大判例

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東京高等裁判所 昭和41年(う)147号 判決

被告人 浦口勝太郎

〔抄 録〕

論旨第一点は要するに、原判決の認定した本件犯行の動機は具体性を欠き、かつ本件の如き大事件を惹き起す原因としては軽微であつて合理性がない。また責任能力の判断においても、合理性の乏しい理由に基づいて心神耗弱の判断を下している。すなわち、本件は無事平穏に外国航路を航海中の船舶内で、同船の甲板長という要職にあつた被告人が深夜、数名の同僚から兇器で攻撃される夢を見たことが契機となつて、斧をもつて誰彼の区別なく次々と同僚に傷害を加えて行つたものであつて、そこには、被害者らとの関係その他かかる重大な犯行を合理化するに足る何らの動機も理由も見出し難い。しかも、被告人は本来正常範囲と病的な知能低格との境界に位置する低能者であつたのである。しかして、鑑定人石田武作成の鑑定書によれば、被告人は右犯行当時は「睡眠酩酊状態」にあつて全く判断能力を喪失しており、責任能力がなかつたことが明らかである。被告人の捜査官に対する各供述調書には、被告人の供述として犯行の動機、理由が述べられているが、被告人は、右供述の際はすでに平常の精神状態に回復していたため、何らの動機がなく、また判断力も喪失した状態で本件犯行に及んだことを極めて不自然なことと思い込み、一般人として納得できないような些細な問題を被害者各人に対する動機であつた如く供述するに至つたものと考えられる。また右各供述調書においては、前示のように知能低格な被告人が、本件の如く多数の人に重傷を与える犯行に及びながら、その間の自己の行為、他人の行動その他事物の状態に至るまで正確、詳細に供述しているのであるが、果してかかる冷静な認識、観察が可能であつたかは極めて疑問である。ことに昭和四〇年四月一日付の司法警察員に対する供述調書に至つてはすでに五名の者に重傷を加えながらも、自己や他人の複雑な行動、状態等を詳述したうえ「そんな事をしているうちに私は正気に戻りました」と供述しているのであつて、これからすれば、被告人は未だ夢から覚めて正気に戻らない時の自己や他人の行動、四囲の状況まで正確に認識していたことになるのであつて、かかることのあり得ないことはいうまでもなく、結局被告人の捜査官に対する供述は、犯行後千葉入港までの間に、他の船員らから聞き及んだ知識に自己の想像を付け加え、これをあたかも犯行中に認識した事実の如く供述したものと断ぜざるを得ない。然るに、かかる信憑性のない被告人の捜査官に対する供述調書の記載を捉え「被告人は相当程度本件犯行の内容を追憶できたものと解され、全く夢幻裡の行動であつたとは認め難」いとし、被告人の本件犯行当時の意識は相当高度に混濁していたものと認めながらも心神耗弱の状態にあつたものと認定した原判決には、採証の法則に違反して事実を誤認した違法があり、また弁護人が更に被告人に責任能力のなかつたことを立証するため、被告人の犯行直後の行動を目撃した重要な証人二人を申請したにも拘らず、漫然これを却下して前述のような認定をした点において、原判決には審理不尽に基づく事実の誤認があり、これらの誤りはいずれも判決に影響を及ぼすことが明らかであるから破棄を免れないというのである。

よつて按ずるに、原判示汽船千代川丸が、昭和四〇年三月一〇日インドのゴア港を出航し日本に向けて航行中、同月二六日午前三時二〇分頃(日本時間)、同船に甲板長として乗組んでいた被告人が突然、他の船員より借り受け所持していた斧(まさかり形、刃渡り一一糎、厚さ二・三糎、柄の長さ三二・九糎)を携えて自室を出、先ず甲板手小泉豊の部屋において就寝中の同人の左足を、続いて甲板手中谷俊夫の部屋において就寝中の同人の左足及び背部を、操機長長部春雄の部屋において就寝中の同人の顔面を、操機手鹿島義弘の部屋において就寝中の同人の左手を、一等機関士岡本芳明の部屋において同人の左足を、三等航海士野口孝裕の部屋の前通路において同人の左胸部を、船橋海図室において再び前記小泉豊の左腕を、いずれも前示斧で切りつけ、よつて、小泉ら六名に対しそれぞれ原判示のような各傷害を負わせ、更に同船無線通信室において同室備え付けの原判示の各機械類を右斧で損壊したことは証拠上明白である。然るに原審及び当審において取調べたすべての証拠を仔細に検討しても、右のように同乗の船員六名に対し誰彼の差別なく、次々と斧をもつて無造作に切りつけて重傷を負わせ、しかも無線電信の機械まで無意味に破壊するという兇行を敢えて行うに至つた動機、原因として首肯するに足るものを見出し得ない。原判決は、右兇行の動機として「かねて被告人とその部下の一部との間に仕事についての意見の相違があり、また部下が被告人から散髪をされることを断つたりしたこと等があつてこれらの者やこれと親密な船員が自己を蔑ろにしているものと思い心密かに不満を抱いていた折柄、同夜就寝中数人が刃物を携えて襲いかかつて来る夢をみ、その中の一人が被告人がかねて快からず思つている部下であつたところから、平素の鬱憤を晴らそうと」したものと判示している。なる程本件の数日前被告人の部下の甲板員司城不美男が被告人の指示とおりペンキをぬらなかつたことがあつたりなどし、同人に対し仕事上の不満を抱いていたこと及び被告人が船員らの散髪をすることについて何かと蔭口をされているのではないかと考えていたらしいことは被告人の捜査官に対する供述調書等によつて窺われ、現に、本件犯行を聞きつけて出向いて行つた船長西川久雄が、一等航海士依田馨の部屋の前階段の上下で被告人と相対したとき、斧を置けと申し向けたのに対し、司城を出せ、司城をやるまで斧はおけない、斧をおいたら自分がやられるなど答えていたが二、三問答の末斧を置かせ、船室に連れて来て、どおしてこんなことをしたのかと聞くと、被告人は船員らに殺されそうになつた夢を見たことをいい、更に右のような司城に対する不満と散髪のことを述べていたことが認められる(当審証人西川久雄の供述)のであるが、右の程度のことが、そのまま本件兇行の動機となつたと見ることは、前述のような兇行の内容、態様に照らし、また被告人が肝心の司城の部屋(前示中谷俊夫の隣室)へは行つていないこと、鑑定留置の際、鑑定人石田武から右の点について質問を受けても深い関心を示さなかつたこと(右鑑定人作成の鑑定書)などからしても到底たやすく是認し難い。また被害者小泉豊、岡本芳明、野口孝裕、鹿島義弘らは平素むしろ被告人と仲がよい方であり、少くとも恨まれるような関係になかつたものであることが窺われ(同人らの司法警察員に対する各供述調書)、よしんば被告人が捜査官に対して述べているような不満を各被害者に対して抱いていたとしても、前述のような兇行の動機としては到底首肯し得るものではない。

