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東京高等裁判所 昭和40年(ネ)521号 判決 1967年5月22日

控訴人 清宮トヨ

右訴訟代理人弁護士 上野高明

被控訴人 中野紙器印刷株式会社

右訴訟代理人弁護士 滝川三郎

主文

本件控訴を棄却する。

控訴人の当審における新請求を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し金百四十九万七千円及び内金八十二万二千円に対する昭和三九年一〇月七日以降、内金六十七万五千円に対する昭和四〇年一〇月二一日以降各支払済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

(控訴人の主張)

一、仮に、被控訴会社が本件各約束手形を振出したものでないとすれば本件各約束手形は、被控訴会社常務取締役森吉孝也において道見進一と共謀のうえ偽造して振り出したものである。そうして森吉は当時被控訴会社の経理担当重役として、被控訴会社代表者の記名を代行し、社印その他必要な印を押捺して、手形を被控訴会社のため流通に置く職務権限を与えられていた。従って森吉のなした前記手形の偽造は、同人の職務の範囲内に属するから、被控訴会社の事業の執行につきなされたものというべきである。また被控訴会社としては、森吉が相当長期にわたり同会社名義の約束手形数十通を偽造していたにも拘らず、これを発見できなかったことについて、事業上の監督についての過失もあった。そうして道見は控訴人に対し、本件約束手形は被控訴会社から運送代金支払のために受け取ったものと偽って割引を依頼したので、控訴人は本件約束手形金相当額の金員を割引金として道見に交付したところが控訴人はその後本件各約束手形が偽造であることを理由にその支払を拒絶され、しかも裏書人である道見には償還義務を履行すべき能力も全くない。従って控訴人は森吉の前記不法行為により、本件各約束手形金及びこれに対する利息額相当の損害を蒙ったのであるから、被控訴会社は森吉の使用者として、民法第七一五条に基づき控訴人の蒙った右損害を賠償すべき義務がある。

二、本件各約束手形はいずれも補充の日に支払場所において呈示したものである。<以下省略>

理由

甲第一ないし第五号証の各一並びに弁論の全趣旨によれば、振出人として被控訴会社代表者中野金蔵の記名押印があり、振出日としていずれも昭和三九年二月一日の記載があるほか、その他の手形要件はいずれも控訴人主張のとおりの約束手形六通(以下本件各約束手形と略称する)を、控訴人において所持していることを認めることができる。

しかしながら右各約束手形が、被控訴会社を代表ないし代理すべき権限を有する者によって適法に振り出された点については、原審証人清宮とくの証言、原審における控訴人清宮トヨの本人訊問の結果中に、一部これに副う趣旨に解し得ないではない部分があるけれども、後記各証拠と対比するときは未だそのような事実を認めるには足らないし、他にこれを認めさせる証拠は存在しない。却っていずれも成立に争のない乙第七ないし第一〇号証の各二、官署作成部分については成立に争がなく、弁論の全趣旨によりその余の部分の成立を認める同号証の各一、いずれも弁論の全趣旨により成立を認める乙第五号証、同第六号証の一、二、同第一一号証、同第一三号証の一ないし一九、同第一四号証の一、二、当審証人森吉孝也、同道見進一の各証言により成立をめ認る乙第二一号証並びに右各証言及び原審における被控訴会社代表者中野金蔵の本人訊問の結果によれば、本件各約束手形は、昭和三九年二月下旬頃当時自動車運送業を営んで被控訴会社と取引があった関係上出入していた道見進一において、被控訴会社の記名印、代表者印等の印鑑を濫用して偽造したものであることが認められ、他にこの認定を左右するような証拠は存在しない。もっともいずれも成立に争のない乙第一五ないし第一九号証並びに当審証人森吉孝也、同道見進一の各証言によれば、被控訴会社の取締役森吉孝也において、本件各約束手形以外に被控訴会社代表者名義の約束手形数通を道見宛振り出し、これを同人に貸し与えたことがあった事実を認めることができるけれども、本件各約束手形がこれと異り、道見において単独でこれを偽造したものであることは、前掲各証拠によって十分これを認めることができるところであって、前記事実は右認定を左右する根拠となるものではない。また原審証人清宮とく、当審証人森吉孝也の各証言、原審における控訴人清宮トヨの本人訊問の結果によれば、本件各約束手形の一部が不渡となった後である昭和三九年六月上旬頃前記森吉孝也が控訴人方を訪れて話合をしたが、その際森吉は半額にまけてくれれば手形金を支払う旨申し入れたことが認められるけれども、前記森吉証人の証言によれば、被控訴会社としては、道見が本件各約束手形を含む多数の被訴控会社振出名義の約束手形を偽造していたことが発覚したため、被控訴会社において手形金債務を負うべきものか否かは別として、手形取得者との間の紛争を円満に解決するための手段として、前記のような和解案の申入をしたのであって、別段被控訴会社が本件各約束手形につき手形金支払義務を負うべきものであることを認めた趣旨ではなく、またこれを前提としての話合でもなかったことが認められるから、これまた前記認定を左右する資料とすることはできない。なお控訴人は森吉がその際本件各約束手形の作成に関与している旨述べたように主張し、原審証人清宮とくの証言、原審における控訴人清宮トヨの本人訊問の結果中には、これに副う趣旨の部分があるけれども、これを前記認定に供した各証拠と対比するときは未だ採用するに足らず、他にそのような事実を認めるに足りる証拠は存在しない。

以上認定の次第であるから、控訴人より被控訴会社に対し、本件各約束手形の所持人として手形金の支払を求める請求は、その他の点について判断するまでもなく理由のないことが明らかであるから、失当として棄却を免れない。

次に控訴人の不法行為に基づく請求について判断するのに、被控訴人は右は時機に後れた攻撃防禦方法であるから却下すべき旨主張するが、控訴人が当審において右主張を追加したのは訴の追加的変更と解すべきであるから、これについては民事訴訟法第一三九条の適用がなく、被控訴人の主張は採用できない。次に被控訴人は右請求は請求の基礎に変更を生ずるから許されない主張する。しかしながら控訴人において従前主張していた請求は、被控訴会社を適法に代表ないし代理すべき権限を有する者によって、本件各約束手形が振り出されたことを理由として、被控訴会社の手形振出人としての責任を訴求するものであり、これに対し控訴人が当審において新たに付加した請求は、被控訴会社の経理担当重役である森吉孝也が道見進一と共謀して本件各約束手形を偽造したことを理由として、被控訴会社の使用者責任を訴求するものであるから、右各請求の基礎に変更がないと解すべきであり、また右新請求を許すことに因り著しく訴訟手続を遅滞せしむべきものとも認められない。従って被控訴人の主張は採用できない。

よって本案について判断するのに、本件各約束手形が道見進一単独の偽造にかかるものであり、被控訴会社の取締役森吉孝也において道見と右偽造を共謀したような事実はなく、森吉はこれに全く関与していなかったことは、前記認定のとおりである。従ってこれと異ることを前提とする控訴人の不法行為に基づく請求は、その他の点について判断するまでもなくその理由のないことが明らかであるから、失当として棄却を免れない。<以下省略>。

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