東京高等裁判所 昭和41年(う)1340号 判決
被告人 横浜悦正
〔抄 録〕
所論は、原判決には法令の解釈を誤つた違法があるといい、その理由として、原判決は、本件の場合、被告人に横断歩道の直前における停止義務があると判示しているけれども、道路交通法第七一条第三号は、同法第三八条の規定と対比すれば、交差点又はその付近以外の横断歩道の場合に一時停止の義務をも認める趣旨で設けられたものと解すべきもので、本件は交差点における場合であるから自動車運転者としては単に歩行者の通行を妨げないようにすればよく、必ずしも当該横断歩道の直前で一時停止しなければならない義務を負うものでない。しかも当時歩行者はまだ横断歩道の前で佇立していたか又は歩き出したとしても、その前方を通り抜けられる余裕が十分にあつたから、被告人は進行したもので歩行者の歩行を妨げたものでもない。従つて、原判決が横断歩道の直前で一時停止をせずに進行した点をもつて直ちに被告人に過失があるとしたのは、法令の解釈を誤つたものであり、右は判決に影響を及ぼすものであるから、原判決は破棄を免れないと主張するものである。
よつて判断するに、道路交通法第七一条第三号の規定にある「横断歩道」の文言には何らの制限がなく、同規定の立法趣旨が歩行者保護の強化を図るにあると認められることに徴すると、一応同規定は、その「横断歩道」が交差点又はその付近にあると否とを問わず、適用されると解すべきもののように思われないでもない(現に警察庁の通達はその旨の解釈を示している。)のであるが、他方道路交通法第三八条が交差点又はその付近において、道路を横断している歩行者の保護を考えながらも、反面車両等が停滞し交通の円滑を著しく妨げることを慮つて、その歩行者の横断している道路直前における車両等の一時停止義務を定めていないこと又本件のように、自動車が、交通整理の行われている交差点において、信号機の表示する青色の信号に従つて交差点内に進行したが、交差点の外に出ないうちに信号が黄色に変つた場合、道路交通法施行令第二条によれば、当該車輛は交差点(その直近にある横断歩道の外側までの道路を含む)の外に出なければならないとされていることにかんがみると、道路交通法第七一条第三号の適用上交差点又はその付近における横断歩道を含むかどうかの問題についてはなお疑を残さざるを得ない(控訴審検察官はこの点につき消極的意見を述べ所論と結論を同じうしている。)のであつて、本件の場合原判示のように道路交通法上被告人に横断歩道直前における停止義務があるとはにわかに断じがたい。そればかりでなく、道路交通法の規定を離れて一般的注意義務の問題を論ずる観点から考えても(控訴審検察官はこの立場から原判示のように被告人の停止義務を認むべきであると主張する。)、原判示のように自動車を運転し青の信号で交差点内に進入した被告人が前方の横断歩道上左側端付近に左から右に横断しようとして佇立している数名の歩行者を認め更に交差点中央付近まできたとき前方の信号が黄色に変つたのを認めた場合、直ちに右横断歩道の直前で停止すべき業務上の注意義務があると解するのは相当でない。けだし、この程度の状況下においては、被告人は後に述べるように必要な減速をして徐行すると同時に横断歩道又はその付近における歩行者の動静に絶えず留意して進行する等運転上適当な注意を払うならば、横断歩行者の前方をその通行を妨げることなく無事に通り抜けることがまだ不可能ではないと認められるからである。しかし右のような場合、間もなく歩行者に対する信号が青に変り歩行者が当該横断歩道を左から右に横断を開始することが必至であることは明らかであるから、被告人は自動車運転者として当然右歩行者の通行を妨げないよう配慮すると同時に減速徐行して状況に応じ必要があれば何時でも急停車し得るような態勢の下に横断歩道又はその付近における歩行者の動静に絶えず留意して進行する等してその安全を図るべき業務上の注意義務があることはもちろんである。しかるに原判決挙示の証拠によれば原判示のように被告人はこれを怠り、当時の毎時約三〇粁の速度をわずかに落しただけで(被告人は時速一五粁ぐらいに減じたというけれども本件事故を目撃していた自動車運転者佐藤勝利の供述調書によれば、多くを減じたとは認めがたい。)、漫然進行したため、折柄信号が変り前記横断歩道左側から右側に歩いて横断をはじめた歩行者の前は事なく通過したものの、その後方から抜けて同横断歩道の外側を横断し被告人の車の前面に馳け出してきた七才の男の子を至近距離に迫つて始めて発見し、急制動の措置をとつたが間に合わず、自車左側前部を同人に衝突させて、同人に対し原判示の傷害を負わせたことが認められるのであつて、本件事故に対し被告人は過失の責を免れ得ないものといわなければならない。したがつて、原判決が被告人に対し本件横断歩道の直前における停止義務を認めた点にたとえ法令の解釈を誤つた違法があるとしても、とにかく原判決が前述のように停止義務以外の注意義務違反の点をもとらえて被告人に過失があると判示した以上、原判決に判決に影響を及ぼすことが明らかな誤があるとはいえないので、結局論旨は理由がない。
(足立 栗本 渡辺保)