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東京高等裁判所 昭和41年(う)2100号 判決 1967年6月26日

本店所在地

東京都台東区浅草一丁目二八番三号

株式会社 小町屋本店

(右代表者代表取締役 伊藤米三)

本籍

東京都台東区浅草一丁目三三番地

住居

同都台東区浅草一丁目二八番四号

会社役員

伊藤勝三

大正九年三月一二日生

右会社及び伊藤勝三に対する各法人税法違反被告事件につき昭和四一年七月二八日東京地方裁判所の言い渡した各有罪の判決に対し、当審弁護人黒崎辰郎、同川村幸信からそれぞれ控訴の申立があつたので、当裁判所は検察官塚谷悟出席のうえ審理し、次のとおり判決する。

主文

本件各控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は被告会社及び被告人伊藤勝三の負担とする。

理由

本件各控訴の趣意は、弁護人黒崎辰郎、同川村幸信共同作成名義の控訴趣意書に記載してあるとおりであるから、いずれもここにこれを引用する。

控訴趣意第一点、事実誤認の論旨について。

よつて案ずるに、原判決の挙示した関係証拠及び当審公判廷における当時の取調係官なる本山和博の供述を総合すれば、被告会社の取締役兼副社長として同会社の業務全般を統括していた被告人伊藤勝三が同会社の代表取締役兼社長なる伊藤米三と共謀のうえ、被告会社の業務に関し、法人税を免れる目的で、売上を除外して簿外預金を蓄積し、或は棚卸原価額を偽るなどの不正な方法により所得を秘匿し、もつて原判示第三記載のとおり、昭和三九年三月一日から同四〇年二月二八日までの事業年度において、浅草税務署長に対し虚偽の申告書を提出し、よつて法人税額一億四千二百六十七万一千二百二十円を逋脱した事実を認定するに十分であつて、記録及び証拠物を精査しても、原判決の右認定には、判決に影響を及ぼすことの明らかな過誤は存在しない。しかして、右逋脱額と、原審において検察官の提出した冒頭陳述要旨と題する書面(原審記録第一冊二一丁乃至四七丁)の記載内容中の同事業年度の関係部分とを彼此対照するのに、原審が右逋脱額の内訳について、検察官の主張を全面的に肯認したと認められることは所論の指摘するとおりである。

ところで、(一)の「製品」の犯則所得額の認定に関する論旨につき検討するのに、前記各証拠、特に28の東京国税局収税官吏大蔵事務官本山和博作成の第十九期末計上洩在庫高明細表(製品、商品)と題する書面(原審記録第二冊二三七丁乃至二四一丁)及び24の北村正夫の検察官に対する昭和四一年四月一二日付供述調書(原審記録第四冊八一九丁乃至八三五丁)によれば、第十九期(昭和三九年三月一日から同四〇年二月二八日までの事業年度)末における各在庫場所所在の製品の上代(小売価格)による在庫高合計額は外事部保管の製品を除き四千六百五十万四千九百六十円であるところ、各在庫場所別の製品につき、一律に原価率五十五パーセントを乗じ売価還元法により算出した同製品の棚卸原価合計額は二千五百五十七万七千七百二十六円となり、該金額に外事部保管の製品の仕入原価四百八十九万八千五百一円を加算した三千四十七万六千二百二十七円が同期末における実際の製品の棚卸原価額であることが認められるのである。しかるに、被告会社のこの点に関する公表額は証拠上二千七百五十三万五千四百四十七円であるから、差引き二百九十四万七百八十円が同期末における製品在庫高の計上洩れであることは計数上明らかである。従つて、原判決が該金額を製品の逋脱額と認定したことは正当であつて、その誤算を前提とする論旨は失当といわなければならない。

