東京高等裁判所 昭和41年(う)1787号 判決
被告人 加藤精夫
〔抄 録〕
所論は、本件について、原判決は、医師作成の死亡診断書の記載のみで被告人の業務上の過失により被害者に与えた傷害とその致死との間に因果関係があつたと認定しているが、右認定は社会通念に照らしても疑問があり、結局、原判決は、傷害と致死との間の因果関係の有無について証拠の価値判断を誤り、事実を誤認しているものであるというのである。
よつて按ずるに、原判決挙示の証拠によると、被告人が自動二輪車を運転し、原判示の如き業務上の過失により早川ハツ(当時六十二年)に衝突させ、同女に対し骨盤骨折、左大腿骨々折等の傷害を負わせたこと、同女は受傷後約二ケ月後である昭和四十年十二月四日死亡するに至つたことは明らかであるが、右の受傷と死亡との間においていわゆる因果関係があるか否かについては、原判決挙示の証拠中には、被告人が公判冒頭において公訴事実のとおりこれを認める旨の供述をしているのと、医師森川政一作成の死亡診断書に、早川ハツの死亡の直接死因は心臓衰弱であり、更に右心臓衰弱の原因は前記傷害である旨の記載があるのみであるところ、被告人の自認は暫く措き、右診断書におけるが如き骨盤骨折、左大腿骨々折等で約二ケ月の治療を要すると判断された傷害が、二ケ月後に心臓衰弱により死亡したことの原因を提供するものであるか否かということについては、遽かにこれを判断し難いものがあるといわなければならない。尤も、通常自動車事故により治療数ケ月を要する骨盤骨折、大腿骨々折の如き重傷を被るときは、殊にそれが老齢者であるような場合には、病臥中に余病を発してそれと相俟つて死の転帰をとる如き場合があるので、常識上からいつても、本件程度の受傷が結局における死亡の原因を提供するこがないとは断じ難い観もあるが、しかしながら、被害者の養女である早川礼子の司法警察員に対する供述調書の記載によると、被害者は最初六日位は随分苦しそうでしたが、その後は経過は良い方で、私達も喜んでいたのですが、一ケ月過ぎてから再び具合が悪くなり心配していたところ、十二月四日夜死亡したものであるというのであり、かくの如く、一旦経過が良かつたのに一ケ月過ぎてから再び悪化し、遂に死亡するに至つたという過程において、本件負傷とは全然関係のない死亡の原因の発生ということも疑えないではないのであり、原判決の採証の限度においては、本件受傷と死亡との間における因果関係の存在について事実を誤認したのではないかと疑うべき事態が存するということができる。果して然らば、原判決は爾余の論旨について判断をなすまでもなく右の点において破棄を免れないというべきである。
(井波 宮後 四ツ谷)