然るところ、右のような兇行を敢行したのは、被告人が一旦就眠した後、前示のように数名の船員にシーナイフをもつて殺ろされそうになつた夢を見、これが直接の発端となつたものであることは証拠上これを認めるに十分である。

ところで、鑑定人石田武作成の鑑定書によれば、被告人は鑑定留置の期間(昭和四〇年七月八日から同月三一日まで)中屡々鑑定人から質問を受けているが、犯行当夜就眠までのことは略追想可能であり、しかも著しい記憶の不良は認められないが、本件兇行を開始した時の模様については全く追想ができず、その発端となつた前述の夢についてもその具体的場面については不明確にしか追想できないが、その夢は「殺しにやつて来た」と感ぜられ「怖しかつた」と印象づけられていて、当時の情緒的体験は鮮明に想起され、次いで次々と船員らに傷害を加え、無線電信の機械を破壊した行為自体、その間の行為の順序、周囲の状況、体験した感情等については全く追想し得ず、また兇行後のことは前述斧を手放す場面から想起されているが、その際の回想は十分でなく、以後時間の進むにつれて、船長室での場面はやや具体的に、更に軟禁されてからのことはほぼ自信をもつて記憶を述べていることが認められる。すなわち、被告人の犯行後における追想は、当初の「完全健忘」(追想不可能)から次第に「部分健忘」(追想不完全)に移り、徐々に完全な追想に移行しているのであつて、一件記録並びに当審証人西村久雄の供述から窺われる被告人の犯行後の言動も意識障害から次第に覚醒して正常な意識状態に至る道程に合致することが認められる。以上を要するに、被告人は兇行前の睡眠中突然急激な精神障害の状態に陥つて本件兇行に及び、数時間乃至日余の経過で再び一見正常な精神状態に復したものであつて、その間医学的には「睡眠酩酊状態」と称さるべき「意識混濁」の状態にあり、しかもその度合の深い当初の意識混濁の時期に右兇行が行われたものと考えられる。そして被告人が昭和三九年七月休暇で帰省していた際、夜半就床睡眠中、突然誰か来ていると大声で叫び、そのまま庭へ走り出し、数分後にして戻つて来て、確かに誰か来ていたんだから夢だつたのかなあといつていたという本件に酷似した睡眠中の一過性精神異常の状態があつたこと、更に船内においても一度これと類似の状態であることを疑わしめる行為があつたこと(前示鑑定書)も右判断を裏付けるものといえよう。しかして意識混濁のある場合は、その度合が比較的浅い場合でも、外界を正しく認識し、状況を適確に把握することができず、若し混濁の度が深ければ知的諸機能をもつて情意の活動を統制調整することが不可能であることは前示鑑定書により明白である。果して然らば、本件被告人の犯行時におけるように深い意識混濁の状態にあつた場合は、自己の行為の是非善悪を状況と理性に照らして弁別することは極めて困難であり、またその弁別に基づいて行為することは不可能であつて、被告人は本件犯行の当時は心神喪失の状況にあつたものと見るのが相当である。

原判決は本件犯行当時被告人の意識は相当高度に混濁していたことを認めながら、他方被告人の捜査官に対する各供述調書からすれば、相当程度本件犯行の内容を追想し得たものと認められるとして、被告人が心神喪失の状態にあつたことを否定する。なる程、被告人の司法警察員及び検察官に対する各供述調書を見ると、被告人の供述として本件各犯行の経過、模様、四囲の状況等についてまことに明確、詳細な記載があるが、これを前述のような本件犯行の発端、態様、犯行後の被告人の言動並びに前示鑑定書により認められる鑑定人との質問応答及び被告人が軽度の知能低格者であり、その知能指数は正常範囲と病的な知能低格との境界に位置し、記銘力もいささか不良であることなどに照らし考えると、右供述記載には到底信を措き難い。右被告人の供述は、原判決も指摘する如く、船内に軟禁中に他の船員より聞知した事実に自己の想像をも加え、これをあたかも自己が認識、体験したかの如くに供述したものとの疑いを払拭し得ず、これをとつて被告人が犯行時の追想をなし得たことの証拠とするのは相当ではない。他に前示認定を覆えし、被告人の本件犯行当時の精神状態を心神耗弱と認めるべき証左は見出し難い。

然らば、本件犯行当時被告人は心神耗弱の状態にあつたと認定し被告人に対し有罪の言渡しをした原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認があり、到底破棄を免れない。論旨は理由がある

(松本 海部 石渡)

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