次に(二)の「原材料」の犯則所得額の認定に関する論旨につき検討するのに、検察官の冒頭陳述要旨中の該当部分の記載(原審記録第一冊四〇丁参照)に徴すれば、原判決は、第十九期末における原材料の秘匿額を、所論の如く六千二百五十九万五千六百九十九円と認定したものでないことは明らかである。そして前記各証拠、特に北村正夫作成の昭和四〇年一二月二五日付上申書(原審記録第二冊一四四丁乃至一五六丁)によれば、被告会社は第十八期(昭和三八年三月一日から同三九年二月二九日までの事業年度)末において五千七十三万八千二百四十七円の、第十九期末において九千七百五十八万四千六百三十一円の各簿外原材料を保有していたこと、第十九期中に所轄税務署の更正決定により右第十八期末の簿外高のうち千五百七十四万九千三百十五円を公表に受け入れたため、この公表受入分を該十八期期末の簿外高から減算した三千四百九十八万八千九百三十二円と、第十九期末の簿外高との差額六千二百五十九万五千六百九十九円は同期増加額と認められること、そして右増加分六千二百五十九万五千六百九十九円のうち前記受入分千五百七十四万九千三百十五円が申告の対象とされているのであるから、右増加分から右公表受入分を差引いた残額、即ち四千六百八十四万六千三百八十四円が逋脱所得額であると認められ、原判決のこの点に関する認定もまたこれと同一と認められるのである。論旨は原判決の認定したところを誤解し、これを前提とするものであつて、失当というのほかない。

続いて(三)の「土地」の犯則所得額の認定に関する論旨につき検討するのに、関係証拠、特に内野良和の検察官に対する昭和四一年六月二二日付供述調書添付の、被告会社取締役社長伊藤米三作成の上申書(原審記録第四冊七七八丁乃至七八八丁)及び前記当審公判廷における証人本山和博の供述によれば、本件二十万円は、被告会社が越ケ谷工場の敷地として前地主所有の農地を買収するにあたり、その買収取得を確保するため、同地主が未払にしていた水利組合の組合費を同人に支払つたものであること、被告会社においても当初は、右二十万円を土地原価を構成するものとして経理上処理しながら、その後の昭和四〇年二月末の決算期において決算修正という形でこれを諸会費という経費項目に振り替え損金に計上したことが認められる。しかしながら、かかる費用は、固定資産の購入に直接に関連した費用として、当該固定資産の原価を構成する支出、即ち資本的支出と解するのを相当とする。現に、被告会社においても前記上申書中において、経費項目振替の措置の非であることを認め当初の仕訳のとおり資産勘定として処理するのが正当である旨を上申しているのである。従つて右二十万円につき、土地原価を構成するものとし、逋脱所得額と認定した原判決の措置は相当であつて、これと見解を異にする論旨は失当というのほかはない(仮りに所論の如く、右二十万円が寄付金という性格を有するものであるとしても、その実体は工場の建設に直接関連して支出された費用と認められ、当該固定資産の取得価額に算入すべきものと解するのを相当とする)。

更に(四)の「買掛金」の犯則所得額の認定に関する論旨につき検討するのに、検察官の冒頭陳述要旨中の該当部分なる科目「52繰越利益金」の説明欄中に「売掛金(貸方)三六九、二一二」の記載のあることは、所論の指摘するとおりである。しかし、その「売掛金(貸方)三六九、二一二」の記載は、その書式及び他の関係証拠、特に前記伊藤米三作成の上申書の記載内容に照らし、「買掛金(貸方)三六九、二一二」の誤記と認められることは明らかであるから、この点に関する原判決の認定にいささかの影響を及ぼすものではない。従つて誤認を前提とする論旨は採用の限りでない。

控訴趣意第二点、各量刑不当の論旨について。

本件逋脱の犯行の動機、経緯、態様等、特に逋脱の期間は三期にわたり、逋脱税額も合計一億七千六百十万余円の巨額に及んでいる点、就中、被告人伊藤勝三らは第十九期においては、同期利益金のうち二億四千万円の繰延を協議決定し、経理係員をしてその経理上の操作をなさせた点等を勘案すれば、犯情は悪質というべく、同被告人及び被告会社において反省、悔悟し、本件捜査に対し相当程度協力的態度を示した点、爾後における納税の実績、更には原判決後における同様の実績、当審において顕出された表彰状の示すとおり被告会社において輸出に貢献した点、当審公判廷における被告人伊藤勝三の供述、その他所論中の被告会社及び同被告人に利益な情状を参酌しても、原判決の量刑を不当に過重であるとして、当裁判所において軽きに変更すべき事由を発見できない。論旨はいずれも理由がない。

以上の次第で、本件各控訴はいずれも理由がないので、刑事訴訟法三九六条に則りこれを棄却すべきものとし、なお、当審における訴訟費用の負担につき同法一八一条一項本文を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 三宅富士郎 判事 江崎太郎 判事 石田一郎)

