法六四四条三項の規定の類推解釈により物件所有者たる第一審被告岩瀬に競売開始決定が送達された昭和三二年九月二七日に生ずるから、これに先立つ同年同月九日本件建物の賃借権を取得した訴外会社は右賃借権をもつて競落人たる第一審原告らに対抗しうる。第一審被告岩瀬は以上のように信じていたものであるが、かりにこのように信じたことが誤りであつたとしても、専門的知識を有する者でなければ明らかでなく学説上も争いのある法律問題について、その判断の誤りを理由に第一審被告岩瀬の過失責任を問うことは酷に失するものというべきである。かりにそうでないとしても、第一審被告岩瀬には代表取締役として、正当に会社の利益を擁護すべき業務上の忠実義務があり、同人はその職責を果たすため第一審原告主張の訴外会社に対する建物明渡訴訟に応訴して明渡請求を拒否したのであり、右行為は代表取締役としての正当な業務行為であるから、違法性が阻却され不法行為は成立しない。
(二) 第一審被告青山は、第一審被告岩瀬の代表取締役としての知識経験手腕を高く評価し、業務のすべてを一任してきたのであり、みずからは法的知識皆無のため、第一審被告岩瀬に対して助言する資格も能力もないから、右業務の一任行為をもつて第一審被告青山に故意過失ありとして不法行為の責を負わせることはできず、かりに同人に助言義務があつたとしても、第一審被告岩瀬が右助言に従う筈もないから、右助言をしなかつたことと訴外会社の本件建物占有との間に因果関係がなく、したがつて、第一審被告青山が訴外会社の本件建物占有について不法行為責任を負うわけがない。よつて、同人はいずれにしても商法二六六条の三による損害賠償責任を負うものとはいえない。
第三、証拠<略>
理由
一第一審原告が本件建物を競落取得したが訴外会社がこれを占有していること、第一審被告らが訴外会社の本件建物占有の権原と主張する賃借権は第一審原告に対抗しえないことについての当裁判所の事実認定およびこれに伴う判断は、次のとおり付加するほか、原判決がその理由一に記載したところと同一であるから、これを引用する(ただし、原判決一〇枚目―記録二六丁―表二行目の「丸福興産株式会社」とあるのを「丸福興業株式会社」と訂正する。)。
二そこで、先ず第一審被告岩瀬に対する請求について判断する。
(一) 第一審原告ら三名が本件建物を競落した後も訴外会社が右建物の占有を継続していることおよび第一審被告岩瀬が訴外会社の代表取締役であることは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、訴外会社は昭和三六年中に本件建物の不法占有を理由として第一審原告らから建物明渡請求訴訟を提起されたが、なおも占有を継続し、昭和三八年三月一三日訴外会社敗訴の判決を受けて、昭和三九年六月二日右判決が確定したことが認められる。
第一審原告は、第一審被告岩瀬が訴外会社の代表取締役として訴外会社をして本件建物の占有を継続せしめたことは民法上の不法行為にあたると主張するから考えるに、取締役がその職務を行なうにつき故意または過失により直接第三者に損害を加えた場合には不法行為の規定による損害賠償責任を負うことは明らかであるが、訴外会社の建物占有が第一審原告に対する関係で直ちに取締役たる第一審被告岩瀬自身の直接の加害行為にあたるものとはいえないから、第一審被告岩瀬に対して不法行為を理由とする損害賠償を請求することは失当である。しかし、訴外会社が本件建物の競落人である第一審原告らに対して賃借権を対抗しえないことは前記のとおりであり、したがつて、第一審原告に対してこれを明け渡すべき義務を負つているのであるから、訴外会社の代表取締役たる第一審被告岩瀬としては右明渡義務の履行に努めるべき任務を有するところ、これを懈怠し、<証拠>によれば、第一審被告岩瀬は本件建物の不法占拠を理由として第一審原告から再三にわたり訴外会社の建物明渡しおよび損害金請求を督促されながらこれに応ぜず、そのために訴外会社をして第一審原告らの建物所有権を侵害せしめるにいたつたものであつてその任務の懈怠について少なくとも重大な過失があつたものということができるから、第一審被告岩瀬は商法二六六条の三第一項前段の規定に基づき訴外会社の本件建物不法占拠により第一審原告の蒙つた損害を賠償する義務があるものといわなければならない。
