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東京高等裁判所 昭和40年(行ケ)108号 判決 1968年4月24日

原告

株式会社

吉田製作所

代表者

山中一

訴訟代理人弁理士

土井整

大内俊治

被告

塩沢一男

主文

昭和三五年抗告審判第六〇二号事件について、特許庁が昭和四〇年八月三〇日にした審決を取り消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、主文と同旨の判決を求め、請求原因として、

一、被告は、登録第四五〇、九九二号実用新案権者であつて、この実用新案は、昭和二九年八月五日登録出願、昭和三一年五月二二日出願公告(実公昭三一―七、七九一号)され、同年九月二六日設定登録されたものである。

二、本件実用新案の要旨は、右出願公告公報に登録請求の範囲として記載されたとおりであつて、それは、

前面に扉1を具えた箱体2内に棚3を数段架設するとともに、該棚の各前端と箱体内の奥面4との間に適当の間隔を設けて該部分中央に殺菌ランプ5を縦設し、該ランプの背後に反射鏡6を装置し、棚とランプ装置室との間に保護金網7を設けてなる紫外線殺菌器の構造

である。

三、被告は昭和三三年一二月二四日原告を審判被請求人として、原告の製造販売にかかる紫外線殺菌器(以下、(イ)号物品という)が本件実用新案の権利範囲に属する旨の審決を求めて確認審判を請求した(昭和三三年審判第六九〇号)。特許庁は、同事件につき、昭和三五年一月二五日「請求人の申立は成り立たない。審判費用は請求人の負担とする」旨の審決をなし、被告は、これを不服として同年三月三日抗告審判を請求し、同年抗告審判第六〇二号事件として係属した結果、特許庁は、昭和四〇年八月三〇日「原審決を破棄する。(イ)号図面および説明書に示す紫外線殺菌器は、登録第四五〇、九九二号実用新案の権利範囲に属する。審判および抗告審判の費用は抗告審判被請求人の負担とする」との審決をし、その審決謄本は同年九月八日原告に送達された。

四、(イ)号物品の内容は、つぎのとおりである。

扉(2)を前面に有する器具収納戸棚とコンプレッサと一体に構成され、隔板(8)によつて仕切られた殺菌室内に、金網棚(3)を二段にしてそれぞれ棚受(4)の上に定着させ、中央奥面に殺菌ランプ(5)を縦設し、ランプに沿つてアルミニューム鏡面電解処理せる反射鏡(6)を箱体長方形のランプ台にねじ止めしてあり、ランプ台の背後奥面にアルミニューム乱反射電解処理せる反射鏡(7)を張り、上下両側も同一材にて張りめぐらし、紫外線を反射するようになし、棚上にある器具類を各段均等に完全に紫外線にさらすようにした紫外線殺菌器

五、そして、前記抗告審判における審決理由の要旨は、

1  まず、本件実用新案の要旨を前記二、に記載のとおりの紫外線殺菌器の構造にあるものと認定し、ついで(イ)号物品を、

前面に扉を具えた箱体内に金網棚を二段架設するとともに、該棚の各前端と箱体内の奥面との間に適当の間隔を設けて、該部分中央に殺菌ランプを縦設し、該ランプの背後に反射鏡を装置し、更に箱体内の奥面、上下面および左右面の全面に反射鏡を張設した紫外線殺菌器

であると認定したうえ、

2  右両者を対比すると、本件実用新案が、棚とランプ装置室との間に保護金網を設けているのに対し、(イ)号物品はこれを設けていない点に差異があることが認められるけれども、

3  登録実用新案の権利範囲は、それと同一のものばかりでなく類似のものにも及ぶから、実用新案に関する類否は、その重要部分に着目して判定すべきであつて、

4  本件実用新案を、その図面および説明書の記載から検討すると、その実用新案の性質、作用および効果の要領の項には、「従来公知の殺菌器は、殺菌ランプを戸棚内の天井に沿い網棚に平行に横設してあるため、紫外線が最上段の棚およびその載置物に遮ぎられ下方の棚上に充分に当らぬ欠点があつたが、本案は殺菌ランプを箱内に縦設したため各棚上に紫外線が均等に当り、充分殺菌の目的を達しうる」旨、殺菌ランプ縦設構造の性質、作用および効果について、同項の大半を費し詳細に記載されているのに対し、保護金網については、同項の末尾に「棚の前端には金網を張つているため、殺菌ランプを破壊する危険なく安全である」旨簡単に記載されているにすぎない、