控訴趣意書

被告人 株式会社 小町屋本店

同 伊藤勝三

右の者等に対する法人税法違反被告事件の控訴の趣意は左記のとおりである。

昭和四一年一二月一二日

右主任弁護人 黒崎辰郎

弁護人 川村幸信

東京高等裁判所

刑事第七部 御中

第一、事実誤認の主張について、

原判決には左記のとおり事実の認定に誤りがあると思料する。

(一) 原判決は、罪となるべき事実第三において、検察官が主張した被告会社の昭和四〇年四月三〇日付浅草税務署署長に対する確定申告書中製品の棚卸額につき、金二、九四〇、七八〇円を秘匿したとの主張をそのまま認定している。すなわち、被告会社の昭和四〇年二月末日における期末製品棚卸額は、売価による実際棚卸額金四六、五〇四、九六〇円であり、これに売価還元法による原価率五五パーセントを乗じた金額は金三〇、四七六、二二六円となり、この金額を貸借対照表に記載すべきであるのに被告会社は公表額金二七、五三五、四四七円と記載し申告しているので右の金三〇、四七六、二二七円と金二七、五三五、四四七円との差額金二、九四〇、七八〇円はこれを秘匿したことになると認定している(検察官の冒頭陳述書昭和三九年三月一日以降同四〇年二月二八日までの逋脱所得内容一二製品の項並びに同年の貸借対照表参照)。

しかし、小売価額による実際棚卸額金四六、五〇四、九六〇円に原価率五五パーセントを乗じて算出した金額は金二五、五七七、七二八円である。したがつて、被告会社は、製品の公表棚卸計上額を金二五、五七七、七二八円と正しく記載しなければならないのに金二七、五三五、四四七円と誤つて記載しているのでその差額金一、九五七、七一九円については過誤計上である。故に原判決が認定した秘匿額の中金二、九四〇、七八〇円は当然これを差引いたうえ、更に金一、九五七、七一九円についてもこれを減算して判断しなければならないと考えるものである(昭和四〇年四月三〇日付確定申告書並びに検察官の冒頭陳述書参照)。

したがつて原判決認定の右製品棚卸についての秘匿所得の内から差引かれるべき金額は金四、八九八、四九九円となり、これに対応する税率三八パーセントを乗じて得た金一、七八一、三九一円の税額はこれを逋脱していないのである。

(二) 同じく原判決は、罪となるべき事実第三において、被告会社は第一九期に簿外原材料金六二、五九五、六九九円を秘匿したと認定している。

即ち、原判決は、検察官の「被告会社は第一八期期末には(昭和三九年二月二八日)簿外原材料を金五〇、三八、二四七円保有しており(検察官の昭和三九年二月期の冒頭陳述書逋脱内容説明科目番号一六、被告会社提出の昭和四〇年一二月二五日付上申書と題する書面参照)、同じく第一九期期末には(昭和四〇年二月二八日)簿外原材料を金九七、五八四、六三一円保有していた。けれども被告会社では昭和三九年一〇月三一日(第一九期期中)に、右簿外原材料金五〇、七三八、二四七円の内金一五、七四九、三一五円を公表に受け入れたのでこの分は秘匿額から減算する。従つて、右第一八期期末の簿外原材料金五〇、七三八、二四七円から公表受人分金一五、七四九、三一五円を差引いた金三四、九八八、九三二円と第一九期期末簿外原材料金九七、五八四、六三一円との差額金六二、五九五、六九九円が第一九期における原材料の秘匿額である」という主張をそのまま認定している。

ところで第一九期期末貸借対照表資産の部には、公表原材料として金二七、九三〇、六八五円が計上されている。しかして、その内金一五、七四九、三一五円は第一八期において浅草税務署から簿外原材料についての更正決定を受けた結果、被告会社が昭和三九年一〇月三一日に、第一八期期末簿外原材料金五〇、七三八、二四七円と右公表受入時の昭和三九年一〇月三一日までに増加した簿外原材料の総和の内からこれを公表に計上したものである(検察官の請求番号一七の第一九期精算表参照)。

