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東京高等裁判所 昭和40年(ネ)2643号 判決 1967年6月26日

控訴人 富士石油株式会社

右訴訟代理人弁護士 秋山虎雄

同 浅野義治

被控訴人 野末みち

右訴訟代理人弁護士 北野昭式

主文

原判決を取り消す。

被控訴人は、控訴人に対し金三一万円およびこれに対する昭和三八年四月三〇日から支払ずみまで年六分の金員を支払うべし。

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

この判決は控訴人において金一〇万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

<全部省略>

理由

控訴人が本件約束手形金を受取人白地のまま振出して山村に交付したことは、当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によれば、被控訴人が山村から更に本件約束手形の交付を受け、右白地を補充して受取人を被控訴人と記載したことが認められ、ついで被控訴人が株式会社朝日銀行に対して本件手形の取立委任をし、満期たる昭和三八年四月三〇日支払場所の赤羽信用組合に呈示された結果被控訴人に対し本件約束手形金が支払われたこともまた当事者間に争いがない。

控訴人は本件約束手形は被控訴人の依頼により被控訴人のための見せ手形または融通手形として振出したものであると主張する。その趣旨は他には裏書もしくは呈示せず、他に譲渡されたときは自ら決済すべく、いずれにしても振出人たる控訴人としては被控訴人に対してはなんら手形上の債務を負わないものであり、被控訴人としては控訴人に対しその支払を求め得ないものであるというにあること事の性質上明らかである。よって以下この点について判断する。

(一)  <証拠省略>の結果並びに本件口頭弁論の全趣旨をあわせれば、被控訴人は株式会社合同謄写堂の事実上の主宰者(この事実は当事者間に争いがない)として謄写、事務機販売業を経営するとともに同業者その他に対し手形割引等による金融もしていた者であり、山村次郎とは、同人が謄写、印刷業を営んでいた関係上昭和三一年ころ以来親しく交際し、山村に対して手形割引等により金銭を融通して来たこと、山村は控訴会社代表者藤川とも昭和二四、五年以来親交があり、藤川からも金銭の融通を受けていたが、更に藤川は昭和三六年山村の紹介により被控訴人と知りあい、同人から手形割引等による資金の融通を受けたこともあるし、一方被控訴人も山村を介して被控訴会社その他から融通手形を借り受けて利用し、自己の責任において決済したこともあること、山村は、控訴人の本件約束手形振出当時までに被控訴人からの数次の借入により合計金四〇万円の貸金債務を負担していたこと、控訴会社はその後間もなく経営振るわず、昭和三八年六月ころ倒産するに至ったけれども手形振出当時たる同年一、二月ごろから四、五月ごろまでは比較的順調で取引金融機関の一たる赤羽信用組合に当座をもち手形取引も盛んであったこと、昭和三八年一、二月ごろ被控訴人は右のような関係にある山村次郎に対し、見せ手形ないし融通手形としてどこか信用のあるところから三〇万円ぐらいの手形を借りて来てもらいたいと依頼し、山村はこれを承諾し、そのころこれを控訴会社代表者藤川に伝えたところ、同人もかんたんにこれを承諾し、即時受取人らんを白地とするほか振出日及び満期も白地のまま本件手形を振出し、同人に交付し、山村はこれを被控訴人に交付したので、被控訴人は自己を受取人として、補充したものであることを認定することができる。右認定の事実によれば本件手形は正に控訴人主張の如き趣旨のもとに山村を介して被控訴人に対して振出されたものであり、被控訴人としては見せ手形ないし融通手形として借りる趣旨で控訴人からその振出を受けたものというべきことは明らかである。