(二) <証拠>によれば、本件建物の相当賃料額は、昭和三六年一月一日から同年一二月末日まで一か月五万三、八四〇円、昭和三七年一月一日から同年一二月末日まで一か月六万〇、五八三円、昭和三八年一月一日から同年一二月末日まで一か月六万七、一七五円、昭和三九年一月一日から同年一二月末日まで一か月七万二、五六九円であることが認められる。<反証―排斥>。してみれば、訴外会社の本件建物占有による賃料相当の損害金の額は、第一審原告らが本件建物の競落による所有権取得登記を経由した日の翌日である昭和三六年一月二四日から同年一二日末日までの分六〇万六、一一二円、昭和三七年一月一日から同年一二月末日までの分七二万七、〇〇五円、昭和三八年一月一日から同年一二月末日までの分八〇万六、一〇〇円、昭和三九年一月一日から同年九月三〇日までの分六五万三、一二一円、以上合計二七九万二、三三八円となることが計数上明らかである。
ところで、第一審被告岩瀬は、前記賃料相当額は本件建物の敷地に借地権があることを前提としているが、第一審原告らは右敷地について借地権を有しないから右金額は不当であり、また、賃料が毎年値上げされることは常識に反するから損害額が毎年上昇することは不当であるというが不法占有によつて侵害される建物の利用価値はその算定の根拠として敷地の占有権原を当然の前提とするものであり、しかも、本件については、すでに過去において現実に使用収益がなされた場合における右使用収益の対価たる賃料相当額を算定するのであるから、かりに建物所有者たる第一審原告らが敷地について占有権原を有しないとしても、右金額の算定に影響を及ぼすものではない。また賃料の値上げが通常毎年行なわれるものではないとしても、建物の利用価値は、賃貸借契約当事者によつて定められる具体的な賃料額ではなく、客観的な諸要素に基づいて算出されるべきものであるから、右算出された金額が毎年上昇する以上、右金額にひとしかるべき損害賠償の額が毎年上昇することはやむをえないものといわなければならない(なお、<証拠>によれば、昭和四四年一月二八日当時の本件建物共有者である第一審原告および成田キセと本件建物の敷地所有者である亡田中藤四郎の相続人との間で、第一審原告らが昭和四九年一月末日まで右敷地を無償で使用しうること等を定めた裁判上の和解が成立していることが明らかである。)。
(三) ところで<証拠>によれば、丸福興業株式会社は昭和三八年七月一〇日本件建物の持分を成田キセに譲渡して翌一一日持分移転登記を経由し、鈴木伊佐男も昭和三九年六月二二日その持分を第一審原告に譲渡して同日持分移転登記を経由したことおよび右三名が昭和三九年八月頃第一審原告主張(原判決事実摘示請求原因第六項)のとおり訴外会社の本件建物不法占有に基づく前記損害賠償債権を第一審原告に譲渡して、同月二七日第一審被告岩瀬に対して債権譲渡の通知を発し、右通知はその頃第一審被告岩瀬に到達したことを認めることができる。成立に争いのない甲第四、第五号証、原審における第一審原告代表者本人尋問の結果(第一、二回)により成立を認める甲第一八号証によれば、前記三名の本件建物持分および債権譲渡の時期および範囲につき右と異なる記載のあることが認められるが、右各本人尋問の結果によれば、右記載は第一審原告代表者成田善三郎が第一審被告らとの交渉の都合から右三名に計ることなくほしいままになしたものであつて、真実に即した記載とは認めがたく、むしろ前記認定の持分移転登記の時期からみて、右甲第四、第五および第一八号証の記載を採用せず、前記のとおり認定するのが相当である。
なお、第一審被告岩瀬は、右各譲渡行為は信託法一一条に違反して無効であると主張するが、右主張に該当する事実を認めるに足りる証拠はない。