5  この点からみると、本件実用新案は、従来公知の殺菌ランプを横設した紫外線殺菌器の右のような欠点を除去することをその本質とするものであつて、その本質をなす殺菌ランプ縦設の構造が重要部分であり(このように殺菌ランプ縦設の構造をとつたものは本件実用新案をもつて嚆矢とする)、保護金網は便宜上の第二義的あるいは附随的部分であると解すべきである。なお、反射鏡の取りつけ方にみられる相違も結論に影響を及ぼすほどのものではない。

6  したがつて、(イ)号物品は、本件実用新案とその重要部分を包含して一致する以上、その第二義的部分の有無において相違するところがあつても、その権利の範囲に属するというべきである、

というのである。<後略>

理由

1、原告主張の一、三および五の事実、ならびに双方提出の各書証の成立は、当事者間に争いがない。

2、甲第一号証によれば、本件実用新案の出願公告公報に記載された登録請求の範囲は、原告の主張二、に引用されたとおりであることが認められ、また、甲第二号証によれば、原告の主張四の事実を認めることができる。

3、そこで、まず本件実用新案の登録請求の範囲の項に記載された構成と、(イ)号物品の構成とを、それぞれ甲第一、二号証の図面および説明書の全体の記載を参酌しながら対比してみると、

両者の一致点は、

前面に扉を具えた箱体内に棚を数段架設するとともに、該棚の各前端(扉の反対側の端)と箱体内の奥面との間に適当の間隔を設けて該部分中央に殺菌ランプを縦設し、該ランプの背面に反射鏡を装置した紫外線殺菌器の構造

にあり、また両者の相違点は、

(1)  本件実用新案のものが、「棚とランプ装置室との間に保護金網を設け」たのに対し、(イ)号物品はこれを有しない点

(2)  (イ)号物品が、「ランプ台背後奥面および上下両側に反射鏡を張りめぐらし」たのに対し、本件実用新案のものがこれを有しない点、

にあることが認められる。

そこで、以下、実用新案法施行法第二一条第二項により本件に適用される旧実用新案法(大正一〇年法律第九七号)のもとにおいて、右(1)の相違点である保護金網の存否が、本件実用新案の権利範囲の解釈上どのように評価されるべきかを検討してみる。

4、登録実用新案の権利範囲は、その構成上同一のもののみでなく類似のものにも及ぶのであるから、両者の考案を構成する事項に相違するところがあつても、両事項が均等の関係にあつたり、それが単なる設計上の微差にすぎない場合のように、両者が結局考案として同一に帰するときは、その対象物品は右実用新案の権利範囲に属する。換言すれば、登録実用新案を構成する特定の事項が、対象物品の構成に含まれていない場合においても、対象物品が、該事項と均等または設計上の微差があるにすぎないような別の事項を含み、結局両者が考案として同一に帰するときとか、その特定の事項が登録実用新案を構成する必須の要件でなく、したがつてこれの存否にかかわらず両者が考案として同一に帰するようなときには、なお対象物品は右実用新案の権利範囲に属する。そして、これを裏からいえば、右の特定の事項が実用新案を構成する必須の要件のひとつとされている場合には、これを欠く対象物品は実用新案の権利範囲に属しないのである。

ところで、ある事項が実用新案を構成する必須の要件であるかどうかは、その説明書中「登録請求の範囲」の項の記載を基礎とし、図面および説明書中の他の部分の記載ならびに出願当時の技術水準をも参酌して判断すべきであつて、単に登録請求の範囲の項に記載があるという一事だけで、その事項が必須要件であると速断すべきでないのは勿論であるが、反面、請求の範囲の項に記載され、その作用効果について説明書中に記載があるような場合には、他に格別の事情がないかぎり、その実用新案において当該事項が構成上必須の要件とされているものと解すべきである。

5、そこで、本件実用新案について考えると、その「登録請求の範囲」の項に、「棚とランプ装置室との間に保護金網7を設け」ることが記載されていることは、さきに認定したとおりであり、甲第一号証によれば、その公報の図面にも保護金網の存在が示されており、説明書中の「実用新案の性質、作用および効果の要領」の項にも、「棚とランプ装置室との間に保護金網7を設け」る旨の構成、および、

棚の前端には金網を張つているために棚上に器具を載置する場合誤つて殺菌ランプを破壊する危険なく安全である、

と保護金網の作用効果を説明していることが認められる。したがつて、格別の事情が認められないかぎり、保護金網の存在は本件実用新案の必須の構成要件であるということになる。