したがつて、右簿外原材料の公表受入時に簿外原材料帳簿から右受入分金一五、七四九、三一五円を振替計上しておけば問題はなかつたものである。

ところが、悲しいことに簿外原材料帳簿であるため、振替処理をしないままこれを放置しておいた(検察官請求の証拠番号二七原毛台帳一綴参照)。そのために本件査察を受けて押収された簿外原材料帳簿による第一九期期末の在高金九七、五八四、六三一円は右の公表受入額金一五、七四九、三一五円を含んだままの数額であつた。従つて、被告会社の第一九期期末簿外原材料の正しい数額は原判決で認定した金九七、五八四、六三一円から金一五、七四九、三一五円を差引いた金八一、八三五、三一六円である。

故に、被告会社の第一九期における秘匿原材料は右金八一、八三五、三一六円と、すでに確定された第一八期期末簿外原材料金五〇、七三八、二四七円との差額金三一、〇九七、〇六九円である。

よつて、原判決が認定した第一九期簿外原材料金六二、五九五、六九九円について、これを秘匿したとの認定は誤りである。

(三) 同じく原判決は、罪となるべき事実三において、検察官主張の昭和四〇年二月期の冒頭陳述書番号二四の土地について越ケ谷工場敷地改良費を諸会費として損金に計上しているのでその金二〇〇、〇〇〇円についてはこれを資本的支出と認定し、損金計上としては認めないとの趣旨からこれを秘匿額に加算して認定している。

ところで、右金員に相当する額は、被告会社が越ケ谷工場の用地買入の前、前所有者時代に右土地が農地であつた関係から、地元民が農業用水引水のため側溝の泥をすくいあげる目的でこれを水利組合費として徴収していたものであつた。

しかし、被告会社では該土地買入に際し、農地を宅地に転用しこれを工場敷地に供していたものであり引水の必要はなく、かえつて別途に上下水道工事をなしている程である。被告会社では東京から埼玉県越ケ谷市まで工場進出したため、地元農民と協調する目的でこれを支出したものであり、右支出によつて該土地の用途の増大は考えられず、むしろ、寄付金の名目すなわち損金で支出しても差支えないものであつた。従つて土地購入費に加算して認定すべきものではないと考えられるので、これは秘匿額から減算されるべきである。

(四) 次に、原判決は、罪となるべき事実第三において、買掛金金三六九、二一二円について、検察官が買掛金を売掛金として誤り主張した事実をそのまま認め、これを秘匿額と認定しているものがある。すなわち、被告会社の第一九期秘匿額として検察官は昭和四〇年二月期の冒頭陳述書逋脱所得内容科目五二で繰越利益金のうち損益勘定売掛金貸方金三六九、二一二円についてこれを秘匿したと認定しているのであるが、これは明らかに買掛金である(内野良和作成の昭和四一年六月一六日作成の上申書と題する書面、記録、七七八丁)。従つて負債勘定に属する買掛金を売掛金として、これを秘匿したと認定するのは誤りである。

第二、量刑不当

原判決は、被告会社を罰金四、五〇〇万円に、被告人伊藤勝三を三年間の執行猶予付ではあるが懲役六月に夫々処している。しかし、右各刑は、次に述べる各情状からみて不当に重いものと言わざるを得ない。

(一) 逋脱の動機

被告会社や被告人伊藤勝三(以下単に勝三という)が原毛の棚卸を除外したり又は売上金を除外して簿外預金にするなどの方法によつて所得を秘匿したのは事実である。

しかし、被告人達は、決して代表者個人や勝三自身の利益を図らんがためにそのような行為をしたのではない。また、法人税を免れて国家に損失を与えようと意図してやつた行為でもないいはば、被告会社の代表者や勝三には逋脱の故意がなかつたとも言える事案であり、情状甚だ酌量すべき点がある。

しかして、被告人等の右のような心情を理解するには、被告会社代表者伊藤米三(以下単に米三という)の経歴、被告会社の組織、勝三の職務、立場などの諸般の事情を理解しなければならない。

まず、被告会社代表者伊藤米三の経歴であるが、同人は明治四五年七月に東京市赤坂区榎町にあつた仲之町尋常小学校五年を中退し、事情あつて、かもじ、かつら業佐野松之助方に弟子入りしたが、爾来五十余年の間かもじ、かつらの研究、製造一筋に打ち込んで来たのである。記録六八六丁から六九一丁に至る経歴書中に示されるとおり大正一四年に現在の本店所在地に独立して店を持つてからは、妻ふじ共々寝食を忘れて仕事に励んだ結果、商売も順調に伸び、その誠実な性格と相俟つて業界の信望を一身に集め、日本はおろか世界における業界の指導者として重きをなすに至つたものである。そして、昭和二四年に私財一切を含んだ個人企業を株式会社形態にあらため、被告会社として設立し、その社長に就任したのである。

