大判例

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東京高等裁判所 昭和41年(う)215号 判決

被告人 藤田幸正

〔抄 録〕

所論は、要するに、被告人は原判示第一ないし第三の罪を犯したものではない、すなわち、原判示第一、第二の事実については、そのころ被告人は各被害現場に行つたことがなく、いつも飲みに行つている「ブルースカイ」に飲みに行つていたものであり(原審証人宮越忠新、同深沢利雄の各証言によれば、警察官である同人らは当時被告人を尾行して被告人が藤沢市長後まで行つているのを見ているというのであるが、このことから直ちに被告人が右各犯行を犯したと認めることは危険である。)、又同第三の事実については、当時被告人がその窃盗の現場付近まで行つていて逮捕されたことは明らかであるが、そのことから被告人が右窃盗を犯したと即断することはできない(当時被告人が警察官に尾行されていることに気がつきながら、あえて国道に面している家に裏側の塀を乗り越えて入る危険を犯してまで右犯行に及ぶということはおよそ考えられないし、逮捕当時被告人が右被害金額一五二五円以上の三〇〇〇円近くの金を持つていたからといつて右金は被告人が窃取したものであると断定することもできない。)として原判示第一の事実についての原審証人林一夫の、同第二の事実についての原審証人藤田文子の各証言はいずれも措信し難く、原判示第一ないし第三の事実についての中村孝之助、金子彰作成の各鑑定結果報告書にみられる鑑定結果は、いずれも確実性にとぼしい所以を種々述べ、被告人が定職がないのに、本件当時その預金額が二〇〇万円以上に達していたのは、昭和三六年暮ころ刑務所を出所してから知合つた女性と売春宿を経営して四〇〇万円ほどの金を残した結果であるから、右預金が被告人の窃取にかかるものではないかとの疑もその理由がない、したがつて原判決が本件公訴事実につき、被告人を有罪としたことは、事実を誤認したもので破棄を免れないと主張するものである。