6、ところで、甲第一号証によれば、本件実用新案は、「従来公知の殺菌器は殺菌ランプを戸棚内の天井に沿い網棚に平行して横設してあるため、最上段の棚上の器具類はよく紫外線に曝されるが、下方の網棚上の器具類は上方の棚および棚上の器具類により紫外線を遮ぎられ、殺菌を完全に行いえない欠点がある」とし、「本案はこの点に鑑み、箱内奥面に殺菌ランプを縦設し、各棚上に紫外線が均等に当るようにしたため、充分殺菌の目的を達しうる効果がある」ことを狙いとしたもので、右のような従来の殺菌器のもつ欠点の除去を中心的課題としたものであることが認められるから、登録請求の範囲として記載された諸事項のうち、殺菌ランプ縦設の点がいわば中心的構成要件であるとして出願されたものとみることができる。しかしながら、同号証によれば、本件実用新案は、殺菌ランプ縦設のほか保護金網および反射鏡を設けることにより、これらが一体として有効安全な紫外線殺菌器を提供しようとするものであることを認めるに足り、ことに従来の殺菌ランプ横設の殺菌器においては、消毒すべき器具類の載置にあたりランプを破損するおそれは少なく、保護金網の必要性はとるに足りないのに反し、殺菌ランプを縦設した本件の構造においては、各棚の平面上にランプが存在するため、器具類の載置にあたりランプに接触しこれを破損する危険性が著しく増大したというべきで、この保護金網は、単に本件実用新案を実施するについてこれを設ける方が好ましいといつたようなものではなく、ランプ縦設構造の採用に伴なつて必然的に発生するあらたな欠点を除去するため、これと不可分的に結合され、必須の構成要素をなすものということができる。

この点につき被告は、本件実用新案の説明書中には、殺菌ランプ縦設と保護金網の設置との不可分の結合という点について、なんら格別の作用効果の記載がないことを挙げ、そのことから保護金網は第二義的な構造にすぎないと主張するけれども、この二つの構造を結合させたことによる作用効果は、右に指摘したとおりのものであり、そのような作用効果の存在は本件公報中説明書の記載から容易に汲み取り理解しうるところであるから、表現の巧拙はともかくとして、その点の記載がないというのは当らない。

7、また被告は、このような保護金網は単純なランプ保護手段であり、一般的照明ランプに慣用される周知の保護金網を紫外線殺菌器に変形転用したものにすぎないから、それは重要部分ではなく、新規性もない、と主張する。しかし、実用新案の必須の構成要件たる諸事項がそれぞれ新規性をもつことはなんら必要ではなく、それらの要件が結合された全体として考案性を有すれば、実用新案として登録されうるのであるから、保護金網自体が周知慣用の手段であることと、それが本件実用新案の必須の構成要件であることとは矛盾しない。また保護金網が重要部分であることは、すでに説明したとおりである。したがつて、この点の被告の主張も採用できない。

8、さらに、甲第九号証によれば、本件実用新案の出願前である昭和二七年一二月二二日に実用新案出願公告があつた同年一一、〇八八号実用新案公報には、「前面に扉を具えた箱体内に数段の棚を架設し、箱内の一隅に殺菌ランプを縦設した薬液ろ過用無菌箱の構造」が図示説明されていることが認められ、これによれば、殺菌ランプ縦設の構造は、審決のいうように本件実用新案をもつて嚆矢とするものではなく、すでに本件の出願前公知の技術であつたというべきである。したがつて、この点からも、本件実用新案において、殺菌ランプ縦設構造のみが本質的重要部分であり、他の部分は第二義的なものということはできない。被告は、この昭和二七年第一一、〇八八号公報の実用新案と本件実用新案とは、目的も構造も作用効果も異なるから、本件と関係がないと主張するが、前記認定のとおり、両者は「数段の棚を架設した箱体内に殺菌ランプを縦設した殺菌器の構造にかかり、縦設した殺菌ランプにより各段の棚上に均等に殺菌光線が当るようにした作用効果において共通のものがあることが明らかであるから、その点において両者は技術思想をおなじくするものであり、被告のこの主張は採用できない。

9、以上説明のとおり、本件実用新案における保護金網の構造が考案構成の必須の要件に該らないと解すべき格別の事情は、なにも認められないから、さきに説明したところにより、右の構造は本件実用新案の必須の要件であるというほかなく、この要件を具備しない(イ)号物品は、本件実用新案の権利範囲に属しないというべきである。

したがつて、この点において結論を異にする審決は、その判断を誤つた違法があり、取消を免れないから、原告の本訴請求を正当として認容……する。(多田貞治杉山克彦 楠賢二)

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