しかし、米三は、社長とは言つても、前述のように根は仕事の虫であるためその主たる仕事は毛髪研究、(前述の経歴書中に記載されている約五〇件の特許権、実用新案権は米三自身が研究し、個人として権利を有しているものである)かつら、かもじ等の製造指導、毛髪の目利き、人髪の仕入れ等をやつていたものである。そのため、経理関係には暗く、個人企業時代には妻のふじに、また会社組織になつてからは副社長や経理部長に経理上の処理を殆んど一任していたものである。従つて、法人税なるものの性格や逋脱がいかなる結果を紹来するものであるかはきとは理解していなかつたものである。

しかして、かようなことは勝三についても同様に言いうることである。即ち、同人は被告会社において副社長の地位にあり、経理関係はもとより会社全体の事務を統轄していたものであるが、しかし、同人は、日本大学専門部工業化学科卒業の学歴が示すように、いわば化学技術者であり、そのため被告会社においても、主たる仕事は外人向けのかつらの研究(原毛の処理、脱色、着色等)をしていたものである。従つて、経理関係には殆んどずぶの素人であると言つても過言ではない状態にあつたのである。かようにして、勝三も税金のことは殆んど解らず、本件が問題になつてから査察官や検察官に説明されて始めて税の逋脱の意味を知つた位なのである(勝三四一、七、六付上申書記録一一二六丁)。

次に、本件において留意しなければならない点は、被告会社は形態は株式会社であつても、その実質は個人企業的色彩の濃厚な同族会社であるということである。それは、株主の構成や持株数をみれば一目瞭然たるところである。従つて精神面においても経理面においても企業と個人との完全なる分離がなされずいわばどんぶり勘定的な経営形態がとられていたものである。被告人伊藤勝三が「私は、いつも公表の現金、簿外の現金というように別々に分けて保管していたわけではありませんから、例えば簿外分についてどんどん払つてしまいますと公表帳簿上は現金残があることになつていましても、私の手元には一銭の現金もないということもあり得たわけです。そんな場合にはふじの別途の方から引出して払うことになるわけです(勝三、四一、一、二四付質問てん末書、記録一〇四五丁)という実態がこれを如実に物語つているのである。

従つて、原審判決が言うところの売上金を除外して簿外預金をしたのも、いわゆる法人税を逋脱せんとして為したものではなく、「昔からやつていたように従業員には会社で払う給料や賞与等の他に盆暮にはいくらかでも小遣いをやつて面倒をみてやりたいという気持」(伊藤ふじの四一、四、九付検面調書、記録九一三丁)、「従業員の待遇を良くして永く勤めてもらいたい、そのために会社の規定金額よりいくらかでも裏で出してやりたい」(ふじ四〇、七、二八付質問てん末書、記録八九〇丁)「苦労しても個人でやつていた頃は売上金など自由に使えたのに、会社になつてからは全部会社のために使われてしまう、万一、会社がつぶれてしまつたら無一文になりかねない」(ふじ四一、四、九付検面調書、記録九一三丁)、「商売や建物が全て会社会社となつてしまつて一つも私達のものが残らないと愚知をいう母を安心させようと考え」(勝三、四一、四、七付検面調書、記録一〇九五丁)、「また、商売や会社に万一のことがあつた場合、当てにしていない余分な金がなくては実際問題として困る」(勝三、四一、一、二九付質問てん末書、記録一〇五一丁)という気持から始めたものである。尚勝三については、同人が婿養子であるという立場から、ことに母を安心させようとして行動した胸中に、同情を禁じ得ないものがある。

また、原毛の棚卸しを落したのも、結局簿外預金で買入れているため、公表にする機会がつかめず(米三、四一、二、五付質問てん末書、記録九三一丁)、その方法もつかないでいる中に段々数量が増してゆき、また、あまり使い物になる原毛でもないので、つい、倉庫にしまつたままにしておいたため資産として計上することができなかつたものである。

かようにして、被告人等の行つた行為は、結果的には税を逋脱することになつたが、しかし、その動機は、前述のような個人企業的意識から来た善意に基く蓄積にあたつたものであり、被告人等をして深く責めることができないものがある。