しかし、原判決挙示の証拠によれば、原判示第一ないし第三の事実を優に認めることができる。すなわち、証拠によれば、(一)原判示第一、第二の事実につき、警察官である宮越忠新、深沢利雄は原判示の前日の二六日午後一〇時五〇分過ぎごろゴム半長靴をはいた被告人をその肩書住居から尾行して被告人が横浜駅西口、相模鉄道大和駅を経て小田急電鉄江ノ島線長後駅で下車して(そのとき雨が少し降つていた)五、六〇メートル行つたあたりで被告人を見失い、その時刻は二七日午前零時過ぎごろであつたこと(原審証人宮越忠新、同深沢利雄、同林一夫の各証言)、(二)原判示第一の被害者方は長後駅からおよそ二五〇メートルの、同第二の被害者方は同駅からおよそ七〇〇メートルの地点にあり、右被害者ら作成の各被害届による被害日時は、前者が昭和四〇年五月二六日午後一〇時から翌二七日午前六時までの間、後者が同月二六日午後一〇時三〇分ころから翌二七日午前七時の間であること(司法巡査五十部義邦、同酒井賢伍作成の各実況見分調書、青木宗茂、杉山利治作成の各被害届)、(三)原判示第一の被害者方札付場裏出入口ドアをバールようなものでこじあけた痕跡があり、差込錠が破壊されており、同家物置前に敷いてあつたダンボール箱の上には足跡が見られ、右は押収の被告人のゴム半長靴左足によつて印象されたものと認められ、その一致の確率が高度であること(司法警察員深沢利雄作成の実況見分調書、技師中村孝之助作成の昭和四〇年六月二〇日付鑑定結果報告書、原審証人中村孝之助、同藤田文子の各証言、押収のダンボール箱一個及びゴム半長靴一足)、(四)原判示第二の被害者方勝手口のハンドル付箱錠がドライバーようなものでこじあけられて右箱錠の条痕は、押収の被告人の長さ約三一センチメートルのバール(「重宗」の刻銘側)の先端部によつて印象されたものと認められ、その一致の確実性も高度であること(酒井巡査作成の実況見分調書、中村技師作成の昭和四〇年七月一四日付鑑定結果報告書、中村証言、押収の錠前一組及び長さ約三一センチメートルのバール一本)、(五)「被告人は本件のころ毎晩のように午後一〇時か一一時ころ家を出て行き、翌朝六時ころほとんど毎回現金(多いときは三〇万円くらい)を腹巻に入れて持ち帰つた、現金の札にはアイロンをかけてからこれを銀行に預けに行つた、夜家を出るときは、晴天のときでも安いビニール製のゴム半長靴をはいて行つた、本件で逮捕される前ころは人を警戒するような様子であつた、金については、妻(藤田文子)に対し博奕をやつて手に入れたと言つていた、朝帰つて来たとき服装が泥で汚れていたことがあつて妻が不審に思つた、原判示第一、第二の五月二六日ころ被告人はねずみ色の背広上衣を着、茶系統のズボンをはき、ゴム半長靴をはいて午後一〇時過ぎころ出て行き、翌朝六時ころ雨に濡れて帰つて来た、そのとき二〇万円くらいの金を腹巻から出してアイロンをかけてから当日(二七日)三井銀行伊勢佐木町支店の被告人及び妻名義の預金に合計二〇万円を預入れた」こと(原審証人藤田文子の証言、押収の被告人及び藤田文子名義の預金通帳各一冊)、(六)原判示第三の事実につき、深沢利雄ら警察官八名が被告人をその肩書住居から尾行して右被害者方付近で被告人が被害者の家の路地に入るのを綿密な連絡を取つて張り込み、被害を確認したうえで被告人を逮捕したこと(原審証人伊豆浦洋三、同深沢利雄、同徳田勇、同井坂博吉の各証言)、右逮捕時被告人が腹巻の中にバール二本を、右ポケツトに手袋一双を、内ポケツトに現金二八二〇円を入れていたので警察官がこれらを差押えたこと(伊豆浦証言、深沢証言、司法警察員井坂博吉作成の差押調書)、右窃盗の被害額は現金一五二五円くらいであること(添田浅太郎作成の被害届)、(七)原判示第三の被害者方勝手場のガラス戸の桟にドライバー痕があり、又理容室のレジスターをドライバーでこじあけた痕跡が見られたので警察職員がこれらをシリコンラバーで九個採取し、押収の被告人のバール二本とともに鑑定したところ、右痕跡中に右バールのうち長さ三〇、二センチメートルのものの先端部によつて印象されたと明らかに認められるものが存在したこと(司法巡査大島彰司作成の実況見分調書、司法警察員八十島康郎作成の「現場写真の撮影について」と題する報告書、技術吏員金子彰作成の鑑定結果報告書、原審証人金子彰の証言、押収の長さ三〇、二センチメートルのバール一本)、(八)被告人は本件で検察官に取調べられた際いつたん原判示第三の事実を認め供述調書が作成され被告人においてこれに署名指印した後検察官と接見禁止の解除につき話合つたところ、やにわに憤慨し、右調書を口にはさんで破つたこと(原審証人鈴木敏昭の証言、被告人の検察官に対する供述調書)、(九)被告人には窃盗、住居侵入の前科が八犯あり、その犯行のほとんど全部が深夜人の住居にしのび込み盗むという手口であつたこと(深沢証言、検察事務官作成の被告人の前科照会回答書、検察事務官作成の判決謄本三通)等の諸事実が認められるのであつて、所論の被告人が原判示第一、第二の日時ころ「ブルースカイ」で飲酒していたから右犯行ができるわけがないというアリバイの主張はこれを容れるに由なく、この点に関する被告人の原審公判における供述は前記関係証拠及び永松敬至の司法警察員に対する供述調書中の記載に対比し、たやすくこれを認めることができず、所論が排斥する原審証人林一夫、同藤田文子の各証言は前記関係証拠に照らし、十分措信することができる。又その他の所論はいずれも前各証拠ならびに認定事実にかんがみ、とうてい採用に値しない。以上の次第で、原判決には何ら事実の誤認はなく、記録を精査するも、他に事実誤認を疑うに足る信ずべき証拠は存しない。論旨は理由がない。

(足立 栗本 浅野)

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