(二)  右認定はさらに次の如き情況によってもこれをたしかめるに十分である。すなわち前段挙示の証拠と弁論の全趣旨によれば控訴会社代表者が本件手形振出後一週間ほどして被控訴人と行きあったとき被控訴人は「手形をお世話さまでした」との趣旨のあいさつをしていること、本件手形の済期は振出当時白地であったため控訴会社は満期が同年四月三〇日と補充されたことを知らず、いわんや右満期にこれが呈示されるべきことを知らず、とくにたまたま支払場所にして支払担当者たる赤羽信用組合における控訴会社の当座の残高が右四月三〇日現在二〇〇万円以上もあったため組合は振出人たる控訴会社に照会することなく当然自働的にその支払を了したため控訴会社はそのことを知らなかったが、その後しばしらくして業績不振となり、税金滞納、倒産等のため赤羽信用組合における当座取引の内容を調査されるにいたって、控訴会社は本件手形が右満期に決済されていることを知り、控訴会社代表者藤川は被控訴人に対し被控訴人が本件手形を取立にまわし、満期に支払を受けたことに対し抗議したところ、被控訴人は即答をさけ「調べてからお答えする」と応待していることを認めることができ、これらの事実は本件手形が通常の手形であったとすればきわめて不自然であり、とくに決済後控訴会社の抗議は手形が満期に決済されたことについてのものであるから、もし通常の手形であれば当然のことについての故なき抗議というべく、調査の要なく直ちに反論すべき場合である。また山村は被控訴人の依頼を控訴人にとりついだたんなる仲介者であり、手形は控訴会社から被控訴人に対して振出されたものであることは、被控訴人は右手形を取得後自ら受取人らんに自己の氏名を補充していること、前記証拠により認めるべき山村は当時その主宰する会社が倒産して自己に銀行取引がなく、また資力信用も乏しく、これを手形当事者の一員とすることにかくべつの意義のなかったことからも首肯されるところである。

(三) 以上の認定に反する証拠としては原審及び当審における被控訴人本人尋問の結果がある。よってこれがはたして信用し得べきものかどうかについて検討する。被控訴人本人の右供述は概してあいまいであり、矛盾を蔵し、その細部においては弁論で主張したこととも一致しないが、その全体の趣旨は本件手形の振出の事情は知らず、山村の取得したものを割引により取得し、その割引金は同人に対する旧債約四〇万円の弁済に充当したというにある。今その手形取得のさいの事情についてみるに、当審における被控訴人本人尋問において右本人は山村が本件手形と他人振出の他の手形二、三枚で金額合計四五万ないし四六万円ぐらいのものを持参し、「富士石油は金がいる。社長の藤川は立派な人だから会社の手形を割ってくれ」と依頼されたが、山村の旧債四〇万円をそれで決済することにして他の手形とともに割引き、約四〇万円をさし引いた差額を山村に交付したと供述しており、振出人に資金の必要があって割引を依頼するのに対し、その大半を手形を持参した者に対する旧債を決済するために割引くというようなことはそれ自体通常の事態でないのみでなく、その点について振出人の承諾を得たことはなく、振出人の期待に反するかような手形の取得について振出人の承諾を得なかった事情についての質問に対し納得すべき理由を示し得なかった。当時すでに控訴会社ないし藤川と被控訴人とは金融その他の取引があったことはさきに認定したとおりであるから、本件手形授受の時点であらためて藤川についての説明があったとするのも不自然なことである。さらに山村の旧債約四〇万円と決済されたかどうかについてみるに、<証拠省略>によれば昭和三九年一〇月一日以後の分については被控訴人と山村との貸借についてのメモはあるが、本件割引による入金を示すメモについてはついに提出されず、紛失したというのであるが、昭和三八年夏ごろ被控訴人は控訴人から前記抗議を受けた後調べたあと、さらに控訴人と山村とに会見して、本件手形は山村との貸借について決済になっている旨説明し、そのメモを見せたというのであるから、当時すでに紛争を生じており、被控訴人の主張を裏付ける証憑たるの意義を有するメモをたやすく紛失するということは考えられないところである。<省略>によれば昭和三八年一〇月一日現在で山村が被控訴人に対し金五九万円の借受金債務があったことは明らかであるところ、原審及び当審における証人山村の証言によれば右は従前からの債務の合計をまとめて一通の借用証書にしたものであると認められるところ、本件手形授受の当時山村の旧債は約四〇万円でその後右二〇万円をさらに借受けたことがあることが右証言から明らかであるから、本件手形の授受にかかわらず山村の旧債には消長がなかったことがうかがわれる。これについて被控訴人本人は右昭和三八年一〇月一日当時の貸金五九万円は旧債決済後あらたにそのころ山村の住宅についている抵当債務を弁済するため貸与したものと供述するが、証人山村の証言により成立を認めるべき甲第八号によれば山村が住宅についている抵当債務を完済したのは同年七月二四日であることが明らかで、当審における証人木村信象(被控訴人申請)も住宅についての債務弁済のための貸金は成立しなかったと供述しているのである。仮りにあらたにこれだけのまとまった金額を貸与したものとすればたんにこの種の借用証で約束させるのみでなく、その担保としての建坪九坪の建物についても抵当権設定登記その他確実な方途を講ずるのが通常であるのに、そのような手続をとった形跡を認めるべきものがない。甲第三、第四号証の手形について被控訴人本人は藤川が割引のため振出したもので、不渡となったため藤川自身が買い戻したものと供述するが、当時そのような買戻資金があれば不渡にしないでもよく、すでに控訴会社はこれより前倒産していること前記のとおりであるから、この点は控訴会社代表者ら供述のように被控訴人に貸与した手形であり不渡によって被控訴人自身が買戻して振出人たる藤川に返還したものと認めるのが自然である。<省略>右認定の事実によれば本件約束手形は被控訴人のための見せ手形ないし融通手形として振出され、この関係においては山村は被控訴人の使者に過ぎず、被控訴人が直接本件手形当事者となったものであって、しかも右事情は自ら知悉するところというべきであるから、控訴会社は少くとも被控訴人に対しては本件約束手形金の支払義務がないことが明らかである。もっとも本件手形がいわゆる見せ手形であり、従ってこれを他に譲渡しないものとの前提に立つ限り控訴人の主張はこの限度で理由がない。しかるに、冒頭で述べたように本件約束手形金は被控訴人が取立委任した株式会社朝日銀行の呈示にもとずき控訴会社の支払担当者たる赤羽信用組合で支払決済されたから、被控訴人は法律上の原因なくして本件約束手形金相当額の利得を得、反証のない本件ではその利得はすべて現存するものというべきである。