(四) 訴外会社が第一審原告主張のとおり本件建物の賃料相当の損害金として八二万円を弁済したことは当事者間に争いがない。第一審被告岩瀬は、右八二万円の弁済により昭和三六年一月二四日から昭和三九年六月二三日までの賃料相当の損害金債務は消滅したと主張するが、本件建物の相当賃料額は前記(二)に説示したとおりであるから、訴外会社が第一審原告らの請求に応じて一か月二万円の割合により右八二万円を弁済したからといつて、右弁済は第一審被告岩瀬に対する関係では前記損害金債務は右金額の範囲内で消滅の効果を生ずるにすぎず、したがつて、第一審被告岩瀬に対して残余の損害金債務の弁済を求めることはなんら妨げられないところといわなければならない。
しかして、前記賃料相当の損害金中に右弁済額八二万円を充当控除すれば、第一審原告の損害金債権残額は、昭和三六年一月二四日から同年一二月末日までの分三八万〇、九五一円、昭和三七年一月一日から同年一二月末日までの分四八万七、〇〇五円、昭和三八年一月一日から同年一二月末日までの分五六万六、一〇〇円となり、また、昭和三九年一月一日から同年九月末日までの分は少なくとも五三万七、八〇三円となることが明らかである。
(五) よつて、第一審原告の第一審被告岩瀬に対する請求は、右損害金残額の合計一九七万一、八五九円ならびに内金三八万〇、九五一円に対する右支払債務が遅滞に陥つたことの明らかな昭和三七年一月一日から、内金四八万七、〇〇五円に対する同じく昭和三八年一月一日から、内金五六万六、一〇〇円に対する同じく昭和三九年一月一日からおよび内金五三万七、八〇三円に対する同じく同年一〇月一日から各支払いずみにいたるまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において理由があるから、これを認容すべきであるが、その余は理由がないから、これを棄却すべきである。
三次に、第一審原告の第一審被告青山に対する請求の当否について判断する。
(一) 第一審原告は、第一審被告青山が訴外会社の専務取締役としてその業務を執行していたと主張するが、原審および当審における第一審原告代表者本人尋問の結果(原審における分は第一回)中右主張にそう部分は、これを措信しがたく、ほかに右主張を認めるに足りる証拠はない。また、前記各本人尋問の結果中には、訴外会社の実権は第一審被告青山がこれを掌握しており、資金面も同人が担当し、同人の指示のもとに会社の運営がなされている旨の部分があるが、右部分は、当審における第一審原告代表者本人尋問の結果中の、自分は訴外会社を一〇回以上訪ねたことがあるが、第一審被告青山が出社しているところは一度も見たことがない旨の部分ならびに原審および当審における第一審被告青山各本人尋問の結果に照らして、採用しがたく、ほかに第一審被告青山が訴外会社の実権を掌握し同人の指示のもとに会社の運営がなされていたことを認めるに足りる証拠はない。かえつて、原審および当審における第一審被告両名本人尋問の結果によれば、第一審被告青山は第一審被告岩瀬に依頼されて訴外会社の名目上の取締役として名を連ねたのみで、業務の運営には関与せず、役員報酬ももらつていないのであり、むしろ訴外会社は資本金三〇万円にすぎず、その実態は第一審被告岩瀬の個人会社であつて、会社の運営は同人の独断専行に任されていたことが認められる。
(二) ところで第一審原告は、訴外会社の本件建物占有により第一審原告らの被つた損害につき、第一審被告青山に対して民法上の不法行為を理由とする損害賠償を請求するというが、右請求が理由のないことは、第一審被告岩瀬に対する民法上の不法行為を理由とする損害賠償の請求について、前記二の(一)に掲示したところと同様であるから、その記載を引用する。
