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東京高等裁判所 昭和40年(ネ)758号 判決 1968年4月26日

国籍 中華民国 住所 東京都品川区

控訴人 陳将徳(仮名)

本籍 神奈川県川崎市 住所 東京都品川区

被控訴人 石田憲二(仮名)

法定代理人親権者母 石田律子(仮名)

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述及び証拠関係は次のとおり付加するほか原判決事実摘示記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

(一)  控訴代理人は次のとおり陳述した。

「被控訴人は中国人であり、控訴人から中国法により既に認知されて嫡出子となつているのである。詳言すれば、中華民国民法第一〇六五条には、『非婚生子女(非嫡出子)が生父の認知を経たときは婚生子女(嫡出子)と看做す。其の生父の養育を経たときはこれを認知と看做す。』旨の、また、同国国籍法第二条には、『外国人で左に掲げる各号の一に誤当する者は中国の国籍を取得する。』『第二号父が中国人であつて、その父の認知を経た者』という趣旨の各規定があつて、父であり、中国人である控訴人から養育を受けた被控訴人は中国国籍を取得すると共に嫡出子の身分を取得しているものというべく、従つて、更に重ねて日本法にもとづく認知の必要はないのである。必要がないばかりでなく、日本法により認知される場合は非婚生子女すなわち非嫡出子となる不利益さえあるから、子の利益擁護のために設けられた認知制度の趣旨に反する結果を生ずる。

中国においては未成年の子に対する親権の行使は父母共同してするのを原則とし、父母が権利の行使について意見が一致しないときは父においてこれを行使する旨中国民法第一〇八九条に規定されている。然るに、本件二重認知の請求は、父たる控訴人の意に反し、母たる石田律子のみが親権者としてこれを行うものであるから、法定代理権を欠き不適法である。

仮りに右主張が認められないとしても、被控訴人と同居もせず、養育もしていない母石田律子が行う本件二重の、しかも被控訴人の不利益となるべき認知請求は、親権の乱用というべく、不適法たるを免れない。」

(二)  控訴人は、証拠として乙第一号証の一、二(訳文つき)を提出し、被控訴人はその成立を認めた。

理由

一  当裁判所もまた被控訴人の控訴人に対する本訴請求を認容すべきものと判断する。

その理由は、次の如く訂正付加するほか原判決理由記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

(一)  原判決第五枚目裏第五行目に「主張する」とあるのを「有する」と訂正する。

(二)  同第七枚目表終りから第二行目「法例第一八条によれば」以下同第八枚目裏終りから第三行目までを次のとおり訂正する。

「わが法例第一八条に従えば、認知の要件は、父に関しては認知当時父の属する国の法律により、子に関しては認知当時子の属する国の法律によるべきところ、前認定の事実関係からすれば、被控訴人はわが国籍法第二条により日本国籍を取得した非嫡出子であつて、わが民法第七七九条に照らし被認知資格を備えるものであること及び控訴人は中華民国籍を有する非婚生子の父であつて、本件弁論の全趣旨により真正に成立したと認める乙第一号証の二によつて認め得る中華民国民法第一〇六五条第一項前段(非婚生子女が生父の認知をうけたときは婚生子とみなされる旨の規定)に照らし認知資格を有することがそれぞれ明らかである。

もつとも、控訴人は前認定のとおり被控訴人を子として養育している事実があるから、前顕乙第一号証の二によつて認め得る中華民国民法第一〇六五条第一項後段(生父の養育を経た者は認知されたものとみなす旨の規定)、本件弁論の全趣旨により真正に成立したと認める同号証の二によつて認め得る同国国籍法第二条第二号(父が中国人であつてその父の認知を経た者は中華民国国籍を取得する旨の規定)により中華民国国籍をも取得したものと認められるけれども、この事実は、わが法例第二七条第一項但書の存する以上、被控訴人に関する認知の要件につき日本法を適用する妨げとはならない。

また、控訴人は、右養育の結果控訴人は中華民国法上既に被控訴人を認知した生父であるから、重ねていわゆる強制認知の請求を受くべき筋合ではない旨主張する。同国法が養育という事実に認知の効果を付与することは前記のとおりであり、同国戸籍法第二一条には、非婚生子女を認知した者は認知の登記をなすべき旨、同法第四一条には、認知の登記は認知者を以て登記申請義務者とする旨、それぞれ規定があることは当裁判所に顕著であるけれども、認知の登記を訴によつて強制し得べき格別の規定をおいていない。しかし、わが国法上非嫡出子は父が認知届出をしない場合民法第七八七条によつて認知の訴を提起し、認知の確定裁判を得て戸籍法第六二条による届出をなし得ることが定められている以上、被控訴人はわが国法に従い認知の訴を提起し得べきものと解すべきである。何故ならば、わが法例第三〇条の法意に照らすと、たとえ父の本国法において強制認知が禁じられていても、そのこと自体わが公序良俗に反するが故にこれを適用せず、わが国法に従い強制認知の訴が許さるべきものと解するのが相当であつて、この理は父の本国法において届出強制につき格別の規定がないにも拘らず、わが国法においては認知の確定裁判により戸籍上父及び父の認知に関する記載を受け得る(戸籍法第六三条、第一三条第四号、同法施行規則第三五条参照)場合においても異なるところはないからである。

(三)  同第八枚目裏終りから第二行目の前に次のとおり付加する。

「被控訴人が本件認知の訴により前示の如き戸籍上の記載を受け得べき可能性の存するかぎり、たとえ既に中国法上控訴人の嫡出子たる身分を取得していても、本件認知の訴を提起すべき利益と必要を欠くものとはいい難いのみならず、右訴により認知の裁判が確定し、被控訴人の戸籍に前示父及び父の認知に関する事項が記載されることになつたからといつて、被控訴人の中国法における右身分が失われるわけではないから、被控訴人は本訴請求をすることによつて何ら不利益を蒙るものではない。

また、未成年者である被控訴人の法定代理についてはわが法例第二〇条により父たる控訴人の本国法に従うべきものであり、しかも控訴人の本国法である中華民国民法第一〇八九条に控訴人主張の如き趣旨の規定があることは前顕乙第一号証の二によつて明らかであるけれども、同法第一〇六七条には、非婚生子女の生父に対する認知請求につき生母その他の法定代理人からこれを求め得る旨の規定が存することが前顕乙第一号証の二により明らかであるから、本件認知請求の訴につき被控訴人の生母である石田律子が法定代理権を行使し得べきものと解することこそ、むしろ中華民国法の趣旨に合致するものというべきである。

なお、本件認知請求が二重の認知請求にあたらないこと及び被控訴人の不利益に帰するものというべきでないことは、いずれも上来説示したところから明らかであるのみならず、被控訴人を本訴において代理する前記石田律子が被控訴人と同居せず、これを養育していないからといつて本訴請求が親権の乱用となるべきいわれはない。これらの点に関する控訴人の主張はいずれも採用できない。」

二  以上の次第であるから、本件控訴は理由がないものと認め、控訴費用につき民事訴訟法第九五条第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡部行男 裁判官 川添利起 裁判官 坂井芳雄)

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