大判例

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東京高等裁判所 昭和40年(ネ)178号 判決

一、控訴人は、被控訴人において使用目的を飲食店とする本件賃貸借の特約に違反して、本件建物を繊維品格納用倉庫に使用したのは本件賃貸借の解除原因に該当すると主張するのでこの点について考察する。

本件賃貸借においては使用目的に関し控訴人主張のような特約の存することは前記のように被控訴人の認めるところであり、成立に争のない甲第一号証(店舖賃貸借契約書)にも該特約は明記せられるところであるけれども、原審における控訴人本人訊問の結果によれば、控訴人は被控訴人に賃貸する以前本件建物の間口三間のうち半分を衣料品屋に賃貸し、残半分を控訴人の長男光行の営む豆腐の製造販売に使用させていたことが認められ、この事実と「倉庫として使用された事で別に困らず、被控訴人の倉庫としての使用につき異議も述べなかつた」旨の原審における控訴人の供述に徴すれば、前記使用目的に関する特約の趣旨は、たまたま、被控訴人の使用目的が飲食店の経営にあつたためで、本件建物の使用を厳格に飲食店経営のためにのみ制限しようとするにあつたものとは解せられない。しかも原審竝びに当審における被控訴人本人訊問の結果によれば、被控訴人が本件建物を倉庫として使用するに当つては、僅かにカウンターを取除いただけで他に改造を加えた個所はなく、飲食店としての使用当時とほとんど同じ状況であつたこと、倉庫として使用後も毎日戸を開閉したため、通風が甚しく不十分とはいえなかつたこと、人の居住しない夜間は被控訴人の使用人等において火災防止のため随時見廻つていたことが認められ、これらの諸事実に前記被控訴人本人の供述と原審における検証の結果によつて認められる、右倉庫に格納せられたのは箱物を主とする繊維品である事実からすれば、多数の客の出入する酒蔵に比して本件建物毀損の度合は遥に少なかるべきことを参酌すると、被控訴人が本件建物を倉庫として使用した事実をもつて用法違反ないし管理義務違反として本件賃貸借の解除原因となるものとは認めがたい。従つて、この点を理由とする被控訴人の契約解除の主張はいずれも採用しない。

二、よつて進んで控訴人の解約申入の主張について判断する。

〔証拠〕を綜合すれば次の各事実を認定することができる。

(一) 控訴人は、終戦後復員してから、その所有にかかる本件建物を含む木造瓦葺平家建店舖一棟建坪一二坪五合の建物に居住し、右建物で自転車修理業を営んでいたが、営業不振のため鍛冶屋の手伝をしていたところ、アセチレン瓦斯の爆発により左眼を失明したので十分に稼動することができず、当時あたかも一六才の長男光之を頭に三人の娘を抱えていたので、生活に困窮し、一家の生活費、子女の教育費等の一部とするために、本件建物を被控訴人に対し、賃貸した事情にあること。

(二) 控訴人は、本件建物を被控訴人に賃貸して以来、本件建物の裏側にあるベニヤ板の間仕切で区画された六畳一間に家族と共に起居し、同居の家族は、本件賃貸借契約成立当時は長男光之と三人の娘であつたが、その後、長男光之が昭和三七年四月から海上自衛隊に入隊するに及んで娘三人となり、本訴提起当時も同様であつたが、同四〇年四月光之が除隊した後は同人をも加えて五名の者が右六畳に同居してきたこと。

(三) 控訴人一家の収入としては、本件建物の賃料の外には控訴人が運送会社の荷造人として得る月収一五、〇〇〇円、右光之が後記のように高崎市内のおぢの家において牛乳配達として働いて得る月一万二、三千円の収入、次女(一九才)が会社に勤めて得る給料月約一四、〇〇〇円程度で長男と次女の収入で一家の家計を補うものはいずれもその一部に過ぎず、かつ財産としては本件建物を含む前記建物一軒のみであること。

(四) 右光之はかねて、商業に従事する希望を有つていたところ、現在高崎市石原町のおぢの家に牛乳配達として働いており、被控訴人が本件建物を明渡せば、本件建物におぢの営業所の出張所を設け、みずから牛乳の販売業を営む予定で、この点につきおぢとの間に話合が成立していること。

(五) 被控訴人は、その主宰する繊維品の卸売を業とする株式会社野口商店の店舖を被控訴人の肩書地に設けて営業しているが、同会社は、一六名の従業員を使用し、資本金額四〇〇万円であり、目下不況にあるとしても、年間の取引総額は約一億円に上つていること。

(六) 被控訴人は、賃借当初飲食店として使用していた本件建物を前記会社の店舖の手狭等を理由に、控訴人に無断で昭和三七年一〇月頃から前記のような繊維品倉庫として使用してきたが、本件訴訟が当裁判所に係属中の昭和四〇年一一月頃原審における被控訴人本人訊問の際における言明に反して、前記会社の営業不振を理由にまたも控訴人に無断でこれを飲食店に改造し、同月十日付で飲食店の営業許可を受け、なんらの経験もない餃子屋を開業し、自己の知人で高崎市内において中華料理店を経営している天田某にその経営一切を委せ、他方従来本件建物に格納していた繊維品は他に寄託して現在に至つていること。

以上の認定事実によれば、そもそも、本件建物は、生活に窮迫していた控訴人が家計を補うために、已むなくこれを被控訴人に賃貸したものであり、控訴人は、本件賃貸借期間中のことは暫らく措くとしても、本件賃貸借契約期間満了の日である昭和三八年三月三一日当時から現在に至る迄、本件建物の裏側のベニヤ板の間仕切で区画され、不健康と認められる六畳一間(外に台所あり)に家族四人ないし五人が起居し、不自由な生活を送つてきたのであつて、本件建物の使用を必要とする十分な理由があるものと認められるのみならず、控訴人は、左眼失明のため一人前の働きができず、一家の生活は主として長男光之に頼らなければならない状況にあるところ、被控訴人が本件建物を明渡せば、右光之は、予てこれを使用して商業を営みたいとの希望を有し、現に牛乳店を開業しうることが確定しているのであり、これに引替え、被控訴人は、生活並びに営業の本拠を別に所有し、営業に附随的に、またはいわば副業として本件建物を使用してきたものであつて、その使用の必要は、控訴人に比し緊切性を欠くものと認めなければならない。

三、しかるところ、本件訴状の記載によれば、控訴人は、被控訴人の用法違反を理由に、訴状をもつて本件賃貸借契約解除の意思表示をなし、本件建物の明渡を求める旨を主張しているのであるが、特段の事情の認められない本件においては本件訴状による賃貸借解除の意思表示には賃貸借解約の申入をなす旨の暗黙の意思表示を伴うものと解すべきであるから、本件賃貸借契約は、本件訴状送達の日の翌日である昭和三八年六月七日から六ケ月を経過した昭和三八年一二月六日限り、終了したものというべきである。

(仁分 池田 小山)

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