(二) 次に、第一審原告は、第一審被告青山がかりに平取締役であつたとしても、商法二六六条の三の規定による損害賠償責任を免れないというから考えるに、第一審被告青山が訴外会社の運営の一切を第一審被告岩瀬に任せきりにしていたことは前記のとおりであるが、代表取締役であればともかく、単に名目上の平取締役にすぎない者が会社の運営につき実権を掌握している代表取締役に対して業務の一切を任せきりにしたからといつて、右代表取締役の業務執行について第三者に加えた損害に関し平取締役自身に故意もしくは重大な過失があるとして商法二六六条の三の規定による責任を負わせることは相当でない。なんとなれば、取締役がその職務を行なうについて第三者に損害を加えた場合には、本来会社においてその責任を負うべきものであり、ただ取締役が悪意または重大な過失により会社に対する義務に違反し、よつて第三者に損害を被らせたときは、取締役の任務懈怠と右損害との間に相当の因果関係があるかぎり、例外的に当該取締役が直接第三者に対して損害賠償の責に任ずるものとするのが、商法二六六条の三の法意と考えられるのであるが、平取締役に右にいわゆる悪意または重過失が存するかどうかは代表取締役に業務執行一切を任せきりにしたことによつて第三者に損害の生じた態様を検討して決すべきである。そこで本件についてこれを見ると<証拠>によれば、昭和三二年九月九日開催された訴外会社の取締役会において訴外会社が第一審被告岩瀬から期間を定めず本件建物を賃借することを決議した取締役会議事録が作成されており、第一審被告青山が右決議に加わつて議事録に押印したことが認められるが、<証拠>によれば、第一審被告青山は右賃借の経緯を知らされることなくただ作成されていた取締役会議事録に押印したにとどまるものであり、しかも、右賃借当時は本件建物に対する競売開始決定がいまだ所有者たる第一審被告岩瀬に送達されておらず、第一審被告らとしても右競売開始決定のあつたことを知らなかつたことが認められるから、右建物賃借の決議をして建物占有を開始したからといつて、第一審被告青山はその任務懈怠について悪意または重大な過失があるとすることはできない。そして、前記のようにその後第一審原告らが競落し右会社の賃借権が競落人に対抗しえなくなつたのであるが、右占有の継続については、<証拠>によれば、第一審原告から第一審被告青山に対して再三訴外会社の本件建物不法占有を主張して明渡しおよび損害金の支払いを求めていることが認められるけれどもひとたび適法に賃借した建物は使用権限消滅後も容易にその明渡をなしえないのは通例と見るべきところ訴外会社が実質上第一審被告岩瀬の個人会社ともいうべきものであることは前記のとおりであり、<証拠>によれば、第一審原告から第一審被告岩瀬に対し本件建物明渡しおよび損害金支払いを求めたのにもかかわらず、第一審被告岩瀬において営業遂行の支障を避けるためやむなくこれに応じていないことが認められるのであるから、名目上の平取締役にすぎない第一審被告青山が第一審原告から再三前記のような警告を受けながらこれを放任していたからといつて、第一審被告青山に悪意重過失による任務の懈怠があるとして訴外会社の本件建物不法占有により第一審原告の被つた損害の賠償の責に任ぜしめることは許されないものといわなければならない。それゆえ、第一審原告の第一審被告青山に対する請求は理由がない。
四よつて、第一審被告岩瀬に対する関係で民法上の不法行為を理由とする損害賠償請求を認容した原判決は失当であるから、民訴法三八六条により原判決中第一審被告岩瀬に関する部分を取り消したうえ、商法二六六条三の規定による損害賠償請求を主文第一項(二)に記載した限度において認容し、その余を棄却することとし、第一審被告青山に対する本訴請求を棄却した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、民訴法三八四条に従いこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民訴法九五条、九六条、八九条、九二条、仮執行宣言につき、同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(西川美数 園部秀信 森綱郎)