(二) 所得の秘匿行為の態様

所得秘匿行為の態様については、昭和四〇年二月期(第十九期)を除き、前述のように、主として売上金を除外して簿外預金にしたり、また簿外預金で仕入れた原毛を資産に計上しないという方法によつて行つていたものである。しかし、その方法たるや、前述の逋脱の動機と相俟つて、甚だ幼稚なものである。

即ち、吉祥寺店、立川店勘定のように、現金を簿外預金にしながら売上伝票はそのまま経理に廻したりというようなまるで簿外預金をしていることを公表するような方法で売上金を除外したりしている有様である。

かようにして、秘匿行為の態様から言つても、いかに被告人等の反社会性が少ないものであるかが理解され得るであろう。

(三) 簿外預金使途

簿外預金の使途も、本件の場合、会社役員等の私的利益のために費消されたものは全くなく、支出の全部が被告会社のためになされているものである。簿外原毛の仕入の全部が簿外預金から支払われていることは前述のとおりであるが、その外にも例えば馬道工場の建築費約九五五万円(勝三、上申書、記録九九二丁)銀座店増築費三三万円(勝三、上申書、記録九九〇丁)、本店建築費約一二五万円(記録一六〇丁)、公表の給料(勝三四一、一二四付質問てん末書、記録一〇四五丁)、裏給与(同一〇四三丁)、従業員に対する心付(ふ志、四一、四、九検面調書、記録九二二丁)等であり、その明細は被告人伊藤勝三が記入していた押収にかかる「売上日記帳」などに記入されているとおりである。

かようにして勝三や被告会社役員は、簿外預金を私利、私欲のために支出したことは全くないのである。

(四) 特に第十九期決算における逋脱の動機と所得秘匿の態様

四〇年二月期の決算において、被告会社関係者が合計二億四千万円の利益繰延をしたことは争いないところである。ただ、問題は、それがどのような事情から、どのような方法で行なわれたからである。

まず、利益繰延をした事情であるが、結局、被告会社が多額の利益繰延をしたのは資金繰りの必要からであつた。しからば、売上げが順調に伸びてしかも利益率の大きい被告会社において何故そんなに資金繰りに苦しんだかと言えば、それは埼玉県越谷市に新築した大袋工場の建築に合計四億七千万円(土地購入八千八百万円、工場建築一億二千八百万円、宿舎建築一億二千七百万円、機械設備一千万円、その他)の資金を必要とし、内二億四千万円は市中銀行から、内一億一千万円は雇用促進事業団から夫々融資を受けることが出来たが、残り二億三千万円は自己資金を準備しなければならなかつたからである。(北村正夫四〇、七、二八付質問てん末書、記録八一六丁)。ここで我々は資本金二千万円の被告会社が何故このように巨額な設備投資をしたのかを考えてみなければならない。それは畢竟被告会社社長伊藤米三及び副社長勝三の国家社会的見地からおける失業救済事業に端を発しているものである。

エネルギー革命によつて石炭の需要が急激に減り、合理化の波に洗われて廃山した炭砿従業員の悲惨な有様を見聞した米三及び勝三は、政府の無為無策に義憤を感じ、何とかしてこの人達に救いの手を差し伸べようと考え、政府の呼びかけもあつたが秋、偶々かつら、かもじ製品のブームに乗つて被告会社製品の売行も急激に伸びていた時であつたので、被告会社において幾人かの人達でもよいから出き得る限りにおいて救済しようと考え、昭和三八年一二月頃から約一ケ年の間に三菱砿業崎戸炭砿同端島炭砿、その他から合計約七〇世帯(家族員数約三一〇名内被告会社従業員数約一五〇名)の炭鉱離職者を受け入れたのである。このため、先ず第一に工場施設の拡張、整備が必要であつたことは勿論であるが、それに加えて、離職者の全部が、平均家族数四・五名という世帯持ちであるので、家族ぐるみ受け入れようと考え、前述のように、宿舎付きの大袋工場を新築するに至つたものである。しかもその完工時期も、前記炭鉱離職者に対する雇傭促進事業団からの宿舎提供は就職後一年間に限られていたので、被告会社としては昭和三九年暮までに右の受入離職者全員の宿舎を完成しなければならず、そのため資金繰りの苦しいところを無理をして大袋工場の完工を急いでいたものである。