被控訴人は、本件約束手形金の支払は控訴会社において支払義務がないことを知りながら弁済したから民法第七〇五条により給付した金員の返還請求ができないと主張するが、本件約束手形金は支払担当者たる赤羽信用組合が控訴会社にかわって支払ったものというべきであるが、前認定の事実関係においては当時右組合の控訴会社の当座残高は右手形の決済資金として十分に存したので組合において振出人たる控訴会社に照会することなく自働的に控訴会社の当座から支払われたものであって、当時組合において本件手形が、とくに被控訴人に対する関係においては、支払義務のないことにつきなんらの認識がなく、呈示があった以上当然支払うべきものと信じて支払をしたにとどまるものであり、振出人としての控訴会社としても満期が白地であった関係もあり、被控訴人(その取立委任を受けた朝日銀行)から呈示があったことを知らず、その支払をさしとめる余裕もなかったことが明らかであるから、右支払は要するにその債務の存在しないことを知ってしたものということができない。従って被控訴人の右主張は理由がなく、採用にあたいしない。

されば、被控訴人は、控訴会社に対し既に受領した本件約束手形金相当額の金三一万円を不当利得として返還義務があるが、被控訴人は本件約束手形金の支払を受けるべき権限がないことを知りながらその弁済を受領したことは、右認定事実に徴して容易に推認できるから民法第七〇四条にいわゆる悪意の受益者であり、従って右不当利得金に対する受領の日たる昭和三八年四月三〇日から支払ずみまでの法定利息を附加支払うべき義務があるところ、反証のない本件では本件約束手形の授受は商人たる控訴会社並びに被控訴人双方のため商行為にあたると推定すべく、かような関係で生じた右不当利得返還義務もまた右商行為によって生じた債務というべきであるから右利息は商事法定利率たる年六分によるものといわなければならない。

よって、これを求める控訴人の本訴請求は理由があるからこれを認容すべきであり、これと異なる原判決は不当であって、本件控訴は理由がある<以下省略>。

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