右のように被告会社関係者が必死に努力した甲斐があつて大袋工場は予定通り完工した。このような被告会社関係者の努力に対しては、昭和三九年九月に労働大臣もこれを賞しているものである。(記録六八九丁)。

尚、この時身体障害者をも採用しているので、身体障害者雇傭による表彰も労働大臣より受けている。

かようにして、被告会社としては、いわば公共的な見地から炭鉱離職者を救済せんとして過大なる設備投資をなし、そのために資金繰りが極度に逼迫し、銀行融資も思うにまかせぬまま、利益繰延という手段を用いて納税時期をずらそうとしたものである。従つてむしろ、被害者は被告会社であると言つても過言ではないのである。

次に利益繰延の方法であるが、社長米三、副社長勝三は前述のように税金を含めた経理事務に暗く、このため担当社員から約三億九千万円の利益が出たとの説明を受けても、税金を払えるかどうかの資金繰りの点のみを心配していたところ、たまたま勝三に資金繰りの点を問われた担当社員が「資金繰りの面から会社の対外的信用を落さないためにも、また安全に資金運用をするためにも、利益を減らして申告する以外に方法はない」との趣旨の発言をなし、(北村正夫、四一、四、一二付検事調書、記録八三三丁)、また、同社員が「売上を少くしたり、仕入を多くするなどという姑息な方法を用いては必ず税務署に摘発される。その方法については経理担当者が考える」というのでその言葉に勝三が一任したところ、「越谷工場が動き出して会社に寄与するのは四〇年八月頃からであるから翌期ならば、十九期の減額分も併せて納税できる」と確信した担当者が、売上減少、架空仕入の方法により振替伝票を作成して合計二億四千万の利益繰延をなし(尚、かような操作はあくまで利益繰延の目的のみをもつてなされたものであるから記帳は総勘定元帳にのみなされ、補助簿には一切手を加えていない)、その繰延された数額に基いて勝三が責任者として著名し、浅草税務署に申告したのである。尚まさに、右の繰延は申告日から一ケ月経た四〇年五月三一日に全部また元に戻されていることを強調しておく(内野良和、四〇、七、二八付質問てん末書、記録七三七丁)。

かようにして、十九期の逋脱は、金額は大きいが、しかし、その事情には甚だ同情すべき点があり、その方法もいまだかつて会社設立後一度も赤字決算を行つたことのない被告会社においては、利益繰延は、全く、納税の時期をずらすという目的と意味以外の何物をも有していなかつたのである。

(五) 十九期における被告会社の申告取得額と実際取得額との差について

被告会社は、十七期、十八期の各事業年度は白色申告であつたが、十九期は青色申告が認められたので、貸倒引当金(一、六九〇、三八五円)、価格変動準備金(五、四五九、三八五円)、減価償却引当金(二、四三三、三五〇円)、海外市場開拓準備金(一、五二〇、六五〇円)の合計金一一、一〇三、七七〇円を損金計上して利益から直接控除していた。

ところが、身から出た銹とは言え、本件が摘発されたので、青色申告が取消され、右の損金計上の特典が認められなくなつた。そのため、修正貸借対照表に基いて算出された実際取得は金四九五、〇〇四、九五三円となり、申告額一一九、五四四、三〇二円との差額は金三七五、四六〇、六五一円となつたが、右差額の内、金一一、一〇三、七七〇円は前記のように特典を取消されたために増えた金額であり、その分については被告会社関係者に所得を秘匿するなどという意思が全くなかつたものであることを附言しておきたい。

(六) 被告会社の国家に対する貢献

脱税が国民の義務に反して国家に損害を与えるものであることは勿論である。この点被告会社の行為が責められるべきものであることも当然である。

しかし、被告会社は、一面脱税という行為によつて国家に損失を与えようとしたかも知れないが(後述のように現在は逋脱した全額を完納しているので、結果的には損害がないと言いうる)多面、国家に対して多大の貢献をなしているのである。

即ち、第一七期売上金約二億六千万円の内約四〇%(約一億四百万円)、第一八期売上金約四億六千万円の内約六〇%(約二億七千六百万円)及び第一九期売上金約十億五千万円の内約六〇%(約六億三千万円)は、夫々外国貿易による売上金額である。このように、被告会社は輸出によつて外貨を稼ぎ経済的に国家に貢献しているのである(被告伊藤勝三の四一、四、七付検面調書、記録一〇六七丁、一〇六八丁)。かかるが故にこそ昭和四一年六月二八日には通商産業大臣から輸出の安定的拡大並びに日本国経済の発展に貢献したとして輸出貢献企業の認定がなされたのである。

尚、被告会社は、この輸出において単に経済的に外貨を獲得するというにとどまらず、日本商品の優秀性をも海外に宣伝するという役割を果し、このため昭和四一年一〇月二八日には、被告会社の製品ヘアピースが昭和四十一年度東京都優良輸出商品選定会において優良輸出商品として選定され、東京都知事によつてこれが選定を証されているのである。

(七) 改悛の情

前記(一)の逋脱の動機において述べたとおり、本件が発生したのは被告人勝三や被告会社関係者にもともと反社会的悪性があつたからではなく、いわば税に対する知識の乏しさから起つた事犯と言えるものであるから捜査官に指摘されて自己の非を知つた勝三並びに被告会社関係者の改悛の情は甚だ深い。それはまず本件訴訟記録を一読しても判明するように、本件捜査が予想外に早く、しかも円滑に進捗したのは、一にかかつて勝三や被告会社関係者の協力にあつたからである。関係者が提出した上申書の数をみただけでもその間の事情は明らかであろう。被告会社の経理担当社員が国税庁に出頭して担当査察官の取調に協力した日数だけでも内野良和が約一〇〇日、北村正夫が約一五日、女子社員三名が延約四〇日、合計延日数約一五五日に達するのである。

かような態度は原審においても一貫してとられ、弁護入を附することなく、ただただ謹慎の意を表し、爼上の鯉同様に裁判所の公正な判断に身をゆだねたのである。ただ、被告人等の態度がそうであつたらといつて、彼等は決して拱手しても何もしなかつたというのではない。

まず、納税の点については、銀行からの短期借入金三億円を二年間の長期借入に切換えた上(勝三四一、七、六付上申書、記録一一二七丁)、住友生命保険株式会社から合計二億円の融資を受け、十五期(自三五、三、一至三六、二、二八)の修正申告分として昭和四一年六月一三日に金三、〇三六、四九〇円を(記録一一三五丁)十六期(自三六、三、一至三七、二、二八)の修正申告分として右同日金四、三六三、四九〇円を(記録一一三六丁)、十七期(自三七、三、一至三八、二、二八)の修正申告分として右同日金一七、七四八、二五〇円を(記録一一三七丁)、十八期(自三八、三、一至三九、二、二九)の修正申告分として同年七月一一日に金八、八七九、二六〇円を(記録一一四二丁)、十九期(自三九、三、一至四〇、二、二八)の修正申告分として同月一九日に金八、七三一、一一〇円(記録一一四三丁)、同年八月三〇日に金一五、〇〇〇、〇〇〇円、同年九月三〇日に金五〇、〇〇〇、〇〇〇円、同年一〇月三一日に金五〇、〇〇〇、〇〇〇円、同年一一月三〇日に金三五、〇〇〇、〇〇〇円、総計金一九二、七五八、六〇〇円を納付し、逋脱分全額を完納したのである。尚、被告会社に対しては罰金の他に今後右逋脱税額の約三〇%に相当する利子税重加算税等の課税(合計約五千八百万円)が予定されており、これをも納付しなければならないものであるが、被告会社では右の制裁をも甘受して早急に納付しようと注意しているものである。また、会社組織の点についても部課制の実施に努力したりして(勝三、四一、四七付検面調書、記録一〇六二丁)、近代的企業経営に脱皮しようと一生懸命につとめているのである。

ことに、被告人勝三は、そのおかれた立場が婿養子という複雑な立場にあり、しかも化学技術者でありながら高度の経理上その他会社管理に必要とされるあらゆる知識、経験を要求される副社長の地位にあつたものであり、右のような立場、地位より本件行為を犯した同人に過大の責任を問うことは甚だ酷に失する。同人がその述べんとする切々たる心情を訴えた上申書(記録一一二六丁)は、その間の事情を酌んで余りあるものである。

第三、結論

よつて、原判決破棄の上、事実誤認の点については公正、適確な認定を、量刑不当の点については、被告会社には罰金額の減額を、被告人伊藤勝三には罰金刑に処した上執行猶予の判決を賜わりたい。 以上

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